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迷宮図書館グランダル

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迷宮図書館グランダル

リアクション


迷宮図書館グランダル 1

 シェミーを救出すべくコニレットとともに――。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は迷宮図書館グランダルへ降り立った。
「うわぁ……すごぉい……」
 美羽はグランダルの全貌を見て驚きの声をあげた。
 そこはまるで生きて動いている街そのものだった。空は昏く、美羽たちは大通りの真ん中に降り立ったのだが、誰も気にした様子はなかったが。ともに降り立った榊 朝斗(さかき・あさと)九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)たちも、驚きを隠せなかった。
 通路の左右はそのほとんどが本棚になっていて、通りに面したベンチや庭に、壁の本棚から持ってきた本を読んでいる人たちの姿がちらほらと見えた。一見すると普通のようで、普通じゃない感覚が辺りに広がってる。暗闇の空と地上との間に、浮遊する本棚までもがいくつも浮いているにもかかわらず、街の人たちは誰もそれを不思議がることはなかった。
「なんだか変な感覚だね」
 朝斗が言う。コニレットもうなずいた。
「けど、街の人たちは特にこちらを敵視してるわけではなさそうです。ちょっとお話を聞いてみますか?」
「ええ、そうしましょう」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が同意して、コニレットたちはさっそく動きだした。
 街の人たちに話を訊くのは簡単だった。これだけ不思議な街にもかかわらず、人々は現実の街で暮らす人間たちとさほど変わることがなく、世間話でもするみたいにコニレットたちの話を聞いてくれたからだ。
 質問をすれば、答えを返してくれる。もちろん会話というからには、答えられない質問もたくさんあったのだが、別に答えをはぐらかしているというわけではなさそうだった。本当に知らないのだということは、ありありと分かった。
 ただ、あまりにも大々的に聞き回りすぎたかもしれない。
 最初こそ親切だった街の人々は、少しずつコニレットたちを怪しむようになってきた。
 ひそひそと会話を交わし、なにやら遠巻きに見てくる人たちもいる。これはまずいことになってきたと、真っ先に朝斗が気づいた。
「少し事を急ぎすぎたかもしれないね」
「待って! あれを……!」
 叫んだコハクが指し示したのは、通りの向こうからやって来る一風変わった人々だった。
 ゆったりとした白い衣服に身を包むその者たちは、朝斗たちの姿を見つけるとハッとなった。なにやら仲間を呼ぶ仕草をする。
「まずいっ……」
 朝斗はすぐに気づいた。
 それは〈司書〉と呼ばれる集団だった。
 この街で警察のような役割を担っている者たちで、なにか不審なことがあるとすぐに駆けつけるのだ。
 きっと、誰か街の人が呼んだに違いない。数名の〈司書〉たちは朝斗たちを不審者だと見なして、追いかけてきた。
「逃げるんだ!」
 朝斗が言って、コニレットたちはすぐに逃げ出した。
 街にやって来て早々、捕まるわけにはいかなかった。大通りから路地裏に回って、狭い裏通りをひた走る。
「待てーっ! 逃がすな!」
「怪しい奴らめ! いったいどこから入ってきた!」
 〈司書〉たちの怒声が聞こえてきた。
 相手はすっかりこちらを敵だと見なしているようだ。いまさら誤魔化しは効かないだろう。
「ううぅー……いきなりこんな大ピンチだなんて、こんなのないですよぉ〜!」
「いいから走って! 捕まったらピンチどころじゃないわよ!」
 涙を流しながら走るコニレットに、ルシェンが発破をかける。
「にゃーにゃー!」
 コニレットの肩に掴まるちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)も、そうだそうだというように鳴いた。
 と、そのときだった――。
「こっち! こちらです!」
 袋小路に差しかかったところで、路地の影から呼びかける女性の声がした。
「えっ……!?」
 思わず驚いた朝斗だが、声はどうやら味方らしい。
 ぬっと影から手が飛び出てきて、朝斗たちを影に引っぱり込んだ。
「うわぁっ!?」
 引きずりこまれた朝斗たちは、そこが裏通りに面した家だとようやく気づいた。
 遅れて、〈司書〉たちがやって来る。
「女! ここで怪しい者たちを見なかったか!」
 〈司書〉は詰問するような鋭い声で女性に問いただした。
「……いえ? 見ていませんが……?」
 朝斗たちを家の中に引っぱり込んだ女性はすっとぼけた。
 見事な演技力と言える。本棚の埃を雑巾で拭き取りながら、いましがたまさに騒動に気づいたというような顔をしていた。
 〈司書〉たちは怪訝そうに眉をひそめた。女性の後ろにある妙に膨らんだ毛布に目を向ける。
「そいつは?」
