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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

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【1】競技前ーリンク開放!(3)

 リンク袖。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 リンクパネルにしがみつきながらようやく戻ってきたセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)を、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は笑顔で出迎えた。
「お疲れさま」
「っ……疲れてなど……いないのだよ」
 肌はピチピチでも、足はプルプル膝はカクカクいっている。とても見てられないと陽一は彼女には手を差し伸べてリンクから上がらせた。
「氷の上を滑る楽しさ、体感できた?」
「も、もちろんだ。なかなか良いものだな、スケートというのは」
 顔が真っ赤だが、まぁそこには触れないでおこう。それよりも今は待たせてる人がいる。
「面白い人が来てるんだ」
「面白い人?」
 お笑い芸人や奇術師の類ではなく。……まぁ、ある意味では奇跡の人とも言えなくもないのだが。
 陽一に促されて姿を見せた人物、それは―――
「あなた……」
「あの……どうも」
 ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)がペコリと頭を下げた。かつてシャンバラ女王だった人、そしてその力を自分のパートナーに授けた人。その人とまさかこんな所で―――
「足……大丈夫ですか?」
 ジークリンデセレスティアーナの右足を覗いて言った。
「あぁ、こんなもの、何てことはない」
 痣を見られたか……しかしその事よりも「盛大に転んだ」という事実を察せられるであろう事の方がよっぽど恥ずかしかった。
「滑って……みるといい。なかなかに面白いものだぞ」
「そうですね。そうします」
 彼女の元パートナーである高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は今もスピード勝負やらスピン対決やらをしているようで。楽しそうに笑う彼女の顔が、2人の位置からでも見て取れた。
「まったく、のんきなものだ」
「そうですね。でも彼女らしい……そんな気がします」
 時の流れは止まらない。人も時代も容赦なく移りゆく。こうした思わぬ出会いの場こそを大切にするべきなのかもしれない。
「もう一度、滑ろうかな」セレスティアーナはそっと、今も笑う膝にそう訊いてみた。


 氷の上を滑る感覚。
 自分の足で立っているのに全く自由に動けない感覚は杜守 柚(ともり・ゆず)にとっては初めての経験で。だからという訳ではないのだが―――
「きゃっ!!」
「おっと。大丈夫?」
 ヨロケた高円寺 海(こうえんじ・かい)が支えてくれた。
「あ、ありがとう。ごめんね、私―――わわっ!!」
 自分で立とうとして更にバランスを崩した。わざとではない、決してわざとではないのだが結果、高円寺にしがみついてしまっていた。
「あうぅ…………はっ!! ごめんなさいっ、私、あのっ、わざとじゃなくって」
「オレの方こそ、支えが甘かったな。すまん」
 悪いのは完全に自分の方なのに。しがみついてしまっても彼は涼しい顔のまま優しい目をしていて―――
 ………………あれ? 涼しい顔のまま? 体にしがみついたのに?
 ポーカーフェイスの王子様気質? それともまさかの天然ジゴロ?
「どうかした?」
「あ、いえ」
 不意に感じた不安。それを払拭するようには「えい」と小さく抱きついてみた。
「んん? 休憩が必要かな?」
「大丈夫。」
 本当は足も体も疲れている。でも今はただもう少しだけ、リンクの上でこうしていたかった。


 スケートリンクに楽しそうな声が溢れている頃、関係者控え室が並ぶ会場裏の廊下では十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が一人、目を光らせていた。彼はグィネヴィア・フェリシカの控え室周辺で待機、周囲への警戒と警備の任を担っていた。
 つい先程の事だ。護衛対象を部屋まで送った際に、
「そんなに怖い顔をなさらなくても」
 不意にグィネヴィアに言われてしまった。
「いえ、これが仕事ですから」と彼は顔色を変えずに言って応えた。
 それが本心であり事実でもある。納得するも何もこれ以上は無い、はずだったのだが―――
「そうですか……仕事ですか……」
「?」
 どうしてなにやら暗い顔。警護対象様の目線はぐったりと床に落ち、今にもため息がこぼれ落ちそうだ。こ、これは一体……。
「け、警備員として会場の警備を行うのが本日の私の仕事です。もちろんそこには貴方の護衛も含まれておりますので―――」
「私は会場にいる全ての方に楽しんで頂きたいのです。そのためにこの大会を発案したのですが……」
 もちろんそれは知っている。大会の主催者は彼女だ。だからこそこうして護衛をしているのであって―――
「そうですか……難しい顔をされるのがお仕事ですか。それなら…………仕方がないですね」
「うっ……」
 なるほど、そう来たか。
 彼女はため息をついて室内へと入っていった。それがつい先程の出来事。
 時刻は18時10分前。間もなく競技開始時刻。
 準備を済ませたグィネヴィアが扉を開けた時だった―――
「まぁ」
 彼女の顔がパアッと晴れた。出迎えた宵一がだいぶ「ぎこちないが笑顔を」見せていたからだ。
「か、会場まで……お供します」
「ふふっ。お願いね」
 口元を「ニコッ」と上げたつもりだが、実際はどうなっているかは宵一にも分からない。ただ彼女が「良い笑顔ですよ」と言ってくれたことが何よりの……いや少しだけ嬉しく思えたようで。
 間もなく競技が始まる。
 会場まで送った後も宵一は彼女の護衛を続けるようだ。時に「ぎこちない笑顔を」交えながら。