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【急襲☆悪襲城・1】


 悪襲城の入り口である巨大な門を前に、今契約者の一行が立っていた。
 しかし彼等は武器を手に突入しようとしているのではない。悪襲と話す為に此処へ来たと『方便』を使っているのだ。
 集団の中央に護られるように位置しているのはまるで何処ぞの若様のように見える木曽 義仲(きそ・よしなか)、そして姫君のような着物を纏った豊美ちゃんであった。
 只でさえ普段からそうだというのに、こういう背景では本当に侍にしか見えない東條 カガチ(とうじょう・かがち)、そして侍女のように控える佐々良 縁(ささら・よすが)が居るので、一行の見た目はいよいよ若様のお忍び旅と言った体で謎の説得力を帯びている。
「我々は遠き神々の住まう国、原美田から参った。
 旅の途中、此の和の国を訪れたのだが、白鷺の如き雄大なる城の姿には感嘆するばかりである。
 我が主木曽の義仲様、そして姉君の豊美様は未だ歳若い。そこでお二方は後学の為、そして互いの国々のより良き未来の為に城主様に学びたいと仰られている。
 是非悪襲様にお目通りを願いたいのだが――」
 高柳 陣(たかやなぎ・じん)が柄にも無く朗々と歌い上げる様に放った『打ち合わせ通りの』台詞に、門番達と悪襲の臣従は訝しんで一行を睨め付けるが、すかさずカガチがとぼけた顔でこう言い添える。
「お二方は下賎の者の生活も知る為、本来ならば卑しい者には目に触れる事すら赦され無いご身分で有りながら、それを隠し旅を続けられている。
 しかしながらその高貴なる血は隠しようも無く溢れ出ておられる。主等のようなものにも若様の纏う目映いばかりの光りが分かるであろう」
 確かに二人は英霊で、出自を考えればそれ相応のオーラを持っていた。更にスパイス程度の少々の魔法――豊美ちゃんと義仲を包む煌めく桃色の光りを目にして、門番達と慌てて後ろへ下がると一斉に頭を垂れた。
「いっ、今直ぐ手配をして参る故、どうか城の中にてお待ち下され!」
 こうして哀れな臣従は彼等に気圧され、舌を噛みそうな勢いで何の確認も取らずに一行を門の中へと招き入れて仕舞うのだった。



「うっわ馬鹿過ぎ」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)の心底呆れた声に、初弾装填を終えたハンドガンから目を離してアレクが城の方を見やる。
「入ったのか?」
 どうせ左右比対称の視力ではそんなに遠くまで見る事が出来ないし、何より壮太はスキルを使用する事で鷹の様に優れた視力で見張っているのだから聞いた方が早い。
「びっくりする程簡単になー? ったく、あんなんで良いのかよ」
「確か魔法も使ってるんだよね」
 確認を取ってきたのは椎名 真(しいな・まこと)だ。
「それよりも、あいつら現地人に紛れ捲ってるからな」
 鼻で嗤うアレクに、壮太は思い出していた。
 ――今日の昼飯は少々遅くなってしまった。空腹に気持ち悪くなりかけてきた腹を撫でさすりながら『さあやっと飯に有り付こうか』という所で、壮太は此処『和の国』へと飛ばされてきたのである。
 そして早々に合流したのは壮太が『おにーちゃん』と呼び実際兄弟に近い関係であるアレクと豊美ちゃんで、三人城へ向かっているところで陣や縁、カガチ達を次々に拾っていったのだ。

 一人目と二人目の仲間は陣と義仲だった。
 陣曰く「普通に道を歩いていたら、まさかこんな事になるとはな」。
 ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)と往来を歩いていたら何時の間にやら見知らぬ往来を歩いており、そのことに気づいた時には服装も着物に変わっていたというのだ。配役に正しく着付けられていたその『衣装』に、何となく頷いてしまっている豊美ちゃんからその隣へ視線を移して陣は舌打ちする。
「――アレク、またお前か」
「俺は何もしていない。豊美ちゃんとお茶してただけだ」
「お茶!? お前が!?」
「何だよ、悪いのか?」
 眉を顰める陣はもう一度豊美ちゃんを、今度は上から下まで見つめる。
「えっと、どうかしましたかー?」
 首を傾げ、笑顔で居る豊美ちゃんは確かに可愛らしい。可愛い女の子と一緒に過ごしたい、というのはただの男の本能だ。だからそこは理解出来る。だが彼女の容姿が、問題だ。
(精々小学生の高学年かどんなに頑張っても中学生か)
 兎に角そこら辺にしか見えないのだ。
 ――『ロリコン』。
 かつてアレクに降り掛かっていた疑惑を頭の中に浮かべている陣に、アレクは真顔で言った。
「正直かなり好みです」
「聞いてねえよ!」
「昔付き合った女皆年上だったんだよ。だから俺お姉さん好きだと思ってたのに……自信無くなってきた」
「だから聞いてねえ!」
「あ、でもジゼルは『特別』だからな。ここ大事だぞ」
「もうどうでもいいわ!」
「そう言えばゆっぴーちゃんは?」
「ああ!? 
 ……ああ、ユピリア? 居ないから、来て無いんじゃないか?」
「あれ? その顔……安心したって顔だな。
 良かったな。可愛いゆっぴーちゃんが事件に巻き込まれなくて。ヒヒヒッ」
「うるせえよ!
 ああうざい。お前本ッ当ーにうざい!」

