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リアクション
暗い地下を一人彷徨い続けていたジゼルは、体力の限界にその場にへたりと座り込んだ。家を出てから殆ど歩き通しだったから足は堪らなく痛み、出口すら分からない。しかし痛みや迷子という事よりも彼女を深く苛んでいたのは、頭に浮かぶイメージだ。
虚ろな瞳の友人達が、白い靄の中に消えていく。そして最後には繋いでいた兄の手が、彼女から離れていくのだ。
この暮夜けたものの正体を、ゲーリングは『予知』と称していたが、これが本当に彼が言う通りの特殊なものだとしたら、ジゼルのパートナーと友人達に恐ろしい事が起きてしまう。
「……ぅっ、おにいちゃん……みんな……どこ……」
皆を守りたいと思った行動は裏目に出てしまった。拭っても止められない涙ですっかり悪くなってしまった視界に、小さなものが映った。
「あなたも迷子さんですか?」
「えと……うん、そうなの」
「私もなんです」
と微笑んで、アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)は言った。モンスターが出現する地下に迷子など余り微笑める様な状況では無いと言うのに――。微笑む彼女をジゼルは凄いと思ったが、更に凄い事にこの少女は迷子の達人らしい。
「――イルミンスールさん探索してたら、ウサギさんみたいに可愛いモンスターが居て、追いかけっこしてたら迷子さんになってたみたいで、あれれーってなってたらここまできたの」
「あなたはとてもすごいのね……。こんな場所を四人で探索していたのもすごいし、そこから一人で離れちゃう勇気もすごいと思うわ」
貧困なボキャブラリーで感嘆を口にしたジゼルに、アリスは素直に笑っている。迷子仲間を見つけた事で、不安が消し飛んだらしい。
「えへへっ。
でもウサギさん追いかけちゃだめだったのかなぁー。
アレクおにーちゃんに皆と手を繋いで歩きなさいって言われてたのに、お約束守れなかったからまた迷子になっちゃったのかも」
「……え」
「あー! 見つけたー! お姉ちゃん、ティナさんこっちこっちー!」
突然闇を割って目の前に現れた及川 翠(おいかわ・みどり)が、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)とティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)を手招きするのだった。
それは数十分前の事だ。
「あっ、アレクおにーちゃんだっ!」
興味の有るものへ猪突猛進する集中力を発揮して走ってきたアリスを、それを追いかけてきた翠を、当然のように抱き上げたアレクのもとへあと二人の少女が集まってくる。
「あら、シスコンのアレクさん」
「え!?
シスコン? ……それって色んな意味で大丈夫なの?」
ミリアの言った不穏な単語にティナは顔を青くする。青年の両腕に乗っかるパートナー達が変態の人質に見えた。
「シスコンだけど、シスコンだから『妹』には割と無害よ」
「あ、そう。大丈夫なら良いんだけど……」
耳打ちされて一安心しているティナだったが、空かさず「でも変人よ」と付け足される。
「はは。ミリアは正直者だな。だがそこがいい。俺の妹達の中では貴重なツンデレ枠だからな」
「ちょ、ミリアも枠の中入ってるの!? 変態の妹なの!?」
「いちいち突っ込んでたらキリが無いわよ……。そんな事よりイルミンスールに一体何の用なのかしら? 制服着てるけど、確か蒼空学園に所属しているのじゃなかった?」
ミリアの質問にアレクはケロリと今している事を吐いた。すると翠が興奮しきった様子でアレクの腕から飛び降りる。
「イルミンスールさんの地下……普段あんまり入れない場所なの。これは探検しないと、なの!」
「ああ、行っておいで」
「「「ええ!?」」」
アリス、ミリアとティナの困惑を置いてけぼりにして、アレクはゲートを開いてしまう。
どうしようと顔を見合わせる三人の中心で、ハンドコンピューターのマッピングを完成させたい翠だけは、わくわくとしていた。
「地下に居る妙な人間や、モンスターとは関わるな。それからアリス……お前は成る可く誰かと手を繋いで歩け。
ああ、それから――」
