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リアクション
第8章 海中からの偵察
海上で機晶水上バイクによる陽動と、それに続く砲撃が始まってから、一部の契約者たちは海の獣人部族・アステリアの戦士と連絡係の海兵隊員と共に海底都市を出発した。
目指すは残骸の島の下部。水没している部分だ。
各々水中呼吸用の指輪、会話を可能とするブレスレットなどを付けている。また、アステリア族の連絡線が続いており、偵察部隊は勿論海上で溺れた者たちの救助及び補給と撤退の支援をすることになっていた。
「可能な限り援助をさせていただきますが、それでもあの島で何が起こるか分かりません。どうか皆さんお気をつけて」
族長のピューセーテールは見送るときにそう言ったが、確かに仰ぎ見る島の下部は壊れた船、できそこないの巨大な筏といった趣で、ぱっと見た限り、中を窺い知ることができない。
皆で手分けして侵入口となりそうな綻びを探すと、イルカ獣人の戦士が中に一度入り、戻ってくると、
「ここなら行けそうです。ウェットスーツ引っ掛けて、破ったりしないよう気を付けて下さいね。人間は寒さに弱いですから」
と、注意を促しつつ再度進もうとして、一人の女性が口を開いた。
「……では私、ここからは皆さんと別行動で上陸しますね」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の言葉に、海兵隊員のセバスティアーノはまいったな、という顔になった。
「さっきも止めたけど、一人で行って何かあったらどうするんです?」
「パートナーもいますから。“テレパシー”で状況は陸の皆さんと確認できますし……といいますか、こちらの指示も皆さんにお伝えしますから、気を付けてくださいね」
テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は軽く頷いたものの、パートナーがまた自信を無くしたんじゃないかと、心配ではある。
ロザリンドが提案したのは、島の中心方向に進みながら敵の多く居る場所、効果的に、連鎖的に周囲を崩せそうな場所を探し出し、砲撃してもらうという計画だった。
「水死者に囲まれてもある程度応戦できます。私が確実に役立てそうなのは倒れるまで戦闘すること」
セバスティアーノは首を振ると、
「要するに、それ、すごい危険な仕事じゃないですか。で、そうじゃなくて、失礼だけど……何か、俺には死に急いでるみたいに……疲れてるみたいに見えるんですよ」
他にも上陸した契約者たちはいたが、何となく、気になったのだ。
「死ぬ気なんてないですよ、ただ、今の私ができそうなことはこれぐらいですから」
「うちが見てるから大丈夫。ね、ロザリー」
セバスティアーノとロザリンドに言い聞かせるようにテレサが言って、
「では、行ってきます」
ロザリンドたちは、水面へと泳いで、突き出した材木に両手をかけて体を引き上げた。
視界の悪さは“ホークアイ”と、殺気を探ることで補い、敵の行動を読んで、可能な限り戦闘を避けながら進んでいく。
おおよその上陸地点、移動の方向と距離を頭のなかにイメージする。
「狙いは、残骸の島を構成している船でも大きい物、連鎖的に周囲を崩せそうな場所、水死者が多くいる場所の三つですよ。ほら、ここなんてどうでしょう」
ロザリンドたちはとある大きな船底に開いた穴を通って、船倉を見渡した。
「了解、テレパシーで伝えるね」
(えーと、何かこの辺りって言ってるけど、目標発見して三十秒後以降に撃ってほしいってさ。雷が落ちるから、その位置を目標にして欲しいってー)
その間にロザリンドは、詠唱した“天のいかづち”を落とす。空が雨雲のせいか普段より大きな雷が空を貫いて落ちてきた。
「テレサ、退避しますよ」
ロザリンドに言われ、砲撃に巻き込まれないように走りながら、ロザリンドの次の“天のいかづち”から離れる。
(はいはーい、こちらテレサ、感度良好)
送受信機状態のテレサが、陸上の友人たちには状況報告、水中の部隊には攻撃位置、それに旗艦の乗組員には着弾の位置修正と、ひっきりなしに“テレパシー”を送る。
(次の東岸の砲撃まであと10秒、9、8……)
「こちらに来てください!」
水中では、アクアバイオロボットで構造物の強度を調べていた叶 白竜(よう・ぱいろん)が手招きするのに皆で従う。
強い衝撃と揺れがグラグラと景色を揺らす。パラパラと天井(と、言っていいのか)から埃交じりの材木の破片が降ってきた。
揺れが落ち着いてから、全員顔を見合わせて点呼を取り、無事を確認して再び進行する。先頭に獣人の戦士と、セバスティアーノ、アクアバイオロボット、契約者を挟んで再び獣人が続く。
「……イヤな感じだな、周囲をよく見て進もう」
セバスティアーノが呟く。
狭く、暗く、そして瘴気に満ちていた。水中の構造物は重力の制限が緩くなるためか立体的に不規則で、あちこちに漂う材木はただそれだけで進行の妨げになった。
