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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

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【2】男子と女子のシングルス

 天井に並んだ照明のうち半分ほどが落とされた。
 そろそろかな、と白峰 澄香(しらみね・すみか)は時計を見たが、競技開始時刻まではあと10分もあった。
 ……早く始まらないかな。
 8の字型をした氷のリンク。その内側にある特別観覧席に澄香は居る。
 リンクの一般開放時刻が過ぎた直後、氷上にカーペットが敷かれて、渡り通路が作られた。特別観覧席と言っても入場するのに資格やチケットが必要なわけではない、誰でも入場可能、人を流すタイミングの時にその周囲に居たならば誰でも入れた―――はずなのだが、
「何だろう……やっぱりちょっと……場違いな気が……」
 いまさら辺りも見渡せないが、少しばかり前に確認できただけでも、大会の主催者であるグィネヴィア・フェリシカをはじめ、ゲスト審査員の「アーサー 玉緒(あーさー・だまお)」とそのマネージャー、更には泉 美緒(いずみ・みお)ラナ・リゼット(らな・りぜっと)といった顔ぶれが見えた。
 かしこまる必要は無いんだろうけど、やっぱりちょっと肩身が狭い……。
 じっと俯いていると、いつもよりも周りの声が耳に入ってくるもので―――
「うぅ。やっぱり少し寒いです」美緒が両腕をさすりながら言っていて、これにラナはため息混じりで、
「ですから素直に私を纏えばいいじゃないですか。何をそんなに意地を張っているのです?」
「だって……着ても寒いだけだもん」
「何を言っているのです。人肌と人肌が触れているのですよ、温かいに決まってます」
「触れない部分の方が多いですし、触れる部分も恥ずかしいんですっ!」
 美緒はプリプリ怒っているが、そんなやりとりさえも澄香には「いいなぁ」なんて思えたりして……。
「誰かと来れば良かった……」
 さっきまで感じなかったのに、澄香も少し「肌寒く」思えてきていた。


「どうぞ」
 こちらは建物の正面ゲート。まもなく競技開始時刻ということもあって駆け込みで入場する者たちもいたようだが、それもどうにか落ち着いてきたようだ。
「あとは任せた」と持ち場を引き継ぐ長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)を見つけて、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が声をかけた。
「お仕事お疲れさまです」
 笑みかけながらに魔法瓶を手渡した。その仕草も、魔法瓶の柄が薄い桃色加減をしている点も実に女性らしいと言えるのだが―――
「何だ? 毒入りか? いや、新薬の臨床実験って所か?」なんて言われて、からかわれてしまっていた。
「どうしてそう、ひねくれた事を言うのです? 『憎まれっ子は早く死ね』って言葉もあるんですよ」
「『世に憚る』だろ? なんだ『早く死ね』って」
「どういうわけだか世に憚ってしまうので、周りの人からは早く死ねと思われてしまうというわけです。人の好意には素直に『ありがとう』と言ったほうが良いですよ」
「あぁそうですか、オレは憎まれっ子ですか」
「それ、要りませんか?」
「いや要る。ドウモアリガトウ」
「どうしてカタコトなんですか」
 魔法瓶の中身は珈琲。もちろん体が温まるように熱々だ。
「……そうだ、その魔法瓶、お貸ししますね。私はさっき飲みましたし、それを懐に入れておけばカイロがわりになりますよ」
「お前……飲んだのか」
「………………な・に・か?」
「いや、何でもない。ありがたく頂くよ」
 外ほどではないが会場内も少し冷える。長曽禰は魔法瓶を懐に入れると、そそくさと会場内へと走っていった。


