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珍味を求めて三千里?

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珍味を求めて三千里?

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四章 サンダース・キッチン



 蒼空学園の家庭科室では、新年会参加者が各々料理を作っていた。

 香菜や雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)金元 ななな(かねもと・ななな)も他のメンバーに混ざり料理をしている。

「ふむ、特におかしな点は無いねぇ」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がこっそりと雅羅の料理を味見し、そう呟いた。 
 雅羅は自他共に認める災難体質。一体どんな料理が出来上がるやら、と興味もあって味見してみたのだが、これが案外普通の味である。

「まぁ災難体質とはいえ、毎回毎回何か起こる訳ではないのかねぇ」
 ちなみに、弥十郎は顔に天狗のお面を被っていた。他の参加者達は最初怪訝そうな顔で弥十郎を見つめるが、関わろうとはしなかった。
 ふと、隣に置いてある香菜のソテーに目がいく。香菜は料理も一通り出来ると聞いたし心配する必要はないだろうが、何となく、一口味見。

「…………」
 甘い。
 見た目は普通の鶏肉のソテーである。が、異常に甘い。
 弥十郎は雅羅と香菜が離れた隙に、調味料を確認する。
 塩と砂糖とそれぞれラベルの貼られた容器。試しに舐めてみると、何と中身が逆である。
「……これも災難体質のせい、かねぇ?」
 手早く中身を入れ替える弥十郎。
 その時、食器を手に雅羅達が戻ってきた。
「ねぇねぇ、ドレッシング作ってみたんだけどどうかなぁ?」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が二人に話しかけ、ドレッシングの味見をお願いする。
「へぇ、これ手作りなの? 美味しいじゃない」
「ん〜もう少し塩を入れたほうが良いんじゃないかしら」

 その間に弥十郎は何事も無かったかのように自分の作業場に戻った。
 そして、香菜の作ったものと見た目は同じだが丁度良い味付けのソテーを作りあげる。

「ねえ、これでどうかな?」
 真名美が香菜に再びドレッシングの味見をお願いする。
「うん、バッチリね!」
「そう? 良かった〜♪」

 真名美が香菜と話している間に、弥十郎は料理をすり替えた。
 甘くなってしまったソテーは、軽く水で流し煮込み料理に使う。

「まぁ、このくらいの災難なら何とかフォローできそうだねぇ」
 そう、言った時である。

「えっと、まず油を温めて……」
 雅羅がガスコンロのツマミを捻る。途端、バチンと大きな音を立て、炎が異常な大きさに燃え上がった。
「きゃあっ!」
 驚く雅羅。更に、ガスコンロに乗せられていた油の鍋に炎が引火する。天井に届きそうなほど高く燃え上がる炎。

「!」

 それに気付いた神崎 荒神(かんざき・こうじん)が部屋の隅に走る。そこにあった大き目のタオルを手に取ると、水で湿らせ、炎を上げる油鍋に被せた。
 酸素を失い消える炎。荒神はすぐにガス栓を閉める。それによりコンロの火も消えた。

「怪我は無いか?」
「あ、ありがとう……」
 呆然としている雅羅。ふと視線を上げると、黒ずんだ天井が目に入った。
「あぁ、後で謝らないと……」
「コンロの故障だろうし、あんたは悪くないさ。先生達も分かってくれるよ」

 荒神は誰かが間違って使用しないよう、『使用禁止』の張り紙をコンロのツマミ部分に貼り付ける。
「しばらくタオルは掛けたままにしといてくれな。油がまだ熱いから、もう一度発火する危険もあるんでね」
 そう言って自分の調理場へ戻る荒神。
 
 荒神の調理台の上には、既にいくつかの料理が出来上がっていた。
 湯気の立ち上る出来立ての料理は、どれも美味しそうである。
 その中には、珍しいキノコや野草を使った料理もあった。

「これは毒を抜いて……っと」
 料理を趣味とし、更にサバイバルに詳しい荒神は、野草やキノコといった食材に関しての知識も持っていた。
 茹でた黄金兎の肉を小さく切り分け、野草と和えてバンバンジー棒々鶏風に。
 暴れ鬼牛の肉はキノコと煮込んで、ビーフシチューに。
 そして今は、別の料理を作りながらワイバーンの食材が届くのを待っている。