おまけに地上の攻撃で振動が遠くから響くたびに、崩れやしないかと不安になってくる。今回の攻撃はあくまで時間稼ぎと陽動のはずだったが。
「材木ですが、腐食の進み具合によって強度が違いますね……当然ですが」
白竜は、砲撃の場所によっては、予想よりも早く崩落する危険があると話した。
「何か手がかりになるものがあればいいのですが。付着物によると……水源の海底でそれなりの時間をかけて作られたことは間違いないようですね」
付着物と言えば、と白竜は思い出す。
「ざくろが、水源付近にありましたね……済みませんが、ざくろはこの海域で何か意味合いがありますか? 中国では薬用として使われているんですけど」
パートナーの世 羅儀(せい・らぎ)が横から口を挟む。
「あんまり縁起が良いとは言われないよね。人肉の味がするとか」
羅儀の言葉に、セバスティアーノは振り返ると、
「地球とこっちの神話って繋がってるんですよね? この辺だとギリシャ神話っていうのにすげー似てるらしくて」
ああ……、と。白竜は遠い記憶を辿る。
「提督が言ってたんですけど、ギリシャ神話だとペルセポネー。ローマ神話だとプロセルピナっていう? 春の女神、で、えーと……冥界の王に連れ去られて、母親が怒り狂って取り戻しに行くんですよ。
でも、既にそのペルなんとかは冥界の食べ物勧められて食べちゃってて、オキテにより、地上に戻れなくなっちゃったんですよ。その食べ物っていうのが、柘榴です」
一度言葉を切ってから、彼は思い出しながら続ける。
「結局母親は、一番偉い神様を半分脅迫――っていうのは、豊穣の女神だったんで、怒らせると飢餓になるから――ペルなんとかを連れ戻すことはできたんだけど、オキテをはオキテだから、ずっとは地上にいられなくて、食べた分だけは冥界に留まることになったんです。で、それによって母親の気分が浮き沈みして、それが季節の始まりってことになってる、んですって」
「ギリシャ神話ですか。参考になりました」
白竜は聞いたことを、羅儀の“テレパシー”を通して友人に伝える。
「冥界というと死者の国のことか……そういや、死者を寄せ集めてどうしようっていうのかね」
羅儀は、白竜が魔法というものを不得手とするのは、力を得るには何か犠牲を必要とする、というイメージがあるからと聞いたことがある。
「何か大きな犠牲を必要とする魔術を使おうとしている者がいるってことかな?」
「不審な人物、人為的なものがないか気を付けた方がいいですね。何者かの意図で引き起こされている事態なら、必ずどこかにその相手につながる手がかりがあるはずです」
「そうですね。どこからどこまでが人為かっていうのにもよりますけど」
白竜はその後もアクアバイオロボを操作して、何かしら持ってこさせたり、調査させた。古い落書きや書付、古銭、布、いわゆるガラクタの中に、木片まだ新しい――そう、この前の戦いで契約者が付けたと思しき傷が残っていた。
「死者復活だけにいくらでも『再生産』できるんだろうな。流石にバラバラになっちまったら無理だろうけど……」
羅儀は肩をすくめる。
「闇龍のちっちゃいバージョンは、何度か他のところでも出現の例があるね。
今回のは人為的なんだね……ナラカでも浄化し切れないものをなんとかするのは、大変だよ」
ティ=フォン5でマッピングしていたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、顔を上げた。最後の方が少々唸ったように聞こえたのは、思い出したせいか。
思い出したといえば、彼が“サイコメトリ”で見た材木――つまり古い船の記憶も、あまり良いものではなかった。
この海域で昔起こった戦いで、怪物に襲われて、嵐に遭って……船が沈むには相応のアクシデントがあるからなのは承知していたが、ひしゃげ、バラバラになる船の悲しみや無念のようなものが渦巻いている。
それが海の中で静かに眠っていたのに、海蛇の力によって無理やり集められているのだ。
「タリアちゃんも大丈夫?」
ヘルはタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)の顔色があまり良くないのに気が付いて声をかけた。
「ええ、大丈夫。足を引っ張るわけにはいかないわ」
今回は調査に同行すると決めたタリアだったが、穢れた水は、淑やかな花妖精には苦いようだ。
彼女の“幸せの歌”は一同の瘴気への耐性を高めていたが、進めば進むほどに濃度が濃くなるようで、呼吸がし辛くなってきたような気がする。
「この美しい海を、ここに暮らす人々や生命を、これ以上脅かすものをなくさなくちゃ。
でも……あの蛇も、悲しい存在なのだと思うわ。あれを生み出してしまった人もね」
タリアはそっと微笑んだ。
「だから……今はせめて祈るわ。少しでも彼らの魂が安息を得られるように」
「あの蛇……闇龍程の規模ではないが、どれだけの祈りを紡げば、鎮める事が出来るだろう……」
