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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【強襲☆悪襲城・4】


「今の私はアッ――なんとか君の灰化(はいか)なのよ。
 さあ、私と戦ってもらおうか、アレ君」
 七神官の盾のみを身につけたリカインは正面に相対するアレクの姿を見据えていた。
 その唇には何時もと変わらぬ薄い笑みが浮かんでいるが、足下はどこかおぼつかない。
(進んで配下に下った。という訳ではなさそうだな)
 そんなアレクの読み通り、リカインがこの場にこの状態で現れたのは自分の意志ではない。かと言って、吹雪のように進んで配下となったのでもない。
 理由は一つ――そういう『設定』だから。
(割と真面目に身体が言う事を聞かない)
 一瞬過ぎて分からないくらい絶妙に眉を顰めたリカインの表情を読み取って、敵であるアレクは溜め息を吐いている。
「……はっ!」
 リカインは慌てて体勢を整え、アレクに人差し指を突きつけるのだった。
「はっはっはっ、この間はよくも妙な事を言ってくれたね。
 してやったりと思った? あれこそ演技だったのさ!」
 急な展開に周囲の者達は首を捻っているが、アレクのみはリカインが何の事を言っているのか直ぐに気がついたらしい。瞬間だけ表情の無い瞳が光ったように感じて、リカインは気分を高揚させる。
「何しろ毎晩自慢の妹と過ごしているはずなのにそれでは飽き足らず、このお姉さんを『おかず』にするような――まあ健全とも言えるけど――男が今は豊美君のそばにいる。
 それが心配でなくて何が心配できようか!」
 突きつけた指は相変わらずアレクに向いているようだが、言葉はこちらを指しているようだ。それが何となく分かった豊美ちゃんはリカインの言った台詞を頭の中で繰り返す。
(うーん……『毎晩自慢の妹と過ごしている』は、毎晩妹さんと一緒に眠っている、ということですよね)
 この前の空京での一戦で、アレクと最後に交わした言葉を思い返す。妹さんとどうぞ良い夢を、と言った豊美ちゃんにアレクは頷いて、豊美ちゃんも良い夢を、と返してくれた。だからアレクさんが妹さんと仲良く眠っているのは確かなんだ、と豊美ちゃんは思う。
(でも、リカインさんは『それでは飽き足らず』と言いました。……それってつまり……)
 豊美ちゃんの中で、点と点が結ばれ線となった。そして浮かんだ言葉を、リカインとアレクに向けて言う。
「お二人は、一緒に寝た事があるんですか?」
「「!?!?!?」」
 リカインの言った内容よりさらに過激になった言葉が飛んできて、リカインとアレクが動揺した顔で豊美ちゃんの方を向く。
「わわ、二人ともとてもこわい顔です。私何かおかしな事言いました?」
「豊美ちゃん……貴女は今自分が言った事の意味を分かっているのか?」
 アレクに尋ねられて、豊美ちゃんは頭に疑問符をいくつか並べながら答える。
「えっと、一緒のお布団でぐっすり、じゃないんですか?」
「ぷっ……あはははは」
 豊美ちゃんの答えを聞いて、リカインが我慢出来ないといった様子で笑い出す。アレクの顔からも険しさは消えていた。
「豊美君。さっき私が言ったことを覚えていたら、後で馬宿君に聞くといいよ?
 馬宿君ならきっと正しい答えを教えてくれるはずだから――」
「それは駄目だ!!」
 リカインの声を遮って、アレクにしては珍しい大声がリカインの声に被さってきた。
「馬宿の耳に入れるという事は、何(いず)れジゼルの耳にも入るという事。
 それは駄目だ。それだけは駄目だ。
 俺の事を深く愛しているジゼルがそれを聞いたら、妹は傷ついてしまう」
 恐ろしい程に自信過剰なその言葉に、陣とベルクのツッコミコンビは職務を忘れて二人ですっ転ぶ事で抗議の意を示した。
「誤解を解く為に一つ言っておこう。俺にとって他の女とジゼルは対等では無い」
 否知ってるよ。
 と、誰もが言いたいのだが誰もが口にしなかった。ちょっと疲れてきていた。
「リカイン・フェルマータ、俺は言い訳が嫌いだ。だからこの間の事について兎や角言うつもりは無い。ただこれだけは言っておこうと思う。
 俺はジゼルを愛している」
「ああ、そう……」リカインの心の底から適当な相槌に頷いて、アレクは続けてしまう。
「まず誰もが同意する事だと思うが、あの珊瑚色の唇を通る声が好きだ。紡がれる天上の歌声は、どの教会でも聞いた事がない美しさだ。無表情というものが一切存在しない子供のようにコロコロ落ち着き無く変わる表情の全てを愛している。愛らしい笑顔が好きだ。照れた顔が好きだ。驚いた顔が好きだ。嘘が見抜かれて慌てて焦った顔が好きだ。怒った顔が好きだ。拗ねた顔も好きだ。嫌悪感に泣きそうに歪んだ顔が好きで、ついつい何時もやりすぎてしまう。晴天のアドリア海のような……思わず舐めたくなる美しい瞳が大好きだ。川蝉のように色を変える羽根を広げる時、俺は何時も目を奪われ動けなくなる。白くてきめ細やかで触れると吸い付くような柔らかい肌が好きだ。首筋に頭を埋めると咽せ返る程香る甘い花の香りは一日中埋もれていたくなる。抱きしめるだけで折れてしまいそうな腰なのに、そこから続くむっちりしたエロい尻が好きだ。太腿もエロい。何より胸が堪らない。頂まで色も形も感触も完璧に整っている。俺の手にも丁度良いサイズだしな。それを寝ている時に触られても全く気がつかない警戒心の無さが好きだ。適当な言葉に直ぐ騙される、何処までも純粋で――少々バカなところも好ましい。妙に自己評価が低い所は気になるが、まあその分俺が(肉体的な意味でも)愛してやるつもりだ。それから中世の絵画の水妖と同じ様なプラチナブロンドなのに、雨の日には好き勝手はねてしまう長い巻き毛を指で解くのは最早俺の趣味の一つだ。膝に乗せて甘いケーキを食べさせるのは俺の生き甲斐だ。A! moj lep sestra!(ああ、俺の美しい妹!)頼りない程小さな強く握れば壊れてしまいそうな硝子細工の手!あの細い指で俺の(検閲済み)を(検閲済み)たらと考えると、想像するだけで滾ってしまう。そういう話しをするだけで真っ赤になってしまう初心な所が好きだ。「お兄ちゃんの変態!」と罵りながら悲鳴を上げる声には度々正気を失いそうになる。否むしろ俺は彼女に狂ってしまいたい。しかしそんな事を言いながら夜には寝言で「お兄ちゃん大好き」と言ってしまうのには、テンプレートツンデレかと呆れる思いを抱きながらもその実、心が震えてしまう。そんな妹属性なところは俺にとって完璧と言えるからだ。だから少々の我が侭も許してやりたくなる。いや、我が侭で振り回す程俺に手放しで甘えるそれこそが、素晴らしく素敵で、完璧だ。それからここは外せない部分なのだが――」
 真顔のままスラスラと出て来る止めどない愛の告白――もとい性犯罪者の変態(性癖)告白に、リカインは頭を抱え呻いている。というか仲間に迄ダメージを与えてしまっていたのだが、豊美ちゃんだけは違った。
「アレクさんは本当にジゼルさんが大好きなんですねー」
 とニッコリ微笑む彼女に、リカインが何かを言おうとした瞬間だった。
 突如大太刀の間合い以上に離れていた筈のアレクの顔が目の前に迫ったかと思うと、自分の身体が地面に転がっているのに彼女は気づいた。
「……かはっ……っ!?」
 襟を掴まれた掌が咽を圧迫してきて息が出来ない。
 まともに抵抗するより前に、リカインの腕は床に落ちていた。



