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第五章 匂いはどこだ?

 子どもたちを見失ってから、再び舞花たちの捜索は始まっていた。
 森を抜けた開けた草原の中、白銀 昶(しろがね・あきら)が匂いをかぎわけていく。昶は狼の獣人で、その嗅覚は人間の何倍もあった。鼻先がひくひくと動く度に、「こっちだ」と、契約者の清泉 北都(いずみ・ほくと)たちを先導していく。
 やがて、昶は子どもの足跡らしきものと、小さな藪を見つけた。北都も、それに真っ先に気づく。
 足跡らしきものに屈み込んで、北都は言った。
「間違いない。ビクル君とシャディちゃんのだ。それも、そんなに古いものじゃない。ほんのちょっと前に、ここを通ったんだ」
 北都たちは辺りを見回した。二人がどこに行ったのか? それを探しているのだ。
「これじゃないか?」
 昶が、藪に隠れている獣道を見つけて言った。
 まず間違いなく、そうだろうとみんなが思った。獣道には足跡が続いていたし、やがてその道は、子どもが通れるぐらいの小さな洞穴にさしかかっていた。きっと、あの洞穴からさらに奥へと行ったんだろう。
 なんだか、あんまり良い気分ではなかった。奥に行けば奥ほど、危険は多い。嫌な予感のほうが強くなってきた。
「急ごう。二人が危ないかもしれない」
 北都が焦りを匂わせながら言う。
 仲間たちはそれにうなずいて、先を走っていった昶の後を追った。

 きっかけは、〈白鹿の彫刻亭〉で食事をとっていたことだった。
 二人の子どもが危険な渓谷地帯へ行った。そんな噂を耳にしたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、それから町の人に「連れ戻しに行ってくれないか?」と頼まれた。軍服を着ていたからだろう。向こうも、なにかあっては困るからと手段を選んでいられなかったようだ。
 ジェイコブは、やれやれ……と思いながらも、子ども探しに乗り出した。
 金髪の厳めしい男だが、こう見えて面倒見は良いのだ。
 パートナーのフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)を連れて、ジェイコブは他の仲間たちとともに子どもたちの後を追った。
「ねえ、ジェイコブ。これ見て」
 昶が見つけた獣道を先に進んだところで、フィリシアが言った。
 地面に、よく目をこらさなければわからないほどの小さな茶色い欠片が落ちていた。
「クッキーのくずか……。洞穴から出て、ここを通ったのは間違いなさそうだな」
 ジェイコブが、くずを拾いながら言った。
 早く見つけないと、厄介なことになりそうだ。不安はますます強くなった。

 偵察に出ていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が戻ってきた。
 探している子どもたちと同じぐらいの歳。いや、それよりかもっと若く見える小さな暗殺者は、まるで音のない影のように、しゅたっとみんなの前に姿をあらわした。皆は「うわぁっ」と一様にびっくりしたが、パートナーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)だけは、刹那が帰ってきて喜んだ。
「おかえり、せっちゃん!」
 刹那がほほえみながら言う。
「ただいま、アルミナ……」
 表情には出さないものの、刹那はどこか嬉しそうにこたえた。
「それで、どうだった?」
 仲間たちがたずねると、刹那はくいっとあごをしゃくった。
 ついてこい、という意味らしい。ちょこちょこと歩く刹那の後に、みんながついていく。
 刹那が見つけたのは、地下へとつながる洞窟だった。
「この中に、入っていったの?」
「さよう。ただ、入っていったというよりは、ここから気配がする、ということじゃが」
 刹那は歳に似合わない老獪な口調で言った。
 耳をすませると、ぽちゃんっという水音がかすかに聞こえた。
 ここは、もしかして……。皆の脳裏に、渓谷地の地下水脈が思い起こされた。

 本来はいつもの散歩のはずだったが……。
 だけど、町に立ち寄って、行方不明の子どものことを聞いているうちに、いつの間にか意識が仕事モードになってしまった。
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)のいつもの癖だ。フィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)は呆れながらも、だけど、それが恭司らしさでもあると誇りに思っていた。
 恭司は煙草的なモノをふかしながら、洞窟を歩く。すると、ふいにその足が立ち止まった。
「どうしたの? 恭司」
「何か聞こえる……」
 フィアナにそう答えて、恭司は耳をすませた。
 先ほどは水音だったが、今度は……。
「子どもの悲鳴だ!」
 それはよく耳を凝らさなければ分からないほどの声だったが、恭司にはハッキリと聞こえた。
 急いで、洞窟を抜けようと駆け出す。右に曲がったり、左に曲がったり、もはやどう移動したのかも分からなくなってきたとき、ついに洞窟の奥から光が漏れだしているのを見つけた。
 その奥にいたのは……。
「カルディノス!」
 恭司はカルディノスと二人の子ども。それに、それを守るように立っているサリアと翠を見つけた。