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【狂気の森・2】


「もういいよ……アディ……
 私はいいから、アディだけは逃げて……!」
 涙を流しながらも微笑む綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)に、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は懸命に首を振る。
「ダメ、ダメですわ。さゆみも一緒に――ッ!!」
 ドンッという衝撃を感じて、アデリーヌ崖の下へと転落していく。
 数十分前の事。
 美羽とコハクと同じ様に、友人のジゼルの姿をイルミンスールで偶然見つけたさゆみとアデリーヌは、
彼女を追いかける内に自然発動していたさゆみの方向音痴により、森の中へと迷い込んだ。
 そこでジゼルの兄が率いる軍の面々を見つけ、これで助かると安堵し駆け寄ろうとした時、さゆみは異変に気づく。
(――様子がおかしい? 皆、どことなく変……?)
 変どころではない。これを女の第六感とでも言うのだろうか。
 遭難した所為で神経過敏になっているのか、割れるように凄まじい警鐘が脳裏に鳴り響き、それはさゆみに今直ぐその場から立ち去れと告げている。
(でも……このまま動いたらまた遭難してしまうかも……)
 そんな時だった。アデリーヌはキアラの放つ魔法の光りにさゆみの手を引いて踵を返し逃げ出していた。
 しかしそんな彼女達の姿を、トーヴァは見つけていたのだ。
 そしてアデリーヌに引き摺られる様に二つにくくった髪を振り乱しながら走るさゆみは、プラヴダの軍人達に追いかけられ、両手の銃のトリガーを何度も引き絞り、出鱈目に全ての弾を打ち尽くし――。
「さゆみ!」
 アデリーヌが振り向くと、木の根に躓いたさゆみが座り込んだまま動かない。
「さゆみ! 早く!!」


 どうしてあの時、有無を言わせずに手を引かなかったのだろう。
 抱きついてでも一緒にあの場に残らなかったのだろう。
 崖の下、倒れているアデリーヌに深い傷は無い。
 それでも上から聞こえたさゆみの悲鳴が耳の残り、倒れた姿のまま動く事は出来なかった。
(さゆみ……どうしてこんなことに…………さゆみ!!!)



 同じ頃、セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は小型の飛空艇で木々を避けながら出口を目指していた。
「パパーイ……」
 思い出すのは探索を始めたばかりの頃の事――。
「シシィ、大丈夫ですか、足下?
 まあ、一人乗りのヘリファルテがやっと通れるくらいの森ですからね。
 徒歩の方が楽だと思いますよ……ほら、シシィ、キミのペットの方が元気のようですね」
 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)の笑う声に、セシリアは頬を染める。
「パパーイ、わたしちっちゃい子じゃないんだから、そんなに構わなくても……
 んもー! コペンギンハーゲンってば、先行き過ぎ!」
「ああ、そういえば、またパピリィが家出しましたね。
 彼女の家出はいつものことですが……少し長いのが気になります」
 そんな折、噂をすれば影とばかりに件のパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)が突然現れたのだ。
「やっほーテッツァ♪
 森の調査なんだって? ぱぴちゃんが調べてたのと同じじゃぁん♪」
「おや、パピリオじゃないですか、久しぶりですね」
「それだったらこっちよ、軍人さんが案内しているのと同じ方角、ねぇ、行こ!
 あの子を救う手がかりもありそうよ、テッツァ
 小声で耳打ちするのは、アルテッツァが解決方法を探っているセシリアの遺伝的疾患の事だ。
「ッ?!」
 ただならぬ表情でこちらを見たアルテッツァに、パピリオはにやりと嗤う。
「……さあ、シシィ、向かいましょうか……」
 意味深な笑みを流してセシリアに振り返ったアルテッツァは、セシリアの表情が優れない事に気がついた。
「シシィ……どうしたんですか?
 体調が優れないなら、すぐに天御柱に戻ってドクターに……」
「パパーイ……わたし、彼女が苦手、だわ。
 あの人、何考えているか分からないもの……わたしが居た世界でだって……
 ううん、何でもないわ! 依頼片付けちゃいましょ、パパーイ!」

