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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【一行は地下へ、その途中で探索の末に見つけたものは】


「とりあえず、ここまで来ればそう追い付かれることはありませんね。さて――」
 大奥を脱出し、適当な部屋に入った所で一息つく……間もなく、ターニャが物凄い勢いで同行している契約者の方へ振り向く。
「あ、あの! さっきの! あれ! あの! どうかご内密に願います!」
 言って、直角に折れる。あれ、だのあの、だの事情を知らぬ者にはさっぱりだが、この場に居る者たちは何となく何であるかを察していた。
「パーパは勘の鋭い人です。だから多分……ある程度気づいて当たりを付けていると思いますが……色々と都合が……」
 そこから、何と言っていいか分からないかのように言い淀むターニャに、なぎこが笑って「分かったよ」と了承する言葉を投げかける。他の契約者も概ね、事情を理解したようで他言しない旨を約束する。
「そ、そうですか……よかった……」
 ホッ、と安堵の息を吐くターニャ。
「で。私はあなたを何て呼んだらいいのかしら?」
 皮肉気に笑うユピリアに少々意地悪な調子で言われて、ターニャは頭を抱えて踞る。
「『タチヤーナ』の名前は元々ロシア地上軍の所属していた隊で宛てがわれたコードネームのようなものだったんです。だからターニャのままで構いませんので……その……」
 むにゃむにゃ言っているターニャの顔をまじまじと見ていると、確かに『あれ』に似ている。否むしろ、今まで気づかないのが阿呆らしいくらいにそっくりだった。横に並べんでいた時に気づくべきだったのだ。
「でも、正体を明かしたくないんだったら、あの時名乗らなきゃよかったのに」
 ユピリアの至極当然な言葉に、ターニャは姿勢を正して指を立てて言う。
「私がパーパから教わった事は二つです。
 一つは『後悔するくらいなら始めからやるな』
 もう一つは『後悔するくらいならさっさとやっちまえ』」
「…………あー…………」
 真面目な顔から苦笑いに変わるターニャを見、彼女の“父親”に確信がいったユピリアはとてもげんなりした様子で声を漏らしていた。
「おぉ、何だかためになる言葉ですね! 私も見習いたいと思います!」
 名乗りすら聞こえていなかったのか姫星はそういった想像に及んでいないようで、素直に言葉の内容に感動していた。なぎこの方は既に、ターニャの太刀筋からとある人物が連想出来ていたので何も言わずにいた。
「で、母親は誰なの? 私達の知ってる人なわけ?」
「いやもうそれはご勘弁を……お察し下さいとしか……ははは」
 ユピリアの追求に、ターニャはただただ赤くなって頭を掻いていた。
「きっといつか、分かる時が来る、って所かな?
 さ、囚われた人を助けに行こう。早くしないと追手が来ちゃうよ」
 なぎこが話を切り上げるように声をあげ、一行は悪襲城の地下、囚われの村民が押し込められている地下牢へと足を向ける。

* * *

「やれやれ、妾の食堂で食い逃げしたおぬしがこんな珍妙な事に巻き込まれておったとはな」
「あー、それは違います。支払いは私のお財布ごと渡しているパートナーにお願いしたのであって、食い逃げをしたつもりはありません。今頃トゥリンさんが支払いを済ませてくれている筈ですよ。
 ……まあ、『少し』食べ過ぎたとは思っていますけれども」
「少し、じゃねーっつの。……ま、後のことはとりあえず、ここを出てから考えるとしようか。
 この先には確か、村から攫われてきた奴らが居るんだろ? そいつらも助けてやらないとな」
 道中合流することになった紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に挟まれる形で、ターニャが随分と居心地悪そうにしていた。確かに明倫館の食堂で――度を越して――食べ過ぎたのは自分の所為だが、それをこの場でネタにされるのは気分が悪い。
(ま。これはこれで、戦う事にならなそうでいいんだけどね)
 先程は不可抗力で明かす事になってしまったものの、真実に気づいたらしいなぎこやユピリアは精神的に大人だと思った。きっと割り切ってくれる事だろう。しかしこれ以上多くの人間に正体がバレようものなら本当に面倒な事になりそうな気がして、ターニャは場に合わせる形で行動を共にする。
「居たぞ! 挟め挟め!」
 と、ついに一行を捕捉した悪襲の部下たちの声が聞こえてくる。ターニャがスッ、と二人の間を抜け讃良ちゃんの傍に行き、彼女を守れる位置に立つ。
「なんじゃ、こやつらは。……ふむ、敵、というやつかの」
 居並ぶ剣豪を前に、エクスは微塵も恐れる仕草を見せず、両の手にそれぞれ一本ずつ、花と鳥が描かれた鉄扇を取る。
「喜べ、特別に妾が相手してやる。唯斗は他人任せにするつもりのようだからな」
「おいおい、流石にこの場では戦うぞ? アレクが居たらアレク任せにするつもりだったが」
 軽口を叩き合いながら、唯斗が刀身にルーン文字の描かれた刀を抜き、構える。
「掛かれー!!」
 リーダー格と思しき侍の号令で、刺客たちが一斉に剣を構え、向かってくる。
「一人の女に多数で相手とは、品がない。それともよほど、自らの腕に自信がないのかの?」
 卑下するような微笑みを浮かべて、エクスはまず先頭の侍が振り下ろす刀を片方の扇で逸らし、姿勢が崩れた所にもう片方の扇を後頭部へ打ち込む。強烈な衝撃を受けて地に伏せる侍を一瞥して、別の方角から突き出された刀を扇を開いて受け流し、やはり地に伏せさせる。エクスの態度もあってか、まるで女王様が臣下を地に侍させているように見えなくもない。
「最初から心配はしてなかったが、これでは俺の出番がないな」
 呟いた唯斗の周りにも直後、複数の侍が取り囲みなます切りにせんと迫る。
「と思いきやこれだ。まったく、振りかかる火の粉は払えと言うか?」
 おそらくエクスはそんな事を言うだろうな、そう思いながら唯斗は手近な侍に斬りつける。刀身自体に刻まれたルーンの影響で、重さを極限まで無視した攻撃は侍の予測した太刀筋を上回る軌道で迫り、瞬く間に無数の切り傷を受けた侍は地面に崩れ落ちる。

