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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

「んーーっ」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は両手の人差し指と親指を使って四角をつくると簡易なカメラ枠に見立て、片目をつぶって枠ごしにバザールを見渡した。
 そして金糸銀糸の美しい色とりどりのショールが吊るされている、とある店先でぴたりと止め、指を解くとそちらへ向かった。
「セレス、こっちこっち。この辺りがいいと思わない?」
 脇にはさんでいたマイクを手に移し替え、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)に手を振る。呼ばれるまま、セレスティアはそれまで左右に連なる店を撮っていたデジタルビデオカメラを理沙の方へと向けた。
「そこで止まって。そう、そこからこっち見るその角度。ここでオープニング入れるから、あなたも来て」
「分かりました。
 これ、お願いします」
 理沙が望む位置を保ったまま、セレスティアはデジカメを使用人に手渡すと理沙の方へと向かう。
 2人は今、シャンバラで絶賛放送中の『旅して乾杯』という旅番組の収録中だった。今回は東カナンの観光地の1つとして、バザールを特集して紹介するつもりだった。
 ただし、テレビ番組といえど深夜ローカル枠なので、超低予算である。今回は他国遠征ということもあり、マネージャー兼カメラマンで1人使用人がついているだけでほかにスタッフはおらず、出演者の2人だけだ。もっとも、衣装はSPBワイヴァーンズという野球チームの応援アイドル『ワイヴァーンドールズ』の制服だし、ゲストも呼ばない、旅先での人々との交流や紹介に重点を置いているため、特に不都合はないが。
 マイクをはさんで2人、肩を寄せ合って笑顔で映る。そのまま2秒ほど沈黙を保ったあと、すっと息を吸い込み理沙がオープニングの決まり文句、出だしの言葉を発しようとしたときだった。
「待て待て。そこの2人」
 鋭い声とともに後ろから人を掻き分けるように騎士が現れて進行を遮った。
「なに? いきなり」
「きみたちは観光客ではないな」
「ええ、まあ、そうです、けど……?」
 不機嫌そうに眉間にしわを寄せて問いただしてくる騎士に、意味が分からず警戒気味に理沙は答える。
「では撮影許可はだれから得ている? 書類は提出済みか? 許可証は携帯しているか?」
 あっ、とセレスティアが口に手をあてた。理沙と互いに目を合わせる。
 残念ながら2人は事前に撮影許可を取るという行為に思い当たっていなかった。普段そういったことはスタッフ任せにしているのだから仕方がない。特に今日はヤウズや『組織』のこともあり、このバザールには通常の3倍近く警備の目が光っているため、あきらかに観光客と違う動きをしていたなら不審者として職質を受けるのは当然だった。
「どうする?」
「しかたありませんわ。騎士さまのおっしゃるとおり、許可をいただいてきましょう」
 セレスティアは騎士の指示に従って中身を消去されたデジカメを使用人から受け取りながらそう言うと、にっこり笑った。

* * *

 バザールで動き出すものたちの一方、ステージ袖では緞帳の影に隠れ、唇を噛み締める者が居た。
「うぅ、みんなすごいや……。
 ボクなんかがステージに出て、いいのかな」
 出番を待つ中、結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が不安な様子でネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の衣装に付いているリスのしっぽに見えるポーチを弄っていた。
「不安なのは、あたしも同じだよ。でも大丈夫! みんな優しいからちゃんと受け止めてくれるよ。
 ユウナちゃんはいつも通りに歌えばいいんだよ。得意な歌で夢と希望を、癒やしをあげちゃおう」
「みんなに夢と希望と癒しを与える……それが、魔法少女なんだよね、ネージュちゃん」
 結衣奈の問いに、ネージュは笑ってそうだよ、と答える。結衣奈の顔にもやっと笑顔が戻って来た所で、ステージから出番を告げる声が聞こえてくる。
「次はかわいらしい二人のステージです!」
「ほら、呼ばれたよ。一緒に行こう、ユウナちゃん」
 ネージュが手を差し出し、結衣奈はその手を取る。そしてステージに上がれば、周り中から届けられる歓声と拍手。
「ユウナちゃん、準備はいい? 頑張ってあたしに付いてきて」
「う、うん。ボク、頑張るよ」
 頷き、結衣奈はネージュが一歩進み出、観客に挨拶を述べるのを見守る。
(ボクの歌で、感動をみんなに届けたい)
 生まれたほんの小さな思いを、無限大の力に変えて。……やがて音楽が始まり、ネージュが奏でる歌に合わせ、結衣奈も声を紡ぐ。

「……歩き疲れた子達は集う、私の懐へ。常葉の命に彩られた、世界樹の麓へ。
 今はただ、おやすみなさい。私がそっと包んであげる。
 今はただ、身を委ねなさい。空が暁に染まるまで。
 幾千の時を超えて、見守り続ける世界樹の、麓に集う子供達は何を夢見て眠るだろう。」


