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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

リアクション

■ 今度は誰の騒動か ■



 輝石と化した守護天使の翼は、彼が叫ぶごとに震え、空気を伝い、同種族の翼に子守唄を響かせる。
 翼から翼へと渡り歩き、新しき次代の子を求めて、祈りは誰を探すだろう。



 何かを聞いた。そんな感覚に結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は空京の空を仰ぐ。
「綾耶?」
 綾耶の動きにつられて匿名 某(とくな・なにがし)も同じく空を見た。
 某の目に映る青い空。
「どうした、なにかあったか?」
 見慣れた、ある晴れた日、という物語の冒頭を飾るに相応しい、どこまでも青く雲ひとつ無い晴天に、気にかけるべき何があったのだろうかと首を傾げて某は上向けた視線を隣に戻し、
「……綾耶?」
異変に気づいた。
 問いかけられて、蹲り両脛を擦る綾耶は可憐な面差しに不安の色を広げてパートナーを見上げていた。
 その繊手で擦られる足は色を失っている。
「綾耶!」
 反射的に叫んだ某の背後で、彼らが歩いていた横手の公園から光が疾走った。
 同じ頃、某達とは反対側の方で、公園の横を歩き、そういえばと思い出したのは千返 ナオ(ちがえ・なお)だった。
「この前ここでゾンビとかいっぱいでたんですよ」
 見覚えのある公園入口を指さして言うナオに千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、前に聞いていた話題の場所が此処だと教えられて公園の奥へと視線を向けた。ナオと一緒に現場に居たエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)もあの時は大変だったと頷く。
 ナオの話に相槌を打ちつつ、公園を眺めていたかつみは眉根を寄せた。
「何か、光ってないか?」
「公園がキラキラしてますよ!」
 ナオが公園の最奥で七色に煌めく光を認めて、かつみとエドゥアルトに見間違いではないと指をさし、三人は顔を見合わせる。
 女の子四人お気に入りの洋服店へ仲良く買い物に行こうと公園近くを通りかかったリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、遠くで聞こえた声にその足を止めた。
「どうしたのリースちゃん?」
 交代で今はマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が押す車椅子に座るセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)が気づいて首を傾げる。マーガレットと共に車椅子を押す手伝いをしていたラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)もつられる様にリースを見上げた。
「あ……、えと、な、何か聞こえませんか?」
 空耳だったのかもと自分の考えを振り落とそうとして尚も聞こえてくる絶叫に、これは自分だけの幻聴なのかと疑ってしまいパートナー達に確認と聞いてみる。
 耳を澄ませと言われて、目を閉じた三人は、ぱっと目を開いた。聞こえたと頷く。しかも公園の方から。
「よ、様子を見に行きましょう」
 奇しくもその公園は先のゾンビ騒動が巻き起こった場所である。とても偶然とは思えず、リースは急行しようと空飛ぶ箒 スパロウを握りしめた。



