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第二章 眠れる巨獣 2

 カルディノスから離れたところまで移動したルカたちは、ようやく真衣兎たちの誤解を解くことが出来た。
 元々、素直ではあるのだろう。真衣兎はカルキノスに何度も頭をさげて謝っていた。だけど、カルキノスはここぞとばかりに「どーせ俺なんて……」とぶつぶつ文句を言う。
 夏侯淵が肩をぽんと叩いた。
「まあ良いではないか。酒人立殿に悪意はなかったのだし」
「うるせー。誤解される俺の身にもなってみろってんだ」
 カルキノスはぷいっとそっぽを向いた。
「どうせいつものことだろう。今さら気にしても仕方あるまい」
 ダリルが言った。ガーン……とショックを受けるカルキノスは、隅っこでまた丸くなった。
「それより、カルディノスを見つけたのは幸運だった。だいぶ離れてしまったが、居場所はわかるのか?」
「眠ってた場所が変わってなければ。ね、什士郎?」
 真衣兎がみんなの輪からすこし離れた場所にいた什士郎にたずねた。腕を組んで瞑想していた什士郎が、顔をあげた。
「ああ。道は覚えてる。案内は俺がしよう」
「他の仲間たちが到着したら、頼む。どうせやるなら、人数は多いほうが確実だからな」
 ダリルはそう言った。
 実は、他にも仲間が渓谷地を探索していたのだ。すでにHCで連絡は取ってある。到着するのにそう時間はかからなかった。しばらく待っていると、空や地上から、複数の仲間たちがやって来た。飛空挺に乗っている者もいれば、探検家よろしく森を突きすすんできた者もいた。
 彼らを見て、ダリルはにやっと笑いながら言った。
「――さあ、狩りの時間だ」


 眠っていたカルディノスは、不穏な気配に気づいて起き上がった。まずい。なにかが近づいてくる。自分に敵対する――なにかが。
 のっそのっそと動きだし、辺りに目を配る。見つけたのは、一人の娘だった。その娘、鷹野 栗(たかの・まろん)は、逃げも隠れもせずカルディノスをじっと見ていた。
 腕には幻槍モノケロスを持ち、百獣の毛皮を着込んでいる。いかにも獣狩りをしにきたハンター然とした栗の姿に、カルディノスは一瞬だが、眉根を寄せたようだった。
「さあ、カルディノス。私たちとあなた、どちらが強いか比べましょう!」
 先に仕掛けたのは栗だった。
 連続して放たれた槍の一撃が、カルディノスに傷をつくる。カルディノスは憤怒した。栗へ向けて、一直線に木々を薙ぎ倒してきた。
 かかった! 栗はにやりとした。追いかけてくるカルディノスから、素早く逃げる。隙を突いて、カルディノスの背後から、羽入 綾香(はにゅう・あやか)が姿をあらわした。
 挟み撃ちだ。彩香と栗の目線がピタッと合う。
 空中に飛んだ彩香は、ヴァルキリーの脚刀で攻撃を仕掛けた。カルディノスの背中に傷が走る。ようやく、羽入の姿に気づいたようだった。が、栗の槍が、すかさず相手の脚を狙った。
 カルディノスは痛みにうめくよう、暴れまわった。
 その姿を、茂みの陰に隠れていたダリルたちが見ていた。
「よし、カルディノスの頭に血がのぼったぞ。作戦開始だ」
 ダリルが目線と手の動きで指示を出す。囁き声で「ゴー!」と言われると、剣士風の二人の男女が茂みに隠れたまま動き出した。その隙に、別の仲間が行動を開始する。
 上空から、スレイプニルと呼ばれる八本脚の馬のいななき声がとどろいた。その隣に、ジェットドラゴンにまたがるリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)がいる。
「リーダー! あれがカルディノスでふ! 思ったよりおっきいでふ〜!」
 リイムがそう言うと、スレイプニルにまたがる十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はにやりとした。
「相手にとって不足なし、だ。バウンティハンターの力、見せてやろうぜ!」
 宵一は上空から、四匹の従者を放った。ラビドリーハウンド(アイアンハンター)、名無しのアイアンハンター、特戦隊――計7体の部下たちが、宵一の指揮に従ってカルディノスに飛びかかる。
