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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

リアクション


【フォォォォォッ! パンストッ! アウッ!】

 あれだけ、手に負えない程の超高速で逃げ回っていた偽アッシュの動きが、ぴたりと止まった。
 この好機を、むざむざと見逃す手は無い。
 散々走り回って息が上がりかかっているルカルカに代わり、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が偽アッシュに挑みかかった。
 しかし何故かどういう訳か、エリスは破廉恥なビキニアーマー姿である。
「アッシュ! 女々しい奴だとは思ってたけど、まさか女装癖まであったなんて!」
 恐らく本人が聞いたら全力で否定しそうではあったが、エリスは敢えていい放った。
 どうやら、ビキニアーマー仕様での突撃を提案してきたアスカに対する腹立たしさも若干、手伝っての怒りであったらしい。
「アゾートちゃん、ほらほら、こっちこっち」
 エリスひとりに突撃させる傍らで、アスカは連れてきたアゾートに悩殺セクシービキニを着せようと試みている。
 どうやら、偽アッシュのおぞましい姿に対抗する為に、目の保養となるセクシーショットを用意しておけば、灰泄物の猛威にも少しは耐えれるのではないか、という発想であるらしい。
 この点、アゾートはやや天然なところがあるようで、アスカが勧める悩殺セクシービキニを両手でつまみ、幾分不思議そうな面持ちではあったものの、素直に従って木陰で着替え始めたのである。
「うおぉぉぉっ! も、燃えるわ! 生着替えよ、生着替え!」
 最早、ただのおっさんと化したアスカ。
 一方でエリスは、偽アッシュの下半身に対する攻撃を激化させていた。
「その見苦しいすね毛とも、これでおさらばよ! 喰らえ、アシッドミスト! イエス、高久クリニック!」
 恐らく、エリス本人も自分で何をいっているのかよく分かっていないのだろうが、とにかく彼女が仕掛けたアシッドミストは、確かに効果を発揮した。
 網タイツの隙間からはみ出ている無数のすね毛が、ほとんど一瞬にして蒸発し、どんどん消えていく。
 何故か網タイツとTバックが溶けもしないのはある種のお約束だが、これ程までに見事な脱毛は、エリス自身も想定していなかったのではないか。
 ところが偽アッシュとしては、すね毛の無い網タイツは気の抜けたコーラと同じであるという発想らしく、すね毛が綺麗に消失してつるっつるのお肌になった瞬間、自ら網タイツを脱ぎにかかった。
「フォォォォォッ! パンストッ! アウッ!」
 最後のひと言は、アウト、といっているのである。一応、念の為。
 ともあれ、偽アッシュは網タイツを脱ぎ去った。
 その下半身はミニスカとTバックだけという、無防備というよりも、寧ろその外観だけで大量破壊兵器に近しい外観へとバージョンアップを遂げた。