「――ひゅッ――!」
「ほら、息しろ」
 圧迫感を感じて、リカインは目を覚ました。羽交い締めにされて、背中に何かを当てられているような気がする。
 ――状況が掴めない。
 目の前で心配そうに自分を覗き込んでいるのは、豊美ちゃんだ。それだけは分かった。
「何があったの……?」
「お前は誰だ?」背中の後ろの男が聞いて来る。
「私は、悪襲の灰化の――」
「駄目だ失敗か。どうやったら元のリカイン・フェルマータに戻るんだ? もう一回落としてみるかな」
「待って下さいアレクさん、もう少し穏便なやり方で――」
 ゲームのリセットボタンに手を伸ばす気軽さでリカインの首に後ろから腕を巻き付けようとするアレクを豊美ちゃんが慌てて止めようとする。リカインは話し途中で一気に間合いを詰めたアレクに締められて頸動脈反射で数秒意識を飛ばしていたのだ。
「穏便って……じゃあどうする?」
「う、うーん……そうですねー?」
 暫し思考中で固まっていた二人が、何かを感じて急にリカインの前後数メートル遠くへと跳び退いた。
 すると次の瞬間、リカインの肉体にビリビリと痺れが走り目の前が光る白色に包まれた。
「みぎゃッッ!!」
 短い叫び声を上げていると、豊美ちゃんが駆け寄って来る。
「リ、リカインさん…………?
 ご自分がどうしているか分かりますか?」
「ぅ……私は…………一体……
 ……ここは……何処――?」
「どうやら戻ったみたいだな」
「そうですねー」
 ほっと息をなで下ろす豊美ちゃんと話しを始めたリカインの髪の毛が一房、重力に反して持ち上がる。
 リカインの目を覚ましたのはシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)の力技な一撃だった。
「――ご主人思いだな」
 未だ朦朧としているリカインを壁際に座らせて、アレクは豊美ちゃんを振り返る。
「さっき彼女が言った事は他愛も無いジョークだ。忘れてくれ。
 くれぐれも馬宿には話さないように。面倒な事になるからな」
「はい、分かりましたー。
 ……あれ? じゃあアレクさんはジゼルさんと仲良く眠っているわけでは――」
「ああ確かに、それについては紛れもない事実だ。
 俺とジゼルは毎晩、仲良く寝ている」
 『仲良く眠っている』と『仲良く寝ている』。二人は殆ど同じ意味合いの言葉を言ったが、そこに秘められた裏の意味は大分違っているのかもしれない。
「そうですか。それなら良かったですー」

