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リアクション
二章 光に集うもの
前線哨戒を行っていた班から敵襲の報が届いてから、村は蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていた。穴が空かないように配置が為され、松明などの灯りが焚かれ、全員が臨戦態勢を取る。しかし、契約者達が到着した時とは似ても似つかぬほど、村の様子は様変わりしていた。
有り体に言えば、要塞。塹壕が至る所に掘られ、土嚢が積まれ、そう簡単には突破できない防衛線を形成している。挙句、それによって生まれた影の濃いところに光源が配置され、敵に利用されるのを防いでいた。見れば大型トラックの戸が開け放たれ、中は空っぽになっていた。それを用意し構築したのは誰あろう、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)であった。
「フフフ、これほど見事な塹壕、他の者には真似できないであります」
額に浮かんだ汗をぬぐい、短時間で村を簡易要塞に仕立て上げた成果を眺め、吹雪は満足げに頷いた。続けて自分の得物に初弾が装填されていることを確認すると、塹壕に入り込んで射撃位置についた。
静かに戦闘用意を終えた吹雪に続いて、要所要所に篝火などを設置し終え、村の内側の整備を行っていたウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)もまた、防衛線の外側に出て配置についていた。
「漏れはありませんか?」
「万全じゃ。残っておって正解じゃったな」
「理想的な人数が揃いましたからね」
傍らに控えていた二人の吸血鬼、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)とルナ・リベルタス(るな・りべるたす)が頷きを返す。ファラとウィルによって周囲にはいくつかの光球が浮かんでいた。持続も出力も近距離で出すものには劣るが、十分に役割を果たしていた。
「影が攻撃してくれば、こっちの攻撃も当たる。それが事実なのを祈るしかないわね……」
手にした片手剣の握りを確かめながら、ルナが呟く。
「交戦報告では、実体化しない限りこちらへの被害もないようです。敵がやる気なら、間違いなく当たるはずですよ」
「先制攻撃は難しいということね」
「そういうことじゃな……さて、話している間もそろそろないようじゃ」
ばしり、と手に雷を生み出しながらファラが身構えた。気配が防衛線の回りに集まり始め、ざざざざ、と風とは違う何かが木々を揺らす音が近づいてくる。ウィルも盾を構え直して一歩前へ。ルナもまた姿勢を低く取って身構えた。
「さて……どこからでも来るがいい、影達」
ファラの周囲に浮かんでいた光球がふわふわと浮かんで凝縮する。それは木々の陰に隠れ、ちらちらと明滅した後、その光を弱めた。ざわり、と、絶えず蠢いていた森が一瞬だけ静寂に包まれ、闇が漏れ出すように影が地を這って押し寄せてきた。
瞬間、ちらちらと瞬いていた光球がぶわっと膨れ上がり、はじけた。不確かだった影の輪郭が一挙に暴かれ、実体化する。ほぼ同時に轟音。巨大な弾頭が先頭を走っていた狼の頭部を弾き飛ばし、勢いを止めずに後続の体を吹き飛ばす。
「絶対に中へは入らせませんよ!」
射撃を逃れた狼がウィル達に飛びかかる。ヴァーチャーシールドで殴りつけるようにしてそれを止め、盾から離れたところを槍で突く、が。
「っ!? こんなに早く!?」
ウィルの槍が狼の腹をすり抜ける。盾に激突したことで攻撃の意志を失った狼は輪郭を失い、茫洋とした影となって地に転がった。ファラが再び光を呼び出し、連続で炸裂させる。
「ふっ」
