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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

リアクション

 人の多い街の中で、及川 翠(おいかわ・みどり)がその後ろ姿を見つけたのは本当に偶然だった。
「アレクお兄ちゃんがいるの」
 その声に一番に反応したのは、アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)だ。
「えっ、アレクおにーちゃん?」と、そう言う彼女の目はきらきらと輝いている。迷子の達人である彼女はアレクに何度か助けられて以来彼の妹の一人に入れられていたのだが、アリス本人もアレクに結構懐いていたらしい。
 不本意ながらツンデレ枠に入れられたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、些か冷めた表情だ。
「あ、本当シスコンさんとその妹さんが居るわね……。正直あんまり良い予感はしないけど……」
 一人アレクと面識の無いサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)は、噂の本人を見てみようと小さい身体でぴょこぴょこ跳ねている。その動きでアレクも彼女達に気づいたようだ。
 振り向いた瞬間、翠とアリスはもう走り出していた。
「翠もアリスも待ちなさーいっ!」
 追いかけてくるミリアを目の端で確認しながら、アレクは翠とアリスを両腕で抱き上げる。こうしなければ翠は暴走して何処かへ飛んでいくかもしれないし、アリスは勢い余って迷子になるかもしれないからだ。
「うん、お前達の行動が読めてきた。
 アリスが迷子になるか、翠が暴走するか……取り敢えず巻き込まれるのはミリアで…………そっちの小さいのは見た事ない顔だな」
「初めまして!」
 ぺこりと愛らしく頭を下げたサリアに、アレクは挨拶を交わしている。何時もより丁寧な対応と柔らかい物腰に、ロリコン疑惑が更に深まっていた。
「おにーちゃん、どうしてこんなとこにいるの?」
「んー? 俺も良く分からないな」
 薄く笑ってアレクは顔は翠の方を向いたまま、視線だけ隣のジゼルへ送った。
 お前なら知ってるだろうという脅しのようなそれに、ジゼルの身体は小動物のようにプルプル震え出す。 
「ジゼルさん?」
「えっとそれはね………………う…………うひひ」
「うひひ?」
 そんな風に子供相手ですら上手く嘘をつけない彼女を見て苦笑混じりの溜め息をつきながら、壮太はふとミリツァが妙に大人しい事に気づく。
「アレクおにーちゃんの妹。また増えたけどいいの? ムカついてない?」
「不愉快よッ!」
 壮太へ当たり散らす様にキッと睨みつけながらミリツァは言う。しかしその後に続くのは自信の炎が一気に消火してしまったかのような小さな声と俯いた顔だった。
「でも……私だって、あんな小さな子攻めたり叩いたり出来ないわ……」
「……へえ……」
 壮太の感心した声に、ミリツァはふんっと鼻をならしてそっぽを向いてしまう。アレクと対のピアスのついた耳が密かに赤くなっているのに気づいたが、壮太には何となく彼女の気持ちが分かってきたから、それを指摘するのはやめておいた。

