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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

リアクション

「わぷっ!」
 ビルの角を曲がった直後、突然足元に大きな炎の塊が飛んできて、杜守 柚(ともり・ゆず)は後ろによろめいた。
 どん、と肩が背後の高円寺 海(こうえんじ・かい)の胸に当たる。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫…。ありがとう」
 両肩を掴まれ、真上から覗き込まれて、柚はほんのり赤らみつつも礼を言う。
 一方海は淡々としたもので、
「そうか」
 とうなずくと柚から離れ、杜守 三月(ともり・みつき)に近寄った。彼は炎の塊だけでなく瓦礫片も多少浴びたようだったが、特に傷を負ってはいないようだ。
「今のはアッシュの偽者の仕業か?」
「そうみたいだね。ほら、あそこ」
 三月の指差す方向では、もうもうと土煙ならぬ灰煙が広がっていた。徐々に地に沈んでいくそれらの向こうでは、崩れた商店の瓦礫の上に立つ偽アッシュが腰に手をあて胸を張っている。
「うははははははははーーーっ! やはり俺様最強ーーーーっ!」
「……何が最強だよ」
 上半身裸で、あんなとこで灰人形に囲まれて、何やってんだか。
 ばか丸出し。
 三月は、はーっとため息をつく。
 しかし柚は違った。
「あんなに灰がいっぱい…。あれ、全部アッシュくんがばらまいているんですか?」
「そうだ」
 海の肯定を裏付けるように、アッシュが勝ち誇って振った腕から灰が散って灰人形が生まれる。
「手から灰…」
「あ。またなんか変なこと考えてるだろ、柚」
「アッシュくん、今度は花咲かおじいさんになったのです」
「柚〜〜〜〜?」
 一体何を言い出すのかと、怪訝そうな目を向ける三月の前、柚はぽんと手を打った。
「これってネギからグレードアップしたってことですよね?」
「……いや、グレードダウンじゃないかな。少なくともネギは食える」
「そんなことないです! 三月ちゃん、灰はミネラルを含んでるんですよ? 畑の肥料にだって使われるくらいお役立ちなんです!」
「それ、植物に限ってのことでしょ。あれに生み出せるのは、せいぜい灰人形ぐらいのものだよ」
「まあ! じゃあ試してみますか? あの上に花の種まいて、芽が出たら――」
「そんなヒマないって!」
 力説する柚が完全に言い切る前に、三月が即座に却下した。
「2人とも、かけあい漫才はそこまでにしてくれ。今は一刻を争う」
 海は妖刀村雨丸を抜いた。
「あ、ごめんなさい」
 海の言葉に現状を思い出して、柚はすぐさま反省する。
「じゃあ僕と海があの偽アッシュの相手をしてる間に、柚はみんなの応急処置にあたってくれ」
「はい」
「よし。行くぞ、海」
「ああ」
「あ、待ってください、海くん」
 三月と向かいかけた海を呼び止める。
「なんだ?」
「皆さんの手当てが終わり次第、私も援護に入ります。どうか無茶しないで、気をつけてください」
 柚の手が動いて、海にゴッドスピードをかけた。
「……ああ。分かった。柚を待つよ」
 そう言って、海は三月の元へ走った。