「やれやれ、凄い炎だったな」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が雅羅の騒動から目を戻す。
「……香奈、一体何をやってるんだ?」
 桜葉 香奈(さくらば・かな)は調味料を滅茶苦茶に混ぜていた。
「ハンバーグのソースを作ろうと思って。レシピに載ってないので自分で作ってみようかなーと」
「……そんなに混ぜたら、せっかく珍しい食材を使うのに肉の味が分からなくなる。ソースは俺が作るから、香奈はフライパンを借りてきてくれ」
「あ、はい、分かりました〜♪」
 楽しそうに歩き出す香奈。

 彼女は決して料理が下手という訳ではない……のだが、レシピを使わずに料理を作ろうとすると、とんでもない物が出来上がってしまうのである。
 どうにかそれを阻止した忍は、ほっと胸をなでおろし、調理を再開する。

「む〜まだできんのか。私は腹が減ったぞ〜!」
 
 そんな忍に、織田 信長(おだ・のぶなが)が駄々をこね、急かす。
「まだ作り始めたばかりだよ。もう少し待ってくれな」
 だが、信長はもう限界のようだった。
「あーもう我慢できぬ! 他の所で試食させてもらうぞ!」
「あ、おい信長!」
 信長は他の参加者の所へ試食に行った。
「やれやれ……何事も無ければ良いが」
 忍は信長を放っておき、料理に専念することにした。
 
 暴れ大牛の挽肉を炒めた玉ねぎやパン粉と混ぜ、捏ねる。
 しっかり混ざった所で、形を整えていく。

「しーちゃん、こっちは準備できましたよ」
 香奈が油を敷いたフライパンを熱していた。
「ああ、ありがとう」
 忍はハンバーグをフライパンに乗せ、焼き始めた。辺りに香ばしい匂いが広がる。
「そういえばワイバーンの卵はまだ届いてないのか?」
 忍が香奈に尋ねた。
「まだみたいです。さっき業者さんが、取りに行くのも一番遅かったし、遠いからもう少し時間掛かるかも、って言ってましたよ」
「そうか……卵が届いたら、プリンでも作ろうかと思ったんだが」
「わぁ、いいですね! しーちゃんの作ったプリン食べてみたいです♪」
「ワイバーンの卵なんて使ったことないし、うまくできるか分からないよ?」
「しーちゃんなら大丈夫ですよ。きっと美味しいプリンを作ってくれます」
 和気藹々と料理を続ける忍と香奈の二人。

 一方、信長はというと……。

「うむ、これは美味いのう!」
 すでにいくつもの料理を試食した信長はご満悦である。
 そこに、
「あ、あのー、こ、これも食べてみてくれませんか?」
 そう言って皿を差し出したのは高峰 結和(たかみね・ゆうわ)である。
 その皿の上には、紫色をした何が原料なのか分からないどう贔屓目に見ても料理とは思えない物体が乗せられていた。

「こ、これは……」
 思わず引いてしまう信長。

「あ、あの、ここここんなになっちゃってすみません。でででも味は普通なんですー。ちゃんと……そこそこ美味しいです、ほんとうです……」
 そう涙目になって訴える結和。ここまで言われては断るわけにもいかず、勇気を出して一口。

「……む、本当だ。味は普通じゃのう」
「は、はい! 良かった、食べてもらえて……」
 安心したように笑う結和。


 その頃、こっそりと入り口から家庭科室を覗く一人の男がいた。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が名乗りを上げ、室内を覗き込む。ただし、かなり小声である。
「くっ、どこだ……大魔王はどこにいる……?!」
 ハデスが探しているのは、妹の高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)である。
 料理係募集と聞いて、喜んで立候補した咲耶。それを知ったハデスは冷や汗をかきながらこの場に駆けつけた。
「このままでは、世界は咲耶の料理によって滅ぼされてしまうかもしれん……。そうなっては、我らオリュンポスが世界征服できなくなるからな……なんとしても阻止せねばっ」
「あっ、兄さん、探しましたよっ!」
 
