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影を生む妖刀

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影を生む妖刀

リアクション

 五章 その手に掴めるもの

 エイラの意識は揺らめく闇の中を漂っていた。どこにでも行けそうで、どこにも行けない閉塞感の中、エイラは何かを忘れているような気持ちをずっと抱えていた。
(何を、するんだっけ)
 ゆらゆら揺れる闇の水面の中、村を襲う何かの姿がちらつく。傷ついていく皆、何よりも大切な姉。たった一人だけ残った家族。それが闇の向こうへ消えて行こうとする。
(ああ、そうだ。リィを守らなきゃ)
 エイラの意識が浮上する。手には漆黒の小太刀。大切なものを彼女から奪おうとする不条理が、彼女の心からどす黒い殺意を引きずり出す。
(全部、全部斬らなきゃ。私達を壊そうとするもの全部)
 ちかちかと光が瞬く。何かと思う前に斬った。体がとても軽かった。斬るたびに体が軽くなっていく気がした。闇のうねりが力を増して、押し流されるような気持ちになる。しかし、その一部になることがたまらなく心地よかった。その中に溶けて消えようとしたとき、突然名前を呼ばれた。
 エイラ。
(誰だろう。男の人の声。私はエイラ? そう、そうだった。リィを、守るために、みんな斬るの)
 何かがエイラの体を揺さぶる。力がすり抜けていく。闇のうねりがその方向を変え、どこかに流れようとしては逆巻く。簡単に斬れた光が今ではどうしても当たらない。逆巻く流れにバラバラにされそうになりながら、エイラはリィの名を呼んで泣き叫んだ。
(リィ。無事なの? お願い、返事をして。お願い。一人になりたくない)
 エイラ。
 今度は女性の声だった。エイラは必死の思いでその声に縋った。何かが指先をかすめる。声が近づく。やがて、その声ははっきりとエイラの意識を貫き、手をしっかりと握りしめた。

