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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   三

「……というわけでござる。みんなには、民を傷つけぬよう働いてもらいたいでござる。契約者も混ざっているから、そこは気を付けるでござるよ」
「はーいっ」
 元気いっぱい、のびのびと手を挙げた時見 のるん(ときみ・のるん)を見ながら、大丈夫だろうか……と、真田 佐保(さなだ・さほ)は一抹の不安を抱いた。平太とはまた違った意味で、戦闘や鎮圧とは無縁――というより、程遠いところにいるタイプだ。
 幸い、パートナーのアレン・オルブライト(あれん・おるぶらいと)は生真面目だし、何より魔法使いだ。うまくやってくれるだろうと期待しながら、佐保は二人を送り出した。
 のるんたちは、九十九 雷火ら徒党ではなく、勝手に暴れ回っている人々を捕えることになった。多くは契約者ではない。それでも危険は残る。
 だが、のるんは至って呑気なものだった。いざとなれば、アレンが何とかしてくれるとも思っていた。そのアレンは、怪我をさせずに暴動を治める術はないか考えていた。暴力で鎮圧するのは容易いが、その結果、明倫館が暴力生徒の集まりだなどと勘違いされ、民からの信用を失うのは厄介だからだ。
「どこか丈夫な建物に押し込められないものかな……」
 思考が、そのまま言葉になって出てしまったらしい。アレンの独り言を聞いて、のるんは目を輝かせた。
「お手伝いするよ!」
「えっ?」
 ちょうど、どこかに店を襲っている人々がいた。屈強な男や、逞しいおかみさんたちが米俵を担ぎ出しているところを見ると、米問屋なのだろう。当の店の人間も奮戦しているが、見るからに相手にならなさそうだ。
「ああっ、何をするんだこの貧乏人どもめ! 金払え!」
「うるさい! こんなに溜め込みやがって! しかもいっつも値上げしやがって! 貧乏人は死ねってのかい!?」
「ああそうだ、金がなけりゃ飢え死にしろ!」
「何だと!?」
 ちなみに前者が店の主人で、後者は女性――大工の女房、セツ――である。
「先生っ、叩き殺しちゃってくださいよ!!」
 主人が物騒なことを言いだした。すると奥から浪人が現れ、すらりと剣を抜く。
「いかん」
 アレンの呟きと同時に、のるんが【野生の蹂躙】を使った。空から野鳥たちが急降下し、入り口から店へと突っ込んでいく。セツやその夫である棟梁、仲間の伊佐治(いさじ)らが「ぎゃあっ」とか「やられた!」「こんちくしょう!」「ぶっ殺してやる!」と叫んでいる。
「……あれ?」
 のるんは首を傾げた。我に返るどころか、ますますヒートアップしている。ならばと二匹の賢狼を飛び込ませた。これは効果があった。攻撃対象が替わったようで、民衆も浪人も主人も、それぞれ賢狼を追いだしたのだ。
「まずいな」
 アレンは舌打ちした。賢いといえども狼だ。それに避けるだけでは、いずれ攻撃も当たってしまうだろう。
「それは人食い狼だ!」と、アレンは叫んだ。「相手にせず、逃げた方がいい!」
 アレンの忠告に、人々はびくりと体を竦ませた。
「丈夫な建物がいい! どこかないか!?」
「蔵がある!」
 主人がすかさず言った。
「そこへ逃げろ!」
「はい!――あんたたちは来るんじゃないよ!!」
 主人がセツらを睨みつける。
「そんなことを言っている場合か! 行け!! 武器は捨ててな!」
 人々は人食い狼から逃げるため、我先にと走り出した。ご丁寧にアレンの忠告に従い、武器を放り出して。浪人だけがそこに残り、賢狼を斬ろうとしていた。アレンは【雷術】を放った。刀を通し、浪人は倒れた。
「……死んじゃった?」
 のるんは、つんつんと浪人を指先で突いた。
「まさか。加減はした」
 もちろん刀は確保し、アレンは浪人を蔵まで引き摺って行った。そして安全のためと称し、入り口の鍵を【氷術】で固めた。
 ……すぐに、中から罵り合う声が聞こえて来た。次いで殴り合う音も。武器はないから死なないだろうが、全員眠らせておくべきだったかとアレンは後悔した。


