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君がいないと始まらない!

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君がいないと始まらない!

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「こちらラナ。稽古場の状況はどうですか?」
 ラナ・リゼットは心配するような口調で、エンヘドゥの携帯電話に連絡を入れてきた。電話の音はがざがざと草木を踏みしめる音が交じる。先ほど知らせた、朱鷺が占いで大幅な方角を示した先を歩いているのだろうか。落ち着いた声色でエンヘドゥは返事を返す。
「稽古場は無事に進んでいますわ。少し、張り詰めた空気になる時もありますが」
「もしかしたら稽古場にも犯人が潜んでいるかもしれませんし、気を付けてくださいね」
 ラナは自分の携帯電話に、ヒロインとその周辺の役の変更を指示するメールが来たことと、その指定配役メンバーの名前を伝えた。
 エンヘドゥは驚きを隠せない表情を浮かべる。予想外の配役メンバーだった。あの人が、この稽古場を混乱させているかもしれない。そう思うと、複雑な気持ちになった。
「また連絡しますわ。ラナも気を付けて」
 自分が動揺した素振りを見せてはいけない。エンヘドゥは通信を切った携帯電話を握り締める。今の時点では、変更指定メンバーを公言しない方がいいのかもしれない。

「クリア! 異常無しよ」
 仁科 姫月(にしな・ひめき)は隅々を探し回るようにして掛け声を上げる。稽古場内に残された手がかりがないかと、パートナーの成田 樹彦(なりた・たつひこ)と調査を進めていた。
 前々から見たいと思ってチケットを手にしていた舞台劇が、ぶち壊されかけていると聞きつけて犯人を捜索することにした。
普段は関係者たちだけしか立ち入れない場所なだけに、稽古場の皆には不思議な目で見られたりなどしたけれど、調査のためだ。
「美緒を恨めしく思ってないか? うーん、あのヒロインは逆に遠慮しちゃったのよ。メインより引っ張ってあげる方がいいなって」
 一人で台本読みをしていた夏來 香菜(なつき・かな)に樹彦は聞き込みをする。ずいっと裏を取りたい勢いで更に質問をした。
「悟られるのが嫌だったってこともありえるだろうけど?」
「私は行ったり来たりだし、相手があのキロスっていうのも面白くないじゃない? 残念だけど白よ」
 キロスは目立ちたがりやみたいだから、忙しくてもメインに立候補していたようだけどと香菜は補足する。
「兄貴、変な質問しないでよね! もう、役者さんたちはただでさえピリピリしてるのに」
 もう少し気を使ってよ、と姫月は樹彦の袖を引っ張った。
「……そうだな、失敬」
「いいのよ、そこまでピリピリしてるってわけでもないし。それより犯人捜索してくれるのはありがたいわ。こっちはやることがあるもの」
 荒らされた稽古場を片付けながら、少ない役で練習をしなければならない。そして内部犯かもしれない疑いから、少々疑心暗鬼になってしまう。
 内輪で起こったことは内輪で解決したいところだけれど、外部から手助けをしてくれるのは良い手助けになる。
「じゃあ、パートナーさんは何か言ってなかった?」
「衣装ボロボロにされて癇癪起こしてたぐらいだけど」
「協力感謝するわ」

 以後、姫月が中心に稽古場にいる人たちに聞き込み調査を続けた。
樹彦は役者、道具係関係なく個人が所有している武器と、切り刻まれた衣装や壊された道具を照合し、傷の形が一致するか否かを調べる。

「照合したところ、一致するものは何も無かった。処分したとも思われるが、今稽古場に居合わせている者については器物破損の可能性は低いとも見れる」
「ただ、これから何が起こるかもわからないっていうのもあるけど、捜索班で外出している人が関わりあることもあるわ」
 姫月はエンヘドゥに「こまめにラナさんと連絡を取って欲しい」とお願いする。道具係には物の管理を注意するようにと呼びかけた。

「……? あの人何してるんだろう」
 ヒロイン候補の一人が、誰かからの連絡を気にしているように通信機を操作している。
 さっき聞き込みをしたけれど、その時何かを慌てて懐にしまっていたっけ、と姫月は思い出す。
「あの、さっきから携帯電話をよく弄っているようだけど」
 なんでもない、捜索班の状況が気になるだけだと返された。
 それは必要無いと、樹彦は補足する。
「あっちとはエンヘドゥが通信を受けている。余計な通信は慎んだほうがいいと思うが」
「話してくれる?」



一方、殺陣の練習も順調のようだ。
「者共! 早よう娘を捕らえよ!!」
桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は、遠い街からやってきたキロスの昔からの知り合いで、古い家の末裔貴族という設定だ。
 実は美緒は一般庶民ではなく、生まれた時に家が焼けて一般家庭に預けられた本当は「お嬢様」という真相に、隆元は家柄と美しさに惹かれてキロスから奪い取ろうとする。
芭蕉扇を仰ぎながら命令する仕草はリアルだ。

「というわけでお嬢さんをもらうぜ! キロス!」
隆元の家来役であるナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は雅刀を構えてキロスに斬りかかる。
「はぁ? みっともねぇよ、地獄を見たこともない坊ちゃんが!」
 キロスはナディムの雅刀をかわしてグーパンチをお見舞いするふりをする。

 このシーンは歌うように台詞を言いながら戦闘をするシーンで、割と体力を使う。隆元とナディムが気合の入った演技をするもので、練習ながらも抜けがない。
「なかなかやるじゃねぇか。今度は演技じゃないところで勝負したいぜ」
 キロスに腕前を認められ、ナディムはどうもと返した。
「だがおぬし、セリフの部分の音程が少々外れておったぞ」
「そ、それを言うなよたかもっちゃん!」
 動きは万全でも台詞はもう少し練習の必要があるようだ。開演まであともう少し、これぐらいなら直せるだろう。



「それ、上から色塗っちゃえば目立たないよ! それは衣装班に頼んだ方がいいね」
 杜守 三月(ともり・みつき)は壊れた小道具を修復していた。小道具班で物を壊されて落ち込んでいる人たちを手伝いながら励ます。
どうやって早く元に戻すか、指示やアドバイスもしていた。

「ここもよし、これも大丈夫……っと!」
 板など折られてしまったものは、つなぎ目が目立たないように繋げたし、使っているうちに壊れる事がないよう心がける。
 小道具の管理を徹底すると共に、犯人の痕跡が残っていないか、怪しい人はいないかと超感覚を使って気を張っていた。
稽古場にあるハサミなど、道具を作るための道具で物を傷つけてしまう恐れがあるから、再犯の可能性も考えられる。
「さて、執事服とか足りていたかなぁ。衣装部屋も見てこよう」