 三人目と四人目は真とそのパートナー原田 左之助(はらだ・さのすけ)である。
 左之助は槍や刀を部屋に並べ、手入れをしようとした瞬間――
 そしてそんな左之助にお茶を入れようとした真は、気づけば和の国に居たというのだ。
「あれ? 服変わってないじゃん」
 と、壮太の口から飛び出してしまった通り、家令の真はフロックコートにウェストコートとトラウザーズ、幕末の英霊である左之助は着物に袴。
 二人が着用する洋装と和装は殆ど普段通りで、これには本人達も苦笑いするばかりであった。
「体も鈍ってたとこだし、ちょうどいい。人助けでもしようじゃねぇか
 さぁて……気合入れて行けよ!」
 本人が一番気合いの入った喝を入れる左之助は、浅葱色のだんだら模様を風になびかせて、揚々と一行の先頭を進んで行くのだった。

 次に出逢ったのは縁と蚕養 縹(こがい・はなだ)
 真らと出会って話しをする為立ち止まっていた所、アレクがもふもふと柔らかい感触に肩を掴まれふと振り返った先に立っていたのは、縹と彼の見事な肉球のついた手をマジックハンドのように駆使する縁だった。
「……なんつーかすんません」
 この行動は彼の意志によるところではないようで、へこへこと平謝りする縹を尻目に、縁はへらりと笑っている。
「やっほー。
 あれきゅんと弟分ズに魔法少女と若様侍様のパーティー発見だー。
 皆で何愉しいことしてるのー?」
「あれきゅんみんなとしろぜめしてわるいやつをやっつけるの☆」
 唐突なノリに合わせて裏声で――だが真顔のまま喋りだしたアレクに縁は目を輝かせる。
「城攻め!?」
「悪襲っつー悪い領主が女攫ったとかでさ」
「はい、無理矢理に祝言を挙げようというので、それを止めに行くんですよー」
 壮太に続く豊美ちゃんの話しを真面目に聞いている縹を隣に、縁はアレクと話し始めていた。
「ねえねえ、かがっちゃんの麗しの仇敵(おともだち)。
 ココから帰る方法見つかったー?」
「――名前」
「佐々良 縁」
「縁ちゃんは何してたら此処に飛ばされたんだ?」
「食後にはなちゃんをもふもふしてたら何時の間にか。
 ここどこぞなんー? って。
 格好もなんだか時代劇の下町娘みたいな小袖着てるし」
「……昔から不思議な事が起こった時はきっかけになった事をもう一度体験すると元に戻る――というのは映画やコミックブック、小説で良く有る事だが」
「主に創作だねー」
「うん。状況的にぶっ飛び過ぎて創作を元ネタにしてみるくらいしかないだろ?
 で、取り敢えずだ。
 もう一回その猫を『もふもふ』してみるというのはどうだろうか」
 此の直後、アレクの提案に従った縁によって縹はかなり長い事こねくり回される事になってしまったのだった。

 最後に合流したカガチ等酷いものだった。一応に何時もとは違う着物を着ているようなのだが、果たしてそれの何処が何時もと違うのか付き合いの深い壮太達にすら全く分からず、その馴染みっぷりの所為で和の国の民たちも何の違和感も持たずに『普通』に接していた。
 出会い頭にカガチはいつものような口上を吐きながらアレクの首を狙い刀を抜こうとしたのだが、アレクの口から何かが出てくる前に豊美ちゃん達は皆敵の侍だと認識して武器を構えてしまった。
 後ろで一人爆笑していたのは彼の宿敵であるアレクだけで、それでやっと一行はやや遠目に見えるあの侍がカガチだと気がついた位に完璧に和の国に入り交じっていたのだ。
 聞けば彼はパートナーの柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)を探しているのだと言う。愛らしい少女であるなぎこが行方不明とあれば悪襲城の大奥とやらを睨むのが普通であるし、カガチは正義感でもあるのだろう。
「馴染んだからってずっとここで生活してる訳にもいかねえし」
 という自虐の混じったような協力の申し出に、カガチは一行に混じったのだった。



「――にしてもなんつー面妖な状況。
 あねさんが大人しくしてくれて助かりやした」
 城内に縁たちが入って行ったのを確認して、縹が胸を撫で下ろしている。
「どうせ現地人と見分けつかねぇんだから正面突破してこいよ」と、アレクが投げ遣りにも程が有る提案をした時には随分ハラハラとさせられたものだが、実際上手くいってしまったらしい。
「予想以上のザル警備っつーか……」
「元々のお侍さんたちは悪襲の所為で出て行ったり追い出されたりしたんだってね。
 だからあんなに連携が取れていない――と言うよりも、うん、『適当』って感じだ」
「それを統率する最高責任者の程度も知れるな」
 壮太と真の会話に大した興味も無さそうにそう答える辺り、若しやアレクは成功の確信も無く縁達を城に送り出していたのだろうか。
 初対面で免疫の無い縹は密かに戦慄していた。
「あー……腹減ったー……。
 昼飯食いっぱぐれるし――飯ー……飯くいてー」
 城へ注意を向けながらも腹を空かせた雛鳥のようにピイピイと騒ぎ立てる壮太の口にアレクが何かを適当に突っ込んでくる。
「……ふ? はに(何)これ?」
 塩辛いような脂っこい様な味が口に広がっている。地面に置かれたパッケージを見るにMRE(米軍のレーション)らしい。
 相変わらず妙な物を器用に隠し持っているものだと壮太は感心しながら咀嚼した。
「チーズスプレッド。マズくも無いし美味くもない。
 だが腹の足しになる。
 燃料にして仕事しろ。そろそろ『次』も動くぞ」