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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

リアクション

  地下施設


 アクワシア・クワシは、笑顔の可愛い女の子だった。決して裕福ではないが、家族といっしょに、カカオの栽培に勤しむ日々。
 彼女には夢があった。
 かつてのお伽噺みたいに空を浮遊する巨大な大陸へ、自分たちのチョコレートを広めること。そして、まだ見ぬパラミタの人々を笑顔にすること。

「ガァァァァ! ガァァァァァ!」
 そんな彼女の夢は実験に利用され、身体をパラミタカラスバチに改造された。黒い羽を翻すアクワシアに、笑顔の面影すらなく、怪物じみた憤怒だけが刻まれている。
「こんなフザけた実験で、尊い命を失わせたくありません! アクワシアちゃんを……絶対に救うんです!」
 向かい合ったのは次百 姫星(つぐもも・きらら)だ。
「落ち着いて、アクワシアちゃん。自慢じゃないですが……私の方が化け物っぽいです!」
 姫星は、悪魔と龍と獣と蛇が融合した身体を反らせてみせる。アクアシアは訝しげに、合成魔物少女を一瞥した。
「空中戦はバシリスに任せておくネ!」
 その隙にバシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)が、自分の翼へ【風に乗りて歩む者】を付与。
 ふわりと浮遊し、空中から『滅びの角笛』を吹き鳴らした。
 施設を揺るがすような轟音に、アクワシアの戦意はしばし減少する。

「ねえ、アクワシアちゃん! 我の声が聞こえるのだ?」
 笛の音をかき消すように、地上から天禰 薫(あまね・かおる)が説得した。もはや言葉が通じない異形の少女へ、薫は健気に語りかける。
「我、チョコレート大好きなのだ! あなたの夢を、我は味わってみたいのだ! だから、負けないで……自分を取り戻してなのだ!」
 助けたい。守りたい。
 そのひたむきな思いが、優しき彼女を叫ばせていた。
「あーっ! もーっ! 薫!」 
 そんなパートナーを見て、八雲 尊(やぐも・たける)が地団駄を踏む。
「てめー、わかってんのか! このー! 相手は人間としての意識を失ってんだぞ!?」
 蟲になった少女を説得するなんて、無謀な行為だ。それでも薫は言葉をぶつける。
 それが薫の優しさなのはわかっているけど、危険には晒したくない。
 彼女の身を案ずるあまり、尊のジレンマは深まっていく。
「用心するべきは、あの毒針だ」
 熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が、沈着とした様子でアクワシアを観察する。
 パラミタカラスバチの毒針は、一突きで熊も殺せる。熊の獣人である孝高が警戒するのは当然といえよう。
 だが、彼に恐怖はない。彼の思惑にあるのはただ、危険の排除のみだ。
 アクワシアを取り押さえるため。そして、薫の身を守るために。

「あの毒針には当たってやれないネ」
 バジリスも、アクワシアの針を警戒していた。【殺気看破】で攻撃をかわしつつ、隙をうかがっている。
 一気に攻め込みたいが、夜空のように巨大な黒い羽が邪魔をして、うまく接近できない。
 ふいに、姫星が地上から火炎を放つ。
 空中、地上の波状攻撃に、アクワシアの集中がわずかに乱れる。
「てめー! まずはその大きな羽、閉じさせてもらうぜ!」
『バードマンアヴァターラ・ウィング』を煽いで、尊が空中を翔けた。伸ばした羽でアクワシアの左翼を強打。
 アクワシアが空中でよろける。
 間髪入れずに、バジリスが【舞い降りる死の翼】を蹴り放つ。
 鋭い風が駆け抜け、残った右翼も無力化する。
「あとは任せるネ!」
 バジリスの見つめる先には、孝高がいた。落下する蜂少女に【奈落の鉄鎖】。
 彼女は、もう飛べない。地上を這うアクワシアに、孝高は【魔障覆滅】で斬りかかる。
 毒針だけが、まるでアクワシアを見下ろすように飛翔した。
「ガァァァァァァァ! ガァァァァァァァァ!」
 それでも、アクワシアは抵抗する。意識下に刻まれた殺戮の衝動だけが、彼女の行動原理だった。
「アクワシアちゃん。少し痛いですが……我慢してくださいね!」
【バーストダッシュ】で一気に懐へ潜り込んだ姫星が、吠える。
「チェストォォォォーーーー!!!」
 貫かれた【破邪の刃】。
 アクワシアは、意識を刈り取られる。
 
