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リアクション
■アガルタの日常風景・1■
【総責任者ハーリー・マハーリーの場合】
晴れ渡った空……が天井に映し出された街、アガルタは今日も賑わっていた。
ハーリーもまた、いつも通りに書類に埋もれていた。
救助隊が出発したとはいえ、後始末もある。もちろん、街の総責任者としての仕事もある。いつも以上に、書類の量は多い。
「こちらは救助隊の物資に関する報告書なのですが……こちらでよろしいのですか?」
「ん? どうした?」
口ごもった秘書に、ハーリーが顔を上げた。内容に目を通した際、特に問題はなかったはずだ。
少々質が良いものが揃っていたのが気がかりといえばそうだが、それが安全性を高めるものであったため、問題とはいえない。それよりもこの短期間でよくこれだけの品を集めたものだと物資の責任者。マネキを感心したほどだ。
秘書は、やはり言いづらそうだったが。
「……請求先はご覧になりましたか?」
「請求先?」
可笑しなことを問い返され、ハーリーが書類を確認する。そこにはハッキリと
支払いはハーリー・マハーリーが行う。
書いてあった。
忙しかったのと、まさかそんなことになっていると思わなかったハーリーは、最後の最後に書かれていた一文を見落としたのだ。
額に手を置き、深々とため息。
「……俺、恨まれるようなことしたのか?」
「マネキ様というと、たしかアンテナ騒動を起こされた方かと」
「それで恨まれてるのか」
(小商人ハーリーよ。以前、我を拘束した罪は重いぞ…我が事前に関係各所に【根回し】し、後ほどハーリーに高額請求書が届くようにしておく。
くくく。せいぜい土星君と愉快な仲間たちが、物資を浪費することで苦しむがいい!)
異界(宇宙)の彼方で今ごろ、マネキはそう笑っているのだろう。
(もちろん払うよな? 人命救助なのだから……アガルタの責任者として当然の義務だろう)
そんな幻聴まで聞こえてくるようだ。
だがそれらをスルーして、支援金で賄うこともハーリーには可能だ。ハーリーは
「いいぜ。売られた喧嘩は買う!」
「……はぁ(ハーリー様の悪い癖が)」
意外と負けず嫌いだったらしく、全額ポケットマネーで支払ったらしい。
ちなみに。
ハーリーが自腹を切った話は内密のものだったが、密かに話が出回り、彼の評価が上がったり(やるじゃねーか、みたいな)下がったり(わざとらしいぜ、みたいな)、マネキの評価が上がったり(よくやった!)したとかしないとか。
いろいろ物議をかもしたらしい。
* * *
【『シャングリ・ラ放送局アガルタ支店』の場合】
「『アミーゴ・アガルタ』では、今日も元気よく、私たちワイヴァーンドールズが街のお得情報をお伝えするわよ」
「みなさん、メモの準備はよろしいですか?」
アガルタのA地区。もといアガルトピア中央区。その真新しいショッピングモールから、言葉通りの元気良い声が響く。
ワイヴァーンドールズというアイドルユニットを組んでいる五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、フードコートを歩きながらマネージャーの持つカメラに向かって笑顔を振りまいていた。
「ここ、アガルタ・モールで、今『残暑に負けない! アガルタ美味しいもの広場』を開催してるのよ」
「フードコートで行われているのですが、夏祭り・夏の夜店や盆踊りなどをテーマにして『昼間でも夏の夜祭りを楽しめる』雰囲気になっています」
雰囲気に合わせてか、2人は浴衣を着ていた。理沙の手にはたこ焼きらしきものもある。
……もうだいぶ減っていたが。
「8月は天の川をイメージした天井装飾で夏祭り気分を楽しめるの。
これ、9月からはお月見バージョンになるみたい。お月見団子も新発売でお月見気分も楽しめるわよ?」
「理沙。花……月より団子ですか?」
「別にいいじゃないの。両方楽しんでも」
むくれた理沙に、セレスティアはふふっと上品に笑ってから、「そういえば」と情報を付け足す。
「アガルタの空は映し出されたものですが、9月の夜空は月に関する絵や写真を皆さんから募集し、それを映されるそうですよ」
「応募数にもよるそうだけど、時間ごとにいろいろ映してくれるみたい。楽しみね」
「場所によっても見えるものが違いますし、感想を言い合ったりするのもいいですね」
「15夜はそのままのお月様が見えるみたいだから、フードコートで買ったお団子と一緒に見るといいかも」
「ふふ。皆さんはお団子とお月様。どちらに興味がおありですか?」
9月の月見について説明した後、理沙が待ってましたとその場でくるりと回転して、浴衣の模様をカメラに映す。
