天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

されど略奪者は罪を重ねる

リアクション公開中!

されど略奪者は罪を重ねる

リアクション

「もう一度、ウィルコが作ったホットミルクが飲みたいな」

 二人きりになり、シエロが最初に言ったのはそんな言葉だった。

「やっぱり。今すぐに作るよ」

 ウィルコは小さな鍋に牛乳を注ぎ、キッチンで火にかけた。
 数分もすれば、ホットミルクが出来上がる。
 バニラエッセンスを数滴垂らすのが、美味しさの秘訣だ。

「姉さん。ホットミルクが出来たよ。今、持って行くからね」

 ウィルコは温めたミルクをコップに注ぎ、ベッドで上半身を起こすシエロに持っていく。
 シエロは両手で受け取ると、コップから伝わる温もりと鼻腔をくすぐる甘い香りを楽しみつつ、口に運んだ。
 上品な甘さが、シエロの口一杯に広がる。

「やっぱり、ウィルコの作ったホットミルクが一番だね。ありがとう」

 ウィルコは照れくさそうに頬を掻き、ベッドに腰をかけた。
 自分の分のホットミルクを口に運び、少しだけ目を閉じた後、小さな声で言った。

「……俺も、姉さんにすぐに会いに行くから」

 シエロはゆっくりと首を左右に振る。

「だめ。絶対に許さない」
「え?」
「ルカルカさんたちが、あなたの罰を軽くしようとしてくれてることは耳にしたわ。それで、死刑はどうにか免れたんでしょ?」
「……そうだけど」
「それに、ハデスさんとの約束もあるじゃない」
「聞いてたのか……でも、姉さんがいない世界なんて俺は」
「ばーか」

 シエロがにっこりと微笑む。

「私の弟は約束を破るような嫌な人間じゃないわ。
 顔なんてくしゃくしゃで、髪なんて白髪混じりで、一杯重たいもの背負って腰なんて折れ曲がってる。
 そんな素敵な人にならなくちゃ、あっちで私の隣に立たせてなんてあげないんだから。すぐに追い返してあげる」
「……姉さんには敵わないなぁ」
「そりゃそうよ。二人きりの姉弟なんだから」
「どこまでも愛されてるんだなぁ、俺って」
「ええ、もう取り返しがつかないほど。それこそ不知の病のようにね」
「…………やめてよ。こっ恥ずかしい」

 ウィルコはまた照れたように頬を掻き、視線をシエロから外す。
 彼女はうふふと小さく笑みをこぼした。

 言葉がいらなくなった時の中で、シエロは自分の頭をこつんとウィルコの肩に預ける。
 小刻みに震える体を感じて――シエロは、ウィルコが泣いていることに気がついた。

(もう、いつまでも泣き虫なんだから。最後ぐらい笑って見送ってよ)

 身体がだんだんと重くなっていく。
 もうすぐ自分は死ぬのだろう、それが感じ取れた。
 だから、シエロは言う。
 最後に、はっきりと、伝える。

「ありがとね、ウィルコ」

 言葉の終わりと共に、コップがベットの上に落ちた。
 ウィルコは肩にかかる重みが心なしか増したことに気づく。

「姉さん……?」

 まるで幸せな夢を見ているような表情。
 彼女は口元にやさしい笑みを浮かべ、目を閉じたまま、それからもう二度と動くことはなかった。

「…………っっ」

 いつかこの時が来るだろうとは分かっていたが、それはあまりにも唐突な別れだった。
 ウィルコは悲しさとも、さみしさとも、何ともつかない気持ちで空を見上げる。
 澄み切った蒼い空は、ウィルコの目にはぼやけて見えた。

「……俺も、姉さんの弟で幸せだったよ」

 人は死ぬと星になるという話を耳にしたことがある。
 なら、死んだ姉さんの魂はこの空を上っていることだろう。
 ウィルコは空を見上げたまま、言葉をつむぐために口を開いた。

「ありがとう」

 さよならよりも相応しい言葉を、最愛のあなたに――。

担当マスターより

▼担当マスター

小川大流

▼マスターコメント

 まずは謝罪を述べさせて頂きます。
 公開が遅れてしまい、申し訳ございません。
 全て私のせいであり、お詫びの言葉もございません。本当に申し訳ございません。

 最後まで読んで頂きありがとうございます。
 マスターの小川大流と申します。
 この度は「されど略奪者は罪を重ねる」にご参加頂きありがとうございました。

 今回の物語は如何でしたでしたでしょうか。
 少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

 リアクションについて、少しだけ書かせて頂きます。
 今回、私が事前に考えていたエンディングは複数あり、その中でも二つのエンディングを紹介させて頂きます。
 一つ目は、目も当てられないようなエンディング。
 ダオレンが逃げ延び、シエロの前でウィルコを殺す。発狂したシエロが自殺する。
 考えていた中でも屈指のバッドエンドだったと思います。
 そして、二つ目はノーマルエンディング。
 死にかけているウィルコが、最後の力を振り絞ってシエロの記憶を奪う。奪ったのは、自分に関する記憶の全てだった。
 そして、シエロは教導団の病室で何かを思い出せないまま一ヶ月の余生を過ごす……というエンディングです。
 今回のリアクションのエンディングは随一のハッピーエンドであり、皆様のお陰でこのエンディングを書くことが出来、とても嬉しいです。
 ありがとうございました。

 それでは、また、皆様とお会い出来る日を心待ちにしております。

 ※
 ウィルコの奪う能力ですが、その効力はだいたい一ヶ月しかありません。
 五感や記憶を奪われた方は、すでに正常に戻っていますので、ご安心ください。