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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

リアクション

「おにいちゃん、久しぶりだにゃん☆」
 頬を赤らめながらも頑張って言った『台詞』に対する返しが「お前何か変なもん拾い食いしてないよな?」だったので、ジゼルは早くもその場から逃げ出したい衝動に駆られていた。
(し……死にたい……泡に成って消えてしまいたいぃぃぃ……)
 口元に笑みを張り付けながらも俯いてプルプル震えるジゼルを見下ろして、アレクは固まっている。妹その2が暫く見ない間にロリ属性にゃんにゃん語尾の兎ちゃんに進化していた。訳が分からないどころじゃない。
「……取り敢えず兎なのか猫なのかハッキリしろ」
「じゃ、じゃあうさぎさん……に……します……」
「します? 今度は取ってつけたように『うさー』とか言わないのか?」
 なおも追いかけてくる冷や水にプラヴダのインカムに『もうやめて! ジゼルちゃんのライフはゼロっスよ!!』というキアラの声が響いていた。彼女は割とツッコミよりの方だ。
「何それバカみたぁい。行きましょ、お兄ちゃん」
 小さくなったジゼルをミリツァは思いきり見下した顔でフフンと笑って、アレクの手を取るとさっさと歩き始めてしまう。
……」
 止める声も追いかける足も持たないジゼルの視界を、少し大きい背中が覆った。
「アレクおにーちゃん、久しぶり!」
 アレクの首に腕を巻いてへらっと笑う瀬島 壮太(せじま・そうた)に、ミリツァは目を丸くして、次に逆三角にする。
「あなた……随分と馴れ馴れしいんじゃなくて? 身分を弁えなさい。貴方のような人間には呼び捨てする事すら赦されないのよ。その人は東欧十二家に名を連ねるミロシェヴィッチの当主。我が一族は二つの皇家の血をひき各国に指導者と君主を輩出した――」
「ミリツァ、もうその辺で止めろ。恥ずかしい」
 制する言葉に、ミリツァは目を剥く。
「恥ずかしい……恥ですって!? あれ程家名を汚すなと言ったお兄ちゃんがそれを、私に!?」
 炭より早く燃え上がったミリツァは、驚く程冷たい視線で周囲を見て合点が言った様に唇を皮肉に歪める。
「ああ、そう。そういうこと。
 こういう身分卑しい者と付き合っているから!」
「ミリツァ!!」
 アレクの声が飛ぶと同時に、ミリツァは壮太の頬を張っていた。
 直後にミリツァを見つめた壮太の表情は変わらない。敵意も無く、へらりと緩んだままだ。それを見てミリツァはプライドを汚されたと思い内心カッとなるが、壮太は頬をさすりながら言うのだ。
「おいおい無茶苦茶だな。友達の作り方も知らねえのかよ」
「友、達……ですって?」
「そ、友達。何なら教えてやろうか?」
 心の間合いまで縮めるように一歩踏み込んできた壮太に、ミリツァは逃げる様に顔を反らす。
 今迄――ついこの間目覚めたばかりのミリツァからすれば子供の頃がついこの間の出来事なのだ――こんな反応をされた事など無かった。ミリツァが名を出せば皆が萎縮したし、頬を張れば冷たい目を向けて去って行ったのに、――『友達の作り方を教える』ですって?。
 隠しきれない迷いを捕らえるように、アレクがミリツァの顎を此方へ向けと固定する。鋭い視線に厳しさを滲ませる兄に、ミリツァは唇を噛み締めた。
「いい加減にしろ。人の出自を極端に見下す行為はそれこそ自分の名に泥を塗ると……何度言ったら分かる」
 ――悪いのはあの男なのに、何故私が怒られなければならないのか。納得がいかない。それでも兄に嫌われる事だけは堪え難い苦痛だからミリツァは頷くしかないのだ。
「……ご免なさい」
「『壮太に』、謝るんだ」
 アレクの顔を見て、それから壮太の顔を見て、諦めたように息を吐いたミリツァは小さく「謝罪するわ」と口に出した。それを受け取る壮太は口元の皺を更に深くする。
「いいよ別に、それよりどっか行くんだろ。俺も連れてってよ。それでチャラにしようぜ」
「……なッ!」
「ほら、行こうぜおにーちゃん。ミリツァ。それにジゼルもな」
 努めて明るく言って、壮太は歩き出す。その横に並んだアレクは呼び捨てされた事に怒りと戸惑いの表情を浮かべる妹を一瞥して本当に済まなさそうに一言「悪い」と謝罪した。
「まあ、男だしな、平気だよ。ジゼルが傷つくよりマシ」
 笑いながら「痛いの嫌いだけど」と付け足して言う壮太の頭を、アレクはくしゃりと撫でる。
「聞き分けのいい弟がいて良かっただろ?」
「全くだ、妹もそうだと良いんだけどな」