 記憶に新しい円形公園の最奥、綺麗な円を描く噴水は今やもうもうとあがる水蒸気に白く烟っていた。
「アツイ、アツイ、アツイ、アツイ――!」
 断間無く大気を奮わせる絶叫。
 叫ばれる度に閃く光りの矢。
 狙い定められず放たれるエネルギーの矢は突き刺さった場所を透明な輝石へと変換させて行く。
 吹き上がる噴水の水飛沫も、熱せられて瞬時に大気に散る水蒸気も、光を帯びる透明な矢も、大きく広げられた六枚の輝石と化した翼も、何もかもが全て、陽光を弾き燦然と輝いていた。
 まぶたを閉じていてさえ目を射る程に光は悪意を孕んでいる。
 その悪意を先端に乗せて空を滑ったエネルギーの塊である矢がリースへと刺さる直前、間に入った刃を仕込む鷺草の花弁が身代わりに射られ透明に凝固し地面に落ちた。有無を言わせず結晶化される矢はどうやら先に触れた対象に作用するらしい。
 横をすり抜けるようにリースがその場に到着すると共に彼女を守るように祈りを込められた虹色の舞のその効果が切れたのか、周囲に散るように舞っていた色とりどりの花弁達が空気に解けるように消えた。
「クロフォードさん!」
 誰がベンチに横たわっているのか知ったリースは、噴水の中で暴れまわっている守護天使の怒声に思わず両耳を塞ぎ身を竦めた。
「あ、あの、何がどうなっているんですか?」
 質問は王 大鋸(わん・だーじゅ)へ。受けた大鋸は求めるように手引書キリハ・リセンに視線を向けた。説明を求められた手引書キリハは少女の守護天使を支えながら来る某を視界の端に入れ、自分の本体である透明な魔導書に翳していた手を引く。
「おい、綾耶の足をこんなのにしてるのはあっちの噴水で水浴びしてる男か、それともそこに寝転がってる奴か?」
 パートナーの異変に気づき、原因を探っている内に噴水の様子に気づいた某は、この場に集まっている人間に、今目の前で起こっている出来事に自分達が巻き込まれているのかと率直に聞いた。他のどこを探しても此処以上に怪しい場所は無かったのだから、他に聞くべき相手が居なかったのも事実であり、聞きたくなるほどそれらしかった。
 殺気立つ故に冷たく響く某の問いかけに一旦作業の手を止めた手引書キリハが、自身の身に何が起こっているのか不安で堪らないという綾耶に近づき、某を見た。
「……守護天使の、方、ですか? ……診せていただもよろしいでしょうか?」
 何もしない。ただ見せて欲しいと両掌を上向けて許しを得ようとする魔導書に某は綾耶を伺う。気遣わしの視線を受けて、事情を知ってそうだし危害を加えないと態度で示されているしと頷いた綾耶は手引書キリハによく見える様に自分の足を少しだけ動かした。
 差し出すわけではなく見せるだけ。
 許可を得て、ありがとうございますと返す手引書キリハを綾耶は某に支えられている体をきゅっと縮めた。足を見られたのは、ほんの二秒か三秒の、診る、という行為にすら値しない短時間だったが、もっと深い何かを探られているような感じがして綾耶は隠すように見せていた足を退く。
「感覚はありますか?」
「……少しだけあります」
「動かせますか?」
「はい」
「治るのか?」
 綾耶の返答を受けて考えこむ手引書キリハに某が焦れた。
「間に合えば何もしなくても治ります」
 含みのある答えに某の苛立ちが増す。
「……間に合わなければ?」
「このまま結晶化して死に至ります」
 顔色一つ変えず事も無げに即答されて、某も綾耶も絶句する。
「どういう事だ!」
 先に我に返った某は、ピッと立てられた手引書キリハの二本指に怒りのまま言葉を吐き出そうとした口を閉じた。
「間に合わせる為にもお願いしたいことがあります。方法がふたつありますけど、どちらかでいいのでご協力していただきたいのです」
「それって俺達も協力できる?」
 派手で綺羅びやかで目に優しくない光のオンパレードに多少辟易としながら、光りとは別の金と銀の色彩に囲まれているベンチを発見し近づいたかつみが声をかけた。
 公園が光っていることに気づいて近づいてみたものの、想像していなかった全くの只事ではない光景を目にし、見なかったことにもできただろうが、これも何かの縁だろうと聞いてみたのだ。
 申し出を受けて明らかに安堵した手引書キリハの横手、正確にはリースが飛んできた方向からセリーナの車椅子を押すマーガレットとラグエルが遅れて辿り着く。
「って、クロフォード?」
 この場の中で唯一ベンチに横たわっているというのは良くも悪くも目立つもので、興味が先にそちらに向く。向いて、顔の上半分がハンカチで見えなくても、その人物に心当たりがあれば、疑問も湧くというもので、呟いたマーガレットにリースはそうですと頷いた。
「何でこの人毎回変な事件に巻き込まれてるの!?」
 マーガレットの率直な感想に、手引書キリハは同意とばかりに首肯した。
 守護天使の絶叫は空に響き続けている。
 内より身を焦がそうとする熱に、ただ熱いと叫び続けている。
 体の変化に耐えられず理性よりも本能が先に立ち、解放されたいと暴れていた。
 周囲に凝るエネルギーの矢は誰かれ構わずこの苦しみを共に味わおうとただひたすらに四方八方へと放たれている。
 破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)が横になるベンチ周辺のこの場が安全に見えるのはただ運が良いだけである。できるだけ矢の届かない安全な場所に移動しようと提案したリースに、手引書キリハは首を横に振った。
「場所の事情まで考慮にいれることができなかったのは、完全に私のミスですね」
「い、移動できないって事ですか?」
「いいえ。移動は可能です。ですが、正直に申しますとその時間すら今は惜しいです」
 ただでさえトラブルに対しての対処が後手に回っているのだ。権限の無い者に権限を与える作業を一旦中断して再開させる時間が勿体無さ過ぎて、安全確保など考慮にいれず身を危険に晒す手引書キリハの姿勢に、時間がないと解釈したリースはパートナー達を見た。
 中断していた作業に戻ろうとした手引書キリハは綾耶に視線を向ける。
「あの、もうひとつだけ答えていただければと。何か、聴こえますか?」
 聞かれた綾耶は軽く目を閉じて、開き、頷いた。
 微かに遥か遠くの向こうから歌が聴こえる。



「ダーくん、手伝いに来たよ!」
 救援を受けてやってきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は大鋸の姿を見止めて、右手を大きく頭上で振った。
 共に来たベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は走りながら横目で噴水の水を全て水蒸気に変える勢いで暴走している守護天使を見遣る。
「何をすればいいかな?」
 またずいぶんと派手な騒動が起こっていると網膜を射る光に目を細めた美羽はベンチの人物に気づいた。白衣に青みさえ帯びる白い肌と白くて長い髪。となんとも記憶に残りやすい特徴。
 驚く美羽に大鋸は同じく破名に一瞥を向けた。
「キリハが言うにはあっちで暴走している男を足止めするか、ここで自分の手伝いをして欲しいそうだ」
「大丈夫、なの?」
 問いかけはゆるゆると唇を動かすだけで一向に起きだす様子のない破名を指して。
「自業自得だってよ」
 手引書キリハの言葉をそっくりそのまま伝える大鋸に、美羽は破名から大鋸に視線を移した。
 自業自得とは何かの結果から生まれる言葉だ。何をしてあの様になっているのか、現在絶賛進行中の騒動とは無関係と結び付けない方が不自然だった。
「巻き込まれたとかじゃなくて?」
「発端はクロフォードだな」
 実際に目にしている大鋸の話を聞いている美羽とは別に、魔導書と互いに挨拶をし終わったベアトリーチェは手引書キリハから同じ話を語られる。
 誰が巻き起こした騒動か。
 事情が何であれ、その線引を手引書キリハははっきりと引いていた。