 突然後ろから声を掛けられ、飛び上がるハデス。
 嫌な予感と共に振り向けば、そこには案の定、料理の皿を持った咲耶の姿が。
「良かった、見つかって……あ、あの、暴れ鬼牛の肉を使ったステーキを作ったんです。その、兄さんに食べてもらいたくって……」
 頬を赤く染めた咲耶がそう言って料理の乗った皿を差し出す。
 咲耶が暴れ鬼牛のステーキと言ったその料理は……何故か、不気味に蠢いていた。
 しかも、黒く濁った表面からは、泡と共に瘴気の様なものまで立ち上っている……。

「さあ、せっかくですから、冷めないうちに食べてくださいっ!」
「い、いや、今は腹の調子が……」
 そう言って背を向けるハデス。しかし、回り込んだ咲耶が再び皿を差し出してくる。
(くっ、やはり大魔王からは逃げられんということか……?!)
 
 ハデスの背を嫌な汗が流れた。

「お、なんじゃ味見か。それなら私に任せるのじゃ!」
 部屋の入り口で何やらしている二人に気付き、信長が近づいた。先程結和の料理を試食した信長はその異様な見た目にも尻込みせず、持っていたフォークでステーキ(らしきもの)を一切れ、口に運ぶ。
「あ、何するんですか! それは兄さんに……」
 咎める咲耶、しかし……。

「ぐふっ」
 ステーキを食べた信長がその場に倒れた。
 ハデスの顔が引きつる。

「信長!? おい、大丈夫か!?」
「誰か、ヒール使える人いないー?」
 料理をしていた何人かが手を止め、信長に駆け寄った。
 数分後、そこには担架に乗せられ運ばれる彼女の姿が。

「助かった……か……」
 顔面蒼白なハデスが、呟く。
「ご、ごめんなさい兄さん! なんでこんな事に……すぐに作り直しますね!!」
 そう言って調理台へ向かう咲耶。
(助かってない!!)
 ハデスは咲耶を追いかけ、料理を止めさせようと必死に説得するのであった。

「〜♪」
 その隣で、楽しそうに料理をするアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)
 咲耶が兄に料理を食べさせたかったように、アルテミスにも料理を食べてもらいたい人物がいた。
「キロスさん、ちゃんと食べてくれるかな……」
 彼女は、ワイバーンの巣へ向かったキロスの為に、精一杯料理を作っていた。
 不器用で料理などしたことがないアルテミス。その手は包丁で沢山の切り傷を作っており、ボロボロである。

 アルテミスは自分の恋心に気付いていなかった。
 今回料理を作ることになったのも、自覚の無い彼女の為に咲耶が気を利かせたからである。
「食材集めで疲れてるキロスに、出来立ての料理を持っていってあげるといいですよ」
 そう言われて、今、咲耶の指導の下初めての料理に奮闘するアルテミス。

 しかし、料理を教えているのが咲耶である。

 アルテミスの料理は既に完成しかかっていた。何色ともいえぬ濁った色の塊は、咲耶の料理と同じように、泡と瘴気の様な物を立ち上らせている……。



「はぁ……どうして私はいつもこうなのかしら……」
 雅羅が疲れた顔で壁にもたれかかる。
 
 その肩に、ポンッ、と手が置かれた。

「そんなに気落ちしないで、一緒に何か作りましょう。私の料理を手伝ってくださいな」
「え、えぇ……」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)に促されるままに、野菜を切り始める雅羅。
 
 雅羅に添え物の野菜を切ってもらっている間に、ゆかりはたこ糸で縛った牛肉をフライパンで焼く。ローストビーフを作るのである。
「焼き過ぎないように……と」
 肉の塊を、焦がし過ぎないように転がす。途中で調味料を加え味をつけると、雅羅から声がかかった。
「切り終わったわよ。これはお皿に並べておけば良いのかしら?」
「はい、お願いします」
 雅羅が切った野菜を綺麗にさらに並べる。
 やがてローストビーフが焼き終わり、ゆかりはそれを食べやすい大きさにカットすると、雅羅が並べた野菜の上に盛り付けた。