ルナが踊るように再度実体化した狼の首を刎ね、跳びかかる狼を次々と引き裂く。
「狼の攻撃は一撃離脱です。受け止めるウィルでは相性が良くないわ……あちらをお願い」
一息に三匹の狼を斬り倒したルナは、無数の腕をわななかせる影を視線で示した。それは吹き飛ばされ、斬り飛ばされて溶けて地に消えた狼の残滓を踏みしめ、ウィルへ肉薄した。
「ぐうっ」
ごおん、ごん、と繰り出される重い乱撃をなんとか耐え、ウィルはそれをぐいと押し返し、影の肩口に槍を突きこんだ。ぶちり、と幾つかの腕が飛び、それでも怯むことなく多腕の影はウィルに連撃を打ち込み続けた。完全に押し合いとなる。だが、背中からルナの一刀が飛び、無貌の頭が飛ぶ。二人は次の標的に間を置かず駈け出していく。
体の大部分を失った影は地に溶け、その上をさらに影が疾駆する。それを押しとどめ、地に還す。無限に見えるその繰り返しの中、吹雪がぼそりと呟いた。
「手ごたえがない上にきりがないのであります……」
冷静に視界内の敵の数を数えながら、吹雪は前衛を張るウィル達を逃れた影を的確に打ち抜いて行った。だが、ずるり、ずるりと這いずるような音に導かれ、大きな影を認めた瞬間、吹雪はファラに向けて叫んだ。
「『あれ』を止めるであります!」
弾かれたように一歩下がったファラが見たのは、無数の枝を触手のように伸ばす、樹木の影だった。それはじりじりと防衛線に近づき、土嚢の群れに手を差し入れようとする。轟音がいくつも迸り、巨木のようなその体のあちこちを吹き飛ばす。だが、素体の生命力が高すぎたのか、次々と触手のようなもので損傷が埋められていく。
「早くするであります! このままではあれは防衛線を浸食するのであります!」
「承知じゃ!」
ファラは光球による支援を一度止め、出力を絞った雷を手に発生させた。青白い輝きが周囲を照らし、瞬いたかと思うと、それは瞬時に樹木の影を包み込んだ。
「焼け焦げ、爆ぜよ!」
青白い輝きに包まれたそれを、吹雪のライフルがさらに打ち抜く。巨木の影は半ばほどからへし折れ、その動きを止めた。だが、ぶるり、と震えると徐々にその体を再構成していく。
「これは、厄介な!」
出力調整を諦めたのか、ファラが再度集中しようとしたとき、強い光が体を再構成しようとしている大樹の影を射抜いた。
「変んっ身っ!」
エンジンの咆哮と共に、蜂に似た複眼を輝かせて風森 巽(かぜもり・たつみ)が現れる。
「蒼い空からやってきて、静かな夜を護る者!仮面ツァンダーソークー1! ――さぁ、じゃんじゃん行こうか!」
シルバーメタリックにブルーのラインが入ったマシンがウィル達の横を猛然と走り抜け、戦場をかき乱す。アクセルを吹かし、慌てて巽に対応しようとする狼達を弾き飛ばして、まさに再構成を終えようとする大樹の影に向かって全速で突進した。
「ツァンダーブレイクッ!」
ずん、と重い音を響かせて大樹が揺れる。ぐらりと傾いだ影響か、土嚢の中に伸ばされていた触手がぶちぶちと切れ、防衛線への浸食が止まる。巽は傾いだ大樹の背を走り抜けて跳び、着地と同時にハンドルを切って再び大樹を見据えた。
「今だ!」
「天より来たりて地を砕け――怒れる神が破山の槌よ!」
大出力の雷撃が、そして大口径弾が、今度こそ大樹の影を粉々に吹き飛ばした。同時にウィルとルナも、小型、中型の影をあらかた処理したようだ。ふう、と息をつき、ルナが助けに入った巽に声をかける。
「助かったわ、仮面――」
「いや、まだだ」
ず、と影が染み出してくる。最初はただ、月が陰っただけかと思われた。だがその影は躍動していた。ずるり、ずるりと蠢く影は、岩盤ほどの大きさのある、岩ガエルであった。
「大きすぎる……!」
撃破に時間がかかれば、増援に対応できなくなる。だが、巽は強く頷いてマシンを降りた。
「考えがある。あれの相手をしている間、防衛ラインを頼んだぞ!」