 それから暫くして、事件は起こった。
 パピリオと共に居たアルテッツァの様子が直ぐにおかしくなったのは偶然だろうか。
「おや、言うことを聞かないんですか? そんな子は、動けなくするしかありませんね……」
 様子のおかしくなったアルテッツァを拒否したセシリアに向かって、アルテッツァは冷酷な声で詠唱を始める。
絶対零度の風よ、吹きすさべ、ホワイトアウト
 身を切る様な冷たさから必死に逃げるセシリアの背中に、アルテッツァの声が飛んできた。
「パピリィ、貴女も毒虫の群れで足止めを手伝ったらどうなんですか?
 仕置きの鞭も、いつものように振り回せば良いではありませんか?」
 パピリオが今どのような表情をしているのか、進行方向だけを見ているセシリアには見えていない。
 だが彼女は、パピリオは今嗤っている!
 声を聞けばはっきりと分かるのだ。
「さぁ、どんどん殺しちゃって頂戴、コッペリア達、それと、テッツァ
 ……あら、遅かったじゃないのコッペリウス、楽しい事になってるわよ♪
 いい感じに動いてるわね、コッペリア……うふふ、血しぶききっれーい♪」
 トーヴァ達は手荒な真似をしながらも、殺そうという目的で動いているように見えなかったのに、
 パピリオだけが、殺人を衝動にしていたのは理由があるのではないか。
 傷だらけになったセシリアは、飛空艇を走らせ続ける。
「ゲート……学校まで、帰らなきゃ
 ……タイチ、助けて! 森で、パパーイと、トーヴァさんが……大変なことに」



「キアラ嬢早く!!」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)にこちらの承諾も聞かずに担ぎ上げられて、キアラは「ちょっ――!」と抗議を口にしようとするが、武尊も必死だ。
「今はつべこべ言ってる場合じゃないだろ!」
 と、叫ぶ様な声で言いながらひたすら走り続ける。
 森の中は悪路だ。
 木の根や枝が生い茂り、空は葉で埋め尽くされ宵闇を前にしていてもまるで夜のように暗い。
 腰部に装着した装置からワイヤーを射出すると、太い枝に巻き付けて、着地すればそこからまた次の枝へワイヤーを飛ばし、武尊はそうやって森の中を飛び回る。
「ひっ」
 武尊に守られる形のキアラだが、正直カッコイイや素敵の前に、スピードと転落から恐怖しか湧いて来ない。映画で見たヒーローに、抱き上げられているヒロインはこんな気分なんだろうか。
「こっちも警戒してるけど、キアラ嬢も後ろを頼む!」
「う、うん!!」
 そうして進み続けていた時だった。
 武尊が見えない何かに叩き付けられ、そのまま中空で体勢をよろけさせる。
 射出していた最中のワイヤーは地面その影響で次の枝に刺さらず、武尊のくぐもった叫び声に驚いた瞬間に、キアラの身体は地面に叩き付けられていた。
「う……」
 落ちる瞬間に庇ってくれたのだろうか。身体に異変は感じないが、武尊の姿が近くに無い。
「武尊くん!!」
 名前を呼んだ直後、彼女の耳に飛んできたのは「いいから逃げろ!!」と叫ぶ声だった。
 その声の方向を見れば、打ち付けたらしい場所を庇い座り込む武尊の前で空間がぐにゃりと歪んでゆく。
「あれは……何?」
 思った直後、歪みの中にペルセポネの姿が現れた。罠だったのだ。
 透明の網にかかった蝶のように、武尊は見えないペルセポネに捕らえられていたのだ。
「武尊くん、今――」
「キアラ、止まるな!」
 キアラは武尊の名を叫ぶが、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に腕を引かれるまま、森の中へ消えて行った。
 ペルセポネの後ろから現れたのは、トーヴァとハデスだった。
「迷彩塗装による目眩ましとパワードスーツのレーダーによる待ち伏せ。
 そこへ誘導する為の部下への指示。
 衝撃波での奇襲。
 完璧な采配だったわ。流石ねハデス」
 言葉を恭しく受け取るハデスに微笑んで、トーヴァは武尊の前へ座り不敵な笑顔でこう言った。
「さて武尊君。アタシのパンティ、もう一枚欲しくないかしら。
 お友達になってくれたら、考えてあげるんだけどな」
 イエスと答えようが、ノーと答えようが、
 武尊が進めるルートは、たった一つしか無かった。