天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

ホスピタル・ナイトメア

リアクション公開中!

ホスピタル・ナイトメア

リアクション


【地階 其の二】

 手応えが、無かった。

 ルカルカとザカコが位牌を鈍器として振り抜いたその瞬間、廊下全体に光が戻り、例の怪人は忽然とその姿を消していたのである。
「どうした? 攻撃があったのか!?」
 美晴が危機感に満ちた声を放つと、残りの面々も位牌を逆手に持って、戦闘態勢を取った。
 理沙もセレスティアも、そしてジェライザ・ローズと学人も、ルカルカとザカコが手にした位牌を振り抜いた姿勢を見せているところから、何かとの戦闘があったことを咄嗟に理解した。
 が、その何かが、今は居ない。
 ルカルカとザカコの言葉を信じるならば、その何かは闇の中でしか存在しないようにも思われた。
「あれは、確かに攻撃の意図を見せてた……でも、闇の中だけに居るみたい」
「但し、こうして光源がある状態でも、敵は別空間か何かの中で移動を続けているようです。現に、最初の一瞬の闇の中で見た時と、たった今見た時では、位置が大きく異なりました」
 ザカコの説明に、一同は息を呑んだ。
 謎の存在は、闇の中だけでしか存在出来ないものの、ひとたび闇が生ずれば、こちらの予測し得ない場所に位置を移していることになる。
「拙いな……これは早々に、継続的な光源となり得るものを入手しないと、やばいことになりそうだ」
 ジェライザ・ローズの言葉に、全員が深く頷く。
 最早、警戒してゆっくり進んでいて良い状況ではない。敵が闇の中を移動してくるのなら、こちらは光の中を出来るだけ素早く移動しておく必要があった。
「光源の探索なら二手に分かれた方が良いかも知れないけど、個別に動くと謎の敵に襲われるから、なるべく集団で動いた方が良いんじゃない?」
 理沙の提案は、特にこれといった異論も無く、すんなり受け入れられた。
 かくして一同は、光源となり得るものを探す為に移動を開始した。
 廊下はすぐにロビーへと至り、一基のエレベーターが見えてきた。
「エレベーター内は逃げ道がなくなるから、使わない方が良いですね」
 セレスティアの言葉に、ルカルカとザカコは黙って頷いた。
 仮にエレベーター内で供給電力の瞬断が発生し、ゴンドラ内が闇に覆われてしまったら、完全に逃げ場は無くなる。
 多少遠回りでも、地上へは徒歩で移動できるルートを探した方が賢明であろう。
「さっきの見取り図が正しかったら、緊急搬送用のスロープがあるみたいだから、そっちが良さげね。階段だと足場が悪いから、敵との遭遇戦には不向きだわよ」
 理沙の分析は極めて的確であった。
 傾斜がある上に落差もある階段での戦闘は、人数が多い方が不利である。ならば、スロープを目指す方がより合理的であった。
 一行はまず、最初にセレスティアが不自然だと首を傾げた救急処置室方面を目指した。
 幾つもの室が入り組んでおり、逃走には難のある区域だが、しかし光源になりそうなものを探そうと思えば、こちらを先に探索する必要があった。
 再び供給電力の瞬断が起きるよりも早く、光源を確保しなければならない――焦りにも似た思いが、一同の足並みを少しずつ早めさせていた。
 初療室、救急処置室、集中治療室と順に捜索してゆく中で、エタノール、AED、酸素ガスボンベ、カルテ、シーツ等を入手したのだが、肝心の着火剤となり得る物品が見つからない。
「家族控室に行ってみる? 案外、ライターとか置いてるかも」
 理沙の提案を受け、一同はロビーを横断して家族控室へ足を運ぼうとした。
 が、その時。