 演技種目「男子シングルス」。
 かつて「ロシアの皇帝」と呼ばれた選手が愛用した曲に合わせて、一人の変態が躍動する。
「セッボン! セッボン! ユアセッボン!」
 変熊 仮面(へんくま・かめん)の演技は妙なかけ声と共に始まった。その割には「トリプルアクセル」や「イナバウアーからのバックフリップ」など本格的な技を次々と成功させてゆく。
 黒と銀を基調とした衣装を身に纏い、さらさら銀髪ウェーブヘアーをなびかせる。今日は仮面無しなので容姿も実に端麗だ。
 良い意味で期待を裏切られたと感じたのだろう。観客からは自然と手拍子が沸き起こり、会場は正に彼の独壇場と化してしまった……ことが全ての元凶だった。
「ああっ! 乗ってきた!」
 曲のクライマックス! 客席のボルテージが最高潮に達した所で彼は! 一気に! 自らの衣装を破り捨てたっ!!
「ふぉうっ!!」
 ビキニパンツ一丁になった彼は審査員を務めるアーサー 玉緒キャンドゥ 美姫の前でお尻を振ってセックスアピール! その最中―――
 ばりっ!
 パンツ破れてお尻丸出し変態仮面。そして即座に流れる場内アナウンス、
「「協議の結果、変熊 仮面(へんくま・かめん)さんは失格と致します」」
 哀れ変態仮面は警備員たちに取り押さえられて退場となりました。
「オカシいだろうがよー! 何で失格なんだよ! 協議なんかしてねぇだろ!! 5秒で協議できんのかよ! おいコラ!! 聞いてんのかゴラァ!!」
 待ってましたとにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)が抗議するも、こちらも取り押さえられて即退場。本当は採点結果にケチつけてやろうと色々と準備もしてきたのだが、採点までいけなければ役にも立たず。2人仲良く警備員室へと連行されていった。
「「ただいまの選手が「男子シングルス」唯一の出場選手でしたので、本大会の「男子シングルスの優勝」は該当者無しとさせていただきます」」
「………………」
 多くの誰もが思ったことだろう。いったい今の時間は何だったのか……と。


 嵐のような時が過ぎ、一時は静まりかえった会場ようやく徐々に元のざわめきを取り戻し―――
 !!!
 会場が一気にざわめいた。「男子シングルス」に続いて始まったのは「女子シングルス」だったはずなのだが―――
 テクテクテク、ペコリ。
 小柄というよりは「チンマリ」とした種もみ剣士千種 みすみ(ちだね・みすみ)がリンク中央で『種籾戟』を構えている。
 曲の始まりに合わせてみすみが長戟を振り始めた。そんな彼女をリンクサイドから見守っているのが東 朱鷺(あずま・とき)だった。
「いいわぁ、大勢に視られる中で己の技を披露するその姿」
 緊張でガチガチになっているみすみの動きを一瞬たりとも逃さぬよう目を光らせていた。
「他人の滑りをよく見ておきなさいとあれほど言ったのに。まだまだ観察眼が足りませんね」
 見極める力、模倣する力、実行力、そして精神力。このスケート大会での経験もまた、最強種もみ剣士への礎となるのだ。
「それにしても、どうして氷の上を滑るのかしら。氷の上を行きたいのなら溶かしてしまえば良いのに」
 朱鷺が身も蓋もない事を考えたとき、ちょうど演技が終了した。各10点満点で評価される得点は意外にも悪くなかった。
 ●採点結果。アーサー票:5キャンドゥ票:3合計得点:8


 フリルの付いた衣装、ハツラツとしたダンスにハジケる笑顔。
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)の登場で会場にいる誰もがようやく通常の「女子シングルス」の種目が始まった事を認識できたことだろう。
 ただ一つ、「目を凝らさなければならない」事を除いては―――
「やっほい、はろはろ〜ん♪ 蒼空学園のスーパーアイドル、ラブちゃんよ〜♪」
 ポップでキュートな曲に合わせて元気にダンス! アイドル活動で鍛えたダンスはここでも十分に活きている。
 曲線を描くようなステップや、鞠が跳ねているようなステップ、そしてそこからジャンプ一番! クルクルクルと回転しながら10m程跳んで見事に着氷した。回転数で言えば10回転といったところだろうか。
「おやおや、本当に飛んでしまってはジャンプの評価が下がってしまうだろうに」
 パートナーのコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が嬉しそうにそう呟いた。確かにラブは10回転のルッツを成功させたが、ハーフフェアリーゆえに途中から彼女は「飛翔」してしまっていた。
「しかし流石はラブだ。見ているだけで楽しくなってくるようなスケートだ」
 見ているだけで……そう、リンク中央で躍動する彼女の姿を見ているだけで誰もが楽しい気分になる。それは間違いではない、間違いではないのだが違いはある。
 ハーティオン誰もがにある決定的な違い、それは「リンクの中央を見ているか、それともリンク外に設置された巨大スクリーンを見ているか」だ。
 ハーフフェアリーな彼女の身長は30cm。その姿と演技を肉眼で見ようとすれば誰もが必然的に目を凝らさなければ見ることはできない。そうして見ることもまた乙であるとも言えなくはないが……。
「少し、もったいないかもしれんな」
 ハツラツとしたダンスもハジケる笑顔もどうしたって小さく見えてしまう。リンクばかりが、やけに大きく見えていた。
 ●採点結果。アーサー票:4キャンドゥ票:2合計得点:6


