校長室
冬のSSシナリオ
リアクション公開中!
8 ザンスカール。 『カフェ・てんとうむし』にて。 「もう、色々と準備しないとですよね」 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は紅茶を飲みつつ呟いた。秋も過ぎ、寒さが厳しい日が続いているから、防寒着や防寒グッズの支度と、それから。 (それから……) 目前に控えた、クリスマスのプレゼントを。 「…………」 今年は何を渡そうか。 何なら喜んでもらえるだろうか。 「…………」 無意識に、手が鞄の中に伸びた。鞄の中には最近持ち歩いているものがある。毛糸とかぎ針だ。 ちくちくちくちく、編みながら。 ぐるぐるぐるぐる、考える。 どれくらい経っただろうか。 「お前さんたち、来てたのかい。久しぶりだね」 聞き覚えのある声に、手を止めて顔を上げた。部屋の入り口に、懐かしそうに笑ったアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が立っていた。 「あっ、お久しぶりですー!」 こちらも懐かしさに相好を崩す。アヴドーチカは、「おう」と頷いて結和の正面の椅子に座った。 「今日はどうしたんだい? 郷愁?」 「はいー。顔出しついでにお茶してました」 「お茶ね」 言いながら、アヴドーチカはロラ・ピソン・ルレアル(ろら・ぴそんるれある)に手を伸ばす。その時気付いた。ロラが、毛糸に絡まっていることに。 「うーむぅー」 「ロ、ロラっ」 助けを求める唸り声にも気付かないほど、考え事に没頭していたらしい。 焦っている間に、アヴドーチカが器用に毛糸を解いてロラを助け出した。ほうっと息を吐いているロラに、結和は慌てて謝る。 「ご、ごめんなさい、ロラ〜……」 「んぅ、むー」 「そんっな真剣な顔しててさ。彼氏へのクリスマスプレゼントだからって集中しすぎじゃないのかい?」 「ぅえっ?」 彼氏、と聞いて瞬時に顔が赤くなった。咄嗟に出た返事も、意味を成さない奇妙なものだし。これでは怪しまれると首を振り、否定を露にし、「ち、ちがっ」言葉を継ぐが、上手く声が出てこない。 「これはロラのマフラーでっ。かかっ彼氏さんとかっ……」 そもそも。 そもそも、あの人は、彼氏じゃない。 (そりゃ) なりたいし、なれたらいいとは思っているのだけれど。 「ロラ、こいつにはねぇ、もうなっがいことくっつかないでもだもだじたじたしてるお相手さんがいるのさ。知ってた?」 「むぅー」 必死のアピールも虚しく、アヴドーチカとロラの間では『彼氏さん』の話が続いている。 「だっだからっ。彼氏さん、じゃ……!」 「ああそうだよねぇ。こっちがじれったくなるくらい、進展はなぁーんにもないんだった!」 「ぅ、ぃや、だって、だって……!」 よりもっと、を望む反面、あの人が隣に居れば、それだけでよくなってしまう部分があった。 心があたたかくなって、満たされて、何かの拍子に触れ合おうものなら心臓はうるさいくらい高鳴って。 「……ぁぅ」 顔を覆い、テーブルに突っ伏した。 「ははは。可愛らしいねぇ、この反応」 すると、頬をつつかれて笑われた。 「……編み物は、本当にロラのものですー」 「はいはい」 「それに、編み物をしてると、考え事が捗るのですー」 「考え事?」 これ以上からかわれないために、とぼそぼそ呟いていたことは、どうやら墓穴を掘ったらしい。 「…………」 「何を考えていたんだい」 「や、ぅ、あのっ」 「なぁーにぃーをー、」 「い、言いますー! 言うから、意地悪な笑顔で迫らないでくださいー……」 にやにやと笑うアヴドーチカに言って、深呼吸。 落ち着けてから、ゆっくりと白状する。 あの人へのプレゼントに悩んでいたのだと。 離し終えても、アヴドーチカはにやにやと笑っていた。 「ほう、ほう、ほーう」 声も、楽しそうだ。 「うぅ……」 「いいねぇ初々しいねぇ」 「た、楽しんでますー……?」 「もちろん」 「うぅぅ」 「まぁまぁ。相談に乗ってあげるからさ、もっと話してごらんよ!」 好奇心たっぷりの態度だったが、誰かからのアドバイスがほしくて。 ぽつり、ぽつりと話をする。 喜んでもらいたいと思っていること。 けれど、男性が何をもらったら喜ぶのか見当もつかないこと。 「趣味のものは去年贈ってしまったし……リングとかも考えたんですけど、まだ付き合ってないのにお渡しするなんて重いだろうし……」 「はぁん、なるほどねぇ」 一昨年は、と思い返して、「……、……」顔が赤くなるのがわかった。一昨年、彼にあげたのは手編みのマフラー。代わりに彼から渡された、デルディッヒシュトゥット。 ――『デルディッヒシュトゥットっといって、このお守りを贈ることは――』 (あの時、コルセスカさんは何て言おうとしていたんだろう) お守りを指でなぞりながら、ぼうっと考えた。すると突然、目の前にスマホが突き出された。驚いてのけぞる。椅子の足ががたんと鳴った。 「な、なんっ」 「ランキング。今調べた」 「ランキング……?」 疑問符を浮かべながら受け取り、開かれている画面を見た。画面上部の見出しには、『クリスマス、彼氏にあげたいプレゼントBEST10』とあった。途端に興味がわいて、ページをスクロールする。 上から下へと目で追っていくと、色々な彼女さんの贈り物事例が載っていて、思わず息を吐いてしまった。 「皆さんいろいろ考えてらっしゃるのですねぇ……」 だけど参考にはなりそうにない。だってランキングに載っているものは、去年や一昨年贈ったものだったり、先ほど言ったような『重い』理由で避けたいものだったから。 画面を見ながら唸っていると、編み途中のマフラーが引っ張られた。目を向ける。 「ロラ」 「むー、むむぅ」 ロラは、何かを持っているようなジェスチャーをし、その『何か』を『誰か』に渡すような動きをした。 一転してポジションを変わり、今度はその『何か』を受け取る『誰か』になる。『誰か』となったロラは、笑顔で両手を挙げた。とても幸せそうな笑顔だ。 ロラはロラなりに教えてくれているのだ、と気付いた。心を込めてプレゼントしたら、きっとなんでも嬉しいよ、と。 「そうだね、ロラ。ありがとう」 柔らかく笑い、そっとロラの頭を撫でた。ロラは、えへんと胸を張っている。それから結和はアヴドーチカに向き直り、ぺこりと小さく頭を下げた。 「アドバイス、ありがとうございますー。まだ時間はありますから、もうちょっと考えてみますー」 「もうあれでいいじゃないか。リボン巻いて『私がプレゼントです』で。定番だぞ」 「どっ、どこの世界の定番ですかー!」 お礼を言えば、この返答である。 それにしても、ほんの一瞬とはいえ『それ』を実践している自分を想像してしまったことが悔しい。 「それはともかく」 「……?」 次に何を言われるのかと身構えていると、アヴドーチカは結和の膝元を指差した。つられて視線を下げて、気付く。 「あっ」 喋っている間も編み続けていたマフラーは、既に人が巻くに十分な長さとなっていた。 ……ロラへのマフラーは編み直すとして、このマフラーはどうしようか。