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リアクション
●『共に紡ごう、幸せの絆を』
「風が気持ちいいですね、涼介さん」
「ああ、心が洗われるようだ。
……はは、柄にもないことを言ってしまったか」
「ふふ、そんな涼介さんも素敵ですよ」
ミリアの柔らかな微笑みに、涼介の顔も笑顔になる。
ここはヴァイシャリー領に位置する、リゾート地。
各地の名家も利用することがあるこの地は、一年を通して寒暖の差が小さく、気候も安定している。
ここに今日、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)と{SNL9998914#ミリア・フォレスト}夫妻は旅行に来ていた。
付き合い始めたばかりの恋人同士のような、そんな初々しさを残す一組の男女を、吹き抜ける風が温かく出迎える――。
宿であるペンションに到着し、涼介がバルコニーに続く窓を開ければ、遠くにヴァイシャリーの水上都市を望む光景が広がる。
「荷物の整理を終えたら、散策に出てみようか」
「はい。……涼介さんもここを訪れるのは、初めてなんですよね?」
「そうだな。近くには何があるとか、頭には入っているけれど、実際に来たのは今日が初めてだ」
ミリアの問いに涼介が答える。旅行を計画するに当たって下調べはしてきていたが、この場所に来るのはミリアはもちろん、涼介も初めてだった。
「私、楽しみです。涼介さんと一緒に新しい思い出を作れることが」
「ああ、私も楽しみだ。良い思い出を作ろう……一緒に」
「ええ。あっ、準備、出来ましたよ」
荷物をまとめたミリアに頷いて、涼介が自然な動作でミリアの荷物を受け取って、ミリアも自然と涼介の隣に収まる。ペンションを出てしばらく歩けば、適度に整備された遊歩道が見えてくる。
「この辺りの森は、イルミンスールの森とは違いますね」
「そうだね。整備されているというのもあるが、秩序があるように思える」
「ふふ。なんだかそう言うと、イルミンスールの森は勝手気まま、って思ってしまいますね」
ミリアが笑うのに、つられて涼介も笑う。ミリアの言葉は的外れでなく、イルミンスールの森はまるで子供がどこまでも駆けていくように、今も成長を続けていた。
「あっ、鳥が……! 今の鳥、涼介さんは分かりますか?」
「うむ……見覚えがあるな。確か……」
枝を蹴って飛び立つ鳥の特徴を思い出しながら、涼介が端末を操作して該当する情報を探り当てる。
「あ、これです」
映し出された鳥の全身図を、ミリアが覗き込む。ふわり、とミリアの髪がなびき、ほのかに香るシャンプーの香りが涼介の鼻をくすぐる。
肩と肩が触れ、伝わるミリアの温もりに、涼介は鼓動の高鳴りを意識する。
(……綺麗だ)
心にポッ、と浮かんだ素直な感想を口にするべきか弄んでいると、視線に気付いたのか、ミリアが涼介へ顔を向ける。
「ありがとうございます、涼介さん。
やっぱり涼介さんは、凄いです。私の知らないことを沢山知ってます」
「そ、そうかな。まだまだ私にも分からないことだらけさ。
……さあ、行こうか。他にも見たことない生き物に会えるかもしれないね」
ごまかすように口にして歩き出す涼介、何も気付いていないようにミリアも頷いて、並んで歩き出す。
さらに進むと、森と森の間を利用する形で、運動が出来るスペースが設けられていた。二人はその内の一つであるテニスコートに入る。
「ふふ。この格好、ちょっと恥ずかしいですね」
更衣室から出てきたミリアが、恥ずかしげに被った帽子のつばに触れる。髪は動きやすいようにまとめられ、珍しくさらけ出された脚は細すぎず太すぎず程よい肉付きであり、決して運動上手とは見えないものの男性の視線を釘付けにするには余りある素質を秘めていた。
「はは、私も何かこう、自分が自分でないような感覚だよ」
涼介も自らの、ポロシャツにハーフパンツという格好に気恥ずかしさを覚えつつ、ラケットを持ってミリアに手渡す。
「テニスの経験は?」
「昔、少しだけ……でも昔のことですので、忘れてると思います」
「一度身に付けた事は、何年経っても案外覚えているものだからね。
やってみたら上手く出来るかもしれない。じゃあ私が手ほどきをするから、やってみようか」
「はい。お願いします、涼介さん」
涼介の指導に合わせ、ミリアがラケットを握り、壁に向かってボールを打つ。最初こそ空振ったり明後日の方向にすっ飛んでいったりしたものの、少しも経たない内に上手く打ち返せるようになっていた。
「経験があるというのは大きいね」
「涼介さんの教え方が上手いからですわ」
微笑みながら、飛んできたボールを見事なスマッシュで打ち返すミリア。
……その動きは彼女が“おしおき”をする時に振るうお玉の動きに似ているように見えたのは、ここだけの話である。
