天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

リアクション公開中!

蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

リアクション

  血清保管室


 神崎 荒神(かんざき・こうじん)が、研究員の首を締めあげていた。
「本当に、あのドアの向こうに血清があるんだろうな」
「ほ……本当だ……嘘じゃ……ない」 
 それだけ聞きだすと、荒神は掴んでいた男を叩きつける。地面に激突し、鼻の骨が折れる音が聞こえた。
 血を吐きながら痙攣する研究員を見て、テレサ・カーマイン(てれさ・かーまいん)は、少しぞっとする。
 今の荒神には、いつもの飄々とした雰囲気はない。近寄りがたいほど怒りのオーラがでている。
 蠱毒計画。その被害者に、自分の面影を重ねる契約者が多いなか。
 荒神は、軽はずみな行為の果てに、たくさんの子供を死なせてしまった過去を思い出していた。
 だから許せない。罪の重さを知っている彼だからこそ、その裁きもまた、重かった。

 彼をはじめとする、血清を探すグループは、条件を絞り込んだ部屋の前にいた。
 狙い通り、血清はそこにあるようだ。
 だが、その部屋に通じるドアには鍵がかかっている。
「まったく。すぐに吐けばいいのよ」
 そうつぶやく、セレンフィリティ・シャーレットの右手は、血に塗れていた。
 彼女の血ではない。毒を飲んで自殺されないように、すべての研究員から奥歯を引き抜いていたのだ。
 その後、セレンは尋問をはじめた。「毒を仕込んでない歯も抜いていく」と脅しただけだが、気の弱い一人の研究員が、すぐに鍵の場所を吐露した。
 相棒のセレアナ・ミアキスが、彼女に言う。
「それにしても。よく殺さなかったわね」
「当然。あたしは教導団少尉よ。いつだってクールなんだから」
 ふてぶてしく笑いながら、彼女は手にした鍵で扉を開けた。

 荒神は、拘束した研究員たちを見下ろしていた。
 たしかに、よく殺さなかったものだと思う。
――俺なら殺ってたかもしれないな。
 強張らせる彼の背中を、及川 猛(おいかわ・たける)がトンと叩いた。
「兄貴。行きやしょう」 
 荒神は小さくうなずくと、血清のある部屋へと向かった。


 部屋の中は、地獄の光景だった。
 10人――いや、20人はいるだろうか。
 子供たちがベッドの上に縛り付けられていた。彼らは四肢を切り落とされ、腹部を裂かれている。
 それぞれのベッドに貼ってあるのは、こんな表札だ。

『芋虫』

 彼らはむき出しの内蔵に、蟲の毒を注がれていた。臓器は黒く変色し、身動きがとれないよう、引っ張りだされた腸で体を縛られている。部屋中には、まるで遊び飽きた玩具のように彼らの手足が投げ捨てられていた。
「オォォォ……オォォォォ……」
 子供たちは、潰れた喉で声にならない叫びを上げた。
 強化手術を受けているのだろう。毒を与えられても彼らは生きていた。しかし、痛覚はそのままらしく、顔は苦悶で歪みきっている。
 彼らの血液はチューブを通して、試験管に収められていた。それが血清だった。

「あの子たちを助けるわよ! 早く!」
 セレンが、ベッドに駆け寄った。
「下手に外すと危険かもしれない。慎重にね」
 セレアナは努めて冷静に言う。
 正直なところ、彼女にも叫びたいくらいの義憤はある。だが、怒りを表明するのは今ではない。
 ふたりは、子供たちを救出に専念していた。
「俺も手伝おう」
 ケイン・マルバス(けいん・まるばす)が、腹部を裂かれた子供たちを診察する。
「あなた、治せるの?」
「幸か不幸か。子供たちには強化手術が施されている。余程のことがなければ死なないだろう」
「でも、こんな姿じゃ……」
「ああ。わかってる。なんとしても救ってみせるさ。これでも、医者の端くれだ」
 モグリだがな。ケインはそう苦笑して、彼らの傷を縫合していった。


「気になることが、ひとつある」
 荒神は、試験管をつかみ、分離した中の液体を見つめた。
「この血清は本物なのだろうか」
「じゃあ、偽物ってことですかい。兄貴?」
「その可能性はあるだろう。もしかしたら、侵入者を騙すためのものかもしれない」
 荒神は、パートナーのテレサを呼んだ。
「すぐに調べてくれ」
「オーケイ。ちゃっちゃと済ませようか」
 成分の分析を任されて、テレサは科学者としての知的興奮を感じていた。それでも彼女は、あくまでも冷静に、かつハイスピードで解析を進めていく。

「――成分は判明した。結論から言えば、この血清は本物だ」
 彼女の解析結果に、荒神は安堵する。
 だが、なぜかテレサの表情は硬い。
「これだけじゃ足りないのだよ。この血清は、蟲に改造された子供を一時的に鎮める効果しかない」
「なんだと……」
「おそらく、応急処置用に作られたんだろうな」
 彼女の発言に、集まった契約者たちは言葉を失った。

 沈黙を破って、口を開いたのは、九条ジェライザ・ローズだった。
「……とにかく。私はこの血清を持って、地下施設に行くよ」
 ローザは、試験管を慎重にしまう。
 応急処置でもいい。たとえ一時であれ、人の意識を取り戻せるのなら。
 血清を打つ理由は十分にあった。
「頼んだよ。俺たちは、他に解毒剤がないか探してみる」
「うん……」
 部屋から立ち去るとき、ローザは心配そうに振り向いた。
 傷ついた者を残して立ち去るのが、彼女には辛い。
 しかし。今は、この血清を待つ者がいる。
「また戻ってくるから」
 彼女はそうつぶやくと、子供たちの治療をケインに委ねて、地下施設へと向かった。