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雪の女王と癒しの葉

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雪の女王と癒しの葉

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第四章 雪原は燃えているか
「あったれぇぇぇぇぇぇっ!」
 騎士を思わせるフォルム、人型イコンフライトスターから放たれたグレネードが、雪崩の一角を破砕させる。
「よっし、狙い通り!」
「浮かれるな、同じ場所に続けてもう一発」
「了解っ♪」
 剛太郎に窘められ、望美はペロっと舌を舐めてから、もう一撃放った。
 こんな状況だというのに、緊張しすぎないのはメンタルの強さだと、剛太郎は思う。
「どんなに腕が良くても、実戦でビビッてたら使い物にならないからな」
 思いつつ、聞こえてきた通信に了承の意を返し、望美に指示を飛ばす。
「了解した……次は50cm右下だ」
 フライトスターが任されたのは、雪崩の進行のコントロールだ。
 この規模になると全てを把握するのは難しいから、中心部を狙っている。
「本当に、この状況で笑って操縦できるなんて、全く頼もしいぜ」
 呆れ半分、本音半分でもらし、剛太郎は眼前の『それ』を見つめた。


 それは、雪崩というよりも最早、白い津波と称しても良い光景だった。
 ならばそれに挑むのは、愚かなる者の無為なる行動か……?
 けれど彼ら彼女らは知っている。
 例え勝ち目がなかったとしても、挑まねばならぬ時があるのだと。
 何より誰一人、負ける気でいる者はいなかった。
 独りではない……共に戦う仲間が、最高の『相棒』が在るのだから。


「ポイントW15地点に照準……3・2・1」
 次の瞬間、目的地点ピタリで爆音が響き。
「南東方向に3メートル移動します」
 ユーリカの精度を疑わない近遠は、爆音が響く前にE.L.A.E.N.A.I.を移動させている。
 どこか雪の上を滑るような、それ。
「どうやっているのか、どういう意味があるのか分からないが、凄いな本気で」
「しっ、二人の集中力を乱してはダメ」
「先ほど歌菜さんが言ってた通り、小爆発を起こして雪崩がこれ以上成長するのを防ぐのが我々の役目ですよ」
 そう息を殺さなくても大丈夫です、と告げながら近遠の目は機器のあちこちを忙しなく動いている。
「器用なものですね」
「確かにな」
 E.L.A.E.N.A.I.のフライトスターの動きに僅かに息を呑んだホリイに、甚五郎は小さく頷いた。
 自分達のイコン・バロウズは大型故に小回りは利かない。
 あんな風に次々と移動して立ち位置を変えるのは、難しいと言えよう。
「とはいえ、こちらも負けてられない」
「! はい、ワタシ達のバロウズはまだまだこんなものじゃありません!」
「やれる事をやるだけだ、そうだろうバロウズ」
 甚五郎に応えるように、二連機砲……二連式対地対空機銃が火を噴き、雪津波の左舷を消滅させた。
 圧倒的な大自然の脅威、それでも。
 彼らは徐々に徐々に、けれど確かに。
 それを攻略していくのだった。


「E29にて雪崩の兆候あり……行ける?」
「誰に聞いていると思ってるの?」
 フィーニクス・NX/Fから放たれた冷凍ビームが、雪崩落ちそうだった雪を固めた。
 色々無茶をしている以上、皺寄せはある。
 支援ユニットであるインファントを使いながら、『フィーニクス』は雪崩になりそうな箇所を凍らせ、また凍らせ作った塊に雪崩を当たらせる事で、削って行く役目を担っていた。
 飛行形態と人間形態とを使い分け、縦横無尽に飛びまわりながら。
「残り弾数には気を付けて」
「分かってるわ……使いきる前に止めたい所、ていうか止めましょ」
 ジヴァの頼もしい言葉に、イーリャは大きく頷くのだった。
「間に合うか?!」
「間に合わせてみせます!」
 白い地表を鮮やかに駆ける空色の機体。
 アンシャールは【暁と宵の双槍】……『暁の槍』と『宵の槍』、二本の槍の斬撃で雪崩を切り崩していた。
 最終防衛ラインまで後わずか、歌菜と羽純にも焦りが滲む。
 それでも。
「雪崩を無事に収めて、皆の笑顔が見たいから…私は最後まで絶対に諦めません!」
 気合一閃、空色の騎士の斬撃は、雪崩の右舷をごっそりと削り取った。