 だが、その瞬間を待ちに待っていた者が居た。
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)である。
「よしっ、あの網タイツが無ければ精神的打撃も幾分、和らぐ。ここからは大人の体育の時間だ!」
 涼介が挑むファイトスタイルは、超至近距離での肉弾戦である。
 リングが用意されていないのは極めて残念だが、観衆には事欠かない。偽アッシュをスマックダウンしてやる環境は、十分に整っている。
 挑発するヒントは、先程のダリルのひと言から既に解析済みだ。要は、偽アッシュの男としてのプライドを刺激してやれば良い。
「その貧相なナニには、お仕置きが必要だな!」
 声高に吼えながら、涼介は猛然と偽アッシュに突っ込んでゆく。
 すると偽アッシュは不意に180度ターンし、尻を振り回すように飛び上がってきた。
 涼介は出会い頭のヒップアタックをまともに喰らってしまったが、しかし派手めのモーションで受け身を取りながら、敢えてその打撃をまともに受けてみせた。
 更に偽アッシュがそれまでの逃げのスタイルから攻撃へと転じ、起き上がろうとする涼介にミドルキックをお見舞いしてきたが、流石にこれは見切っていたのか、涼介はその蹴り足を受け止めると、その膝にエルボーを叩き込み、更にそのままドラゴンスクリューへと繋いだ。
 周囲から、おぉっ、と低いどよめきが起きた。
 涼介の攻撃は、尚も続く。
 慌てて背を見せた偽アッシュを逃すまいと、低空ドロップキックで膝へのダメージを更に重ね、倒れ込んだところに足四の字固めを仕掛けた。
 偽アッシュが、声にならない悲鳴をあげ、何とかこの脚殺しのフルコースから脱しようともがく。
 すると、エリスとルカルカが走り込んできて、それぞれ偽アッシュの腕を一本ずつ取り、ダブルでの腕ひしぎ十字固めを完成させた。
「悩殺ビキニとミニスカの、ナマ脚ダブルでの腕ひしぎよ! 普通の男ならアヘ顔で昇天するところね!」
「こないだの痴漢列車の時よりもすっごく恥ずかしいんだけど、今回もサービスサービスゥ、だから!」
 エリスとルカルカの意味不明な叫びに、偽アッシュの悶絶する声が混ざる。
 ふたりの美女の白い太腿が、偽アッシュの両腕をがっちりと捉える。傍から見れば物凄く羨ましい限りだが、やられている当人はたまったものではないだろう。
 しかし、耐久力はなかなかに優秀なようで、足四の字固めでは決定打に僅かに足りない。涼介は素早く技を組み換え、監獄固めへと切り替えた。
「おのれェェェェェェッ! よくもォォォォォォォッ! こんなァァァァァァァッ!」
 偽アッシュの断末魔の響き。
 直後、その全身が爆裂し、辺り一面に大量の白い灰が雪のように降り積もった。

「は〜い、ゆっくりゆっくり、慌てなくて良いからねん〜」
 理沙とセレスティアが、ザカコの掘った落とし穴の底からロレンツォとアリアンナ、そして穴を掘った張本人であるザカコの三人を救出している。
 偽アッシュに敗れはしたものの、精神的打撃を然程に受けた訳ではない理沙とセレスティアは、偽アッシュの攻撃によって倒されたコントラクター達の救護に当たっている。
 穴の底から引きずり上げられた三人は、まだ幾分、精神的な苦痛を残してはいるものの、もう随分と回復している様子だった。
「いやー、申し訳ないデス。ところで、偽アッシュはどうなったデスか?」
「あ、それならもう、ケリは着いたよ」
 ロレンツォの問いに応じて、理沙が斜め後方を指差した。
 見ると、大量の灰がうずたかく積もっており、その周辺で数人のコントラクターが休息を取っている。
 ただひとり、涼介だけはコルセアの構えたデジタルビデオカメラに向かって、カメラ目線でポーズを決めていた。
「プロレスは、しっかり練習したプロだけがやって良いんだ。良い子の皆は、真似しちゃ駄目だぜ!」
 物凄く爽やかな笑顔でサムアップをしてみせた涼介だが、戦いに勝った相手が相手な為、凄まじく微妙な空気が周囲に漂っていた。
「ところで、偽アッシュはどうなったんですか? それに、アッシュ君の脚もどうなったのか、大変気になるのですが……」
 ザカコの疑問も、尤もである。
 だが実際のところ、偽アッシュも本物アッシュの脚も、爆散した大量の灰によって見えなくなり、何がどうなったのか、よく分からなくなっている。
 恐らくは、偽アッシュは完全に倒され、本物アッシュの脚は何らかの方法で本人のもとへと戻った――と信じたいところだが、誰にもその確証はなかった。
 ただひとり、アゾートだけはうんうんと何度も小さく頷いている。
「まぁ、あれだね。何とかなったと思うよ、多分」
 ちなみにアゾートは今も尚、アスカが着せた悩殺セクシービキニを着用したままである。
 これはこれで、滅多に見られない光景かも知れない。