* * *

「待てー! 待たんかこらーー!!」
「にゃーっはっはっはー♪ にゃーはパラミタ最強の黒にゃんこ、夕夜御影なんだにゃー!」
 部屋の外で、悪襲の部下と契約者の追いかけっこが続いている中、部屋の中にはむくり、と起き上がる影があった。
「うにゅ……ここ、どこなの?」
 目をパチパチとさせた及川 翠(おいかわ・みどり)が、段々と目が利くようになってきて自分の服装が和服――きらびやかな物ではなく、これを村の子供が着て遊び回っているような感じの服――になっていること、ここがノルン・タカマガハラ(のるん・たかまがはら)の家ではない別の場所であることに気付く。
「うーん……よく分かんないけど、なんだか面白そうなの。
 探検しがいがありそうなの!」
 普段自分が見ているものとは違う景色、室内の様子に、もっと色んな所を見てみたいと思う気持ちが大きくなった翠は、手にしていた銃型HCのマッピング機能を頼りに、城の探索を始めるのであった。



「んしょ……ここは、何なの?」
 そして、とある部屋に翠が小さな身体を滑り込ませると、何かよく分からない物ばかりが置いてある事に気付く。
「どうしてあれもこれも、おんなじ人の顔があるの?」
 翠が頭に疑問符を並べる。……ここは悪襲のプライベートルームの一つであり、中には彼が物心ついてから今に至るまでの品物が収められているはずだが、今は一人の――長い黒髪に、凛とした表情の美しい少女、つまり菖蒲の写真だったり、菖蒲の写真をプリントアウトしたようなグッズがそこかしこに並べられたりしていた。写真プリントに近い技術が有るというのは、ここが過去の日本で無いという証しでも有ったのだが、翠はそんな事気にも止めていなかった。
「面白……くはないの。これも違うの」
 ぽいぽい、とそれらを後方に投げ捨てながら、翠は何か面白そうなものがないかを探す。
「ん……これ、何なの?」
 やがて翠が見つけたのは、汚れてはいるものの、年季が感じられた縄だった。
「あっ、これ知ってるの。お正月によく見るの」
 それがしめ縄であることに気付いた翠が、手に取る。
「翠ー、どこなのー?」
 その時、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あっ、お姉ちゃんなの」
 その声がミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)のものであると確信を得た翠は、見つけたしめ縄を持って部屋を出る。
「あっ、居た! よかった、見つかって」
「心配しましたよ〜」
 ミリアとスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)、ノルンに出迎えられた翠は、これまでの経緯を話す。
「城の中を探検って、もう! 城の中には怖い侍とか居るんだから、気をつけないと」
「お姉ちゃんは心配性なの。侍さんの一人くらい、私がやっつけちゃうの」
「ふふ、頼もしいですわね。……ですが、避けられるのであればなるべく避けたいと思いますわ」
「そうですね〜戦わないで済むのならそれが一番ですから〜」
 そんな風に4人が話していると、通りの向こうから侍の集団がぞろぞろ、と現れる。
「お前たちもあいつらの仲間だな! 覚悟しろ!」
 そして、問答無用とばかりに襲い掛かってきた。
「話の余地もないなんて、あんまりね。
 火の粉がそっちから向かってくるっていうなら、振り払っても平気よね!」
 ミリアが魔力を解放すれば、侍たちの頭上から鋭く、裁きを下さんとする光が降り注ぐ。その抵抗すらままならない力に一瞬にして複数の侍たちが身を焼かれ、貫かれるなりして地に伏せた。
「そういえば、どうしてお姉ちゃんはえっと、そんな服を着てるの?」
 自身も光の刃で応戦しつつ、翠がミリアに尋ねる。4人のうち和服なのは翠とノルンで、ミリアはゴスロリ服、スノゥはドレス、と何やら和洋折衷であった。
「よく分からないのよね。どういう基準でこうなったのか、知っている人がいるなら聞いてみたいわ」
「私の服はぁ〜、普段ノルンさんが着ているような服ですねぇ〜」
 そう言いつつ、スノゥは使役する召喚獣を喚び出して攻撃させる。異形の化物を前に侍たちは逃げ惑い、その身を焼かれたり凍らされたり砕かれたりする。
「……えっと……皆さん普通に話されていますが、結構凄いことになっているような気がするのですが……」
 翠とミリア、スノゥが終始ほんわかと話しながら、容赦なく侍たちを屠っている光景に、ノルンは苦笑交じりに呟く他なかった。