 ネージュの歌に被さる結衣奈のボイスは、過剰な主張をせず、されど確かにそこにある存在となって会場に伝わり、観客に感動を与える。
 生きとし生けるものへの子守歌を歌い上げた二人に、観客はうっすらと涙を溜めながら拍手を送るのだった――。



「……ああ、なるほどね。取り敢えず事情は飲み込んだんで、俺も仕事しとくわ」
 真との電話をきってカガチが周囲を見回す頃には、パートナーの姿はもう何処にも無くなっていた。
(しかし相手もプロなんだし、その時がくるまで奴等も下手な動きはしないと思うんだよなあ。
 つまり怪しいヤツが怪しい動きをするとしたらアレ……領主が挨拶する瞬間な訳で――)
 そんな風に考えて、カガチはステージ付近を歩き回っている。

 その間忽然と姿を消した葵は、木を隠すには森の中とばかりにレティシアと同じく場内の観客の中に潜んでいた。
 ただレティシアと違うのは、葵はあちこちを歩く事はせずに隠れ身の応用でもってごく自然にその場で、樹のように立っているというところだろうか。動くのは恐らく有る筈のカガチからの合図の後でいいと、葵は考える。
(しかしかなんにはいい思い出も悲しい思い出もある
 けど……それとこれとは別だよね、ご飯美味しいし)
 串焼きをもぐもぐと反芻している彼は、特にスキルを使用せずとも観光客の中に完璧に溶け込んでいた。

* * *

 これはステージが始まるより幾らか前の時間の話だ。
 この日、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がアガデにいたのは、まったくの偶然からだった。
 彼のパートナーのリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が、
「あれから何カ月も経って、そろそろ向こうも落ち着いたと思うでふから、ミフラグちゃんに会いたいでふ〜」
 と言いだしたので――ちょうど暇だったこともあって――ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)とともに3人で、アガデの城を訪れたのだ。

『きゃああ! リイム!!』
 リイムを目にした瞬間12騎士の1人ミフラグ・クルアーン・ハリルは歓喜に顔を輝かせ、歓迎に大きく開いた手でリイムを抱き上げた。そのままクルクルと回転する。
『うれしいわ! また訪ねてきてくれたのね!』
『僕たちは友達なのでふ。友達は、おうちを訪ね合うものなのでふ〜』
 あたたかな胸でぎゅっと抱きしめられ、自分が来たことを心の底から喜んでくれているミフラグの思いが伝わってきて、リイムは口元が緩むのを押さえられなかった。
『宵一さんにヨルディアさんも。来てくれてありがとう』
 ひととおり再会のあいさつを終えたあと、ミフラグは恐縮そうに身を縮めた。
『ただ……すみませんが、わたしはこれから、はずせない用事があって……』
『何かあったんですね?』
 彼女の様子にいち早くそれと察した宵一が一歩踏み込む。
『宵一』
『あ、いいの』
 不作法をとがめるようにヨルディアが名を呼ぶのを見て、あわててミフラグは手を振った。
『本当は駄目なんだろうけど……でもリイムやあなたたちは、わたしの大切なお友達だから』
 そう前置きをして、ミフラグは今度の事件の概要を聞かせてくれたのだった。

「盗賊を追って捕まえる。これぞまさにバウンディハンターの出番だな。――金は入らないが」
 バザールの入口に立ち、思い出してつぶやく宵一の独り言に、先頭を歩いていたリイムがくるっと振り返った。
「リーダー! お金は関係ないでふよ! 友達が困っていたら助けるのが友達なのでふ!」
「それはそうだが」
 リイムの剣幕にちょっとたじたじとなりながら宵一が答える。リイムがこれ以上ないほどやる気を燃やしているのはあきらかだ。
「僕は上空から双眼鏡使って探すでふ! 何かあったらHCで伝えるでふから!」
 そう言う間にもリイムの背中で六熾翼が広がって、宙に舞い上がる。
「絶対犯人たちを捕まえるでふ〜!」
「……なんだ? あいつ」
 逆光で、あっという間に見えなくなったピンク色の毛玉を見送って、宵一はいぶかしげに首をひねる。ヨルディアはクスクスと笑った。
「あら、宵一。ああやって張り切るのって、男の子の宵一の方がよほど理解できるのではありません?」
「男の子、か」
 やれやれと首を振る。
「それで、私たちはどうしましょう?」
「まず領主どのを捜そう。移動されると厄介だ。道中も不審者を見逃さないようにせねばな」
「ええ、宵一」
 2人は周囲に目を配りつつ、ミフラグから聞いた合流場所へと急いだ。