「カーリー、玉ねぎ切り終わったわよ。次は何をすればいい?」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がゆかりに尋ねる。
「ありがとう。次はワイン煮に使うトマトを切ってもらえますか?」
「ええ、了解よ」
 マリエッタがトマトを取りに行き、合わせてゆかりは黄金兎の肉を調理し始めた。

 戻ってきたマリエッタに、隣で洗い物をしていたなななが話しかける。
「今度はワイン煮かー。皆いろんな料理を作れるんだね。すごいなぁ」
「日常的に作る料理ではないけれどね。せっかくの新年会だし、皆張り切ってるのよ」
 ふと、マリエッタは気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、宇宙刑事も新年会に参加するのね。地球じゃなくてもでもこういう行事は共通なのかしら?」
「そうだよ! こうやって皆で新年をお祝いするのは大事だからね!」
 話しながらも、マリエッタは野菜をカットしていく。
 ざくざくざく、と豪快に食材を刻むマリエッタ。豪快すぎて切られた野菜が不揃いなのはご愛嬌、である。

 その時、家庭科室の外が何やら騒がしくなった。
 どうやらワイバーンの卵を取りに行っていた一団が戻ってきたらしい。
 大きな卵がいくつも運ばれてくる。さらに、卵を取りに行った者達はどうやらワイバーンの肉までも手に入れてきたようだった。

「おっきな卵だねー! あれでゆで卵したら美味しそうだなぁ」
「中まで火が通らない気もするけど……でも、食べてみたいわね」
 そこに、ゆかりから声が掛かった。
「マリエッタ、卵を取ってくるのでその間鍋を見ていてもらえませんか?」
「あら、了解よ」
 
 マリエッタが離れ、一人残されるななな。

「よう、ななな。洗い物大変そうだな、手伝おうか??」
 一人食器を洗い続けるなななに、ワイバーンの食材を運んでいたシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が声を掛けた。
「あ、ゼーさん! ゼーさんも参加してたんだね」
「料理がなくなって大変だって聞いてな。手伝いに来たぜ」

 シャウラは持っていた食材を運び終えると、なななの隣に来て料理を始めた。

「へぇ、ゼーさん料理うまいんだね!」
 手際よく野菜をカットしていくシャウラに、なななが感嘆する。
「一人暮らしが長かったからな。ま、地球に居た頃の話だが」
 シャウラはワイバーンの肉を手に取ると、隣で調味料を眺めているユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)に尋ねる。
「ユーシス、これはどう料理すればいいんだ?」
「ワイバーンの肉は臭みが強いので、まずは酒に漬けて臭みを抜きます。後は……」
 細かく指示を出すユーシス。

「珍なる食物とは興味深いです。是非とも食べてみたいですね」
「んー、いっそお前が作ったほうが早いんじゃないのか?」
「調理は私の仕事じゃないです。指示出しますからあなたが頑張って下さい」
「お前、どこのお坊ちゃんだよ」
「私など貴族の末席の末席。大したことは無いですよ」
「お前に言った俺がバカでした……」

 そんな会話をしていると、近くを通りかかった雅羅が声を掛けてきた。

「あなたたち、楽しそうね」
「お、雅羅じゃないか」
 雅羅はワイバーンの卵を運んでいた。両腕で大事そうに抱える大きな卵。
 その時、電子機器のコードにつまづき、雅羅がバランスを崩す。
「危ない!」
 シャウラが転んだ雅羅を抱きとめ、その手から滑り落ちた卵も片手でうまくキャッチする。
「大丈夫かい?」
「大丈夫よ。ごめんなさいね、迷惑かけて」
 シャウラが卵を雅羅へ差し出す。
「あれ、手怪我してるよ!」
 ななながシャウラの手に傷があることに気がついた。
「ん? ああ、本当だ。包丁で切ったのかな……」

