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 第4章

 ふいに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が口を開いた。
「ところで沙耶。契約者になってみたらどうかな?」
 ルカのアドバイスに、沙耶が少し考えこむ。
「契約者……。興味はあるのですが。具体的に、どういうことでしょう」
「こういうことさ」
 コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)が戦場に踊り出る。
 彼の前には、別のルートからやってきた誘拐犯の援軍が迫っていた。
 コードは【真空波】で牽制したあと、【百獣拳】を叩き込む。獣の幻覚が暴れ回り、敵をふっ飛ばしていく。【行動予測】しながら【ディフェンスシフト】を張り、攻防が一体化した無駄のない動きを見せた。
「なるほど。契約をすれば、力が強化されるのですね」
「それだけじゃないさ」
 コードが、自身の身体を変形させる。みるみるうちに形が変わり、現れたのは、荘厳なる一本の剣。
「これがコードの、本当の姿」
 武器と化したパートナーをしっかりと握りしめて、ルカルカが言った。
「コードはね。ずっと遠くの大地から来たの」
「すごい……。わたくしの知らない世界は、驚きだらけです」
「他にもいろんな種族がいるんだよ。きっと、沙耶もお気に入りに出会えるはず」
 そう言ってルカルカは、迫り来る敵の大群へ立ち向かっていった。
 軽やかな身のこなしで敵を昏倒させていく。
「詩穂だって負けてないよ」
 彼女もまた、スキルを駆使して戦う。【お下がりくださいませ旦那様】で沙耶をガードした後、【常闇の帳】で敵の攻撃を吸収する。鍛えぬかれた体術で、正攻法の攻撃をみせつつ、【絶対領域】というトリッキーな技もくりだした。
「みんな、すごい……」
 うっとりとした目で、ルカルカと詩穂を見つめる沙耶。
「わたくしも……戦いたいです」
 沙耶が小さな手を、ぎゅっと握った。細くしなやかな指に、精一杯の力が込められる。
「じゃあ、これを使いなよ!」
 レオーナが、ゴボウをぐいっと差し出した。
 ゴボウ、といってもただの根菜ではない。れっきとしたレオーナの武器だ。
「私が使い方、教えてあげる!」
 鼻にティッシュをつめこんだレオーナは、沙耶の背後に回りこむ。戦い方をレクチャーするという殊勝な一面もあるが、当然ながら、ロリータ姫に密着したいという下心もあった。
「ああ、レオーナ様。せっかく止まった鼻血が、また……」
 クレアが心配そうに見守るなか、レオーナの鼻につめこまれたティッシュは、みるみる赤くなっていく。
「沙耶ちゃん、なかなか筋がいいね!」
 だが、下心があるといえ、レオーナの教えは的確だった。
 彼女の力添えもあり、沙耶が振り下ろすゴボウは、敵の脳天を直撃した。


                                      ☆   ☆   ☆


「おっ。あそこに誰か捕まってるぞ」
 沙耶たちとは違うルートからやってきた、ローグ・キャストが指を差す。彼の示した先には、囚われた白峰 澄香(しらみね・すみか)オクト・テンタクル(おくと・てんたくる)がいた。
「おっぱいちゃんがいるな。いま助けるぜ!」
 ペガサスを操縦するゲブーが駆けつけ、彼女たちを縛っていた縄を解いた。
「うぅ……。びっくりしたよぉ」
 涙目になった澄香だが、ようやく取り戻した自由を満喫するように、大きく伸びをした。少しずつ表情も晴れやかになっていく。
「いや〜。えらい目にあったで。まさか、わいらまで捕まってまうとはなぁ」
 オクトも解放された八本の足を、思いっきり伸ばす。
 そんな彼らに、アテナが尋ねた。
「ねーねー。どうして、二人は捕まってたの?」
「私たち、目撃してしまったんです。瑛菜が誘拐されるところを」
「捕まったのは、口ふーじのためだね」
「はい」
 そこへ、敵を倒したばかりの沙耶が歩み寄っていく。
 ゴボウを握りしめたまま、澄香に向けて、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ありません。わたくしのせいで、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないで。黒幕の人は、私たちに危害を加える気はなかったみたい」
「……そうですか。やはり、綾小路院ヶ崎家の目的は、わたくしの力なんですね」
 唇を噛んだ沙耶へ、ルカルカが質問を投げかける。
「でもさ。おかしくない? わざわざ自分たちの名前を出すなんて。もしかして、第三者が絡んでいるのかも?」
「確かに、その可能性も考えられます。ですが、おそらく敵は……」
 沙耶が言いかけたところで、またしても誘拐犯の援軍が登場した。
 今度は数が多い。アジトを埋めつくすような数だ。
 まともに戦っていては、時間がかかりすぎる。

「ここは、私の出番ね」
 ローザマリアがそう言って、アテナに耳打ちをした。作戦を聞いていたアテナは、ふんふんと頷いている。
「よろしく頼んだよ。アテナ」
「任せといてー!」
 作戦の確認をとったローザは、さっそく敵の前へと立ちはだかった。彼女は、押し寄せてくる相手へ宣言する。
「あんたたち! 沙耶の能力について、なにか勘違いをしているようね」
「なに?」
 その言葉に、敵たちが動揺した。
 ローザはかまわず続ける。
「沙耶の能力はね。企業の行く末を占うものじゃない。――人の死を予期する力なのよ」
 そう言って彼女は、沙耶に振り向いた。
「さっき沙耶が出した占いには、こう出ていたわよね。『か弱い一人の“アリス”が、血を吐いて死ぬ』」
 不吉な予言に、場がいっしゅん静まり返る。
「わー! 沙耶ちゃんだー!」
 そこへ、アテナが飛び跳ねながら、沙耶へ走り寄っていく。
「会いたかったよー。沙耶ちゃん、元気だっ……ごふっ」
 アテナは口から血糊を吹き出し、その場に倒れこんだ。
「ひぃっ……」
 唖然とする誘拐犯の前で、倒れこむアテナ。血糊をまき散らしたまま、ぴくりとも動かない。
「これが、奴の予言……」
「なんて恐ろしい力なんだ……!」
 敵に動揺が広がるなか。
 ローザは、さらに追い打ちをかける。
「これで終わりじゃないわ。沙耶が次にだした予言はこうよ。『アジトにいる誘拐犯は、瓦礫に押しつぶされて死ぬ』」
「な、なんだってー!」
 彼女の一言で、敵たちは一斉にアジトの外へと駈け出した。
「ここにいたら死んじまう!」
「さっさと出ようぜ!」
 慌てて去っていく誘拐犯一同。
 彼らの後ろ姿をみながら、ローザは高笑いした。
「あっはっは。戦いに必要なのは、ここよ。ここ」
 そう言って彼女は、自分の頭をトントンと叩いた。