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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【急襲☆悪襲城・3】


 城壁からは雨のように弓矢が振って来る。
 それを弾き、折るのは熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の刀であり、八雲 尊(やぐも・たける)の剣だ。
 護られる様に彼等の後ろに立っているのは天禰 薫(あまね・かおる)で、信じられない早さで番えた矢を射っては城壁の上や、狭間(さま)に潜む兵達を撤退させてゆく。その鮮やかな連携にアレクは素直な感嘆を口にした。
「――流石薫ちゃん」
 最低限邪魔にならない距離を取っている男に集中力を削がれても、薫は意に介さない。否、彼女の集中力はそんなものでは切れないのだろう。普通に雑談を始めていた。
「火術を使うペテン師さん、かぁ……。
 我の『天の炎』で懲らしめられたらいいのに……」
「爆殺か。中々過激な事言うな」
 ――そう言う意味じゃない。
 薫の苦笑に、アレクは片眉を上げる。分かっていて言ってるのだ。
「ねえねえアレクさん、悪襲ってひと、怖くて悪いひとだね」
「怖い? そうかな……。まあ俺も実物見た事は無いから何とも言えない」
 矢を引き絞りながら首を傾げる薫に、アレクは首を振った。
「敵を目の前にしてみなければ判断出来ないだろ。見えないものを怖がっているようじゃ今頃死んでる」
「だって綺麗な女の子を捕まえているんでしょ?
 それに酷い事もしているらしいねぇ」
「綺麗な『女の子を捕まえて何をするか』考えると少し怖いか?」
 流石に薫の前で「エロゲみたいだよな」とは口にしなかったが、アレクの頭の中には縁の言っていた「倫理観さておきかわいい子独占とか許されざるだよー」が回っていた。
(Well ...I’m jelly.(まあ……、羨ましい)
 中学二年生男子に次いで最高レベルに頭が悪い年齢19歳の男の頭の中が、『ハーレムっていいな』から『妹のハーレムって最高だな』に進化して、いや待て妹でハーレムより本当はジゼルでハーレムがいいけどジゼルは一人だしどうしようそうだ『仕事から帰ったらジゼルが分裂して「「おにいちゃんお帰りなさい」」って何匹も纏わり付いてくるとかどうだろう。パラミタなら有りじゃねーか?』までドーピング抜きでぶっ飛びかけた時、薫の言葉がアレクを現実へと引き戻した。
 ――因にこれは全て交戦中の事である。 
「うん、でも我は綺麗でも何でもないからきっと大丈夫だけどね、うんうん」
「は?」

 (薫とアレクが何か話してる。
 何だ? 何をあんな風に愉しそうに……。
 くっ――アレクのヤツは何時も殆ど無表情だから何を考えているのか全く読めない!
 否待て、あんなもの普通の雑談だろ。俺より歳も近いし、同じ学園に通っているし、別に普通だ……普通に、何と言うかこう……な? 普通の話しがあるんだろう。
 そうだ。無視だ無視。平常心を保て俺)
 戦いながらもそちらへ最も注意を払っていた孝高の頸部を突如、鋭い痛みが襲った。
「YOU FOOL!!」
 振り返った孝高の着物の襟を掴んで、アレクはそのままガクガクと揺すりだす。危ない場所を蹴ったばかりだ。これで更に脳がシェイクされるに違いない。
「薫ちゃんが信じられない事を言ったぞ! お前恋人としてあんな発言を放置しているのはどうなんだ!?  
 今直ぐ彼女に自分が何れだけ魅力的な存在なのかを認識させてこい、このバカ! バーーーーカ!!」
「は!? 何を言って――」
 孝高の間の抜けた顔に、アレクは心底呆れて襟にかけていた手を離すとサッと踵を返した。
「――分かった。俺が言おう。その間にお前は此処で射られて死ね。
 その辺の石にホワイトボードマーカー(つまり水性)でR.I.P.って書いて投げといてやるから」
「――待て、それはお前、薫にその……
 『可愛い』とか『綺麗』とか、そう言う事を言う気なのか!?」
 眉根を寄せて真剣そのものの表情の考高を、塵虫を見る表情が見下ろしてきた。
「はっ……センスの欠片も無いな。
 そんな残念なお前には本場ヨーロピアンスタイルにアメリカ人らしい小粋なジョークを交えた求愛を見せてやろう。ハハハハハ」
「ちょっかいかけるなこら!!」
 からかいなのか本気なのか分からずに、孝高がアレクを必死になって止めていた頃、尊は誰にも聞こえないような小声でこんな事を言っていた。
「って、おいおい薫、てめーみたいな奴が捕まらないとは限らねーぞ?
 てめーみたいな女が好みな物好きだっているんだぜ? 世の中にはさ!
 ……まあ、そんな物好きは熊以外に見た事ねーけどな