 それを聞いたユーシスがヒールをかけようとし、すぐさま手を引っ込める。
 ななながポケットから絆創膏を取り出したからだ。
「ありがとう。やっぱりなななは優しいな……」
 感激した様子のシャウラを見、やれやれと肩を竦めるユーシス。


 ワイバーンの卵と肉が届いたことで、調理場が更に活気付いていた。
 メイン料理にデザートにと、様々な料理を作り始める参加者達。

「ふんふふんふふん〜♪」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)は卵焼きを作っていた。鼻唄を歌いながら、リズム良く卵を巻いていく。
「ルルルールルルールルルルル♪」
 最後まで巻き終え、出来た卵焼きを皿に移す。
「上手に焼けましたー♪」
 飾りにプチトマトを飾り、彩りをよくする。

 隣の調理台では結和が茶碗蒸しを作っていた。
 その様子をじっと見つめるアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)

「えっと……まずは海老とささみと蒲鉾を……」
 料理本を開き、真剣な表情でレシピを読んでいく結和。

 茶碗蒸しを作る工程はいたって普通である。
 まず最初に具の下ごしらえをする。
 そして茶碗に具を入れ、卵液を注ぎ、蒸し器に入れ蒸す。
 蒸し時間も三号がきっちりと計り、時間通りに取り出す。

 なのに、見た目は何故か紫。中から得体の知れないものまで飛び出している。

 どうやら工程毎に高確率で謎の変化が起こっている模様。最早呪いの域である。
 これで味だけは普通というのが、さらに謎なのだが。

「いつも横で見てるけど、本当どうしてこうなるか不思議だよね……」
「あぅぅ、また失敗しちゃいました……」
 出来上がった茶碗蒸しを見て肩を落とす結和。

 三号は溜息をつき、料理を再開する。
 茹で上がった巨大な卵を、殻をむいて型にはめる。
 やがて綺麗な球形のゆでたまごができあがり、それを可愛らしい形に切る。
 そしてにんにくやアンチョビ、オリーブオイル等を使ってソースを作ると、それを卵にのせてチーズを被せ、オーブンで焼き始めた。

「あら、三号の料理は美味しそうね。それに比べて結和は……」
「ぅぅぅ……」
 理沙が異常な見た目の茶碗蒸しを目にし、頭を抱える。
「結和、肉料理が多いみたいだから、サラダを作ってくれないかしら。お肉ばっかりじゃ胃がもたれるわ」
「は、はぃー」
 急いで野菜を取りに行く結和。流石に、野菜を切って混ぜるだけならあんな異様な変化は起きないだろう。

「理沙、材料準備したわよー」
 白波 舞(しらなみ・まい)が理沙を呼んでいた。理沙が戻ると、椎茸やぎんなん、それに黄金兎の肉が小さめに切られていた。
「せっかくだから鶏肉じゃなくて黄金兎の肉にしてみたんだけど、良かったかしら?」
「あら、良いじゃない。飛竜の卵に幻の兎。レア食材を二つ使った料理、一体どんな味になるのかしらね」
 理沙は蒸し器を準備する。彼女達もまた茶碗蒸しを作ろうとしていた。

 小さな容器に具を並べ、解した卵にだしや調味料を混ぜて作った卵液を流し込む。
「作り方は同じはずなのに……本当、どうしてあんな風になっちゃうのかしら」
 先程の結和の茶碗蒸しを思い出し、首を傾げる理沙。
「どうかしたの、理沙?」
「ううん、何でもないわ。後は蒸し器に入れて待つだけね」
 二人は具と卵液を入れた容器を蒸し器に並べていく。

 二人の向かいでは、美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)がデザートを作っていた。
 ワイバーンの卵を使い、作っているのはカップケーキである。

「こうして皆でお料理するのは楽しいですね」
 ノアがそう言ってにっこりと微笑んだ。釣られて美麗も笑みを浮かべる。
「そうですわね。滅多に無い機会ですもの、のんびりと楽しませていただきましょう。料理も楽しいですけれど、この後の食事会もきっと楽しいはずですわ」
「ふふっ、そうですね。皆さん色んな料理を作っているようですし、食べるのが楽しみです」
 和やかに会話を続ける二人。