 ※

「エイラ! お願い! 話を聴いて!」
「下がるのだよ、リィ!」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)がリィを引き下げた瞬間、木を足場にして跳んだエイラの一撃がリィの頬をかすめる。勢いを殺さずに再び木を足場に跳躍。まるで勢いがついたピンボールのように木々の間を飛び回る。
「あなた、誰を斬ろうとしているかわかっているの!? あなたが守りたいのはリィじゃないの!?」
 その軌道にリネン・エルフト(りねん・えるふと)が割り込む。自在に宙を舞うリネンの一撃が、エイラの刃と正面から激突する。まばゆく輝く大剣、ユーベルキャリバーと漆黒の小太刀がせめぎ合い、反発し合うようにエイラが吹き飛ばされる。だが、少し離れた位置に着地すると、一度小太刀を鞘に納めた。
「っ! リネン! 来ますわ!」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が警告する。鞘を納めた時に影を呼び出すことは、和輝が既に報告を受けていた。はたして、大量の影が一気に召喚される。その全てが攻撃の意志を持ち、明確な意思を持ってリィを狙っていた。
「魂をも切り裂く刃、ライトブリンガーッ!」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)の一撃が猿の影を吹き飛ばした。その背後から迫る狼の群れを、立ちはだかったユーベルが見据える。
「一方に太陽を、一方に月を。汝、真実を見るウジャトの眼!」
 翳した手から眩い閃光が放たれ、群れが一瞬動きを止める。その上を滑空するように再びエイラが飛び越えていく。リィをまっすぐに狙うエイラが、再びリネンと真っ向から撃ち合う。
「いりゃああああああ!」
 まっすぐ打ち下ろしてくるエイラに対し、リネンは振り上げるように応じた。しかし、自らの打ち込みの力に耐えきれず、エイラの腕があらぬ方向に曲がる。
「しまった!?」
 リネンが慌てて打ち込みの力を緩めた時には、エイラは木々の向こうに吹き飛ばされ、まだ影と化していない木に激突した。にわかに召喚した影が減ってゆく。どろりと溶け、影そのものを失って霧散していく。それと反比例するようにエイラの傷はふさがり、何事もなかったかのように跳躍した。
「どうして、どうしてそこまで!」
「……焦っているのだよ。実喰は」
 リィを守るように立っていたリリが呟く。慎重だった当初の攻め手は失われ、無数の影を生み出しては消費し、ぶつかって、傷ついては治し、無茶な攻撃を仕掛け続けるエイラの姿はをリリはただ見つめていた。
「もう後がないことがわかっているのだよ。どのくらいの意思があるのかは知らないのだがね」
「それだけではありませんわ」
 閃光を放ち、リィを襲おうとしていた狼を消し飛ばしながらユーベルが言った。厄介な敵を優先して倒すララ、そして正面からエイラと切り結ぶリネンを見、リィと視線を合わせる。
「エイラ自身が力を求めているのですわ。すべてを倒し、すべてを守る力を」
「でも、それならどうして!」
「全てから守るという事は、誰にも負けてはいけないという事。力の証明のためには、勝たなければいけないのですわ」
「そんなことで、誰かを守れる証明なんてできない!」
「それを、どうか伝えてあげてくださいませ」
 そう言い、ユーベルは再び閃光を放った。影は消え、また生まれを繰り返しているが、その数をだんだんと減らしている。限界が近かった。ため込んだエネルギーが切れたままエイラの肉体が破壊されれば、その破壊は二度と元には戻らない。あるのは肉体の死と、つながりを失ったエイラの意識の消滅だった。ぐっ、とリィが自分の杖を握りしめる。
「私は……」
「一瞬だけ、リリが動きを止めるのだよ」
「リリさん?」
 リリが頷く。リリの手に小さなピラミッド・アイが召喚される。ほぼ同じくして、エイラとリネンが空中で幾度目かの激突をしようとするところだった。だが、激突する直前になって、突然エイラが実喰を鞘に納める。剣を水平に構えたまま一瞬だけリネンの動きが止まる。その瞬間を逃さず、高く跳躍した双頭の獣の影がリネンに跳びかかった。
「くっ!?」
 それを切り払う。その時、エイラはリネンの脇を初めて抜けた。その先にはリィが杖を構えたまま立ち尽くしている。だが、跳びかかるエイラと、リリの手の中にあるピラミッドアイの視線が交差した。
「来たれ、神の目よ。その輝ける剣もて闇を切り裂き、真実を暴き出すのだ!」
 眩い閃光がエイラの眼を焼く。方向を失った刃が、一瞬前までリィがいたはずの場所を薙ぐ。だが、その刃は緑色の障壁に止められていた。
「うっ、ぐ」
「リィ! このっ」
 援護しようとしたユーベルたちはまたしても影に阻まれる。リィの結界が限界まで引き出され、エイラの一撃を受け止めていた。結界を断ち切ろうとする力と、結界を維持しようとする力の純粋な押し合いとなる。だが、その押し合いは圧倒的にエイラの方が強かった。
「エイラ……! お願い! 私を見て!」
 淡く緑に輝く障壁に亀裂が走る。漆黒の刃から淡く紫に輝く、瘴気のようなものが漏れ出す。それが障壁とぶつかり合い、霧散するたびに影が消えていく。猛烈な勢いでエネルギーが消費されているのだ。それはもう、実喰の力ではなかった。形のない力を分割し、引き離す、結界師の力。そのぶつけ合いだった。
「まだなの!?」
 リネンが組みあった影を斬り飛ばし、叫んだ時。リィの胸元で淡く紫に輝いていた結晶が淡い緑の色に変化する。同時に、リィの脳裏に和輝の声が響いた。たった一言。
『捕まえたぞ』
 半ばまで結界が断ち切られた時、エイラの瞳に一瞬、光が戻る。だが瞬くようにまた瞳の輝きは消え、漆黒の刃はまた結界に深く食い込む。リィは呼びかけ続けた。
「分かっているのよ! 私じゃ、あなたには敵わないって。私はあなたの代わりだって! 分かっているのよ!」
 無情にも刃は結界を浸食する。だが、リィの叫びはエイラの意識をかすめていく。胸元の結晶が輝きを増す。
「もう誰も失いたくなんてないの! あなたの力からあなたを守って、一緒に、帰るのよ!」
「リィ――!」
 結界が断ち切られる。同時にリネンを押しとどめていた影が消えた。振り下ろされた刃が止まり、切っ先がリィの胸へ向く。だが、リィは跳びかかるエイラの胸に飛び込んだ。胸元の結晶がエイラに触れる。それは淡く緑に輝いたまま、エイラの体にするり、と滑り込んだ。
「……り……ぃ?」
 ふ、と実喰を握る手が緩む。その瞬間を逃さず、リネンのユーベルキャリバーが実喰を弾き飛ばした。宙を舞う小太刀はしばらくかたかたと鍔を鳴らし、紫色の瘴気を放っていたが、やがてその気配を完全に断ち、地面に突き立った。