* * *

「――って言ったからってもっと増えていいとは言ってないわ!!」
 激昂するミリツァにやっぱり当たられて、壮太は首を指で掻いているものの彼女の言葉に納得してしまう。
 確かにミリツァの言う通りだ。
「ジゼルさんこんにちはー!」と、笑顔でやってきたのは、今日も迷子だった川村 玲亜(かわむら・れあ)に憑いている川村 玲亜(かわむら・れあ)だった。片方の玲亜とは違いしっかりものの彼女は、迷子になる前の場所まで戻ろうとしていた所だったと言う。
「買い物に着てたんだけど、またいつもと一緒で玲亜ちゃんが迷子になっちゃったの。
 でもこれ以上玲亜ちゃんに任せても迷子が酷くなるだけだから、今日は私が変わってたの」
 そんな説明にジゼルが合図値を打っていたときだった。
「玲亜ー!」
 名を呼ぶ声に二人の玲亜が反応する。川村 詩亜(かわむら・しあ)がこちらへ走ってやってくるのが見えた。
「もうっ! 勝手に行動しちゃ駄目って何時も言ってるでしょう?」
 詩亜のお説教に玲亜の中で玲亜が悪戯っぽく笑ったのが聞こえてくるようだった。
 故意ではないのだが、詩亜からすれば全く容赦のない迷子率だ。
「取り敢えず発信器のお陰ですぐ見つかって良かったわ。
 ……ジゼルさんたちに迷惑かけてないわよね?」
 疑うような眼差しに、二人の玲亜はぷうっと頬を膨らませる。
「挨拶してただけだもんっ」
「さっき会ったばかりよ」とフォローを入れるジゼルに、詩亜は合点が言った顔で頷いてジゼルの周囲を見回した。
 友達同士で遊びにきているのだろうか。
 そんな風に立ち止まっていた為、一行の一人が詩亜と話すジゼルへ振り向いた。
 口に出して何か言った訳ではないのに、「うん」と返すジゼルに詩亜は少し考えて直ぐに納得した。こういう以心伝心には自分も覚えが有る。
「あの人、ジゼルさんのパートナーなの?」
 極めて世間話的な質問なのにジゼルが少しはにかんだ笑顔で返事するのに、詩亜と玲亜は顔を見合わせる。
 彼女達の好奇心に火がついのだ。

 こうして更に増えていく一行に、機嫌を悪くしているのはミリツァだけではなかった。
「デートでハニートラップ大作戦の筈が……とんだ観光ツアーに!! これどう立て直したらいいの!?」
 一行の見える通り向かいのカフェで、キアラは珍しい事に綺麗にセットされていた赤い髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いてメモにペンを走らせていた。

* * *

「なんか面白そうな状態に……。
 しかしうちの兎連れてこなくてよかった、アレクさん見たら間違いなく後ろから狙撃とか嫌がらせしそうだし」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は物陰から一行の背中へ向けて、そんな風に呟いた。
 丁度それを見つけたのは、空京の街でニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)藍華 信(あいか・しん)と買い物をしていた最中だった。
 頭一つ抜けたアレクの周りに何人かの女の子たち(一人は男だったが)が歩いている。今アレクと手を繋いでいるブルネットはアレクの血縁の妹だったろうか。以前誰かに『彼から一等大事にされている妹はプラチナブロンド』の方だと聞いていたのに。
「しかし、二股かねぇ……いやはや」
 前を行くミリツァは兄の手を引いてズンズンと進み、ジゼルは集団の後ろを時々他の少女と言葉を交わしながら進んでいる。ミリツァとジゼル、――姉妹と言って良いのだろうか――彼女たちは余り仲が良いよいには思えなかった。
「うちの二人は仲良しで良かったわー、うん」
 口をついて出た言葉に、ハイコドのパートナーの姉妹獣人の姉の方、ニーナが身を乗り出して一行を見る。
 そしてニーナは考えた。あのブルネットとプラチナブロンドはもしかして今、あのブルネットの青年の取り合いをしているのでは? と。何故少女たちが何人もいる光景を見て、そう頭が働いたのかは分からないが、その辺はニーナの女性特有の勘のようなものかもしれない。邪推とも言うが――。
「ふむ、アレは見事な修羅場ね。ねぇ信くんパラミタってこういうの多いのかな?」
「ニーナさん、パラミタ全てのカップルや夫婦が修羅場ってたら間違いなく阿鼻叫喚ですって」
 ニーナに話を振られて信は苦笑するが、頭の中はこう思っていた。
(ハイコドとニーナさんって絶対一線超えたらそのまま真っ逆さまいけるよなぁ)
 信にとってすれば、ハイコドたちの関係を愉しんで見る余裕はあったのだ。
「あの子こういうの好きそうだから来ればよかったのに」
 自分の奔放な妹を思い浮かべているニーナに、信はふむふむと頷いている。
「むー、もしアレが平和的に解決すれば妹女房かける2。
 で、こっちの狼がうまくいけば姉さん女房かける2。
 なんだろうな、すっごい面白そう」
 信が嬉々として話す内容を耳に、ニーナは考え込む。  
「普通は一人の好きな人を巡って争ったりするよね……
 ねぇハコくん、私達ってやっぱりおかしいのかな?
 姉妹が一人の男子と結婚するって」
「ニーナ、その話は後回しにしてくれ。
 今悩んだりしたくない、あとでじっくりゆっくり話そう」
 縋る様に見上げてきたニーナを振り払って、ハイコドが提案したのは、アレク達を遠くから撮影するというものだった。
「勝負みたいだし少し離れて審判みたいな感じでやってみますかね。勝負終わった所で映像を渡してみよう」
 と、そんな無茶な提案だったが、ニーナは乗り気だ。
「じゃあ私はフラワシで様子をスケッチするわ」
 こうして建物の陰やセンサーの死角に入り身を隠す技術を駆使するハイコドとニーナに続いて、コートの効果で気配を消しながら信は二人について行く。暇なので、たまに怪しい人物にパチンコで嫌がらせをするというしょうもないことを行いながらだった。

