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あわいに住まうもの

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あわいに住まうもの

リアクション

 エピローグ

 空京大学、研究室。ぱちん、と報告書を綴じると、アクリトは深く椅子に腰かけた。懐から小さなビディ――柿の葉のタバコを取り出すと、少し迷ってから火をつけた。ゆっくりと紫煙が漂い、語る者とてない研究室で漂う。
「お前がそんなものを吸うとは、知らなかったのう」
「……一年に数本、吸いたくなる時がある」
「それは珍しい時に居合わせたものじゃ」
 アーデルハイトが笑う。いつも通り、唐突に現れた魔女は、心なしかあちこちに痛みが残っているようだった。
 死闘の後、門より帰還する契約者達を迎えるため、必死の戦いを続けていたアーデルハイト達は、「あわい」から現世への出口を維持していた。竜を滅ぼし、変異種を駆逐し、傷だらけになりながらも、次々と空から降りてくる契約者達を受け止めた。当然のように、何故言わなかったと詰問されることにはなったが、結果良ければなんとやら、と開き直っていたのだ。
 そんなアーデルハイトが、ぐしぐし、と灰皿に火をつけたばかりのビディを押し付けたアクリトにそっと声をかけた。
「気を落とすでない」
 意外そうにアクリトがアーデルハイトを見やる。それを見ると、アーデルハイトは不機嫌そうにそっぽを向いた。しばらくまじまじとアーデルハイトを見ていたアクリトだったが。憎まれ口も叩かず、椅子の背もたれに体を預けた。
「……わかっている。パルメーラは、私に触れた時、大樹の記憶を私に預けた」
「ほう?」
 アーデルハイトの顔が晴れる。今度はアクリトがばつが悪そうにする番だった。
 パルメーラは、大樹と一体化して眠る間、ずっとその根が、その葉が受け取るものを我が事として受け取っていた。命の流れ、大気の流れ、瘴気の流れ……そこから読み取られる、アクリトや、生徒達の動きを、じっと読み取っていたのだ。
 パルメーラは全てを知っていた。アクリトや、契約者達の迷いを。その戦いを。だから、大樹ともつながるあの瞬間に、彼らを助けるために訪れた。
「メッセージのようなものだ。いつか、またアガスティアは葉を落とす。まぎれもないパルメーラそのものだと。待つ、というのは性に合わないが、そうしようと思っている」
「お前にしては殊勝な心がけじゃのう?」
 じろり、とアクリトがアーデルハイトを睨む。だが、ため息をつくと、一度火を消したビディをもう一度ライターの火で炙り、火をつけた。
「分からん。迎えに行くかもしれん」
「お前から分からぬと言う言葉を聞くとはのう」
「茶化すな……二人はどうだ」
 紫煙をくゆらせながら、アクリトがアーデルハイトに尋ねる。アーデルハイトは肩をすくめると、笑って答えた。
「順調に回復しておる。衰弱は命の危険に迫るものじゃったが、二人とも、根源を失ったとは思えぬ生命力じゃ。或いは、その王とやら、あの二人の命を支えたのやもしれんな」
「本人が消えて失せたものを、どう推量することも自由だが、真実は誰にも求められん……だが、あの二人が王を失っても寄生種としての体構造を維持している以上、今となっては自律した存在なのだろう」
 ゆらりと煙が広がる。しばしの沈黙。短くなったビディを、アクリトはぐしぐしと灰皿に押し付けて消した。
「イルミンスールに入るのか?」
「いや、わからぬ。本人たちは、世界を見て回りたいという話じゃ。今まで使命のために村を離れられなかったのじゃろう。他の者共もこぞってあちこちへ旅立っておる。好奇心旺盛な奴らじゃ」
「そうか」
 あきれ半分、関心半分、といった具合でアーデルハイトが笑った。ゆっくりと煙が研究室の外へ流れていく。煙があることも分からなくなったころ、アーデルハイトがため息と共に再び口を開いた。
「そろそろ行く。二人には、お前は元気であったと伝えておくことにしよう」
「そうしろ」
 踵を返し、また唐突に消えようとするアーデルハイトに、アクリトはしかし「待て」と声をかけた。怪訝そうに首をかしげて振り返ったアーデルハイトに、アクリトは少し迷い、結局至極いつも通りに告げた。
「感謝する、アーデルハイト殿」
 目を丸くするアーデルハイト。だが少しすると、口の端を吊り上げ、踵を返して応えた。
「礼は要らぬ。健やかであれよ、アクリト」
 それだけ言うと、アーデルハイトは消えた。再び一人になったアクリトはビディをもう一本取り出し、火をつけようとしてやめた。静かに立ち上がると、窓から外を眺め、そっと呟いた。
「皮肉なものだ。こうして離れてからの方が、パートナーらしいなど」
 遠くで吹く風の音を聞きながら、アクリトは静かに目を閉じた。

担当マスターより

▼担当マスター

宇賀野美也

▼マスターコメント

 「あわいに住まうもの」のリアクションをお届け致します。宇賀野です。
 いかがでしたでしょうか。アクリト先生を登場させた時から、いつか絶対にパルメーラ先生を復活させようと考えていました。かわいいのに、いないだなんて!
 今回はがっつり書こうと思って増量めでお届けしております。雑魚と言っておきながら全員中ボス級になってしまいました。何度かアクションとリアクションをやり取りさせて頂いた皆様は、掘り下げて書くことも出来、初めて参加して頂く方々も積極的な方が多く、楽しく書かせて頂きました。
 リィとエイラの二人がどうにか生存。きちんと力を失わずに終われて、驚いております。もしかしたら、また出会うこともあるのかもしれません。でも、彼女たちの内包する物語はこれでおしまい、です。また出会うことがあったら、挨拶でもしてあげてください。きっと明るい子たちになっているはずです。

 それでは皆さま、どこかの世界にてまたお会いできる日を楽しみにしております。