 ノアはバターに砂糖、卵を混ぜ、そこに少しずつ小麦粉を加えていく。
「カップの準備ができましたわ」
 美麗がカップを並べた天板を準備していた。
 並べられたカップに、ノアが丁寧に生地を流し込んでいく。。
 やがて均等に生地がカップに注がれ、天板はオーブンの中へ。

「ケーキが焼けるまで、手が空いてしまいますね」
「そうですわね……卵が余っているようですし、目玉焼きでも作ります?」
「あら、いいですね。大きな目玉焼き、きっと皆さん喜ぶと思います」

 二人は卵を貰いに行く。
 両手で抱えるほどの卵である。これを目玉焼きにしたらどれほどの大きさになるのだろうか。

「フライパンに入りきるでしょうか……」

 その頃、理沙達の茶碗蒸しが出来上がっていた。
「うん、綺麗にできたわね」
 蒸し器から茶碗蒸しを取り出し、舞が笑顔になる。
 綺麗な黄色い茶碗蒸しがお盆の上にいくつも並べられた。
「私は料理を会場に運んでくるから、舞はノア達を手伝ってあげて。何か作ろうとしてるみたいだから」
「あ、分かったわ。気をつけてね」
 理沙は茶碗蒸しを乗せたお盆を持って、家庭科室を出て行った。
 それを見届けた後、舞は巨大な卵で目玉焼きを作ろうと悪戦苦闘しているノア達の所へ向かう。



 沢山集まった食材の中で、一際余りの多い食材があった。ワイバーンの肉である。
 どうやら倒した数が多かったようで、既に何人かが料理に使ったものの、肉はまだ大分残っていた。

「これがワイバーンの肉ねぇ。確かに変わった匂いがするな」

 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)はワイバーンの肉を前に、呟いた。

「なあ、これどうやって料理するのが良いんだ?」
 運んできた業者の人に尋ねる。
「ん、ワイバーンの肉か。硬いし臭みもあるからな。濃い味付けにするとか、果物なんかと煮込むと良いって聞いたこともあるな」
「ふ〜ん、なるほどねぇ」
 恭也は肉をひとかたまり受け取ると、調理台に運んだ。
「死んだのに肉も食ってもらえないんじゃ、可愛そうだしな」
 一部は厚切りにし、残りは一口大に切っていく。
 厚切りにした肉は塩と黒胡椒をたっぷりとふりかけ、豪快にステーキにする。
「こんだけ辛けりゃ臭みも気にならんだろ」

 ステーキが出来上がると、今度は果物を探しに行く。
「なあ、何か果物余ってないか?」
「ん、使わなかったパイナップルなら余ってるけど……」
「それでいいや、譲ってくれ」
 他の参加者からパイナップルを譲ってもらい、野菜と小さく切ったワイバーンの肉と共に甘辛く煮込む。
 ややあって。出来上がったのは酢豚のような料理であった。
 試しに一口味見。果物のおかげか、肉が大分柔らかくなっていた。臭みもあまり無い。

「こんなもんかねぇ」
 出来た料理を皿に移し、会場へと持っていく。



 他の参加者達も、徐々に料理が完成しつつあった。

「ふんふんふ〜ん♪」
 幸せの歌を口ずさみつつ、料理をする遠野 歌菜(とおの・かな)
 その歌のおかげで、周囲の参加者の作業も捗っているようだった。

「歌菜、プリンが出来たみたいだ」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が蒸し器からプリンを取り出す。
「ありがとう羽純くん。とりあえず、台の上で少し冷ましてくれるかな?」
「ああ、分かった」
 羽純がプリンを調理台の上に並べる。
「あら熱を取ったら冷蔵庫で冷やして……。間に合うかなぁ」
 
 歌菜は他の参加者達を見る。
 殆どが料理を作り終え、最後の飾りつけをしたり、会場に運び出したりしていた。
 歌菜の調理台の上にも、プリンの他にシチューやローストビーフも並べられていた。