 こんな調子で一行をつけていたハイコド達。撮影を始めて十分くらい経った頃だろうか――。
「うー……今の所優勢なのはどっちかしらね。やっぱり手を繋いでべったりだし黒髪の方?」
 出来上がったページをぱらぱらと捲るニーナのスケッチブックを、ハイコドと信が覗き込んでいた時だった。落ち着かない程大きな足音を立てて、誰かが近付いてくる。
「なんだ?」
 前を見ようと正面へ向けたハイコドの顔が、突如横に殴りつけられた。
 ハイコドが目の前で錐揉みしながら吹っ飛んでいくのを見て、ただただ目を丸くするニーナと信。
 彼等が次に見たのは、大槌を今まさに振りました!というポーズで立っている翠だった。
「変態さんは、駄目なのーっ!」
 口を限界まで開いた翠の主張に戸惑う間もなく、パンでもドンでも無い独特の音が弾ける。リロード不要の光りを纏った弾が、続けざまにニーナと信を撃抜いた。
 倒れゆく二人の目に映ったのは、うち倒した敵の様子を見る為に、小さな脚で小走りにこちらにやってくる少女――サリアの姿だった。彼女の後ろを追いかけるアリスは、内股で歩みを進めながらも戸惑いをそのまま顔に張り付けた表情だ。
「えと、んと……私はどうしたら……。
 とりあえずおにーちゃんが言ってた通りに、えーいっ!」
 訳も分からないままアリスが振り下ろした指先。その命令に従って空から雷がハイコドたちへと落ちた。
(なんなんだこれ!?)
 立ち上がる事も出来ないまま三人の少女に見下ろされていると、彼女たちの後ろから幾分勿体ぶった拍手の音がハイコドの狼の耳響いてくる。
「Incredible!(すげえ)」
 と、褒め言葉を口にしながらやってきたのは、ミリアを連れたアレクだった。
「皆ちょっとやり過ぎ」
「いいんだよミリア。相手は女性を――否、俺の可愛い妹達を盗撮する犯罪者だぞ?
 この程度じゃむしろ足りないくらいだ」
 あきれ顔のミリアにアレクは薄い笑顔で言ってのける。
 かつて深刻なストーカー被害に遭っていたアレクからすれば、大切な弟妹達の姿を許可も無く撮影する輩に打撃と銃撃と雷ぐらいの制裁では甚だ不十分だった。
 ――腕と足をもぎ取って反対側に付けてはどうだろう、と穏やかに考えながら、当惑したままのハイコドたちを無視してアレクはサリアの前に膝をつく。
「サリア、敵を最後までやったか確認出来ていない状態で近付いてはいけないよ。
 アリスの雷術がなければ敵が起き上がってお前を攻撃していたかもしれないだろう?」
「わかったお兄ちゃん、次からは気をつけるね」
「翠の大槌の攻撃力は高いが、撹乱目的でない場合はサリアの遠距離攻撃を待ってからにしたほうがいい。
 お前のすぐ飛び出して敵をぶん殴ってしまうところはとても愛らしいが、先鋒は常に危険がつきまとうからな」
「うん!」
 素直に頷く妹たちを「いい子だ」と褒めてアレクはこの上無く優しく微笑んだ。このお兄ちゃんは今までこうやって、現代ではマオウロリータを、平行世界ではミリタリーガールを男手一つで育て上げてきたのだろう。
「さて……、証拠品の方はどうだ?」