「遠野君達はそのまま、中央部に向けて削って行って下さい。えぇ、中心部……本体部の進行ルートはこのままで」
 教導団大尉・白竜は指示を出しながら、だが、と黄山(ホアンシャン)の中、外部に声がもれぬよう呟く。
「皆、頑張ってくれています、しかし……」
 作戦は順調と言えた。
 皆の頑張りで、雪崩は当初以上に大きくなる事もなく、大分削れている。
 その進行も、こちらが意図する場所へと誘導出来ている。
 だがそれでも、白竜の目算では『足りない』のだ。
 その規模は未だ、圧倒的だった。
 勿論、集結しているイコンの全火力をもってすれば制圧は容易いが、そうしたらおそらく、山自体が木端微塵で町にも余波が降りかかるだろう。
「間に合わない時は……ッ!?」
 そこまで考えた時、黄山が揺れた。
「悪い、足を取られたっ!」
「いや、よくここまで保ってくれました」
 元々、黄山は土木系に強いが水中用のイコンなのだ。
 寒冷地帯での操作はやはりトラブルも多い。
 それでも、操縦を受け持ってくれた羅儀が【パイロキネシス】を使ったりでフォローしてくれていたので、ここまでもったが。
「損害は?」
「左足損傷、軽微だから動けない事はない」
「なら……」
「大尉さんは下がるであります!」
 続けよう、という言葉を遮ったのは、航空戦艦伊勢の吹雪だった。
「黄山はそろそろ補給も必要であります。大尉さんはこちらで指示を出すであります」
「準備急いで!」
 整備と補給のサポートを引き受ける伊勢、吹雪の背後ではコルセアのテキパキとした指示が飛んでいる。
「……分かりました」
 このまま肝心な時に動けなくなるのは避けたい、白竜は溜め息を呑みこみ、愛機を吹雪とコルセアに託した。
 そして。
「やはり、間に合わないですか」
 最終防衛ライン間際、白竜は拳を握り固めた。
 本当に皆、頑張ってくれた。
 だが、あの量の雪を当初の予定通り、川べりに一気に流せば……川が埋まる、というか溢れるだろう。
 なら、もうここで力押しでどうにかするしか、ない。
「応急処置だけど、支障なく動けると思うわ」
「ありがとう、助かりました」
「でも、無茶したらダメよ」
 コルセアに礼を言い、黄山を見上げた白竜と羅儀はどちらからともなく顔を見合わせ、頷き合った。
「そこの戦艦、道を開けな!」
 その時、だった。
「ドリル起動、そのまま雪崩に突っ込むぞ」
 随分と物騒なセリフと共に、【機動要塞】扶桑が突っ込んできたのは。
「危なっ! ちょっ、ぶつかりそうだったであります!」
 真っ赤な航空戦艦とのニアミスに、伊勢から抗議が上がる。
「んなヘマしねぇって! お〜い、下の連中、上手く避けてくれよ? てか、巻き込んだら悪い★」
 そんな抗議もものともせず、艦首から採掘用ドリルを展開すると、雪崩へと突っ込んだ。
 軽い口調とは裏腹の真剣な面持ちで。
「総員、衝撃に備えろ……ッ!」
 赤が白銀に、突き刺さった。
 規模は大分小さくなっていたとはいえ、その圧倒的な質量と質量のぶつかり合いである。
 雪崩の誘発を防ぐべくエネルギーを受け流し吸収しせめぎ合う。

「「「「「「止まれぇぇぇぇぇぇっ」」」」」」

 見守る吹雪の白竜の剛太郎のイーリャの皆の口から知らず、迸った願い。

「ちっ、流石に止めきるのは無理だったか」
 衝撃に、一時的に落ちた照明。
 メインモニターだけを何とか復旧させ目にしたのは、扶桑を飛び越えていく雪の塊。
 ここは近過ぎる。
 あの雪の量では町を呑みこむことはないだろうが、直ぐ下にある孤児院に直撃すればペシャンコだろう。
「まぁ、あいつらが何とかするか……それに」
 背後……見えない筈のソレに、不敵に笑んでみせた。
「仕方ねぇ、見せ場は譲ってやる……決めろよ?」
 応えるように、独特のシルエットをしたイコンが、獲物を構えた。