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リアクション
2
月下 香(つきのした・こう)と一緒に作った抹茶のパウンドケーキを、白いケーキプレートに乗せ、生クリームを添える。
「テーブルに持っていってくれる?」
「うん!」
香に運んでもらっている間に、淹れておいた紅茶をカップに注いだ。いい香りがキッチンに広がる。
「おじーちゃん、おやつだよー」
リビングから、香のご機嫌な声がこちらにまで届き、自然と笑みが浮かんだ。
「いい匂いじゃな」
次いで、伏見 九藍(ふしみ・くらん)の穏やかな声も聞こえてくる。
「そうでしょう?」
微笑みながらキッチンを出たクロス・クロノス(くろす・くろのす)は、ティーカップを九藍の前に置いた。香と自分の場所にも置き、椅子に座る。
全員テーブルについたところで、いただきます。
昼下がり、うららかな午後のティータイム。
ゆったりと流れる時間を堪能していると、不意に香が呟いた。
「そういえば、おじーちゃんみつけたときもこのけーきたべたねー」
言葉に、クロスは九藍を見た。九藍の金色の目も、クロスを見ている。その目を見ているうちに、クロスは九藍と出会った日のことを思い出していた。
九藍と出会ったのは、梅雨が明けて日差しが強くなってきた時期だった。
長い雨が終わり、広々と晴れ渡った空の下でピクニックをしたらさぞ気持ち良かろうと森へ出かけた日のこと。
「ちょっとたんけんしてくるの!」
森へ着くなり言うが早いか駆け出した香の後を追い、奥へ奥へと導かれ。
見失いかけた時に、香がこちらへ戻ってきた。
ひとりで遠くへ行ったら駄目よ。そう、クロスが注意するよりも先に、香は森の奥を指差して、言う。
「ままー、おっきなきつねさんがたおれてる」
差した指の先へと視線を向けると、香の言うとおり狐が倒れていた。九藍だった。
慌ててパートナーを呼び、ピクニックを切り上げて家に運び込む。しばらくして目が覚めた九藍に何があったのかと問うたが、九藍は空腹で倒れたとしか答えなかった。嘘か本当かは、どっちでも良かった。
空腹だと言ったので、丁度あったケーキを差し出すと、瞬く間に消えた。
それが、今テーブルにある抹茶のパウンドケーキなのだった。
「目覚めて最初に嗅いだ匂いがこれだったのう」
目の前のケーキを見て、九藍は呟く。
(しかし、あの時は驚いたのう)
嘘としか思えない理由しか喋らない、得体の知れない怪しい男を自宅に泊めただけではなく、行くあてがないのなら好きなだけ居ればいいとクロスは言ったのだ。驚いただけでなく、警戒も当然したが、すぐにその気持ちはなくなった。相手にやましい心があるかないか、見破れる程度には長く生きてきたから。
クロスの言葉に甘え、生活を共にするうちに、出来るだけ一緒にいたいと思うようになった。そこでようやく、契約の話を切り出したのだった。
出会いから契約までを思い出してみて、思う。
「……クロスは些か無用心ではないかのう……」
「えっ?」
ぽつりと零れた言葉に、クロスが目を瞬かせる。どうやら自覚はないらしい。
「まあ、そこがクロスらしいと言えばそれまでか」
「??」
「何、悪い意味ではない。気にしないでくれ」
クロスは依然疑問符を浮かべていたが、九藍は話を打ち切ってケーキを食べた。
あの頃と変わらない、優しい味がした。