「俺様(の腕)を見ろーーー!」

 走ってくる2人に気付いた偽アッシュが破壊の手を止め、ポージングをキメる。
 しかし先から彼の奇怪な行動を観察していた三月も海も動じなかった。
「きさまら!」
 偽アッシュは憤慨し、火炎を放つが三月はすでにフォースフィールドを展開しており、炎は見えない壁に阻まれたように左右へと流れる。
「アッシュの腕を返してもらうよ!」
 偽アッシュの意識が三月へ向いている隙にゴッドスピードで距離を詰めた海が妖刀村雨丸で斬りつけた。
 振り返ったところを、今度は百獣の剣で三月が。相手が怪力で炎を扱うことはもう分かっている。深追いはせず、即座に距離をとって捕まらないようにする。常に対角で偽アッシュをはさむようにし、相手に気がそれた隙をねらって攻撃を仕掛けた。
「やあっ!!」
 三月の剣が容赦なく振り下ろされ、袈裟懸けに背中を切り裂く。
 やはり血が吹き出すことはなかったが、勢いに押されて偽アッシュはよろめき、半壊した壁にぶつかった。
「くそおっ、くそおっ、てめーら!」
 歯をきしらせ、偽アッシュは血走った目で三月たちをにらむ。
「これでもくらえっ!!」
 偽アッシュの突き出した手から灰が噴出し、三月の顔にぶつかった。
「うわっ!」
「三月!」
「三月ちゃん!?」
「あーーーっはっはっは! きさまたちも燃えて灰になれ!」
 哄笑とともに偽アッシュの体から大量の灰が飛び散った。
 腕を突き出し、粉塵爆発を起こそうとした偽アッシュだったが、突然腕があらぬ方向へ引っ張られた。
「なに!?」
 柚の奈落の鉄鎖によるものだった。超重圧を受けた腕は地面へと落ち、貼りつけられたようにびくともしなくなる。
「今です、海くん! 三月ちゃんっ!」
 柚が叫ぶ。
「……俺様の腕が、力で負けるかぁあっ!」
 ぐぐぐ、と持ち上げようとする偽アッシュ。
 その隙に三月はごしごしそででこすり、目に入った灰を涙で流した。
「もう怒った!」
 三月を中心に沸き起こったカタクリズムによる力の風が地面に落ちていた灰を巻き上げ、空気中の濃度を高める。
「おい! まさか!?」
 三月が何をしようとしているかいち早く悟った海があせって止めようとしたが、三月の方が早かった。
「その程度の技、僕にだって使えるんだ!!」
 パイロキネシスによる着火。
 粉塵爆発の巨大な炎が偽アッシュを包んだ。

「うわあああああああああああーーーーーーっ!!」

 飛び散る大小の炎。しかし一番近い場所にいた三月はフォースフィールドのおかげで火の粉ひとつ浴びない。
「無茶をするな」
 寸前で距離をとった海が戻ってきて文句を言った。
「ごめん。でもこれであいつも――」
 そのとき、灰煙の向こうで動く人型の影が見えた。
「……うそ?」
 驚く彼らの前、半焼け状態の偽アッシュが現れる。
「クク……きかん。きかん、きかんぞーーー!! 己の技で自滅するような愚か者ではないわーーーー!!」
 髪の毛チリチリ、カックンカックンのひざで、これまでの戦いで十分すぎるほどダメージを受けているのは顕著な姿ながらも、偽アッシュは雄々しくポージングをとって高笑う。

「うわーーーーーーっはっはっはっは!! 俺様不死身!!」

 まさにそのときだった。

「うるっさーーーーーーーーい!!」

 突然背後で起きた激怒の声。そして振り下ろされるかかと。
 美羽の脳天かかと落としがこれ以上ない速度・位置・タイミングできまった。
「あんたの仕業ね、アッシュ! これ見なさいよ! どうしてくれるのよ! せっかくコハクが取ってくれたぬいぐるみがこんなになってっ!!」
 ぺったり尻もちをついて頭を抱え込んでいる偽アッシュに向け、焼けて中わたの飛び出したぬいぐるみをつきつける。
 ちなみに今、美羽の全身から噴き出す怒りそのものを可視化したように、黄金の闘気が発動していた。
「美羽。あの……今度また取ってあげるから…」
 というコハクの言葉は、当然ながら怒髪天状態の美羽の耳には入っていない。
「ほかに変わりはないのよ!? コハクからのプレゼントは、これ1個しかないんだからっ!!」
「……いや、あれ、俺様がやったんじゃ――」
 もちろん三月がここまで怒った美羽を前にあれをやったのは自分だと名乗り出るはずもなく。
「言い訳なんかに聞く耳もたーーーん!!」
 盛夏の骨気を足にまとわらせ、美羽は容赦なく滅殺脚をふるって偽アッシュにとどめを刺したのだった。