こうして地下へやってきた四人は、アリスが迷子になったり、モンスターに追われたりしながらも偶然ジゼルと会ったのだ。
「あら、もしかしてシスコンさんが言っていた人?」
ミリアの質問に、ジゼルは首を傾げる。
「写真を見せられて、見つけたらゲートに連れてけって言われてたのよ」
「もしかしてア――」
ティナに向かってジゼルが口を開くと、この声を掻き消す量のモンスターの声が響き渡る。
「下がって!!」
ミリアは剣を抜くと、それを石の地面に突き立てた。
彼女が瞳を閉じ集中すると、その周りからピキピキと地面が氷を張っていく。
角の生えた百足(むかで)のような姿をしたモンスターが凍り付いた地面に足を取られていると、その時間稼ぎの間に向こう側から攻撃が加えられた。
真空波にまっ二つになって尚蠢(うごめ)く躯(からだ)の上に、槍が突き立てられる。
「「「ジゼル(さん)ッ!!」」」
重なる声はジゼルの友人達、彼女を追いかけて地下へ迷い込んだ美羽とコハク、そしてトゥリンらのものだった。
ゲートを通って地下へと飛ばされた美羽とコハクは、たまたま鉢合わせたトゥリンと協力し、腕時計型の携帯電話で連絡を取りながら手分けして捜索していたのだ。
「こんな危険な場所に一人できたら、皆心配するよ」
言いながら、美羽はジゼルに手を伸ばした。
「ありがとう、ごめんね」
言い訳をせずにその手を取るジゼルに、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は感極まった様な顔で珍しく声を荒げた。
「どうしてこんな事したんですか!
わ、私っ、とっても心配して、私は……ジゼルさんのことをお友達だと思ってますから、だからジゼルさんが怪我したり、何かあったらって、とても不安で、心配で……」
眼鏡の下で青い瞳に涙を浮かべているリースの腕を、元々地下に生息しているドラゴンの背に乗りながらセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)はそっと握って微笑む。
「ジゼルちゃん。
怪我や具合の悪いところはないかしら?」
「え、ええ。ごめんね皆、心配かけて。セリーナ、私大丈夫よ」
微笑むジゼルの様子を凝視して、セリーナは首を横に振る。
「ジゼルちゃんは、本当に大丈夫?」
「…………その……本当に」
言い淀む彼女の嘘を見抜いているセリーナに気づいたリースは、慌てた様子でジゼルの身体を上から下まで確認し始める。
「ジゼルさん!」
「あ、あの……リース。ごめんなさい嘘ついて。……良く分からないけど、此処にきてから調子が……」
「ジゼル『さん』の身体は、ここの淀みに弱いんでしょう」
『ターニャ』の言うそれは推測では無く確信有っての事だ。
「じゃ、じゃあ私に治させて下さい! いえ、治しましょう!」
リースの迫力に気圧されて頷いたジゼルは、リースの手によって体内に蓄積してしまった淀みを取り除かれる。
「他に悪い所はありませんか?」
「ありがとうリース……。この際素直に言っちゃうと、ちょっと足が痛いくらいよ」
苦笑するジゼルにルゥルゥ・ディナシー(るぅるぅ・でぃなしー)は、下僕に漕がせていた中空を走る自転車から降りると、小悪魔的な笑顔を浮かべて後ろを振り向いた。――その間も下僕は自転車を汗だくで漕ぎ続けていた。
「どなたか、ジゼル様を抱いて歩いて下さいませんか?」
努めて甘い声で、慇懃無礼に。
彼女としては『自称』親友のリースがそれで喜べばいいのだ。ジゼルが怪我をしているとリースが困る、心配する。だからジゼルを丁重に扱わなければならない。
それはリースの為に。彼女にとって、ジゼルは飽く迄オマケに過ぎないのだ。
男性陣についと寄っていくと、ルゥルゥは暗闇でも濡れた様に輝く唇を歪め言う。
「きっと、ジゼル様も貴方がたなら安心出来ると思うんです」
「お、おう……」
鼻の下を伸ばしかけた唯斗に、トゥリンの冷たい視線が飛ぶ中、颯爽と前へ躍り出たのは男子では無かった。
「自分が!!」
他の男が出てくる前にと有無を言わさずにジゼルを抱き上げたのはターニャだ。
「ターニャ!? 大丈夫だよ? 私歩けるから、あの……恥ずかしい」
横抱きにされながら両手で顔を塞いでしまったジゼルに、ターニャは目を反らしながら小声で呟いた。
「くっそ可愛いな……」