 進み始めた一行を見守りつつフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は自らの考えをベルクへと向けてみた。
「ジゼルさんが元気になり私嬉しいですが……あの妹君が居る限り油断出来ませぬ。
 しかしマスター、アレックスさんのご様子に違和感ありませぬか?」
 彼女の質問――というより疑問に対し、ベルクは腕を組んで考え込んでいる。
 フレンディスの持つ漠然とした違和感は、彼女が一度アレクと死闘を繰り広げた事から生まれていた。
 あの時、搗ち合う刃にから感じた『狂気』。あれ程の狂気を抱えた元凶である妹と再会した割に、アレクの反応は冷静すぎるとフレンディスは思うのだ。
 考え込む彼女に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の肩を抱きデートのように見せて歩くベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は、義妹を優しく諭すような口調で話し始める。
「私とアレクは似ている部分があるかもしれないと――、今の彼の状況を重ねて考えてみたのだが。
 もし私の実弟が生きていたら、勿論嬉しい気持ちはある。
 だがその実の弟がグラキエスを排除しようとすれば、私は実の弟であろうとそれを許さないであろうな。
 ――どうしても、グラキエスが愛しいのだ。
 だからアレクが今、妹ミリツァの側にいるのは、ジゼルを守る為なのではないだろうか……」
「そういう事なら彼が冷静なのも頷ける」
 グラキエスはそう義兄の考えに補足した。その言葉に、フレンディスはまたも考え込み始める。
「――いずれに致しましても私はジゼルさん護衛に励みます故、アカリさんをお願い致します」
 こうやってジゼルの事で一喜一憂するフレンディス、同じ未来人としてかターニャに協力するウルディカ。
(彼らに助けられている分、俺も彼らを助けたい)
 特殊な生い立ち故に――そして絶望と苦痛から逃れられないまま記憶を失った『グラキエス』。
 今の記憶を失くしたグラキエスには色々な部分がジゼルと重なって見えている。だからこそグラキエスはジゼルを幸せにしたいとも思うのだ。
 彼に付き従う巨大な狼が主の命令で影の様に横に現れたのに気がついて、ジゼルは微笑む視線をグラキエスに送っていた。



「私が目を光らせているから、佳奈子はジゼルと話でもしていたら?」
 笑いながら言った通りにパートナーの布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が動いたので、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は少々面食らいつつも苦笑してそれを見守っていた。
 彼女たちはジゼルの同級生だ。学園での生活については旧知とも言えるが、一歩外へ出てしまえば知らない事だらけ。佳奈子はジゼルに兄(らしき人)が居る事すら知らなかったのだ。
「ジゼルちゃんって、妹キャラなの? 学園で話してるときから天然キャラだって言うのはよく分かってたけど……」
 明け透けだが不快では無い佳奈子の言葉に、ジゼルは頭上の兎耳を両手で抑えて小首を傾げる。キアラに担ぎ上げられる様にしてああ宣言してみたものの、妹キャラかどうかと問われれば自分では良く分からない。
「えーっとね、私末っ子なの。姉様が七人居たわ。それにクロー……『一族』の皆の中でも一番年下だったから、少なくともお姉さん扱いされた事は無かったわね」
「へぇ、私って兄弟がいないから、何だかうらやましいな」
 姉が七人――で、今問題として上がっているのか何故兄なのか佳奈子には良く分からないが、何となくで好意的に受けて止める。ジゼルに対する信頼と、彼女の根っからの明るい性格もあるのだろう。
「お兄さんが大好きなんだね」
 そう言った時のジゼルの反応に佳奈子はどことなく引っかかるものを感じていたが、互いに微笑んでその場を流し、同級生と楽しくお喋りを続ける。
 エレノアはその様子を、少し離れた位置で見守っている。エレノアは佳奈子と違って『ガールズトーク』と言われるものが苦手だった。
 それでも楽しげに話す二人も見守っているのはエレノアの気持ちをほっこりと暖かくさせてくれる。
(佳奈子もジゼルも楽しそう。この状態だとまるで事件らしきものが起こってるとは思えないわ。
 ……そもそもこの作戦、悪意の欠片が全く感じられないのは何故かしらね)
 一人笑って、エレノアは『警戒』と言いながら優しく見守るという行動を続けていた。



「動きやがったぞ、てめー! このー」
 八雲 尊(やぐも・たける)の声に、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)天禰 薫(あまね・かおる)が小走りに集団を追いかける。
「タイミングを計れとは言われたが……、一体どのタイミングを見ればいいんだろうな」
 密偵から集めた情報に目を通しながらふうと息を吐く孝高に、尊は考えを口にする。
「確かにあんなに集団でごちゃごちゃ動いてたら、それなりに隙っつーかこれっつー瞬間がくるかもな。俺も殺気看破でも使って様子を見るかな……。
 このちっちゃいナリなら、怪しい奴らにも見えにくい筈……って誰がちびだ! てめー! このー!」
 一人ボケ突っ込みを初めた尊の口を後ろから塞いで、薫首を振る。今この場で大声を出せば、薫たちが集団について行っている事がバレてしまう。
 ジゼルの護衛についている何人かはもう『向こう側』に認識されているかもしれないが、トーヴァたちの洗脳を解こうとしている自分達は本気の隠密行動が必要だ。
「兎に角我達はアレクさんを信じるしかないのだ。我はアレクさんを信じてるのだ!」
 薫の表情を見て考高と尊は同時に頷くのだった。