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リアクション
■ 魔女 神隠し【1】 ■
ルシェード・サファイスの本宅。
二階研究室で書き物をしていたルシェードはノック音に顔を上げた。
「いらっしゃーいぃ。早いのねぇ」
扉を開ける来訪者の顔ぶれに少女は増々ご機嫌になって、開いた本を閉じ、椅子から立ち上がった。
「誘拐したそうだな?」
禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の問いかけにルシェードは首を傾げる。
「んん? 流石に耳も早いわねぇ。知り合いでもいるのぉ?」
「現状はどうなっている?」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)を傍らに佐野 和輝(さの・かずき)がルシェードの問いかけを打ち消すように質問を投げかけた。
「現状って言ってもねぇ、はなちゃんこんなんだしぃ。進まない? 感じかしらぁ」
「なら話が一つあるんだが聞くか?」
「え、なになぁにぃ?」
身を乗り出したルシェードに『ダンタリオンの書』は先日和輝が得た手引書キリハ・リセンの報酬の中身を説明した。紙と羽ペンを用意し丁寧に文字に起こされたそれを眺め、ルシェードは一転機嫌を損ねたと顔色を変えた。
「ありがとーぅ」
不機嫌を隠さないルシェードにアニス・パラス(あにす・ぱらす)は眉間に皺を寄せた。折角『ダンタリオンの書』が情報提供しているのにその態度は無いだろうと感じたからだ。
不審げな目で、ぶつぶつと呟きながら破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)の元に行く彼女を見送る。
「はーなーちゃーんー……ってきたなぁいぃ」
机に突っ伏す男の顔を無理やり上げさせて、糸を引いて机を汚す破名にルシェードは容赦がない。
「ルシェ……頼む……」
「んー、しつこいぃ。嫌ったらぁ、嫌ぁ」
唇を尖らせて破名を問い詰めようとして止めた少女の名を呼ぶ和輝に、ルシェードは「嫌になっちゃぅ」と答えて、机から離れた。
「性格変えてからずっとコレなのよぉ。自分の研究しようってぇ、そればっかぁ。あたしの研究をするのによぉ? 失礼じゃなぁいぃ?」
前の性格の方が何の干渉もせず静かでよかった。小心者にすれば言うことを聞くかと思ったが、定められた目的以外で使われることの方をより怖がって煩い。それでも言うことを聞くがエスカレートする様なら対策を考えるかとルシェードは思う。
「そう仕向けたのはルシェードだろう?」
「そぉだけどぉ……って、何ぃ? 物々しいわねぇ」
裾の縁を飾る赤が鮮やかなフード付きの白の法衣という物語の白魔道士然とした格好のアニスは目深くフードを被り、難しい話は難しいからと、同じく身元を隠した『ダンタリオンの書』と共に場所を移動していく。
「危ないと思ったら逃げるのが先よ?」
侵入者へと意識を集中させなければならないスノーはそんな二人に言い、賢狼を傍に置かせ、自分は和輝の手を取り、魔鎧の役割に徹した。
スノーの装着具合を確かめるように自分を見下ろした和輝は仕上げにと獅子の面を付けて顔を隠す。確かに、物々しい。
「自分で耳が早いって言っただろう? そういう情報が流れたってことだ」
つまり、誘拐された人間を連れ戻そうと契約者が動き出した。
「場所は既に特定されている」
この館は既に安全ではない。
「思ったより早いな。まぁ、あの姉妹なら遅いほうかもしれない」
気配を数えながら仮面の下で和輝は算段に目を細める。ルシェードと破名の護衛と監視を兼ねて来たのだが、数が多いのなら逃走も考えないといけない。
「ひとつ聞くが、逃げるつもりは無いのか? 破名がいればいつでも誘拐はできるぞ。場所を特定されないように対策もできるだろうし」
和輝は、今ならやり直しも視野に入れることができると、確認も兼ねた質問をしたことを若干後悔した。
見遣る少女の表情は現状を教えても、尚、そんな事は知らないと言わんばかりの満面の笑顔だった。
「何を言ってるの和輝ちゃん。『あたしのおうち』はここだけよぉ? 逃げ帰れるような家は他に無いわぁ」
それに、と続ける。
「招待もされず乗り込むようなお客さんでもぉ、笑顔で対応するのがあたしのぉ、流儀よぉ?」
館の正門玄関を施錠してないのは、それが理由である。
彼女はこんな辺境まで苦労しながらも来訪する客人を、男でも女でも子供でも老人でも仕事関係の人間でも誰でも、いつでも等しくそうやって迎え入れてきた。
これまでもこれからも、その考えを変える気は無い。
少女は大歓迎よとばかりに、両手を打ち鳴らすのだった。