 薫はすぐに【封印呪縛】を使い、アクワシアを魔石に封じ込めた。
 万全を期してのことでもある。ただ、それ以上に、異形化した彼女を晒したくないという配慮があった。
 時の停止した魔石で、眠る少女へ。薫は懸命に話しかける。
「血清が届いたら、本当の笑顔であなたに会えるのだ。それまで……ほんの少しだけ、待っていて……!」



「フハハハ! 気に入ったぞ、怪人サソリ男よ」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、マイケル・ストレンジラブの前で高笑いを上げていた。
「EJ社と、我がオリュンポス――。どちらの改造人間が優れているか試してやろう!」
「わかりました! あの子を止めればいいんですね、ハデス先生」
 機晶変身っ! の掛け声を合図に、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)は『変身ブレスレット』を構えた。
 装い新たに『パワードスーツ』を着込んだ彼女が、マイケルと向かい合う。
「さあ行け!、改造人間ペルセポネよ!」
 ハデスの号令と共に、彼女は飛び出した。ハサミ状の触肢と刃を交えてペルセポネは説得する。
「お願い……おとなしく話を聞いてくださいっ! 私も改造手術を受けたことがあるので、あなたの気持ちも分かりますっ!」
 触肢をなぎ払い、ペルセポネは両腕を広げる。
 敵前で立ち尽くす彼女。防御もおろそかに、ペルセポネは訴えつづけた。
「ハデス先生は、そんな私に対しても、普通に接してくれます! それどころか、せっかくの力を活かせと言ってくれました! ありのままを、ハデス先生は肯定してくれるんですっ!」
 マイケルの動きが止まった。気持ちが通じた――。
 ペルセポネは表情をほころばせ、彼のもとにゆっくりと近づいていく。
 その時。
 毒針のついた尾が、彼女めがけて振り下ろされた。

 肉をえぐる感触で、マイケルは父親を刺した瞬間を思い出していた。
(仕方ナカッタ……)
 なんども繰り返した言い訳が、無意識のうちに蘇る。
(俺ガ殺ラナキャ……母サンガ、殺サレテイタ)
 アル中で、毎晩暴力を振るう父。殴られるのは辛かったが、自分以上に暴行される母を見るのは、さらに辛かった。
 ある夜、泥酔した父が、血走った眼で母親に猟銃を向けた。マイケルはとっさに飛びかかり、父の心臓をナイフで貫いていた。
 翌日。母はマイケルをかばって出頭した。彼に残されたのは、父を刺した時の、手のひらの感触だけだった。

「フハハハ! 俺に一撃を加えるとは、なかなかやるではないか!」
 ハデスの高笑いで、マイケルの意識は地下施設に戻る。
 伸ばした尾の先には、ペルセポネをかばうように立つ、ハデスの姿があった。
 刺された右胸から血を流して、彼はふてぶてしく告げる。
「ますます気に入ったぞ。お前の力をこんなところで眠らせるのは惜しい! 我らオリュンポスに入り、悪の怪人として契約するのだ!」
 フハハハハハハ! 毒が回り、青ざめた顔になりながらも、ハデスは笑いつづけた。
 ペルセポネが、再びマイケルに近づいていく。真っ直ぐ瞳を見つめながら、右手を差し出した。
「……どうですか。あなたも、私達オリュンポスの家族になりませんか?」
 マイケルも彼女を見つめていた。
 家族。それは、彼がずっと求めていたものだった。
 しおらしくしゃがみ込むと、マイケルは頭を差し出す。傷つけないようにゆっくりと、彼は触肢で、ペルセポネの手を握り返した。



 金龍雲に向けて。
「おいおいおいおい。俺の専売特許、奪わねーでくれるかなぁ」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が触手を出す。
「そーいう気持ち悪い系は、俺だけで十分なんだよ。――あぁ、そうだ。お前、次のオレの宿主にならね?」
 キシシ……キシシシ……。

 冗談めかした彼の声が、ムカデ少年の神経を逆なでしていた。