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リアクション
良かったような悪かったような、結局悪かったんじゃないかっていう休日
(……なんでこうなったんだろう)
佐々木 樹(ささき・いつき)は本日何度目となるかわからない溜息を吐いた。
街は、人で溢れていた。すれ違う人々は、目的は解らないが誰もが笑顔を浮かべている。
それと対照的に、樹の顔は疲労を隠せていない。肉体的な物ではなく、精神的な物だ。
(……それもこれも、この2人――)
疲れた表情で樹が振り返る。そこには、樹をこんな表情にさせる原因である同行者が、
「え!?」
いなかった。
「い、いない!? 嘘!? さっきまで後ろに――」
樹がその場で辺りを見回す。
すると樹の目に、
「おいおまえ、ちょっと面貸せ」
通行人にメンチ切ってるエドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)と、
「やっぱりスカートをめくるならロングに限りますわぁ!」
道行く通行人の女性のスカートをめくり、悲鳴を浴びるカテリーナ・スフォルツァ(かてりーな・すふぉるつぁ)が映った。
「……ああ……何で……何で他のみんな予定入ってたのよ……」
樹は呟く。その表情は、この状況に泣きそうでもあり、もう自棄になって笑いそうなものでもあった。
――本日、樹は休日であった。
たまの休日、天気もいいし予定もない。
そうだ、買い物にでも行こう。1人で行くのもいいが、折角だしパートナーも誘っていこう。
そう思いついた樹は、パートナー達に声をかける。
しかし思い付きの行動故、中々事はうまく運ばない。皆、予定が入っており都合が合わないのだ。
仕方ない、1人で行こう。そう思っていた時だった。
「おう樹、話は聞いたぜ! 暇なんだろ!? ついて行ってやるぜ!」
「話は聞きましたわ。仕方ありませんわね、私もついていきますわ!」
何処から話を聞きつけてきたか、暇を持て余していたエドワードとカテリーナが名乗り上げたのであった。
その昔カリブ海を暴れまわった海賊の英霊で性格ヒャッハーのエドワード。
その昔『イタリアの女傑』と呼ばれた英霊で見た目は美少女、中身は残念なカテリーナ。
この面子で樹は思った。『凄く……不安です……』と。思わず「大丈夫かしら……」と呟いてしまった程である。
――結論から言うと、大丈夫ではなかった。
エドワードは道行く人々に事あるごとに喧嘩を売り出す。その度に樹が引き剥がし頭を下げる羽目になる。
カテリーナは道行くスカートを履いた女性を見る度にめくりだす。その度にやはり樹が頭を下げる。
こんなことの繰り返しだ。街に来てからまだ何軒も店を回っていないのに、謝罪回数は両手の指じゃ足りない回数をとうに超えている。
その度に樹は「人に迷惑をかけないこと」と叱るのだが、2人とも聞いているのだか聞いていないのだかわからないような返事を返すだけ。実際聞いちゃいなかったようであったが。
「……はぁ」
尚迷惑をかける二人に樹は大きく溜息を吐いた。その表情は、泣きそうでも笑いそうでもない。何処か諦めたような、悟ったような表情である。
顔を上げると、まず樹はエドワードに歩み寄る。何時の間にやらエドワードは通行人の胸ぐらを掴んでいた。
「俺様に喧嘩売るとは良い度胸……ん?」
そんなエドワードの肩を、樹は叩いた。不機嫌そうにエドワードは振り返る。
「何だよ樹、邪魔すんぶッ!?」
そのエドワードの腹に、樹が拳を叩きこんだ。口で言ってもわからないなら、肉体言語に限る。
不意打ちにエドワードは蹲り、動けなくなる。
「身内がご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんよく言って聞かせておきます」
絡まれていた通行人に樹はそう言って頭を下げると、エドワードを引き摺っていく。その足は、スカートを捲って満足げにしているカテリーナに向かっていた。
「ミニもいいですけれど捲るならロングスカートですわねー。特にひらひらしたのなんて……あら? 樹どうしたのそんなおっかない顔っ!?」
