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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

「わぁ、凄い人! 今日はここでみんな歌うの?」
「はい、そうですよー。陽菜都さんは歌は好きですか?」
「うん、歌うのも演じるのも好き! 機会があったらこんなステージで、思いっきり歌ってみたいな!」

 豊美ちゃんに連れて来られる形で東カナンにやって来た{SNM9998629#遠山 陽菜都}が、ステージの袖から大勢の観客を目の当たりにしながら、自分がステージに立つ瞬間を想像する。
「豊美さん、交渉お疲れさまです。陽菜都さん、ようこそ」
 背後からの声に豊美ちゃんと陽菜都が振り向いて、二人してわぁ、と驚きの声を上げる。そこには白いくたびれたクマ――もとい、クマの着ぐるみを着たリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が居た。
「あ、そうでした。陽菜都さんは男性が苦手なんでしたよね」
「うん……近付かれるとついこう、手が出ちゃって。克服したいって思ってるんだけどね。
 あ、でも今は豊美ちゃんが居るから、顔くらいなら出しても大丈夫だと思うよ」
「良かった、それは嬉しいです。正直着ぐるみというのは暑くて、倒れてしまいそうでしたから」
 頭の部分を取って、リュートが顔に浮かんだ汗を拭う。願わくば身体も脱ぎたい所だったが、まずは一歩前進ということにしておいた。
「今日、陽菜都さんをこちらに招待したのは、一つは陽菜都さんは音楽に興味がある方なので、純粋に音楽の世界を感じて頂けるのではという点。
 もう一つは、機会があればですが、花音とユニットを組む企画を、考えているのです」
「へ? 花音さんと、私が? ユニット?」
 リュートの話を聞いて、陽菜都が自分を指して目をパチパチさせる。肯定否定の前に、それを決める判断すら出来ないといった様子であった。
「まあ、あくまで希望ですので。是非一部始終を見ていって、それから決めていただければと思います。
 ……ウィンダムさん、後はお願いします。僕はそろそろ花音の所に」
 リュートが振り返り、背後に居たウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)にバトンタッチして、ぶつかりそうになりながら赤城 花音(あかぎ・かのん)の元へ向かう。
「リュート兄、大丈夫かしら? やっぱり着ぐるみが暑かったのね。
 あ、私とははじめまして、よね。ウィンダムよ。ウィン、って呼んでもらえると嬉しいな」
「遠山陽菜都です。分かった、じゃあウィン、って呼ばせてもらうね」
 互いに自己紹介を済ませた陽菜都とウィンダムが、豊美ちゃんと別れてリュートを追う形で楽屋へと向かう。
「花音さんって、自分で歌詞を書いて曲を作ってるんですか!? それは凄いです!」
「正確には、花音が歌詞を書いて、リュート兄が曲を作ってるんだけどね。
 まあ、色々と大変みたいよ。花音もそうだし、リュート兄も、ね」
 話しながら、ウィンダムはリュートが今回陽菜都を招待した経緯を想像する。多分リュート兄は今の活動に行き詰まりのようなものを感じていて、打開策の一つとして陽菜都とのユニットを検討したのでは無いだろうか、そう察する。
「リュート兄の話だけど、あまり難しく考えなくていいからね。
 陽菜都ちゃんがやりたいって思ったら、私達は心から歓迎するわ。……さ、着いたわよ」
 話を締めくくって、ウィンダムは扉を開ける。中ではリュートと申 公豹(しん・こうひょう)が居て、リュートは各方面に指示を送っており、公豹は一仕事やり終えたといった様子でくつろいでいた。
「あれ、花音はもう行っちゃいました?」
「ええ、今しがた。「陽菜都ちゃんに聞いてもらうんだー」って張り切ってましたよ」
「あらら。気持ちは分かるけど、一言挨拶してからにすればいいのに。
 ごめんね、陽菜都ちゃん。それじゃステージの方に行こっか」
「そうだね。……あ、そういえばさっきチラッと見たけど、バックバンドも凄かった〜。
 録音じゃなくて生音源使うんだなーってビックリしたよ」
「あぁ、『楽団アルテミス』の事ですか。
 楽団アルテミスは童……リュートが個別に契約を結んだ、私設の楽団です。
 リュートが生演奏に拘るのは姫……花音の夢を叶える部分が大きいです。花音には憧れ……目指すアーティストが居ますからね」
「へぇ〜、そうだったんだ〜。
 なんか、いいな、そういうの。憧れとか夢とか、目指す道があるとか、そういうのって夢がある感じ!」
 陽菜都が感想を口にする。花音とリュートの音楽に対する姿勢を知って、陽菜都も考えてみようかな、という気になったようである。
「あっ、そろそろ花音のステージが始まるわ。急ぎましょ、陽菜都ちゃん」
「うん! あの、わざわざありがとうございました!」
 ぺこり、と頭を下げ、ウィンダムに連れられて陽菜都が花音のステージを見るべく向かう。

「カナンの皆様! こんにちは♪」
 紹介を受け、花音がマイクを通して声を響かせる。花音もこのイベントの裏側で陰謀が動いている事はなんとなく分かっていたが、豊美ちゃんや馬宿、他事件解決に当たっている人たちを信じ、自分は自分の仕事を全うしよう、という意思に切り替わっていた。

「歌う前に一言……。
 ボク、赤城花音は、魔法少女無限大! に加えて、歌の希望は永遠に! ……を、掲げるね♪
 人の生涯は限りあるけど、時代、世代を超えて、未来へ残せる歌がある! ……そう想える事に、夢や希望を感じないかな?」

 花音の言葉は、歌をよく知らない者にとっては疑問符が浮かぶものだろう。ここにいる観客も彼女の言う事を理解出来ているかといえば、決して多くない。
 だから花音は、これ以上は『言葉』を口にしない。ここからは『歌』が全てを語ってくれる、そう信じて。

「それじゃ、曲は『アルテミスの祝福』!
 楽団アルテミスの生演奏に乗せて! 行くよぉ〜♪」

 花音が背後のバンドメンバーに目配せすれば、それぞれ楽器を持った者たちが演奏を始める。流れる演奏に会場がほどよく温まった所で、花音が歌声を響かせる。

 月の照らすロマンス 今、この瞬間のときめき
 誰にも止められない鼓動 抱えた不安が溶けてゆく
 君が隣に居る喜び 僕と描く未来地図
 共に歩く世界を旅する 透き通る恋物語へ

 確かな絆 感じる想い
 挫けそうな心 突き動かす希望

 アルテミスの祝福 二人見上げる夜空
 運命の出逢い 乗り越えた無数の冒険
 優しさに包まれて 永遠の愛を誓う刻
 輝く明日へ手を伸ばして 見付けた真実の光


「……どう思う? 率直な感想でいいわ」
 大歓声に包まれるステージを目の当たりにして、ウィンダムに尋ねられた陽菜都は身体が微かに震えるのを感じながら、答える。
「なんか、凄い! 歌にこれだけのパワーがあるなんて、知らなかったよ。
 私もこんな力を、出すことが出来るのかな?」
「出来ると思うわ。歌うのは誰にだって出来る事、そこにどれだけの思いを込められるか、私はそう思ってる。
 陽菜都ちゃんも、男性をあれだけ吹き飛ばせるんだから、その力を歌に込めれば凄い歌が出来るわよ」
「ウィン、それ茶化してるでしょ〜!」
「フフッ、バレた?」
 笑い合うウィンダムと陽菜都。彼女にとって今日のイベントは、一つのきっかけになったようであった。