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休み時間

「小暮、どうだった?」
 教室の隣に設えた、教師、特に暗殺をする者たちに与えらえた一室。
 そこは、マジックミラーになっていて、生徒には気付かれず授業の様子を見ることができるようになっていた。
 バニーに神道について教えていた大岡 永谷(おおおか・とと)は、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)に作戦の進展状況を問う。
「ミッション進展率は7.3%……決して好ましいとは言えない状況です」
「そうか……」
 永谷の表情が翳る。
 少しでも彼の役に立ちたかった。
 そう考えて教壇に立った。
 それなのに……
「すまなかったな。役に立てなくて」
「いえ、大岡殿のせいではありません。対象の能力は、自分たちの想定を超えていました」
「……確かに」
 永谷は、自分がバニーに巫女の修練について教えた時のことを思い出した。
 教えた事は完璧に習得する。
 その上、傍で見ていると分かるが彼女の行動の一つ一つはかなり素早く、かつ隙がない。
 巫女として決まった所作をしている筈なのに、何故か先の行動が読めない。
 そんな印象があった。
「はぁ……」
 永谷と小暮は、恋人同士になったばかり。
 しかしそこに流れている雰囲気は、決して甘いモノではなかった。
 それは、つい先程宇宙刑事についての授業を終えたばかりのシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)金元 ななな(かねもと・ななな)も同様だった。
「いやあ、本当はなななへの愛を教えたかったんだけどな。ライバルが増えたら困るし、だから宇宙刑事なななについて語ってやったぜ!」
 結果的になななについて語りまくったシャウラは、やり切った顔をしていた。
 しかし、そんなシャウラになななは一言。
「ゼーさん。真面目にお仕事しなきゃ駄目だよ」
「えっ……」
 付き合い始めたばかりの恋人にたしなめられ、シャウラは硬直する。
 確かに、バニーに宇宙意志の授業を行うなななを見ては、(あぁ俺もなななに何か教えて貰いたい……)とか、鼻の下を伸ばしていなかったとは言い切れない。
 だけど此処は、そんな甘い空気が許される場所ではなかった。
「す、すまない、ななな」
 必死で謝ろうとするシャウラに、なななは少しだけ厳しい顔を作って囁いた。
「そういうのは……また今度」
「あっ、……ああ」

「……にしても、意外ね。暗殺参加者が私達しかいないなんて」
 授業を一足先に終え、対象の様子を見ていた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が輪に入ってくる。
 そう、はっきりと暗殺を目的としている者は、小暮、ななな、雅羅の3人しかいなかったのだ。
 他の者は、授業のみ、もしくは何か別の目的を持って、授業をしているらしい。
「……もしも、誰も作戦を遂行することができないのでしたら。その意志がないのでしたら」
 小暮は、無表情のまま口を開く。
 しかし永谷には、その表情の下に様々な感情を押し殺しているのが感じられた。
「1%でも、その意志を持った我々が作戦遂行しなければいけません」
「小暮……」
 永谷は、そっと小暮の腕を取る。
 自分がついてる。
 そんな気持ちを伝えるために。
「……そうだね」
「ななな」
 シャウラは、傍らに立つ恋人……なななの顔を見る。
 いつになく神妙な表情をしていた。
 それだけの決意に至るまでに、彼女にどれだけの葛藤があったのだろう。
 それなのに、彼女の教師姿に見とれてばかりいた自分自身に憤る。

「ねえ、見て」
 雅羅が、教室を指差す。
 そこでは、瑠兎子の『人間学』の授業が行われていた。
 バニーは、彼女が持ち込んだノートパソコンを見ている。
 そこに映されているのは、彼女の義理に弟、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の姿だった。
 幼い頃の夢悠、パラミタに来たばかりの夢悠、恋愛を経験した夢悠の姿を経て、今は女装してアイドルとなった彼の姿が流れていた。
「……一体、何をやってるのかしら」
 雅羅たちは、やや呆れた様子でその授業を眺めていた。
 一通り映像を見せた後、瑠兎子はさて、と語りだした。
「この話の登場人物達のように人と人とが関わる事を『絆を結ぶ』と言って、様々な変化を人に与えるわ。それは学習の結果というより、人と関わり結ばれた絆の結果なの。どういうことか、分かる?」
「……わかりまへん」
 小首を傾げるバニー。
 その様子は、どこか不満そうにも見えた。
 自分に理解できない事があるという事実に対しての憤りなのだろうか。
「変化に学習は不可欠ではないの。必要なのは彼のように、新しい『環境』へ踏み込み、『出会い』、『偶然』にも身を委ねる事」
「……そうどすか」
「ええ。そうすれば貴女も、今は想像出来ない貴女になる可能性を開花させるし、学習をする事もあるわ。この環境で、私と貴女が出会い、授業をしたようにね」
 そう言うと、瑠兎子はバニーに片目を瞑ってみせる。
「以上、私の授業は終わりよ」
「……」
 バニーは無言のままだった。

「……」
 瑠兎子の授業を見ていた雅羅たちも、また無言だった。
「ねえ」
 口火を切ったのは、雅羅だった。
「もう少しだけ、暗殺の前に皆の様子を見るっていうのはどうかしら」
「そうですね」
「なななも、そう言おうと思ってたんだ」
 雅羅の言葉に、小暮となななも頷いた。