カテリーナの脳天に、樹の拳骨が落ちる。痛みに、カテリーナは思わず頭を押さえる。
「いったぁ〜〜……な、何しますの……よ……?」
カテリーナの文句を言う口が止まった。樹が放つ、異様な気迫に。
「ちょっと、こっちに来なさい」
樹が言うと、カテリーナがぶんぶんと頭を縦に振る。その口調こそ優しかったが「断ったらただじゃおかねー」というのがビシビシと伝わったからである。
――混雑を避け、人気の無い公園にて。
「まったく、迷惑ばかりかけて貴方達は……」
説教を終え、樹は腕を組み溜息と一緒に言葉を吐き出す。表情は怒っている、というより呆れている方が強い。
「何で俺様がこんな小娘に……」
「本当ですわ……」
説教される側、エドワードとカトリーナは公園のベンチの上で正座させられているが、表情は不貞腐れており反省しているとは思えない。
「――何か?」
「「なんでもありません!」」
が、樹の気迫に2人が姿勢を正す。
「……あなた達の史実を見る限りは昔より大人しくなってるっていうのは解ってるつもりよ? でもね、もうちょっと公共の場では大人しくしなさいよ……」
樹がもう一度溜息を吐く。すると、
「相変わらず、樹は真面目、というか固いですわね」
とカトリーナが呆れた様に溜息を吐いた。
「どういう事よ」と樹が言うと、再度カトリーナは溜息を吐いた。
「物事を楽しむときは思いっきり楽しむ物ですわよ。短い人生、好きに生きて何が悪いのですの。イチイチ気にしていたら何も楽しめませんわ」
「お、たまにはいい事言うじゃねぇか」
エドワードが褒めると、カトリーナが「もっと褒めてもよくってよ」と高笑いする。
「だからって人に迷惑かけていいってわけじゃないでしょ!」
樹が怒った。尤もである。
流石の気迫に2人とも「ごめんなさい」と頭を下げた。その方が得策と考えたのだろう。
2人を見て、樹はふっと笑みを浮かべる。
「はぁ……もういいわ。2人とも、頭を上げて。さっさと買い物に戻りましょう?」
「……いいのか?」
「……いいんですの?」
おずおずと頭を上げるエドワードとカトリーナに、樹は笑みを浮かべる。
「さっき言ってたでしょ、楽しむときは思いっきり楽しめって。ここで説教で時間使ったら折角の休みが勿体ないわ――ただし、もしまた何かやらかそうとしたら、そのときはわかっているわね……?」
樹が背後に般若面が浮かぶような気迫のこもった笑みで言うと、エドワードとカトリーナは顔を引き攣らせながらこう言った。
「……ちっ。こ、今回だけだからな? 大人しくしてやるわ」
「あ、あたくしも今回だけは大人しくしてあげますわ」
「よろしい、さっさと戻りましょう」
――夕焼け空となり、日も後少しで隠れて夜になろうという頃。
「いやー大量大量ですわー」
カトリーナがホクホク顔で道を歩いていた。
「良かったわね、可愛いアクセサリーがあって」
「ええ、買って頂いて樹には感謝ですわ」
カトリーナは樹にそう言うと、エドワードが不満そうな顔を露わにする。
「大量に買うのはいいけどよ、何で俺様が荷物持ちなんだよ……自分の荷物くらい自分で持て!」
「あら、レディに荷物を持たせるんですの? それに、あなただって樹に何か買ってもらったのですから、感謝の意も込めて荷物持ち位するのが筋という物では?」
「う……確かに買ってもらったのは感謝してるがよ……」
小さい声でエドワードが呟く。彼のポケットには、買ってもらった物が突っ込まれていた。
ふと、樹はそんな2人を見て今日という日を振り返る。
確かに色々あった。頭を下げるのも2桁、2人分を合わせて見ると足の指でも足りないくらいの回数をする羽目になった。
そんな前半はともかくとして、後半はそう悪い時間ではなかったと樹は思う。
(……うん。楽しかったな、今日は)
2人を見て、樹はそう思った。
「っと……おいそこの、今俺様にわざとぶつかろうとしたな? あぁ?」
「はっ!? あのひらひらのスカート……正しくあたくしの理想のスカートですわ! 最早これは運命があたくしに『捲っちゃえYO』と言っているに違いないですわ!」
そして樹はこうも思うのであった。
――けどこの2人とはもう出かけないようにしよう、と。