 再び供給電力の断裂が生じ、地階全体が濃い闇に覆われた。
 今度は少しばかり、時間が長い。
 ルカルカとザカコは位牌を手にして戦闘態勢を取ったが、ロビーを横切る為に隊列が若干、間延びしてしまっていた。
 闇の中で目が見えない五人は、それぞれ気配だけを頼りに敵の接近を感知しなければならなかった。
「皆、警戒して! 敵が来るかも知れない!」
 学人が率先して注意を呼びかけた。その声が、ロビー全体に殷々と響く。
 そんな状況の中でジェライザ・ローズは傍らの、学人が立っている付近から、ごきっ、と太い骨が折れるような嫌な音を耳にした。
「学人!?」
 ジェライザ・ローズの叫びに、ルカルカとザカコが反応した。
 闇を見通すふたりの視界の中で、学人の首があらぬ方向に捻じ曲げられているのが見えた。その学人の首を、例の怪人が両手で抱えている。
「その手を離しなさい!」
 ルカルカが、猛然と吼えて白い長方体頭の怪人へと殺到した。
 しかし、位牌による一撃がヒットしようとした瞬間、再び地階全体が明るさを回復した。
 全員がその場で、呆然とした。
 闇が晴れると同時に、学人の姿が消えていたのである。
「冗談じゃない! 学人! どこに居るんだ!? 学人!」
 ジェライザ・ローズの焦燥に満ちた声が、ロビー全体に響き渡った。
 あの怪人だけでなく、学人までが光の下から姿を消したというのは、一体どういうことであろう。
「学人! 答えてくれ!」
 消えたパートナーの姿を求めて尚も声を嗄らすジェライザ・ローズだが、しかしここで無駄に時間を費やしてしまえば、他の面々にも危機が及ぶ。
 非情だとは思ったが、ルカルカは家族控室の捜索を優先した。
「ザカコさん、美晴さん、九条先生と一緒に居てあげて。私と理沙達で、家族控室を探してみる」
「お気をつけて」
 かくして、ルカルカ、理沙、セレスティアの三人で家族控室に向かうことになった。
 幸い、家族控室の中は至ってシンプルな構造となっており、捜索には然程の時間を要しなかった。
 三人で手分けすれば、すぐに何かが見つけられそうである。
「あ、あったよ! あったあった、ライターだわ!」
 理沙がライター片手に振り返って、ルカルカとセレスティアに歓喜の声を上げる。
 ルカルカはシンクと冷蔵庫周りを捜索していたのだが、理沙の声に反応して振り返り、嬉しそうにライターを手にした理沙に面を向けた。
 が、その直後に全てが暗転した。
 理沙に面を向けていたルカルカの表情が、闇の中で見る見る青ざめてゆく。
 白い長方体頭の怪人が、ライターを手にしている理沙の傍らに、漫然と佇んでいたのだ。
「理沙! 危ない!」
 ルカルカは警告の叫びを放ったが、当の理沙はただ戸惑いと恐怖が入り混じった表情を凍りつかせるばかりである。
 怪人の手が、身構えようとした理沙の顔面に伸びた。
 セレスティアも異変を察知し、悲鳴のような声を上げる。
「理沙!? どこに居るの!? 理沙!」
 ルカルカは位牌を振りかざして怪人との距離を詰めようとしたが、その前に家族控室は闇から解放された。
 つい今の今まで理沙が立っていた筈の位置には、床に落ちたライターだけが、ぽつんとその存在を自己主張するばかりである。
 セレスティアは、理沙の姿が消えたことで酷く混乱し、半ば取り乱しかけていた。
「ルカさん! 理沙さん! セレスティアさん!」
 ザカコが慌てて、家族控室の開け放たれた扉前に走り込んできた。
 その後に美晴とジェライザ・ローズも続く。
 室内では、悔しげに奥歯を噛み締めるルカルカと、泣き崩れそうになるのを懸命に堪えているセレスティアのふたりが、黙然と三人を出迎えた。

「許せない……もう、我慢ならん!」
 ジェライザ・ローズが烈火の如き怒りを噴き上げて、獰猛に吼えた。
 これ程までに感情を爆発させるジェライザ・ローズを、ザカコは見たことがなかった。
「九条先生、ちょっと待って……ルカにひとつ、アイデアがあるよ」
 ルカルカはライターを拾い上げ、酸素ガスボンベと一緒に全員の前で掲げてみせた。
「これで一発、ドカンといってみようと思うの。闇の中だけで蠢く奴ってのは、得てして光とか炎には弱い傾向にあるからね」
「それなら、これを使って敵を誘い出してみてはどうでしょう?」
 ルカルカに続いて、ザカコが小脇に抱えていたAEDを一同に見せた。
「学人さんも理沙さんも、闇の中で、或いはその直前に大声を出していました……つまり敵は、音に反応して攻撃対象を優先しているように思えます。なら、このAEDの自動音声ガイドを最大音量で起動すれば、敵の注意を引くことが出来るのではないでしょうか」
 そこに、ルカルカが用意する酸素ガスボンベの簡易爆弾を罠として仕掛ける、というのである。
 美晴が成る程、と相槌を打った。
「さっきも試したように、火術はとにかく効果が弱くなっていますが、ライターを手元で着火し、その火先にこちらの火術を飛ばして酸素ガスボンベの吹き出し口にまで火線を伸ばせば、それが導火線代わりになります。光源としてのライターは手放せませんから、これが一番、妥当な案じゃないかと思うのですが」
 ザカコの案には、異論を挟む余地は無かった。
 寧ろ、これ以上の策は無いともいえる。
 一同は早速、罠の設置に取り掛かった。
 仕掛ける位置は、地上への階段が位置する廊下の奥である。
 酸素ガスボンベマスクの吹き出し口に、エタノールを滲み込ませたシーツを覆い被せ、そこに酸素の吹き溜まりを作るのである。
 すぐ脇に、ザカコが持ち出していたAEDを起動状態で設置し、自動音声ガイドを最大音量で流し続ける。ライターを手にしたルカルカと、火術による爆破を担当するザカコが自販機付近に待機し、ジェライザ・ローズ、セレスティア、美晴がその左右で守りを固めるといった陣形であった。
「そろそろ、供給電力の瞬断タイミングです」
 ザカコの声に、ルカルカは小さく頷いた。
 腰を屈めてライターを着火し、頭上に掲げる。ルカルカの背後で、ザカコが火術発動の態勢に入った。
 果たして、瞬断が発生して地階全体が闇に覆われた。
 AEDの自動音声ガイドは尚も、大音量で廊下の奥に響き渡る。
 その闇の中で、ルカルカとザカコは見た。
 あの白い長方形頭が、エタノールに濡れたシーツの下に酸素の吹き溜まりが出来ているところのすぐ脇に、漫然と佇んでいるのを。
 ルカルカがライターを着火し、同時にザカコが火術を放った。
 直後、一階への階段へと続く細い廊下の奥で小規模の爆発が生じ、地階全体が鈍い振動に覆われた。