 歌菜は今最後の一品を作っている所である。

「それにしても、色々な料理が出来上がっているな。これは楽しみだ」
「ほんとだね、私も楽しみだなー。早くこれを完成させて、一杯食べるよー!」

 歌菜が手際よく肉と卵を炒める。
 しばらくして手を止めると、羽純がご飯を投入した。歌菜が作ろうとしているのはガーリックペッパーライス。暴れ鬼牛と黄金兎の肉に、ワイバーンの卵と肉までも使った贅沢な一品である。

 羽純があら熱の取れたプリンを冷蔵庫へ入れる。
「歌菜、他に何か手伝うことはないか? 無ければいまのうちに出来上がった料理を運んでおくが」
「あ、うん。後は一人で大丈夫だよ!」
「分かった。運んだらすぐに戻ってくるよ」
 羽純は料理を手に会場へ向かう。

 歌菜は炒めたガーリックペッパーライスの味付けをしていた。

「よし、後はガーリックを振りかけてっと」
 歌菜がそう言って調味料を手に取る。
「あれ、このガーリック殆ど残ってない……」
「あ、あたしが持ってくるよ!」
 料理を運ぶ手伝いをしていた雲入 弥狐(くもいり・みこ)がそう言って駆け出す。

 部屋の入り口では業者の人が余った食材を整理していた。その中に、作業を手伝う奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)の姿もある。
「沙夢ー!」
 食材を運んでいた沙夢に弥狐が駆け寄る。
「どうしたの、弥狐?」
「ねね、ガーリックの予備って何処にあるかな?」
「ん、ちょっと待ってね」
 沙夢が持っていた荷物を業者の人に渡し、家庭科室の隅、調味料が並べられている棚へ。
「あ、あったわ、これね」
「ありがとう!」

 弥狐がガーリックの瓶を手に、歌菜の元へ戻る。
「はいこれ!」
「ありがとう、助かりました〜♪」
「えへへ〜」
 褒められて嬉しそうな顔の弥狐。

 ふと、その視線が歌菜の作っている料理へ。
「美味しそう……なんていう料理なの?」
「ガーリックペッパーライス、っていうんだよ」
「へぇ〜」
 食べてみたいな〜と思いつつも、頭を振って料理を運び始める弥狐。
 すると、歌菜がスプーンでペッパーライスを掬い、差し出した。
「味見お願いできるかな?」
「あ、うん!」
 喜んで味見をする弥狐。
「ん、美味しいー!」
 途端笑顔になる弥狐。釣られて歌菜も笑い返した。

「ありがと! それじゃアタシ、料理を運んでくるね!」
「うん、お願いね」
 料理を手に会場へ向かう弥狐。途中、同じように会場へ向かう沙夢とばったり会う。
「あのね、おいしい料理試食させてもらったんだよ」
「あら、それは良かったわね。もうすぐ新年会始めるみたいだから、私も食べてみようかな。後で教えてね」
「うん!」
「そういえば、さっき少し手伝ったんだけど、ホットケーキもあるみたいよ。あなた好きだったわよね?」
「え、ほんと!?」

 そんな話をしているうちに、二人は会場へ到着。
 会場には既に雅羅達によりテーブルがセッティングされている。
 空いているテーブルへ料理を並べる沙夢と弥狐。

「あともう少しね。さ、頑張りましょう」
「うん!」


 羽純が家庭科室に戻ると、歌菜の料理が丁度完成したところだった。
 重いフライパンを持ち上げる歌菜を、そっと手伝う。
「無理をするな」
 出来上がったガーリックペッパーライスを皿に移し、それと冷ましておいたプリンを持って二人で会場に向かう。
「もうすぐ始まるらしい。あとは会場で待機しておこうか」
「うん。頑張って料理を作ってたからお腹が減っちゃった。早く食べたいな〜♪」




 料理が届かなくなり一時はどうなることかと思われた新年会。

 しかし狩りに料理にと皆が奮闘したおかげで、こうして注文していた物よりも遥かに豪華な料理が机に並んだのだった。

 新年会、ついに開催である。