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【行動開始】

――地上一階、エントランス
「よーし、こんなもんでいいかな」
 佳奈子が満足げに頷く。
 彼女の前に並べられているのは、先程用務員室から持ってきたテレビを乗せた荷台、それとコードを引きちぎって運んできた公衆電話である。
「それにしてもよく考えるわね……まぁ非常時だし、仕方ないかしら」
 そんな佳奈子を見てエレノアが苦笑する。
 彼女達が今行おうとしているのは、玄関の扉破壊による避難路確保である。
 佳奈子が考えたプランは、ガラス張りになっている玄関にテレビを乗せたまま荷台をぶつけて破壊。それでもダメなようなら今度は電話機を投げつける、という物であった。
「さっきハデスさんがモップで壊してたからね。これなら確実だよ……でも、あの怪人みたいなの捕まえられるかなぁ?」
 佳奈子にはもう一つプランがあった。それは怪人の捕獲である。
「なんで私達がこんな目に遭ってるのか、説明してもらわないとね」
 少し怒ったように佳奈子が言う。
「いい? 少しでも危なくなったら逃げるのよ?」
「わかってるって。その為の玄関の確保なんだから……ところで、このモップって【空飛ぶ箒】の代わりにならないかな?」
「さあ……でもバランスを取るのは難しいのは確かだと思うわよ」
 エレノアが言うと、「そっか」と残念そうに佳奈子は言う。だがすぐに気を取り直し、荷台の持ち手を握った。
「よーっし、それじゃやろうか」

――地上一階、託児室
「全く、酷い事する人もいますね」
 怒ったように牡丹が言うと、手に持っている物を見た。
 牡丹が手に持っているのはぬいぐるみである。預けられた子供達に与えられるぬいぐるみだろう。小さい子供なら抱きつけるくらいの結構な大きさだ。
 だがそのぬいぐるみは見るも無残な状態になっていた。所々が引きちぎられ、中の綿が飛び出している。
 一番酷いのは頭であった。胴体から千切れかかり、僅かな布地でくっついているだけである、
「随分と酷い事する人もいるもんだね」
 レナリィも怒ったように言う。
「本当ですよ! これだけ乱暴に扱うだけでなく、吊るすだなんて! ぬいぐるみが可哀想ですよ!」
 牡丹達が見つけた時、ぬいぐるみはまるで首を吊ったような状態で吊るされていたのである。
「レナ、これから売店に行きましょう。裁縫道具くらいあると思います」
「え、直すの?」
 託児室から出ようとする牡丹を慌ててレナリィが追いかける。
「勿論ですよ! こんな状態放って……あれ?」
 託児室から出て、牡丹とレナリィはエントランスで誰かいるのを目にする。
「あれは……佳奈子さんとエレノアさんだねぇ」
「一体何をしているんでしょうか?」

――地上二階、カルテ室
「ったく……あー驚いた」
 恭也がモップで肩を叩きつつ目前に倒れた者を見下ろす。
 それは女性であった。小柄な体躯の女性は白衣を纏っている。恐らく医者なのだろう。
 ただやはりと言うべきか、ただの医者ではなかった。入るなり恭也に襲い掛かってきたのである。
 突然の事に驚きつつも、警戒していたこともあるのと動きが鈍いこの女医を恭也は躱すと、モップを容赦なく叩き込んだのである。
「しっかし、これまた酷い有様だなおい」
 恭也が周囲を見回し、呆れた様に言った。
 カルテ室の中は酷い有様であった。床はカルテや書類、それを収めていたファイルが散乱している状態である。
「こりゃ情報探すのは骨だな……とりあえずこいつらは物理攻撃が効くって事は解ったか」
 そう言ってちらりと女医を見る。白衣のネームプレートには名前が書かれている。この女医の名前なのだろうか。
「とりあえず適当に……ん?」
 落ちていたカルテを数枚ってざっと読むと、見覚えのある名前に行き当たる。
「……コイツの名前、だよな?」
 ネームプレートとカルテを見比べると、そこには同じ名前が描かれていた。
「医者、だよな? 何でカルテがあるんだ?」
 少し疑問に思い、恭也は目を通そうとそのカルテを束の上へと持ち直した。

――地上一階、警備員室
「……よし、点くみたいだな」
 懐中電灯のスイッチをオンオフと切り替えてみて武尊が呟く。
 警備員室の棚に一つだけ、懐中電灯が置いてあった。他にも置いてあった形跡はあるが、残っているのは一つだけである。
 電池が切れていたが、売店から持ち出した電池を交換し問題なく点灯するようであった。中の電球も問題ないようである。
「あ、ここにあったんだ」
「ッ!?」
 武尊が振り向く。そこには懐中電灯で照らされた空が居た。
「うわっ! 眩しいよー」
「ああ悪い……驚かすなよ」
 姿を確認し、安堵の息を吐きつつ武尊が懐中電灯を下ろす。
「んー、驚かせるつもりはなかったんだけどな」
「そういやそっちは用務員室に行ったんだっけ? 何かあったか?」
「ああ、そうそう――」
 空が武尊に用務員室での出来事を話した。主にテレビに映しだされた事である。
「……怪人ねぇ。それに馬車事故の報道か」
「そっちは何かあった?」
「売店は物はあったがこれと言ってな……ああ、変な警備員がうろついているってのと、後新聞でも馬車事故のニュースがあったっけか」
 そうして武尊は新聞に描かれていたニュースについてを話した。
「今も意識不明の重体が多数……」
 空が考える仕草を見せる。
「……オレはこれから外へ出ようと思う。そっちはどうする?」
 武尊が問うと、空は首を横に振った。
「……何か気になるっていうか、違うような気がする」
「違う?」
「……ううん、気にしないで。私はもうちょっと中を調べてみるよ」
 それだけ言うと、空は直ぐに扉から出て行ってしまった。
「何なんだ……?」
 その様子に武尊が首を傾げた。

――その直後、病院全体が揺れる様な振動と、爆発音が響いた。