 だが、豊美ちゃんはそれに気付くことなく、頷いて笑い、アレクの横に並ぶ。
「じゃあ行こうか」
「はいですー」
 歩き出すアレクと豊美ちゃん、そんな彼らを見送る様にシーサイドムーンが手を振るが、それはつまり髪の毛が持ち上がりユラユラと揺れて「いってらっしゃい」している訳で、さながらホラー映画の悪魔のようであった。

* * *

「もう一人の配下の人は、何処に行ってしまったんでしょう?」
「さあな。
 取り敢えず挨拶でもするか」
 豊美ちゃんに向かって首を振りつつアレクが無造作に蹴破った扉に契約者達は突っ込んで行く。
 彼等の目の前にはあの入り口の絵と同じ……というかやはりアッシュ・グロックにしか見えない人物が座っている。
 銀色の髪、赤い瞳。
 小柄な身体に立派過ぎる程の着物を着込んだ男、こいつこそが悪襲だ。
「アッシュ……じゃなかった。悪臭……いやいや、灰汁取だったか?
 なんでもいいか。
 悪徳領主、てめぇの悪事もここまでだ!」陣が悪襲に人差し指を突きつけた。
「悪襲、あなたはボクが成敗するよ!」
 続いたのは下川 忍(しもかわ・しのぶ)だった。
 突然この和の国に飛ばされて、何処ぞの誰かに似た人物が村の人々を苦しめていると知れば、放ってはおけない、と忍は悪襲城へ向かった。
 そう、城へ向かったのは良い。
 だが一つ問題があるとすれば、彼の姿は他の皆のように着物や袴、洋装と言った類いでは無く、またの翠たちのように現代テイストを交えたものですらない。
 魔法少女のコスチューム
 これが彼に与えられた衣装であり、役割であった。
 並の男ならば凹んで動けなくなってしまうところだが、忍は違っていた。
 『これはこれで面白くもある』と、そう思ったのだ。
 たまたま行き合った魔法少女の代表格とも言うべき人物の豊美ちゃんに笑い掛けたのだ。
「魔法少女がバーゲンセールとは聞いていたけど信じていなかった。
 それにボクまで認定されるというのは意外だよ」
「? 魔法少女は売り物ではありませんよ? 魔法少女は自身の胸に、信じる心があればいくつになっても魔法少女なんです。
 忍さん、あなたが魔法少女になったのも、あなたの胸に魔法少女を信じる心があったからなんですよ」
 忍は冗談を交えて言ったつもりだろうが、豊美ちゃんには通じなかったようで首を傾げつつ、魔法少女についてを簡潔にして語る。
「あはは、これはまいったな。そんなつもりはなかったと思うんだけど」
 苦笑しつつ、そんな豊美ちゃんの言葉に頷いて、忍は悪襲城を見上げ言ったのだ。
「少しなりきって振る舞ってみるのもいいかもしれないな」
 そんな訳で、悪襲城に突入し、愛と正義の魔法少女として戦った忍は、悪襲を倒すべく真っ先に行動していた。