 うん、まあ、アレだ……もし攫おうとした奴は俺と熊がぶっ潰してやるけどな……!!」
 薫本人だけは知らないが、彼女はもの凄く愛されていた。
 反対側では、アウレウスが敵の注意を引いている。
 その隙に――グラキエスを抱いたままの――ベルテハイトが振るう槍の切っ先から、鋭い風が放たれる。
「うっ、うわあ!」
 突風に煽られた城壁の兵士たちは人形のようにバラバラと堀の中へ落ちていく。アレクは落ちて来る前髪を手で避けながら水の中で喘ぐ兵士達を見下ろしていた。
「You did’’very well’’(お疲れさん)」
 城壁を守る兵士達はあっという間に数を減らし、もう数える程しか居ない。最早脅威では無いと判断すると、アレクは後方に向かって合図を出す。
 すると、城門の前に小型飛空艇に乗った眼鏡の少女が現れた。
 それは虎太郎の為に戦うショタコン――もとい少年愛の戦士、海松の姿だった。
 彼女の手にはメタリックなシルバーカラーとブラックカラーの二挺の銃がある。
 飛空艇の所為で不規則に揺れるその足下を見て、彼女に当たらぬ様に矢を切って落していたアレクが言う。
「それ返ってやり辛くないか?」
「そうですわね、狙いはつけづらいかもしれませんが……
 何のために天御柱学院銃研に入ってると言いますの?
 これくらいできなくて何が銃研でしょう?」
 微笑む彼女に、アレクは相槌をうって即、一足後ろへと跳ぶ。
 その瞬間、海松の正面から城門までの5メートル程の空間が完璧なガラ空きになった。

ふふ、さぁ、愛の為にここを開けて下さいな♪

 無邪気な声の直後に恐ろしいスピードで銃口から連続して飛び出してく銃弾。そして硝煙が上がる。
 計算され尽くした射撃は城門を支えていた部分を撃抜き、信じられないくらいに重い筈のそれは、本当に信じられないくらい簡単に向こう側へと倒れていった。
 門の向こう側で陣形を整え待ち構えていた兵士達が呆気に取られている。
 そんな間にアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が召還した鋼鉄の不滅の軍勢が一気に城内へ傾れ込んでいった。
「本来ならばフェニックスかサンダーバードで突入したいところだが――
 これならば城は壊れまい。
 過程で敵を分断孤立させ、各個撃破もし易くなろう」
 アルツールが冷静な目で戦場を見る限り、その読みは正しいようだ。
 召還した軍勢の上を跳びながら前へ出たアレクの行動はアルツールの『読み』と言うより『一般常識』から外れてはいたが、死神の横薙ぎの一閃に運良く当たらなかった兵士たちは、鋼鉄の軍勢によって壁へと追いやられてゆく。
 それは一目で分かる数の暴力だ。
(さっさと切り札を切って一気に片をつけてしまおう)
 和の国に飛ばされる直前、アルツールは『魔術師にありがちな手書きの書類をパソコンで打ち直して電子化する』という面倒くさくも生々しい作業を、イルミンスールのとある一室で行っていた。
 不可抗力で物事を半端な状態で投げ出してしまったとあっては、そちらが気になってしまうのも仕方ない事だ。
 早く帰って仕事を終わらせたい一心に、アルツールは不滅兵団を城の入り口に押し込み続けた。
 
「退け!
 一旦戻って体勢を整えろ!」
 指揮官的立場の兵士がそう叫ぶが、内側のもう一つの門へと向かおうとする兵士達の道を、一人の女が塞いでいる。
「久々の戦い、楽しませてもらおうぞ!」
 巨大過ぎる剣を携えたその姿に、兵士たちは皆、間合いを計る事に必死になっている。
「かかってこい!」
「「「「「……う……おおおおおおおおお!!!!」」」」」
 レティシアの怒号に導かれて、兵士達は彼女へと飛び込んでいった。
 振り回された大剣が彼等の全てを弾くのに、そう時間は掛からなかった。
 