母に対する反応とは思えないそれに目を丸くしている真に、トゥリンは端末をこっそり見せる。そこには『スヴェトラーナが言う事を聞かなかった場合』というタイトルで、別の未来のトゥリンが子供の頃から知るスヴェトラーナの秘密が幾つか羅列されていた。
「ここ、見て」トゥリンは指差す。
『スヴェトラーナの初恋は、アリクスの書斎にあったジゼル・パルテノペーの写真。
母親だと知らずにずっと憧れていた模様。
戦術的有効度★★★☆☆ *但し開き直られる可能性大。慎重に取り扱う事』
「あああ……」
トゥリンに――他人の弱みを確実に保存出来る形で残す義父の影響を感じて頭を抑えた真は、ふと何かを思い出したようで、トゥリンに質問した。
「そういえばターニャさんと出会ったキッカケって……あ、話せない事はノーコメントでいいから。それと今更だけどこの間は失礼な態度でごめん」
「この間?」
「ほら、プリンの……」
「ああ。あんなの別にどうでもいい。あれは真じゃないんでしょ」
「まあ……うん」
「だったらいい。
あの屑は一回タマ蹴り上げてやりたいけど」
大事な部分をヒュンとさせて顔を引き攣らせる真に、トゥリンは首を傾げながら続ける。
「ターニャと会った時の事だって別に隠す様な事じゃないよ。
ジゼルと一緒に居る時に……、それもアリクスが居ない時に限ってストーカーしてるクソ野郎が居るなって思って、捕まえたらターニャだった。
それから話をしてたらターニャバカだからすぐボロ出して、つっついたら直ぐこのデータを寄越してきたんだ。
行き詰まったら過去のアタシに助けてもらう様にって言われてたのに、それまで一度も助けて貰おうとしなかったんだって。
ホントバカ。父親も母親も娘もあいつら揃ってバカばっかりだ」
「あはは……それは」「きゃああああああああっ!!」
引き裂く様な悲鳴に契約者達は戦闘体勢を整える。
駆けてきたのは川村 玲亜(かわむら・れあ)だった。氷結の魔法を放ちながら庇う様に彼女の前へ出たエオリアに、玲亜は迷子特有のじーっと見つめる視線を暫く向けた後、問う。
「……えーと、ここ、どこ?
なんかよくわかんないけど、お姉ちゃんも居なくなってるし……」
「まさか、迷子なのですか?」
こんな場所でまた迷子に出くわすとは思わず、エオリアが驚きからエースと顔を見合わせていると、玲亜はぶつぶつと独り言を言い出した。
「えっ、何玲亜ちゃん?
……やっぱり私、迷子……なの?
うん、わかった『変わるね』」
次の瞬間、戸惑いしかなかった玲亜の瞳がしっかりと意志を宿した強いものへと変化する。
「もうっ、玲亜ちゃんに任とくといっつもこうなっちゃうんだから……」
玲亜に代わり表に出てきたのは奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)だった。
「取り敢えず眠らせてみますね!」
植物を操っているエースにそう言うと、玲亜は彼が捕獲している頭部へ向かって催眠の波動を放つ。
その瞬間、ふと力が倍加している事に玲亜は気づく。
「お姉ちゃん!」
玲亜の後ろから更に催眠の波動を重ねていたのは川村 詩亜(かわむら・しあ)だった。
玲亜と玲亜。
二人の妹を探していた彼女は、ハンドコンピューターを抱えて地下を歩くうちに此処で見つける事が出来たのだ。
「こんな状態だけど見つけられて良かったわ。本当に油断するとすぐ見事に迷子になってくれるんだから」
「お姉ちゃん、玲亜を余り怒らないであげてね」
「大丈夫よ玲亜」
二人の会話の間、モンスターの数は続々と増えていく。
そしてそれらはまるで、一点を集中するように動いているかのようだった。
「ユピリアさん!」
ターニャに呼ばれて、陣と共に遠距離から攻撃を加えていたユピリアが駆け寄ってくる。
「奴等はジゼルを狙っている」
低い声に、ユピリアはモンスターの動きを読みながら頷いた。
「私が時間を稼ぎます。……頼みます」
言いながらジゼルを地面へそっと下ろすと、ユピリアに押し付けるようにしてターニャは刀を抜き前列へと躍り出る。
「ジゼル、行くわよ!」
「でも」
「いいから行くの!」
有無を言わせずに腕を引いて、ユピリアはターニャらを残し仲間達とその場から逃げ出した。
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