「……お前等、誰に断って此処に入った!」
 見た目もアッシュならば、声もまたアッシュだった。
(こいつやっぱりアッシュじゃねーの?)という契約者達の疑惑の眼差しに貫かれて、悪襲は困惑した様子で立ち上がった。
「くっ、曲者め!!」
 忍は首を傾げる。
「ん? 曲者だって?
 そうか、先に名乗りからだったね。
 ボクは魔法少女メイディング☆しのぶ!
 メイドさんだからって舐めたら怪我するよ!
 いっくよー、メイディングサンダー!
 名乗りからの流れる様な攻撃だった。
「ふぎゃああああああ」
 降り注ぐ雷の嵐に、悪襲は尻尾を踏まれた猫のような叫び声を上げている。
取り敢えずシューティングスター☆
 こちらも流れる様な――所謂作業だった。
 悪襲に向かって魔法を放つさゆみの唇からは、例の「ひぇひぇひぇひぇ」という笑いが溢れている。
「ああ、さゆみ。
 痛ましい。痛ましいですわ!」
 アデリーヌは呟きながら中空を舞って契約者の集団を飛び越えると、悪襲に光りの閃刃やら雷やら兎に角ピカピカ光る攻撃をコンボで叩き込んでゆく。
 皆が目ごと頭を伏せている間に、何時の間にやらサングラスをしたアレクがやや義務的にお決まりの「うおっまぶしっ」の台詞を平坦な声で言っていた。
「何なんだお前等は!
 一体どういうつもりだ!!」
 まともに抗議して来る悪襲に、アルツールは冷静に言う。
「夏の休暇の前に全部仕事を終わらせて、娘達(聖少女)を遊びに連れて行く……そのはずだった。
 それを邪魔された原因はお前だな? 答えは聞いていない。
 それと、一つ教えておいてやろう。
 (日本風の)城の天守閣は意外と狭い。
 火術が得意なくせに木造の城の狭い最上階で待ち構えるとか、馬鹿か貴様は」
「馬鹿だと……!」
 しかしそれ以上の言葉を、悪襲は言う事は出来ない。
 だって確かにそうなのだから。
 この狭い部屋で――燃える為の燃料の人間が、服がぎゅうぎゅう詰めの部屋で、悪襲が炎の魔法を使ったら大変な事になってしまう。
「えっと…………………………