 アルツールの兵団に散り散りになりつつある兵士たちは、個々を叩く事で状況を収めようと必死だ。
 今も左之助を前に、一人の若い兵士が槍を捨て、刀の柄に手をかけた。
 柄に手を駆ければそれ即ち『今殺す』の合図であり、銃の引き金に指をかけるのと同義だ。
「刀に手をかける――分かってるよな?
 変な術使わないってなら、俺も純粋な槍術で相手してやるよ。」
 抜刀の後正面から突っ込んできた兵士の刀を、槍の切っ先を回し跳ね上げる。
「あ!」
 飛んでいった刀に気をとられている兵士の間合いに入り込んで、真は兵士の鳩尾にストレートの拳を喰らわせた。
「おう真! その調子で宜しく頼むぜ!」
「ああ、こっちもフォロー頼む兄さん!」
「おにいちゃん?」
 可哀想に壁代わりに使われた兵士の一人の髪を引っ張りながらひょっこり顔を出してきたアレクに、真は戦いの音に負けない大きさで叫んで突っ込んだ。
「お兄ちゃんじゃないよ兄さんだよ!」
「ああ、そう?
 ……真、あれどう思う?」
「はい?」
 アレクが言っているのはベルテハイトが弟のグラキエスを抱き込んで、妹のフレンディスを守りながら戦っている事らしい。
「……俺もやっぱり妹連れてくれば良かったかな……正直今のジゼルを戦わせたくねーなって思って置いてきたけど、抱えて戦うって手があったか。あれは反則だ――」
 ぼやくアレクに、真は冷や汗をしたたらせた。
「いや、幾ら抱っこして貰ってても、目の前でゴロゴロ首落ちてたらジゼルさんも怖がるんじゃないかな」
「だよなー。
 ジゼルは胆座ってるけど、血で濡れたら可愛そうだしな。妹を濡らしていいのはお兄ちゃんの謎の白い液体だけだからなーははは」
「それは……そう……だね……」
 無表情のアレクのテンションが平時より上がっているのは、声は平坦なままだが下品なジョークで理解出来た。どう相槌をうったものか考えながら、真は正面の敵に向かって石を含んだ土をつま先で蹴り上げた。 
 敵は何れもリーチのある獲物――槍を持った侍達なのだ。それは己の身体一つで戦う真にとってこれは力を生かす為の戦法であった。
「目が……!」
 怯んだ相手に向かって一気に間合いを詰めると、真は密着した勢いで相対する兵士の腕を掴んだ。
「ふんっ!」
 そのまま敵兵を向こう側への敵兵へ向かって投げ飛ばし、或は地面に叩き付け投げ飛ばし、もっと密着した時には頭突きをして――真は兵達を土埃の沈めていく。
 その間にも、彼の近くでは左之助の怒号の様な声が耳に響くのだ。
「おらぁ! 何人でもかかってきやがれ!!」
 一気に飛びかかって来る兵士たちを振り回す槍で撥ね除け、単騎になったところへ脚を突いていく。
 そんな左之助を死角から狙う忍者に向かって、壮太の棒手裏剣が飛んでいく。
「ちっ!」
 刃で頭を庇いそれを避けた忍者だったが、その間に目の前まで飛び込んでいた壮太に思いきり顎を蹴り上げられてしまった。
「あのだんだら模様を先にやれ!」
 上級の兵士らしき男から遂に出された命令に、左之助の周囲をぐるりと城から敵兵が囲んだ。
 真が「やばい」と思った瞬間だった。頭上から文字通り散撒かれた銃弾が、敵兵を一気に撃倒してしまう。
「あれきゅーん! 弟分ズー!
 元気でカチコミってるー!?」
 鮮やかなストロベリーレッドの光りの軌跡を描きながら、軽い敬礼のようなポーズで現れたのは赤いミエニー銃を手にした縁だった。
「あねさん!」
 走ってきた縹をモフモフしながら、縁は城の建物を指差した。
「かがっちゃん達もう中で待ちくたびれてるよー。
 早く行こうじぇーい」
「ああ、早く菖蒲さんを助けよう!」
 正義の味方らしい台詞を正義の味方らしく誠実な表情で言ったのは真だけだった。
 空を飛ぶ縁は銃を振り上げ、空へ向かって一発。景気づけに撃ってみせる。
「わーい! 城攻めだーい♪」
「さあアレックスさん! 早く行きましょう! ジゼルさんの元へ戻る為に悪襲とかいう殿方をささっと、そして徹底的に叩き潰してしまいましょう!」
「俺は腹へってんだよ……さっさとすませてぇんだ。分かってんのか?」
「俺もさっさと仕事を済ませたいのだが――」
「私の愛の為に、虎太郎君にハグしてチューをするために……
 皆さんそこを退いて下さいね」
「グラキエス、辛くはないか? 私が今にその原因を取り除いてやろう。その為には先にこの兵士をやらねばならんか……」
「主よ、そこはこの俺、アウレウスめにお任せ下さい」
「ひぇひぇっ……アッシュはシメる……私のこの手で……ひぇひぇひぇ……」
「ああ、さゆみ……なんて労しい!」
「おうおうおう! 覚悟は決まったか!?」
侍共。俺にその首寄越せ――
 一等前に存在する金色の目は目的を達成する為にギラギラと光っている。後ろの続く者達もその目を見る限り誰一人『まとも』とは言えない。
「「ひ、ひいいいいいッッッ!!!」」
 迫り来る危ない集団に、兵士達は悲鳴を上げて城の外へ、また城内へと逃げ込んでいった。
「皆さん自重してくだせぇ!!」
 縹の涙目のツッコミだけが虚しく響いていた。



