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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は常々、教導団将校という立場上そうそう他国の内情に踏み込むべきではない、と考えていた。
 今回もまた、他国軍人としてこの国の中枢である城の内部に気軽に出入りするわけにもいかないだろう、と。
 だから東カナンの秘宝と言われるグレムダス贋視鏡が盗難にあった現場をサイコメトリしたいという考えはあったが、宝物庫は居城でもさらに出入りできる者が厳選される奥宮に位置するため、ここはぐっと我慢するしかなかった。
「でも、まだやりようはあるものね!」
 ルカルカはめげることなく、次の手段に移った。
 東カナン領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)から見せてもらった犯人ヤウズ・ギュルセルの絵姿を頭のなかへたたき込み、ソートグラフィーを使ってノートパソコン内へ念写、身体的特徴を記載したデータとともにプリントアウトしたのだ。
「はい、これを使って」
 出力した数十枚のヤウズの手配書を出発前のセテカに手渡す。
「ありがとう。助かるよ」
「ううん。困ったときはお互いさまよ」
 そしてやはり数十枚の手配書を手に、ルカルカはバァルとともにバザールへ向かったのだった。
 バザールはすでにさまざまな人でごった返しており、その半分くらいは他国人に見えた。バァルやルカルカ、それにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はほかの者たちとの合流場所である小広場と本道をつなぐ小さめの橋の上に立って、流れる人波をそれとなく観察する。
「結構いるのね」
「ここはアガデでも有名な観光地の1つだからな。バザールはここのほかにも数か所あるが、ここが一番大きくて立派だ。2年前にシャンバラと国交が始まってから、さらに他国人が増えた。普段からも観光客でにぎわっているが、今日は特に例のイベントがあるせいで、シャンバラ人が多い」
「つまり、米軍や『組織』の者たちが数十名単位でまぎれ込んでいたとしても、目立たないっていうことね」
「そういうことになる」
 ルカルカはそっと嘆息した。
「それで、盗まれた秘宝についてなんだけど。グレムダス贋視鏡って、レオンが借りたアレ?」
「そうだ」
「それって……あのときの騒動で贋視鏡の存在を『組織』が知っちゃったのかな…」
「さあ? それはわたしには何とも言えない」
 バァルはそう答えたが、ルカルカは当時の記憶に思いを馳せ、きっとそうだろう、と思った。
「しかし、狙われている身で、こんな風に出歩いていいのか?」
 ルカルカが沈黙したのを見て、代わるように今度はバァルをはさんで反対側にいたダリルが口を開く。
「領主がたった1人でこんな場所にいるとはだれも思わないさ」
 ダリルは横目でバァルを見た。黒いショールでそれとなく顔の下半分を隠して、ゆるく足先をクロスさせ、腕組みをしている。身に着けているのは全て質の良い高級品ではあるが、色は黒一色だ。
 アガデの人々はみんな、領主はイベント会場にいると思っている。間近で顔を見たことがないということもあり、たしかに一見領主と気づく者はいないかもしれないが……。
 ダリルは橋の欄干に腕でもたれている風を装いながら、有事の際にはダークネスウィップをいつでも抜ける位置に手を置いた。
「もしもという場合はいつでもある。入れ替わりが露見した場合、あなたに凶刃が及ぶのを防ぎたい。俺たちは捜索もするが、同時にあなたの護衛でもある。内心不本意かもしれないが、守られてくれ」
 ダリルの方を向き、その言葉に対してバァルが何か答えようとしたときだった。
「ルカ、ダリル!」
 うれしげに2人を呼ぶ声がして、広場の方からセレスティアを連れた理沙が駆け寄ってきた。
「理沙! あなたも来てたのね!」
「こんな所で会うなんて。偶然!」
 両手をぱちんと合わせ、再会を喜ぶ。
「それで理沙。あなた、どうしてここに?」
「それがね――」
 と、理沙は先ほど起きた顛末を話した。
「だから今、教わった役所に許可を取りに行くとこ。めんどくさいったらないわ! もう!
 それであなたたちは?」
 ルカルカは一瞬答えるのをためらったが、理沙は昔からの友人で、戦友でもある。そこを理解してほしいとバァルに視線を投げて、それから事情を説明した。
「そんなことが……。あ、じゃあここにいるのって……?」
「東カナン領主よ。
 バァル、彼女は五十嵐理沙。以前、アガデを復興した際にも、手伝いに来てくれてたのよ」
「ほう」
 それまでは理沙とルカルカの間のこととして話に興味を示していなかったバァルが、初めて理沙を真正面に見る。
「……やだ。カナン随一の美形領主とは話に聞いてたけど、本当にイケメンじゃない」
 思わずときめいてしまう胸を隠しつつ、だれにも聞こえない声でつぶやいたあと。おもむろに理沙は提案した。
「そういうことなら私たちも協力させてもらうわ。ねっ? セレス」
「はい」
 にっこり笑って差し出したのは、グラス型HC・Pだった。
「これは?」
「わたくしたちが収集しました情報を見ることができる装置ですわ。どうぞおかけください」
 バァルがとまどっているのを見て、セレスティアは手ずから頭に装着させる。
「お似合いですわ」
 具合を図るように位置調整するバァルに、セレスティアがほれぼれしたような声で言う。
「それがあれば、リアルタイムで情報を得ることができるの。このデジカメで映った映像なんかもね。
 でね。私たちここのバザールを紹介する映像を撮りにきたのよ。「シャンバラからの観光客です、取材させてね」という触れ込みで店の事を聞いたり、「そういえばこんな人見かけなかったかしら」ってヤウズさんのことも聞き込むから、撮影を許可してもらえない? ねっ? いいでしょ? ピーピング・ビーを使ったら上空からの映像も撮れるから、上から捜索することもできるし」
 理沙の提案に、バァルは苦笑した。
「分かった。もしまた騎士に何か言われたら、わたしの名前を出すといい」
「きゃあっ! ありがとう!!
 さあ行くわよセレス! 遅れた分を取り戻さなきゃ!」
 理沙はセレスティアを連れて、颯爽とその場を立ち去って行った。