 どうしよう
 引きつった顔の悪襲の前に、やけに規則的な踵の音を鳴らしながら悪襲の前に現れたのはアレクだ。
「Guten Abend,Ash!
 Wie geht es Ihnen? Fick dich ins Knie.」
 オーストリア出身のアッシュなら聞き取れる筈の挨拶と流れる様に付け足された罵倒に、その場で眉を顰めたのはドイツ人のアルツールだけで、悪襲は反応しきれず首を傾げている。
 アレクは一人納得しながら豊美ちゃんに耳打ちした。
やはり悪襲とアッシュとは別人みたいだな
はい。他人のそら似、良く似た別人みたいですねー
 ここまでいくとドッペルゲンガーだ。
 ――しかしアッシュで無いのなら、容赦も必要ないか。アレクは悪襲の胸をブーツで押しながら彼が腰にさしていた脇差しを抜いて投げ捨てるように渡した。
「兵士は任務に就いた時から己の死を覚悟している。
 だがだからと言ってその命が塵屑と同じ重さな訳では無い。
 悪襲、あんたの無能の所為で此の城の兵士は大勢死んだ。
 上官はあんただ。責任を取れ」
 言いながら何処からか取り出したのは彼の端末で、何かの操作でピピッと音が鳴る。
 皆は首を傾げるが、真にはそれが何だか予想がついてしまっていた。
「さて、と。おい、動画モード切り替わったぞ。これ下の村の連中に見せるからな。
 僥倖だろ? 精々格好付けて無様に死ね。
 充分悶えたのを俺が撮り終わったら死ね」
 アレクの言う言葉に目を輝かせている兄貴分に気がついて、真は慌てた。
(えーっと、なんか兄さんが滾ってる!? そっか状況が近いから……)
「ほら、俺が介錯してやるから切れ」
(って介錯!? 兄さんアレクさんを煽らないで!?)
「南無」
 手を合わせるルカルカに、(先に追悼しちゃ駄目だろ!!)と真は慌てる。
「で、でも……」
「うっせええええ! そんなん! どうでもいいから! 早くメシ食いたいんだよオレは!!」
(壮太!? それ今あんま関係無いよ!?)
「言っとくけどあんたの炎なんてあたしのブリザードで簡単にかき消せるのよ!
 このスケベ男が! 地獄に落ちなさい!」
 エリスが罵った。
(というか今地獄に落ちるってシャレにならないよ!)
 こうした真が口に出せないツッコミは、似た様な内容でベルクと陣が後ろでハモっていた。
「さあ、悪襲よ年貢の納め時だ。
 貴様には民草の涙に対しての負債をその命をもって払ってもらおう」
 涼介が受け入れようが受け入れまいがどっちにしても悪襲には平和の残らない最後通告を突きつける。
(ああまさか! この状況で更に煽るのか!?)
「くっ……この悪襲様の火の術が怖く無いのか!?」
「火術? んなもん俺にくらべたら熱くもねぇ! 腹の斬り方位知ってるだろおらぁ!」
「……えーっと、蚕養さぁんちょっと兄さんを修羅の世界からこっちに戻して!」
 動物好きの左之助を止める様に頼むと、大きな三毛猫――縹がそろそろと後ろから出てきて、左之助の横に涙目になりながら「すんません」と控えめに座った。
「原田のあにさんもおちつきなすって」
「……悪い、ちょっとばかしやりすぎたか」
 苦笑している左之助は猫作戦で止まったが、お犬様が頭に乗っている方の男は止まりそうに無い。
「まだ? 早く死ねよ。
 最近充電してないんだよ、あんたがモタモタしてると切れちゃうだろ?」
「楽しいな、苦しいな、きゃはっ☆」
 ガクガク震える悪襲の恐怖心を、ラズンの無邪気な声が煽っている。
(誰かアレクさんを止めてくれ! ああもう、やっぱりジゼルさんが居なきゃ駄目なのか!?)
 そう思う真だったが、とうのアレクは初めて見るハラキリに期待で目を輝かせている。もう菓子や玩具を前にした子供のように一切混じりっけなくキラッキラだ。
(――いや、アレクさんはあのままでいいんだ)
 そして真は諦めた。アレクの口の悪さも、どうしようもない更生不可能な性格も、一種の『味』の様なものなのだと割りきったのだ。
 つい先日蹴り飛ばされ顔面に端末を落され罵られたから、せめて一発くらい返したいとも密かに思ってはいたが――。
「アレクさん、あまり彼を煽らないであげてください。
 切腹とは穏やかな心で行うものです。彼が穏やかな心になれるように、見守ってあげてください」
「成る程。やはり豊美ちゃんと居ると勉強になるな」
 皆の予想に反して豊美ちゃんは彼を窘めはするものの悪襲に切腹を迫るのを止めはしなかった。長く日本に居て、切腹の真意も理解しているであろう豊美ちゃんの言葉に、アレクも頷くと罵倒するのは止めて厳かな表情で――でも撮影は続けて――その時を待つ。
「ぐっ……!」
 この場に揃った契約者の視線を浴びて、悪襲は段々といたたまれなくなる。やがて彼はすっかり場の雰囲気にのまれてしまい、静かに脇差を取り、開いた腹に切っ先を当てる――。

