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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   一

「状況は理解した」
 説明を受けたリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)は立ち上がり、ハイナの方へ体を向けるとこう言った。
「ハイナの首を狙っている以上、単なる暴動ではなく要人殺害を狙ったテロと判断し、ハイナを守る為にもテロ勢力と首謀者の九十九雷火を武力鎮圧するのが妥当だと判断する」
「それはちょっと待って」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は顔をしかめる。
「暴徒の多くは一般人よ。それも、おそらくは漁火(いさりび)の仕業で暴徒と化している可能性がある。九十九雷火にしたって、操られているかもしれないのよ。武力鎮圧は乱暴すぎるわ」
「甘い!」
 リブロはばっさり切って捨てた。
「漁火とやらの方は、他の者に一任すればよい。問題は、これがただの暴動ではなくテロだと言う点だ。戒厳令の発動、暴徒勢力の早期徹底武力鎮圧による内戦泥沼化の回避を提案する。最悪の場合、籠城となるだろう。大量の兵糧と武器弾薬を城下から運び込むべきと思うが、いかがか?」
「兵糧はともかく、武器は町にはあまりないだろう。暴徒が持っているのも、包丁や鍬や鍬だ。浪人たちは刀も持っているようだが。兵糧に関しては、既にこの城には十分蓄えがあるはずだ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉に、ハイナも頷く。
「籠城は必要ないと思うでありんすが、いざとなれば一か月や二か月は籠もれるでありんすよ。それよりも、わっちが先頭に立って指揮をするというのは――」
「駄目だ!!」
 全員が即座に拒否したが、取り分け声が大きかったのは、護衛役の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。何があっても――たとえトイレだろうが入浴だろうが――離れまい、と決めている。
 ハイナはつまらなさそうに口を尖らせた。
「狙われている当人が矢面に立ってどうするんですか」
 レノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)が、ハイナを睨む。
「私は、明倫館への道を封鎖することを提案します。大通りの区画の門を閉鎖し、土嚢や木材を積んでバリケード陣地を構築、大通りの中央をチェンタウロ戦闘偵察飛空艇で塞いで防備を固めます。また、建物の屋根や窓に狙撃手を配置し、大通りではバリケードに隠れながら攻撃する者を配置します」
「それは悪くないと思う」
と、ダリル。
「門の閉鎖はしばらく待つでありんす。逃げてくる者を見捨てるわけにはいかないでありんすよ」
「呑気なことを……」
 レノアはやや呆れた。ハイナは自分が狙われていることを分かっているのかどうか、あまりにも悠然としている。
「大通りの橋や主要道路の建物を上空から破壊すれば、暴徒の足止めが出来ると思います」
と、エーリカ・ブラウンシュヴァイク(えーりか・ぶらうんしゅう゛ぁいく)
「もしも暴徒が警告ラインを越えたら、あたしが一撃で切り捨ててやる。恐怖の余り、動けなくなるだろうよ」
と、これはアルビダ・シルフィング(あるびだ・しるふぃんぐ)だ。
 しかしハイナは厳しい目で、即座にその案を拒否した。
ミシャグジ事件で半壊したこの町が復興してから、まだ間がありんせん。それを破壊など、決して許可できんせん」
「しかし敵は、あんたの命を狙ってくるんだ!」
「敵ではありんせん。皆、葦原の民でありんす。傷つけることは許可できんせん」
「しかしハイナ、暴徒の中には契約者も混じっている可能性がある。一般人ならどうにか傷つけずにすむだろうが、契約者が相手となると……」
 ふむ、とハイナは考え込んだ。
「是非も無し、でありんす。契約者に限り、武力制圧を認めるでありんすが、必要以上の暴力は禁止するでありんすよ」
「それは、九十九雷火や、漁火という女が相手であっても?」
と、リブロは問うた。ハイナは即座に答えた。
「そうでありんす」
「――分かりました」
 総指揮官であるハイナが言うのであれば、従う他ない。リブロは、レノア、エーリカ、アルビダに明倫館周辺の守りを固めるよう、指示をした。
「後は、どこで暴徒を分断するかね」
 ルカルカは、城下町の地図を広げた。
「報告によれば、町の外れから徐々に広がっているらしいけど」
「暴徒が建物を壊す可能性もあるだろう。逃げ道を、それとなく作っておくのがいいだろう。その上で、どこか一か所に誘き出そう」
「一番広いのが――明倫館だったりするんだよね……」
「――ああ、御前試合の会場があるからな」
「いっそのこと、こっちに誘き出しちゃうのはどう?」
「ふむ。その途中途中で、人数を削いでいくか。それがいいかもしれんな」
 ルカルカとリブロの会話を聞いていたとダリルの目が、ふ、と細まった。彼はプリントアウトした葦原島全体の地図を、城下町のそれにくっつける。
夜加洲は、どの辺だ?」
妖怪の山と城下町の中間でありんす」
 何を今更当たり前のことを、と思いながらハイナは答えました。
「他の地方では、何も起きていないのか?」
「実は、あったんだ」
 唯斗が口を挟む。「あったんだが、すぐに収まったらしい」
「それも妙な話だな……」
 ハイナはリブロから差し入れられたロイヤルセーデルを口に含んだ。優雅で華やかな香りが、カップに鼻を近づけただけでも分かった。が、淹れた人間が、紅茶についてあまり詳しくなかったのか、熱湯を使ったらしい。ハイナは舌先を火傷し、カップを口から離した。
 ぱしゃん、と小さな飛沫が地図の上に広がる。
「これは粗相をしたでありんす。唯斗、拭くものを」
 すっかりハイナの付き人と化している唯斗は、手拭いを差し出した。
「待った。そのままで!」
 ハイナが自分の口元を拭い、次いで零れた紅茶を拭き取ろうとしたのを、ダリルが制した。
 地図上の妖怪の山に染みが広がっていた。
 ダリルは、妖怪の山、夜加洲、城下町を真直ぐな線で結んだ。
「暴動が起きた他の場所は?」
 意を察した唯斗が、地図に小さな駒を置いた。主に妖怪の山を中心にした何か所かだ。
「他の場所では既に暴動は収まっている。だが、起きたことは起きた。全ての暴動は、妖怪の山を中心に起きているということだな?」
「そうでありんす」
「では」
 ダリルは妖怪の山に、ハイナのカップを置いた。
「ここに原因がある――と考えるべきではないか?」
 一瞬、ハイナの目が大きく見開かれた。
「――確か、そこには」
 気になることがあるからと、明倫館の生徒が向かっているのだった。