 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナー、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)は、ひたすらに正気の人間を探していた。が、会う人会う人、皆、銀澄に襲い掛かってくる。二本差しがいけないのかもしれなかった。
 途中で、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の三人に会った。
「漁火とシャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)を探しているのです。妖怪の山に彼女たちが持ち込んだ『何か』と同じ物を持ち込んだのではないかと考えて。ですが誰も……」
「俺たちも同じだよ。だが俺たちは、植物に質問したんだ」
 取り分け町人の住む長屋や細い道には、植木が所狭しと置いてあった。場所さえあれば置かねば損とでも言うように。エースは【人の心、草の心】で彼女たちに尋ねた。
「いつ、どこから――? 彼女たちも、妖怪の山同様、ちょっと苛立っているようだったが、どうにか答えてもらえた。やはり妖怪の山から、この町まで一直線に抜けているようだ」
「スピードは緩やかで、じわじわと……調べてみると、町外れでの喧嘩沙汰は、一か月以上前から起きているんですよ」
 メシエが次を受けて言った。辿っていくと、妖怪の山付近での異変は、ほぼ五か月前からということが分かった。妖怪たちが町を襲ったよりも、少し前になる。
「てめぇら役人かあああ!?」
 櫂を振り上げて、男が襲い掛かってきた。
「うるさいですね」
 メシエは【ヒプノシス】で男を眠らせ、続ける。目を覚ませば同じことを繰り返すし、放っておくのが得策だと今は分かっている。
「影響の広がり方から、魔法に関する何かではないかと考えたのですが、【ディテクトエビル】も【トレジャーセンス】も反応がありませんでした」
「残念ながら、漁火もシャムシエルも来ていないようだ。そうだな?」」
 エオリアが頷く。彼は【サイコメトリ】であちこちの道端や建物から記憶を読み取った。そのため疲労が酷く、口を利くのも億劫だった。記憶は様々で膨大な量だったが、漁火に関する情報は、人々の噂話しかなかった。
 その中でエオリアの気を引いたのは、ある男の記憶だった。質屋の看板に触れたとき、それは流れ込んできた。

 憎しみ……プライド……苛立ち……やるせなさ……空腹……目の前の金……。手を伸ばせば、届く……。だが、侍として……だが、飢えには勝てない……。
 顔を隠し、刀に手をかけ……踏み込んだ……。

 その顔は、手配書の九十九 雷火と同じだった。別の場所でも彼を見かけた。辻斬りもしていたようだ。
「彼は、ハイナさんや明倫館の人たちに、相当恨みを抱いているようです」
「逆恨みです!」
 銀澄は白姫から、ご落胤騒動の話を聞いている。雷火は主家を守るため、罪を全て被り野に下った。だが、元はと言えばその主家が全ての原因だ。計画を打ち砕いた明倫館が恨まれる筋合いはない。特にハイナは、直接関わっていなかったはずだ。
「逆恨みでも恨みは恨み。その一念で来られたら、ちょっと厄介ですよ」
 わあっと声がした。見れば、人々がこちらを睨んでいる。倒れた男を、殺されたと勘違いしたものらしい。
「皆さんは、今の話を総奉行にお伝えください」
「君はどうするんだい?」
「囮になります」
 銀澄は繋いであった軍馬にひらりと跨った。
「退け! 退かねば蹴るぞ!!」
 銀澄は「不殺刀」を抜いた。軍馬が嘶き、走り出す。暴徒は、馬と銀澄目掛けて石を投げ、丸太を持って追い掛けた。
 エースたちはその間にその場を離れたのだった。