 リンクサイド。出場選手たちの待機するスペースにて、董 蓮華(ただす・れんげ)は一人瞳を閉じていた。
 客席は満席……各校から生徒も来賓も来ている、そんな中で恥ずかしい演技は見せられない……。
 意識して大きく深呼吸をしているのだろうが、一向に息は整ってはいなかった。
「気持ちを込めて舞えばいい」
 気負いすぎている。そう感じてスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)が肩に手を乗せた。
「4回転ジャンプを跳んでみよう。イメージするんだ、いつものスピードでいつも見てる映像の中でしっかりと氷を掴んで……そう、最後まで逆らわずに着氷して……」
 成功のイメージが沸いてきたのか、目を閉じたままの蓮華の息が徐々に落ち着き整ってきた。
「気付いていないかもしれないが、後半のトリプルルッツ・ダブルアクセルの連続技も最近は一度も失敗していない。思い出してごらん」
 軍の訓練で鍛えた肉体の強さと『歴戦の立ち回り』のバランス感覚が彼女のスケート技術を支えている。正確には練習の失敗が無いわけではないのだが、ここで言い切ることが全てだとスティンガーは確信していた。
「さあ、いって来い。成功の向こうに彼が待っている」
 対面のリンクサイド。来賓席の中には蓮華が想いを寄せる金 鋭峰(じん・るいふぉん)の姿がある。
 自分の優勝は教導団が優勝するのと同じこと。団長に優勝を捧げるためにも―――
「行ってくる」
「あぁ、行ってこい」
 晴れやかな顔で蓮華がリンクに上がってゆく。真紅の衣装を着た彼女がピアノソロの始まりと共に氷上を滑りゆく。
 表現するのは「気付いた恋心」。溢れる想いと出し惜しむ事なく氷上で表現してゆくのだった。
 ●採点結果。アーサー票:7キャンドゥ票:2合計得点:9


「いよいよね」
 仁科 姫月(にしな・ひめき)がそう呟いたのは、ほんの20分前のこと。選手控え室でスケート靴の紐を締め直していた時だった。まさか再びこの靴を履く日が来るなんて、あの頃は想像もしていなかった。
 過ぎてしまえば、あっという間で、一年前も一週間前も大差ない。今だからそう思えるけれど当時のあの時は―――
『俺が姫月を闇に引きずり込んだ』
 パートナーの成田 樹彦(なりた・たつひこ)も今日までの一年を思い返していた。ただし彼は選手控え室ではなく客席にいた。どうしても姫月の傍には居られなかったから。
 一年前のあの日まで姫月フィギュアスケートの選手だった。国体で優勝まで果たした彼女だったが、樹彦が行方不明になるとすぐにスケートを辞めてしまった。誉めて欲しくて気を引きたくて続けていたのに一番になったのに……樹彦の居ない会場で滑ることは孤独以外の何物でもなかった。
『この姿にも慣れてきてしまった、か』
 体は以前のものとは異なるが、記憶は戻っている。あとはあの頃のように姫月の演技を見守ってやるだけ。
 リンクに上がる姫月。フィギュア用の可愛らしい衣装が懐かしく見える。
「見ててよ、兄貴」
 得意だったフリーの演技。最後に彼に見せた演技を姫月は再現するように……いやそれ以上に大きく強く表現していった。それはまるで「一年前の私よりずっと私らしいでしょう?」と伝えているようだった。
 ペース配分と繊細な表現を放棄する代わりに、ダイナミックで躍動感溢れる滑りに仕上がっていた。もちろん卓越した技術に裏付けられたエッジワークやジャンプの高さも要因となり、姫月の演技は本人の感触以上の評価を得ることとなった。
 ●採点結果。アーサー票:8キャンドゥ票:8合計得点:16