「ちょ、ちょっと!?」
あの巨体が飛びあがり、落ちてくるだけで防衛ラインは潰れる。巽は徒手空拳のまま巨大な蛙の影に突撃した。何かを察したのか、影は気配のみを蠢かせて跳んだ。それに応じるように巽も跳ぶ。
「おおおおおおっ!」
相手が攻撃の意志によって実体化する寸前、巽の拳が蛙の腹に入り込む。瞬間、巽の腰に巻かれた変身ベルトが眩い輝きを放った。埋め込まれた拳を巻き込んだまま岩蛙の腹部が実体化する。続けて巽の両の拳が輝き出す。岩蛙の影では包み切れない輝きが、亀裂のように全身から漏れ始める。
「夜空に輝く銀の月の如く、夜闇を切り裂け! 青心蒼空拳! 光風霽月!」
内側から洩れる輝きが臨界点を超え、岩蛙は光る罅からはじけ飛んだ。影の欠片は形を失い、また大地へと染み込んでいった。着地した巽はしかし、構えを解かない。
「……本当に、厄介な相手のようだ」
「っ!?」
狼たちが再び影の中からずるり、と再構成されていく。ウィル達は再び各々の得物を構え、応戦を始める。その少し離れた所、土嚢の影に隠れるようにして、狼たちが人知れず再構成され、駆け昇るようにして土嚢と塹壕を飛び越えた。だが、轟音と共に至近距離のマズルフラッシュが実体化と同時に敵を吹き飛ばした。続けて二射、三射と射撃が重なるが、敵の侵入速度に追いつかない。吹雪は籠手型HCの通信回線を開いた。
「こちら葛城。第一防衛ラインを少数が突破、どこかを目指して進軍中であります」
※
ざざざざ、と小波のように狼の影が走る。至るところに設置された光源が彼らを照らすが、村に入った彼らはそれを最早厭うことはなかった。くっきりとした輪郭で、黒く浮かび上がる狼の影が一直線にどこかを目指す。
「そっちに行ったぞ!」
「こっちにはいない! そこの角だ!」
村の者が声を上げ、狼達の位置を知らせる。やがて、狼たちはわずかに開けた場所に出た。その先には一つしか建物がない。村はずれの倉庫――今、リィが休んでいる場所だ。
そこに二つの影が佇んでいた。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)、そしてその背後に控える冬月 学人(ふゆつき・がくと)だ。腕を組んだまま目を閉じて佇むロゼに、狼たちは暗いあぎとをむき出しにし、囲むように散開した。
「ローズ、来たよ。数は今のところ五……行くよ」
「ええ」
学人が符を口元に当て、短く詠唱を行うと、符が輝く光球に変じて中空に打ち上げられた。まばゆい光がロゼの背後から狼たちを照らす。次いで学人が別の符を取り出し、真言を唱えると、二枚の符はロゼの両腕に触れて霧散し、淡い輝きになって腕を包んだ。
そこで初めてロゼが目を開く。片目を覆うスカウターが余さず敵の数を捉えた。組んでいた腕を解き、腰だめに両拳を構える。狼たちは素早く跳びかかり、首に、足に、腕に、腹に、腿に食らいつこうと跳びかかる。
「雄ォおおおおおお!」
ずん、と周囲の空気が鉄にでもなったかのような重圧がロゼから放たれる。事実、放たれた闘気は瞬間的に周囲の空気を押しのけ、衝撃波となってすべての狼たちを吹き飛ばした。近すぎた影などはそれだけで下顎を消し飛ばされていた。
ロゼの黒髪碧眼が、金の髪に金の瞳に変わっていた。たなびく髪は獅子の如く、輝く瞳は鷹の如し。あふれ出る闘気まで金の色に見える、ただ戦うための姿だった。無事に残った数匹の狼が立ち上がり、油断なく距離を詰める。対してロゼは無造作にそのまま歩を進めた。間合いに入った瞬間、一匹の影が首を狙って跳んだ。
「通すとでも、思った?」
ずん、と象の一歩の様な踏み込み。首に向かって牙を剥いた狼の、その口に、鉄槌の如き一撃が振り下ろされた。牙が肉を裂く。だが、振りぬかれた拳は牙を折り、頭蓋を砕き、ガラス細工のように影を粉砕した。地に還る間もなく中空で影が爆散する。振りぬいた隙を狙ってまた影が飛ぶ。ぐるん、とロゼの体が反転する。巨大なクレーンが首を振ったかのような錯覚。飛んできた後ろ回し蹴りが、紙でも千切るように影を消し飛ばす。