 〈司書〉が問いただすのを聞いて、毛布の中に隠れている朝斗たちはぎくっとした。
 が――。
「ああ、これですか?」
 女性はまったく動じる素振りを見せずに言った。
「ちょっとペットのミーちゃんがおしっこしてしまいまして……。すっかり汚れたんで洗濯しようかと思っていたところなんですよ。なんだったら、嗅いでみます?」
 女性は毛布を手に取ろうと動きだす。
 顔をしかめた〈司書〉は慌てて言った。
「い、いやっ! 遠慮しておく! わざわざ猫の尿を嗅ぐ必要などどこにあるか!」
「そうですか?」
 とぼけた顔をする女性。〈司書〉たちはこそこそと話し合いをして、やがて身を翻した。
「世話をかけたな。どうやら近くで不審者がうろついているらしい。そなたも気をつけよ」
「ええ、わかりました。わざわざありがとうございます」
 立ち去ってゆく〈司書〉たちに、女性は深々と頭をさげた。
 やがてその足音がすっかり遠くなった頃を見計らって――。
「ぶはぁっ! 息が止まるかと思ったぁ!」
 美羽たちが毛布から顔を出した。
 女性はくすくす笑っている。全員が毛布から抜けだしたところで、ルシェンが言った。
「どうもありがとう、身を隠させてくれて。おかげで助かったわ」
 女性はほほ笑んだ。
「いえ……。どうやらお困りのようでしたから」
「あなたは……?」
 朝斗が疑問を感じて口を開いた。
「街の人たちみたいに、僕らを捕まえようとは思わないんですか?」
 女性は首を振った。
「ここでは誰も彼もが、ジアンニ伯爵の言いなりというわけではございませんわ。あなた方のような外の住人のように、長い間ここに囚われ、伯爵に疑問を抱いている者もたくさんいるのです」
「あなたも、その一人……?」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が親しみを込めてたずねる。女性はうなずいた。
「わたしの他にも、この街には少なからずそうした魂が身を潜めていますが……。表立って伯爵に抵抗することはありません。この街は伯爵の創りだした街。いつどこで、消えてしまってもおかしくないのですから」
「なるほど、そういうことか……」
 朝斗は納得がいったとばかりにうなずいた。
「この街は伯爵自身の知識の記憶のようなものなのね」
 アイビスも感慨を込めて言う。
 そう。結局は幻――。街は伯爵自身であり、伯爵もまた街そのものだ。グランダルに囚われた魂たちの中には、長い年月の末にそうした事実に気づきつつある者もいるようだった。
「にゃ〜……」
 コニレットの肩に乗るあさにゃんが、哀しそうに鳴く。
 同情を覚えたその視線に、女性はにこっとほほ笑んだ。
「私たちのことはお気になさらないでください。……それよりも、あなた方は新しく囚われた魂を助けに来たのでしょう?」
「知ってるの……!?」
 ローズが驚いた。女性は険しい顔つきでうなずいた。
「ええ。恐らくは……あの時計塔の一番上にいるんじゃないかと……」
「時計塔?」
 冬月 学人(ふゆつき・がくと)が言って、窓から外を見つめた。
 建物の影に隠れてしまってはいるが、街の中心には巨大な塔がある。それはこのグランダルを見下ろすように建てられた時計塔で、一時間ごとに時の知らせを告げる鐘の音がなるように造られていた。その塔の一部が街並から突き出て見える。
 尖塔が……空に向かって聳えていた。
「あそこには特に貴重な本が管理されているから。きっと、伯爵が連れてきた人を捕らえておくなら、それが一番いい方法だわ……」
「え? それって、どういう……?」
 女性の言い回しに違和感を覚え、朝斗が訊き返そうとする。
 だけど、その前に――。
「見つけたぞ! やはりあそこだ!」
 疑惑を拭いきれずに戻ってきた〈司書〉たちが、朝斗たちを見つけた。
「まずい……! このままじゃ捕まるよ!」
 学人は危険を察して叫ぶ。
「早く! こちらです!」
 焦る彼らに、女性が部屋の奥へと案内してみせた。
 そこには暖炉があって、下に石畳が敷かれていた。石畳は、女性が壁にある銀燭台を下に引っぱると、重々しい音を立てて横にずれる。現れたのは、人ひとり分がかろうじて入れるようなうす暗い地下通路だった。
「ここを通れば、時計塔の近くまで出るはずです。この蝋燭を持っていって」
 女性からコニレットが蝋燭を受けとる。朝斗は戸惑いながらもたずねた。
「あなたはっ……」
「私にはここにいる役目があります。普段と違う場所まで赴いたら……伯爵に気づかれてしまいますので」
 女性はなんとか朝斗たちを安心させるように、笑みを浮かべる。
「さ、早く! 急いで!」
「ごめんなさい。このお礼は必ず……!」
 アイビスが最後にそう言い残した。
 そして、地下通路へと彼女たちが姿を消したそのしばらく後に――。
 ガタンッ!
 〈司書〉たちが女性の家へと踏みこんできた。
 が、そこにはすでに朝斗たちの姿はない。代わりに女性が、テーブルに座ってお茶を淹れているところだった。
「これは……」
 〈司書〉たちは自分たちの見間違いとも信じられず、呻く。
「あら…………お茶でもいかがですか?」
 女性はにこやかにほほ笑んで、〈司書〉たちにそう言った。