 柔らかい表情を一瞬で消して、アレクは立ち上がりミリアを見る。ミリアはハイコド達が落としたビデオカメラとスケッチブックを押収し、まず先にビデオカメラを確認していたようだ。
「まだ最初のちょっとしか見れてないけど、主にシスコンさんが映ってるわ」
 ミリアに渡されたカメラの映像を確認してアレクはパチパチと瞬きを繰り返した。
「……妹達を撮影していたんじゃないのか」
 予想とは違う映像にアレクは首を捻る。アレクが考えて居た可能性はこうだったのだ。
 その1、目の前に現れた瞬間からチェックしていたポシェットの紐が食い込んで(専門用語でパイスラッシュの事だ)いるジゼルの魅惑的過ぎる胸の谷間。
 その2、個人的には全く興味が持てないがミリツァのスカートから覗く下着。確か今日は黄色と白の水玉模様。
 その3、天使が戯れるように愛らしい翠らロリータ少女たち。ただしこの場合、ペドフィリアの持つ特殊性癖を理解しないアレクでは、何処を撮影しているかは分からない。
 その4、これは大穴だったが、アレクからしたら弟可愛い壮太の――恐らく臀部かなんかそういう所。
 以上のどれかを盗撮ポルノ的な目的で撮影しているのかと思われたカメラの中に残ったこの目的不明の映像には意表をつかれた。自分が映っている等とは露とも考えていなかったのだ。
 複雑な気分で映像の確認を続けていると、撮影対象が自分以外にジゼルとミリツァも含まれている事が判明し多少の安堵と、無許可で妹達を撮影していた事にイラつきは覚えたが……しかし三人を撮影してこの狼耳達はどうするつもりだったのだろうか。
 アレクの視線に、ハイコドは痛みの残る身体で怠そうに口を開く。
「いやいやー、あとでそれ、アレクさんに渡そうと思っててさー」
「なんで?」
「妹二人で二股してるみたいだから勝負の行方っつーか……」
 ハイコドの言葉にアレクは眉を顰め、それから逡巡して矢張り答えが出ずにミリアを見るが、彼女もまた「わからないわ」と首を横に振る。
「...Creepy(キモい)」
 正体不明の悪寒をそう評価してアレクは手の中のビデオを炎でドロドロに溶かす――というより消し炭にして、スケッチブックも同様に灰にしてしまう。
「二股ってなんだ? 妹二人でって……ジゼルとミリツァ二人に俺が手を出しているとでも?
 あんたの言う事がさっぱり分からない。そもそもミリツァは俺と――」
 細めていた視界の隅にハイコドに撓垂れるニーナの姿をとめて、アレクは言葉を止めて息を吐いた。
 やっと理解が追いついたのだ。
 ハイコドには妻が居た筈だ。彼女は確か子供を産んだばかりで、ハイコドが行方不明の間大層心配していたのに――。『これ』は彼女も知っている事なのだろうか。
(...Serious?
 It’s not’Creepy’but’Disgusting’...
(……マジかよ……これ『キモい』じゃなくて『吐き気がする』の方だった……)
「教育に悪い。翠、アリス、ミリア、サリア、今すぐ戻ろう」
 吐き捨てる様にそう言って、アレクは妹たちの背中を押す様にしながら、早足でミリツァとジゼルらの待つ場所へと戻って行った。