「そして皆さんご存知、『浴衣とうちわDAY』は週末開催。浴衣と団扇姿でフードコートにてドリンク1杯サービス実施中よ!」
「その際はモールポイントカードをお持ち下さいね。
そしてお月見イベントとあいまって、ファッションエリアでは浴衣を特別価格でご奉仕中。私たちも着させていただきました」
「ん。やっぱり浴衣っていいわね。しかも安いとなれば……お月見イベントに1枚新調してもいいかもよ!」
「そうですわね。帯の可愛い結び方も店員さんが丁寧に教えてくださいますし、ぜひ行ってみてくださいね」
「じゃあ、次は『新しいお店』を紹介するわね。
全暗街に出来たお店で『どんな方でも快適に生活できる場所を提供します!』がキャッチコピーの……」
そして番組も終わりに近づいた時、理沙が少し真剣な顔になって「お願いがあるの」と言った。
「実は近日――が行われるのよ。だから、皆で盛り上げて欲しいわ」
* * *
【猪川組の場合】
「けっこう入り組んでるな……ととっ、この看板が見えたということはココを曲がって……あれか」
メモを片手に、迷路のような全暗街を歩いていた猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は、一軒の家――いや、店の前で立ち止まった。
実は勇平のパートナー、ウルスラグナ・ワルフラーン(うるすらぐな・わるふらーん)が店を開いたというので見に来たのだ。
が
「猪川組って……いやいやいや、これじゃあ、まるで俺が組長みたいじゃないか!」
看板にでかでかと書かれた文字を見て思わず突っ込む。
「もうだあれ〜? 大声は近所迷惑……あ、おとーさん! もう来てたんだ?」
店から出てきたのは自称『勇平の娘』と名乗る少女、猪川 庵(いかわ・いおり)だ。彼女はウルスラグナの手伝いとして働いている。
「あ、この看板? いい出来でしょ?」
「たしかに立派な字と看板……ってそうじゃなくて!」
「うるさいぞ。近隣への迷惑を考え……ああ。勇平か」
「なんだよその、俺なら仕方ない、みたいな顔は」
着て早々叫んだ勇平を、ウルスラグナは「庵も猪川だ。何も問題あるまい?」そうさらりと勇平の言葉を封じ、さっさと店の中へと戻って行った。
なんだががくっと疲れた勇平の腕を庵が「さ、入っておとーさん」と引っ張る。抵抗する気力もなく、勇平は店の中へと足を踏み入れた。
「皆さん、おかえりなさい! よければ当店自慢の商品をお召し上がりください!」
そんな声と共に出迎えられた店内は、綺麗に片付いていた。かといって物が足りないわけでもなく、シンプルに統一された店内は好感が持てた。
だからそこはいい。そこはいいのだが、問題は……で迎えた彼。いや、彼らだ。
どこかで見たことのある彼ら(強面でチンピラ風の黒スーツ着用)は、それはそのはず。以前、治安の悪化を止めるために参加にした男たちだった。
どういうことだとウルスラグナへ目をやれば、少し面白がったような顔がそこにあった。
「人生、色々あるものだ。たまにはこういうのもいいだろう?」
「だからどういう……って、そもそも何の店なんだ?」
「土木や建築関係。つまり家を建てる店だ」
「なるほど……いやいや。お召し上がりくださいっておかしいだろ」
「それは――」
「いいかー、やろうどもー」
ウルスラグナの声を遮り、庵の元気な声と「おう、姐さん!」という野太い声が聞こえた。どうやら庵が男たちを指導しているようだが
「お客様が来たときの挨拶はなんだー!」
「皆さん、おかえりなさい! よければ当店自慢の商品をお召し上がりください!
「いや! おかしいから! 召し上がるって何をだよ! ってか、おかえりなさいじゃなくていらっしゃいませだろ!」
「なるほど! さすがおとーさん!」
「姐さんの親父さん? つまりオヤジっ?」
「やーめーろー」
忙しなく騒ぎ始めた勇平たちと距離をとり、ゆったりとイスに腰をかけているウルスラグナ。瞳は相変わらず楽しげだが、本位は別にあった。
ここにいるのならず者たちの更生だ。
手に職をつけることで自信と自覚を得られるはずだし、そもそもかなりの人数に上る組員(と書いて従業員と読む)を傘下にしたため、そのまま放置するわけにもいかなかったのだ。
そして何より、彼らの経験を生かし、以前のような危険な違法薬物等が出回らないようにするのが本業。巡屋一家に話は通してある。
という至ってまじめな理由はあるが、勇平たちに説明する気はないようだ。
「……さて。もう少し眺めてから、仕事を与えるとしよう」
やっぱり楽しがっているだけかもしれない。
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