 暴れ回る集団の影を縫って、城の誰にも気づかれずに内部へ足を進めていくものがある。
 気配を消す効果のあるマントを纏った遠野 歌菜(とおの・かな)と、隠れ身を駆使する月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。
(ちょっと眠ってて下さいね)
 心の中でそう告げて、歌菜は目の前にいた兵士に向かって眠りの魔法の歌声をふわりと飛ばした。
「……ふぁ……あぁぁ……」
 欠伸をしながらゆっくり瞼が落ちていく兵士を走りよって静かに壁際に退けると、羽純は歌菜に合図を送る。
 二人は頷き合って足を先へと進めて行った。
 探すのは城の中にある筈の悪襲の『悪事の証拠』だ。
(陽動の皆さんが暴れているうちに……怪しい場所へ行っちゃいましょう。
 きっとそこに領主がお金をかき集めている証拠が有る筈!
 それから捕まっている人も助けられたら!)



 同じ頃、城の中では悪襲が遂に客人を残し動き出していた。
 しかし彼は城の外と内で起こっている事態に気がついている訳ではない。
 来るべき祝言に備えて『花嫁』の様子を見に行ったのだ。
「アレクさん達はそろそろ動き出した頃でしょうか」
 豊美ちゃんは周囲を見回してそう呟いた。本来ならば城の者が居るべきである筈なのに、無礼かつ無防備にも客人たちを広い部屋に残して全てが出払ってしまっている。
 警備の者は外へ、悪襲のお付きの者は彼に付いていき、他の者は急な祝言の準備に追われているのだろう。
 突然の訪問者である義仲たちを構っている余裕等、この城には一切無いのだ。
 豊美ちゃんは小さな掌を開いて桃色の光りの中から『ヒノ』を生み出すと、戦いに備えて唇を引き締めた。
「悪襲さんを追いましょう、そこに菖蒲さんが居る筈です」
「ああ」
 徐に立ち上がった陣に頷いて、皆が廊下へ出た時だった。
「ふふふ」
 聞き覚えのある笑い声が真っ直ぐの廊下に響き、豊美ちゃんは身体を固くしてヒノを握りしめる。
「豊美ちゃん……、ふふっそんな装備だけで立ち向かうつもりですか?」
「何者だ!?」
 義仲が豊美ちゃんの前に立ち、剣を構える。
「悪襲の手の奴等か?」
「ふふふふふふ。
 

 ――残念! アルちゃんでした」
 突然目の前に現れたのは白拍子姿の牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)、陰陽師の装束を着たナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)、僧兵のようなシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)、そして山伏に見えるラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)の不思議な一行であった。
 薄暗い城内でぼんやりと怪しい光りを放つ杖を手に、アルコリアは一歩また一歩と、豊美ちゃんへにじり寄って来る。
「あ、アルコリアさん……今度は何をするつもりですかっ」
 豊美ちゃんの顔に、警戒と若干の羞恥が混じる。というのも豊美ちゃんは先日、アルコリアにいいように弄ばれた挙句大事にしていたぱんつを奪われてしまったのだ。
「何を……?
 本当は分かってるんじゃないですか?
 豊美ちゃん、今度はパンツだけでは済ませませんよ……
 ふふ、私先程この城の中に豊美ちゃんの娘が居るとの情報を得ました。
 さあ娘の前で貞操の危機というものを味わうといいですっ!」
「我がライバル、飛鳥豊美ッ!!今までのわたくしとは違いますのよ、覚悟っ!」
 彼等はそうしてそれぞれの武器を相見えた敵へと構えたのだった。