学人は光術を維持しながら人間離れしたその戦いぶりを見ていた。些細な傷など完全に無視して、一撃で相手を屠ることに特化した体術が暴虐の限りを尽くす。いや、最早体術などとも呼べない、純粋な力の顕現だった。
「……本当に、人間離れしてきたなあ」
呟く学人のさらに後ろ、正面からは死角になる位置にもまた二つの人影があった。黄瀬 春香(きせ・はるか)こと松本 恵(まつもと・めぐむ)、そして百瀬 百合(ももせ・ゆり)である。
「こうなったからには、とことんまで戦うしかないかな?」
「イルミンスールに売り込みに来ただけのはずが、荒事に巻き込まれたわね、どうする、春香?」
恵、もとい春香は暴虐の限りを尽くすロゼを見た。この場は何もしなくても抑え切れるように見えた。影の増援と、ロゼの死角で狼たちが再構成されていくのを見るまでは。
「不味い……! 百合! お願い!」
百合が頷くのを確認するより早く、春香は飛び出していた。
「パワードアーマーをバージし、春香にシュート!」
百合が叫び、体の一部がはじけ飛ぶ。それは鎧のような姿となり、春香に吸い付くように装着される。ばしん、とバイパスが春香の髪留めに繋がり、サイボーグのような様相を呈した。その姿はまるで、戦うヒロインといった出で立ちだ。増援に気を取られたロゼたちの死角から、再構成された狼の影が倉庫へたどり着こうと走り出す。その頭を鋼鉄のつま先が高く蹴り上げた。
「機晶合体、PS−3P! ここは通さないわ!」
声を聞き、学人が振り返る。再構成された狼と、それを押しとどめた春香を見ると、瞬時に状況を察して口を開いた。
「ありがとう! 虚を突かれた。討ち漏らしを頼めるかい?」
「勿論! でも、正面は?」
「あの通り」
学人の視線の先には、防衛線を突破したと思しき多腕の影と正面から組みあい、雄叫びと共にその頭部を千切り取ったロゼが、双頭の獣に標的を移したところだった。
「……問題ないみたい」
「問題しかないようにも見えるけど、こっちの方が問題かな」
すすす、と後ろに下がった学人の目の前に、またしても狼のあぎとが迫る。それを春香の裏拳がロゼのさらに向こう側へ吹き飛ばした。
「そうみたいね」
続けてもう一体を中段蹴りで弾き飛ばす。あえて止めをささないのは、再び闇に溶けられては突破される可能性があるからだ。
「敵の実体化は任せて。これでも符術は得意だからね」
ばらり、とまた幾つもの符を展開し、一つ一つに輝きを灯しながら学人が言う。その頼もしい言葉に、春香はにっと笑った。
「そう? それじゃ、お任せするわ!」
言うが早いか、跳びかかってきた狼を膝で受けてまた蹴り飛ばす。続けてきた影を腕で払い飛ばし、死角を行こうとした影を足で払ってまた殴り飛ばす。その先には戦いの権化となったロゼが待ち構えているのだ。
「でも、この影、どうしてここへ?」
「多分、リィを狙っているんだと思う。ここにもう一つの呪具があるわけでもないし、それしか考えられない」
学人が次の符を展開しながら言う。腹部を狙ってきた影を綺麗な正拳で叩き落しながら春香がうむむ、と唸る。だが、次の回し蹴りを放つ頃にはその疑問は投げ捨てたようだった。
「リィちゃんがどうして狙われるにせよ、エイラちゃんを取り返すときまで、ここを守ればいいのよね」
疑問が氷解したからか、回し蹴りを放った体をもう一度捻って軽快に連撃を叩き込む。続けて跳びかかろうとした狼が二体まとめて宙を舞った。
リィが息を潜めて祈る倉庫の目の前で、春香たちは戦い続けた。
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