 その隙に、聖邪龍ケイオスブレードドラゴンに乗っていたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、ドラゴンから地上へと飛び降りた。
「いきなさい、影たちよ!」
 ヨルディアがさけぶと、ヨルディア自身の影が二つほど複製され、人型になってカルディノスに立ち向かっていった。「忍法・呪い影」と呼ばれる術だ。意思をもった二つの影は、宵一が放った従者たちと一緒になってカルディノスの身体にしがみつく。
 さらに、ヨルディアは『ホワイトアウト』の呪文を唱えた。ゆらゆらと雪が降り始めたかと思うと、突如として豪雪が降り注ぐ。カルディノスの視界は、完全に猛吹雪に遮られた。
 従者や吹雪をとっ払おうと躍起になって、カルディノスは腕や頭を振り回す。
 宵一が、スレイプニルにまたがったまま神狩りの剣を振りかぶった。今こそ、この剣を試すときだ! ぐわんっと、風を切った剣が、カルディノスに迫った。が、カルディノスも抵抗する。剣は寸前のところで致命傷を逃し、代わりに、カルディノスの片目を斬りつけた。
 悲鳴にも似た雄叫びがとどろく。
「しまった! 逃したか!」
 宵一の目の前で、カルディノスは従者たちを振り払った。痛みで周りが見えていないのか、どすんどすんと大地を踏みつけ、暴れまわる。すると、今度はそのカルディノスの目の前に、何の変哲もなさそうな平凡な青年があらわれた。
 というより、茂みの奥から蹴り出された感じだ。月詠 司(つくよみ・つかさ)という名のその青年は、カルディノスにギロッと目をつけられると、慌ててその場から逃げ出した。
「シオンくん、うらみますよおおぉぉ!!」
 司はそう言って、泣きさけぶ。
 実は、パートナーのシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)からの命令で、カルディノスを引きつける囮役をやらされているのだ。ミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)はその手助けをしていた。ZEGA《Chrome》と呼ばれるドッペルゴーストの黒い球体を使って、カルディノスに幻覚を見せつける。いったい、何を見せたのか? 異様に顔を真っ赤にして怒ったカルディノスは、逃げる司をどすんどすんと追いかけてきた。
 シオンはその間に、司が逃げてくる方角で落とし穴の作成に勤しんでいた。と言っても、自分身の手は汚さない。お供についているアンデットの包帯ネコたちが、せっせと穴を掘り、拾ってきた枝や草で落とし穴を隠した。
 さ、これで準備は出来た。あとは司がカルディノスをおびき出してきてくれるのを待つだけだ。噂もそこそこ。遠くから司の悲鳴とカルディノスの足音が聞こえてきた。
「きたきた♪」
 ささっとシオンは茂みに逃げ込む。司は落とし穴をぴょんと飛び越えた。カルディノスはまんまと罠にはまってしまった。どんっと巨大な足が地面を踏んだ瞬間、どがあぁっと全身が穴の中に埋もれてしまった。
「いまよ、ツカサ♪ どーんとやっちゃいなさい!」
 シオンは笑顔でそう言って、司にエメラルドセイジという弓を渡した。
「相変わらずシオンくんはなにもしないんですね」
 司はため息をつく。射貫かれた矢が、カルディノスの身体にドンッと突き立った。落とし穴で動けない上に、胸を矢で貫かれたカルディノスは、大暴れする。いまのうちに仕留める必要があると、タイミングを計った。
「姫月さん! 今です!」
 司が呼びかけた。すると、木々の上にいた二人の男女が、枝をバネのように使って颯爽と跳躍した。仁科 姫月(にしな・ひめき)、それに成田 樹彦(なりた・たつひこ)の二人だ。
 姫月は『緑竜殺し』という両手剣を手に。樹彦は『シュバルツ』と『ヴァイス』という二挺拳銃をかまえる。二挺拳銃の銃弾が雨のようにカルディノスの身を撃ち抜いた。
 大地を揺さぶる大音量の雄叫び。無我夢中の必死の抵抗をカルディノスは試みるが、その爪は姫月まで届かなかった。代わりに、両手剣を振りかぶった姫月が、角と翼を同時に叩き斬る。
 一瞬、時が止まったかのように見えた。姫月と樹彦が着地する。剣を背中に収め、二挺拳銃を腰にもどしたとき、カルディノスはゆっくりと、穴から這い出たような形で倒れ込んだ。