一通りテニスを楽しんだ二人は、隣のベンチで風に吹かれて火照った身体を休めていた。
「失礼ながら、ミリアさんがあれほど動けたとは。私が反応出来なかった事も何度かあった」
「涼介さんが私に合わせてくれたからですわ。本当の涼介さんはもっと凄いの、私、知ってますから」
ミリアが言う通り、涼介は“契約者”としての力を一切使っていなかった。流石にそうでもしなければ、非契約者であるミリアとの間に歴然たる力の差が生まれてしまう。パラミタの種族は非契約の段階でも、例えばイコンと渡り合う程の力を持つ者も見られるが、ミリアのようなシャンバラ人ともなれば一般の地球人とほぼ変わりない。
「……たまに、不安になるんです。私は涼介さんの重荷になっていないか、って。
私のことで、涼介さんが傷ついたり苦しんだりするようなことがあったらって思うと、悲しい気持ちになるんです」
決して、軽いとは言えない内容の言葉。それでも深刻な雰囲気にならずに済んだのは、周りの穏やかな光景と、それを口にした後のミリアの、誰をも微笑ませてしまうような笑顔だった。
「でも、私は幸せです。
涼介さんと知り合えたこと。思いを伝え合って、大切な絆を結べたことが」
その表情と言葉に、涼介はミリアの“強さ”を見る。契約者が持つ強さに等しい、いや、それすら上回る強さを。
「ミリアさんは十分、頼りになっている。ミリアさんが居るから私は安心して行けるし、帰れる場所があることを幸せに思っている。
それこそ、気を抜けば私が甘え過ぎてしまうかもしれないよ」
「あら。ふふ、もっと甘えてもいいんですよ?
そうですね……少し、お休みになりませんか?」
ミリアが自分の太腿を示して、涼介に微笑む。今のミリアを目の当たりにして、「いや、遠慮しておく」と言える者が居るだろうか。
「……コホン。では……失礼して」
涼介も例外ではなく、ミリアの太腿に頭を載せる。包み込まれるような柔らかさと、じんわりと伝わる温もりは涼介の意識を直ぐに夢の世界へと誘う。
「おやすみなさい……涼介さん」
微笑む夢の使者に、返答もままならず涼介は眠りに落ちる――。
日が地平線の向こうに沈み、変わって闇が空を支配する。
バルコニーに用意された食事の席に、涼介とミリアが向かい合って座り、運ばれてくる料理を待ち受ける。
「なんだか不思議な気分ですわ」
「普段は私達がやっていることだからね。流石にこんな凝った物は作れないが」
目の前に置かれた料理は、腕利きのシェフが今日のために用意した一品物。とはいえミリアも涼介も料理の腕は負けず劣らずであり、再現しようとすれば出来なくはないだろう。
「後でレシピを尋ねますか?」
「いや、シェフに対する私なりの敬意として、自分で編み出すことにするよ」
「そうですね。私も頑張ってみます」
そんな事を話していると、二人のグラスにワインが注がれ、用意が整う。
「では……二人の今と、これからに、乾杯」
「乾杯」
二つのグラスが寄り添うように、チン、と透き通った音色を響かせる。
ランタンを手にやって来たミリアが、涼介の傍にランタンを置いてベッドに上がる。
微かな音を立ててベッドは沈み込み、ミリアの全身をその身で受け止める。
「今日はミリアさんの色んな姿が見られたな。どれも、綺麗だった」
先にベッドへ入っていた涼介が、ミリアの寝間着姿を目にしてついに口にする。
「ふふ、ありがとうございます。
……涼介さんには、私の全部を見てほしいです。涼介さんになら……見せられます」
ランタンの灯りに照らされたミリアは、まるで熟しきった果物のようであり、その全身から色めき立つ芳醇な香りはヒトのもう一つの“食欲”を大いに刺激する。
「実はですねミリアさん、ここにはこんな言い伝えがあるんですよ。ここで一つになったカップルは末永く幸せになれるって」
「そうなんですか? ふふ、それは是非、あやかりたいですね」
覆い被さってきた涼介を、ミリアが真っ直ぐに見て、微笑む。そんな風に見られて涼介は、きっと昼のことも、今自分が口にした嘘も、案外見抜かれてしまっているのではと思い至る。
そう思い始めると、今の自分の行為が何と浅はかで、自己本位なものに思えてきて、気まずさが先行し始める。
「涼介さん」
名を呼ばれて、そして涼介は頬に温かみを得る。冷めかけていた心を温める、自分を癒してくれる温もりを。
「幸せに、なりましょう。
涼介さんと私と、新しく生まれてくる子と……みんなで幸せを、思い出を、作りましょう」
「……ははっ」
思わず笑いが込み上げてくる。胸に感情が溢れ、今にも溢れ出してしまいそうだった。
「幸せに、なろう。
ミリアと私と……二人の子供と、みんなで」
言いながら涼介は、誓う。
――私は、私の愛する者を全力で護ろう。そしてみんなで、幸せになろう――。
涼介とミリアの唇が触れ合い、フッ、とランタンの灯りが消えた――。