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2時限目 座学:ロジスティクスと至近代史

 教室にひとつだけ設えられた机と椅子。
 バニーはの椅子にちょこんと座り、次の授業を待っていた。
 教壇に、つかつかと歩いてくるのは沙 鈴(しゃ・りん)
(彼女がもし、一人では試すことのできない知識を習得したのでしたら――)
 その胸には、ひとつの希望、いや願望があった。
(集団の必要性を感じ取ることができれば、集団の中に身を置く選択をするかもしれませんわ)
 胸に抱く一冊の本。
 ロジスティクス。
 それが、鈴の教える知識だった。
「……つまり、前線で必要な弾薬の数量を算出し工場に発注する。すると工場は材料を集めて生産し、それを前線に輸送するわけ」
「あい。通信速度も影響を及ぼすんどすな」
 ロジスティクスとは兵站・物流について、生産地から消費地までの全体の流れの最適化を目指すもの。
 鈴の説明を、バニーはメモも取らずしかし確実に理解しているようだ。

「ふぅ……」
 授業がひと段落つき、額の汗を拭う鈴。
 その時だった。
 くぅう。
 鈴のお腹が可愛らしい音を立てた。
「あ……」
 赤面する鈴。
 と、突然バニーの姿が消えた。
「えっ?」
 次の瞬間、現れたバニーの手にはスライム状の何かの入った鍋が握られていた。
「せんせぇ、お腹が減ってはるんどすな? ほんならこれをお食べくだはい」
「えっ、えっ?」
 突然のバニーの行動に意図が理解しきれず戸惑う鈴。
「せんせぇの需要は、お食事。それをうちが察知して料理を供給する。これが最適化違うん?」
「あ、なるほどそういう考え方なんですのね……」
 バニーの言動を理解し、安堵の息をつく。
 しかし鈴の前には別の問題が持ち上がっていた。
(これを、食べなければいけないのですか……)
 うねうね蠢くバニー作謎料理。

   ◇◇◇

「……パラミタが現れて14年弱。時代は激動している。3年あまり前、現西シャンバラ女王代行の高根沢理子が斬姫刀を手にしてからは特にな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、黒板に書きつける手を止めぬまま、説明を続ける。
「……世界を破滅させんとする者が現れ、その者を討つために帝国は女王を贄として欲した。だが、犠牲を出さずに勝利は成った」
 彼がバニーに教えているのは、歴史、それもパラミタの至近代史。
 戦争が起き、パラミタは何度も危機に陥った。
 しかし、それ以上に此処を守ろうとする者がいた。
 この場所には、楽しいことがたくさんあるから。
 だから、此処は存続している。
 それを教えたくて、そこに至るまでの長い長い講義を展開していた。
 黒板に系図を書き、力を込めて語り、時に身振り手振りを交えて。
 バニーは黙ってそれを聞いている。
 理解しているのかしていないのかは、分からない。
 しかし今までの彼女の理解力を見るに、きっとこれら全ての講義を吸収しているに違いない。
「……とまあ、こんな所だ。大分時間をとっちまって悪かったな」
「いいえ、せんせぇこそ、お疲れ様どす」
 エヴァルトの謝罪を軽く首を振るとねぎらうバニー。
「せんせぇの授業、内容が濃くてためになりましたえ」
「そ、そうか」
 バニーの素直な礼の言葉に頭をかくと、締めくくった。
「まあ、つまり、皆思ってるんだ。この世界が好きだ、と」
 しかしバニーは笑顔のまま、小首を傾げる。
「ほんまに、そうやろか?」
 人をほっとさせる笑顔とは違う。見る者の心を凍らせる笑顔だった。
「な、エヴァルトせんせぇ」
(ああ、彼女にはまだ分からないのかもしれない……)
 エヴァルトは、彼女の笑顔を見てそう感じた。
 エヴァルトが一番最初に彼女に伝えた言葉。
 破壊より、全力で楽しめよ。
 それが、真の意味で彼女に伝わるのはまだまだ先なのかもしれない。