 丁度その折だった。
「悪襲さん!
 貴方の悪事の証拠は、ここにババン☆ と揃っています!
 紙束を抱えて部屋に入ってきたのはマントを脱いだ歌菜と術を解いた羽純だ。
 二人が叩き付けた紙に目をやって、悪襲の顔色は青く変化していく。どうやらかなり拙い事が書かれているらしい。
「此の世界にも地方領主を束ねるトップが居るらしいな。
 そこへこれを出したら……? 色々と拙いんじゃないか?」
 悪政で民に負担を強いて、暴力でねじ伏せてきた悪襲だ。その証拠を羽純の言う『トップ』に出されては、大変な事になってしまうのだろう。
「さあ、年貢の納め時ですねっ!」
「お前、何者だ!」
「え――私? 私は、魔法少女アイドルです!」
「……は?」
「はい。歌菜さんは歌って踊れる魔法少女アイドルなんです。私は歌菜さんの歌、好きですよ」
「あ、改めて言われると恥ずかしいな……。
 それよりも、えっと、分からない?
 それならば、えーと――。
 公儀隠密です!」
 暫しの沈黙の後、口を開いたのは羽純だった。
「歌菜……此の世界に『公儀隠密』はあるのか?」
「えへへ……時代劇のくの一とかに憧れてたんだよね」
 舌を出して笑う歌菜に思わずほんわかした空気になりかけたが、悪襲にはこの空気が堪らない。
「ええい! 知るものか!
 出合え出合え!!」
 引っ込みが突かなくなってお決まりの台詞を言ってみたものの、その声に反応して出てきたのはたった一人だった。
 悪襲の近くにあった段ボールがガサガサと動いたかと思うと吹雪が飛び出して来る。
 そして契約者達の背中を狙い……と思ったが、そう簡単にはいかなかった。
 涼介が作り出したホワイトアウトの空間に視界を奪われた彼女は、気づけば歌菜と羽純に取り押さえられていた。
「何故だ!?」
「だって……羽純くん」
 困った顔で最愛の伴侶に視線を送る歌菜に、羽純は矢張り困った顔で頷いている。
「こんな場所に『段ボール』があるなんて如何にも不自然だろう」

 御尤も。

 吹雪は立ち上がって頭を下げると、涼介の狙い通り突然の孤独に慌て、
「何処だ! 吹雪ー!?」
 と叫ぶ悪襲を弾避けのように前に突き出して、サムズアップする。
「今日の所はこれくらいにしとくであります。
 では、お達者でー」
 呆気に取られた契約者達と悪襲を置きざりに、吹雪はホワイトアウトの中に姿を消して行った。
 白い迷宮が晴れると、いよいよ本当に年貢の収め時になってしまった悪襲は懐から杖を取り出していた。
 涼介の神降ろしを伴ったホワイトアウトに当てられ、孤独に押し潰された悪襲はまともな状態では無い。
 顔を真っ青にして口を開けたり閉じたりと終止落ち着かないまま、震える手を懐へ突っ込んだ。
――こうなったら!!
 杖の先から炎が上がる。
 涼介とエリスが同時に放った冷気に火力が激減した瞬間だった――。
「うっぎゃああああああああああ!!」
 美羽の怪力の篭手が悪襲の胸元を引っ掴んだかと思うと、勢い跳ね上がった悪襲は頭から天井に突っ込んでしまった。
「これは……何と言う無様な……」
 何人もの女を囲いながら唯一祝言を挙げようと思う程に悪襲の焦がれた少女――菖蒲が部屋にやってきて吐いた第一声は酷いものだった。
 天井にぷらぷらとぶら下がったままの悪襲に向かって、ターニャと姫子に守られるように挟まれた菖蒲は言った。
「悪襲様。
 貴方に一言言っておかねばと参りました。
 
 私は我が侭な方も、力に頼って好き放題する方も嫌い!

 今度こそパーフェクトにオーバーキルされた悪襲を残して、アレクの「……解散」の声に契約者達は溜め息混じりに城から去って行った。
 何だか気まずい締め方だったが、アッシュ似の悪人には切腹よりも此方の方が似合っている気もした。

 その後悪襲はグラキエスによって封印を施され、縁に簀巻きにされ、
「悪徳領主は、縛り上げて天守閣から吊るしてやればよかろうて」という義仲の提案に、暫く吊るされた後、コードによって村の人々へと引き渡されたのである。
「天守から地面までパイルドライバーでもお見舞いしてやりたかったなー」と言った美羽に、ルカルカが同意する。
「私も地上に叩き落して飛行離脱しようかなーとか思ったんだけどね。『変位抜刀『天空おとし』!』って」
 笑う二人の会話に「流石にそれは……」と苦笑しながら、コハクは誰にも聞こえないくらいの小声で言っていた。

シャンバラに帰ったら、せめてアッシュには優しくしてあげよう」と。