二人のパートナー、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がぽつり、と呟く。
「蛇と術者を繋ぐものを断ち切れば、鎮めることができるだろうか。偵察とは言ったが、危険を冒してでも深いところまで、行けるところまで行かなければ、見つからないかも知れない。こちらも原色の海の、この世界の未来を繋いでいく為に」
ヘルはそんな彼を見て、まじめだね、と小さく言った。そういうところも好きなんだけど。
ところで、と呼雪は浮くように泳ぎながら――本当に“空飛ぶ魔法↑↑”をかけて泳いでいたのだが――、慎重に視線を奥へ向ける。“ダークビジョン”が暗闇を見通し、障害物とその境界を分ける。
「どれくらい泳いできた?」
「今はね、ちょうど島のこの辺かな」
ヘルがマップを示す。丁度、島の外周の三分の一辺りまで泳いできていた。
獣人がそれを覗き込んで、
「上方に向かって水上……瓦礫の内部に入るか、それともこのまま水中を泳いで中心部まで行くか……瓦礫が崩れて生き埋めになる可能性を考えると、後者を推します。
ただ中心部に行けばいくほど瓦礫の密度が高くなるので、そもそも泳ぐスペースがあるかどうか」
「腐食して足元がなくなる可能性があるということは、逆に壊して進める部分もあると思う」
呼雪が提案する。彼が彼や仲間に浮遊の魔法をかけているのは、そういうことだ。
俺とヘルのフラワシで偵察してくる、と呼雪は先に泳いでいくと、暫くして戻ってきて、
「……船底が見えた。そこを破って進めないか? 勘では、にアンデッドはいなさそうだ」
皆で船底部分の、脆くなった部分を探し出し、慎重に槍で突くなどして進入路を作り、泳いでいく。
水に完全に水没した船倉には、ロープでしばりつけられた積荷が乗ったままだった。
一行は上に向かって泳ぎ、甲板に出る。そうして他の船との隙間を泳いでいこうとした時、船の上で不恰好な泳ぎをしている人影を見つけた――アンデッドだ。
五、六体ほどの、縞模様の衣服を揺らめかせたそれらは腐った手で犬かきのように大きく水をかいて進んでくる。
「これくらい戦闘をしても……」
獣人の戦士は手に手に槍や銛を握りしめたが、呼雪には右からも左からも、呼び寄せられるように集ってくるアンデッドが見えた。
「どうやら……発見されたようだ」
「やはりこうなるとは思っていた。避けるにも限界があるからな……戦闘は致し方がない、しんがりを務めよう」
白砂 司(しらすな・つかさ)が背負った斧槍タイムラプスを引き抜き、眼前に構えた。
「撤退の時間稼ぎ、お手伝いしますよっ!」
サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)も張りきって腕を振り上げる。
司が、パートナーに濡れて脆くなった床をに注意を促す。
「足元に気を付けろよ」
「はいっ!」
水中、甲板を蹴って飛び出したサクラコは、まるで魚が泳ぐように、一直線に正面のゾンビたちに向かっていく。ぶつかると思われた瞬間、手に取り付けられた獣王シャスールの鉤爪が、シャッ! と振られ、“則天去私”がアンデッドたちを薙いでいく。
「モンクの修行で得るシンプルな技ではありますが、正道をいく精神の光、こういうときに使ってこそですよね」
「サクラコ、倒す必要はないからな」
「分かってますって、あくまで足止めですよね?」
と、言いながらサクラコの表情が生き生きとして嬉しそうなのは戦いが好きだからだろうか。
彼らを見て戦うべきか槍を手に迷っている獣人たちに、司は一度振り返って、
「何をしている? 荒事は俺達に任せ、さっさと報告に戻ってくれ」
「おんなじ獣人ですからね、遠慮はいりませんよ!」
「……済みません、先に戻ります!」
サクラコに背中を押され、獣人たちは撤退を開始した。
ヘルも後ろを向きながら詠唱を開始する。彼の“アブソリュート・ゼロ”が花開き、氷の盾――“蒼氷花冠”となって前方に展開される。
「呼雪、タリアちゃん、みんなと先に行って」
獣人をはじめとして船にいったん戻り、司とサクラコが下へ続く階段の入り口を守る。
全員船の中に入ったのを確認し、司たちも後退しようとしたとき――、
「わわっ! なんですかこれ!?」
サクラコは自分の毛皮をブルブルと逆立てる水の流れに翻弄された。上下に揺らされるような動き。
「……地上の戦いの影響だろう」
努めて冷静に分析する司の声も、揺れていた。
揺れは一分ほど続いた後、納まった。
「行くぞ、皆を追おう」
「はい」
急いで皆を追った司たちだったが、彼らが船倉の一か所、入ってきた場所で立ち止まっているのが見える。
「どうした?」
「……入り口が」
獣人の戦士に言われて肩越しに覗くと、先ほどの振動で荷物が転げたのか、入り口を塞いでいた。
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