正門玄関を開けると、喉を鳴らしたくなってしまう程の死臭の歓迎を受ける。
「静か、ね」
シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)はゆっくりと開く扉の冷たさにつられて自分の体が冷えていくのを自覚した。
あれほどまでにかっかしていた体の火照りは嘘のように消えている。
「でも造りは簡単そうです。施錠されていないのも気になりますし、危険はあるでしょう」
館に辿り着く前に、気持ちはわかるが冷静さを欠いたまま素性の知れない時の本拠地に乗り込むのはシェリエお姉さまらしくないわと、シェリエに共感しつつ言葉優しく窘めた桜月 舞香(さくらづき・まいか)は「でも、大丈夫ですよ」と続ける。
「美女怪盗のお姉さまですもの。悪人から奪い返すのはお手の物ですよね☆」
そして、舞香はシェリエに向かって大胆に微笑んだ。
「あたしが一緒に付いていきます。あたしが前衛を努めますから、侵入ルート指示してくださいね」
「そうね。 ……絶対に奪い返すわ」
それは、対象が少し変わっただけで、今までとなんら変わらない、事でもある。
今回も成功させてみせる。
絶対に、とシェリエは決意も新たに扉を閉めた。
一階は全面ホールらしい。
石床には死臭の薄霧が漂っているような空気の淀みを肌が感じている。獣や鳥の鳴き声も聞こえない静寂が、耳を澄ますその作業を助けてくれているようで、慎重に進まなければと緊張する神経を無遠慮に逆撫でしていく。
それを感じたのか、出立前、感情に任せて靴音も荒々しく進むシェリエの肩を掴んで振り向かせ、らしくないと引き止めたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は舞香と反対側、シェリエの右やや後ろに移動し、彼女に声を掛ける。
「ね、もう落ち着いた?」
言葉で言ってもダメなら平手打ちでも何でもなんとかして正気付かせるというフェイのあの時の表情を思い出して、シェリエはホールの奥を見据えたまま「ええ」と返した。
「本当? 辛いけど、シェリエが傷つくのはもっと辛いの。だから無茶はダメ……二人は絶対助けるから……」
サポートは任せてとフェイは落ち着いた声で告げる。
友達にそれぞれ念を押されるように励まされ、シェリエはそんなに取り乱していたのかと自分を振り返った。
思い出すのは日常生活の中、突然前触れもなく消えた姉と妹の事。取り乱していたと聞かれたら違うと言い切れない焦りがあったのは確かに否定できない。
広い玄関ホールは何も置かれていなかった。造りこそ洋館めいているが、調度品一つ置かれていない。壁と床と窓と天井、部屋の左右に設置された上り階段が二つ。たった、それだけだった。
「ひでぇ匂いだな」
「鼻が曲がっちゃいそうー」
「もっと何かあってもいいような気がするんですけどね」
鼻を摘み顔を顰めた王 大鋸(わん・だーじゅ)に同意と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は同じく渋い顔をする。生活感を感じさせない館にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は増々と警戒を強めた。
「パフューム達、どこかな。こんな匂いの酷い所絶対嫌に決まってる」
「ですね。匂いが染み付いたりしたら一大事です」
カフェを経営している彼女達の事だ。身嗜みにはきっと人一倍気を使っている。こんな理不尽な場所にいつまでも留めておくわけにはいかない。
「早く助けてあげたいんだけど」
「どこから探しましょうか」
「キリハは、館の内部まではわからねぇって言ってたぜ」
「そうなの?」
首を傾げる美羽に大鋸は頷く。
「転移の痕跡を探すのは出来るが、転移以外の移動法を使われてるならわからねぇってよ」
破名だけが使える楔という特殊な古代語を介して行う転移魔法。トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)やパフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)をシェリエの前から連れ去ることができたのはその能力のせいである。
移動先として指定され集中していたので館は特定できても、魔女達がどこに連れて行かれたかまでは追跡できなかった。
「そうか。じゃぁ、自力で探さないとだね」
石床に靴音が響かないよう細心の注意を払って進むシェリエ達を美羽達も互いに目配せ合いながら追う。
(あぁ、トレーネお姉さま……どうして、こんな事に)
トレーネの妹分として姉を想う白石 忍(しろいし・しのぶ)の胸は憂いに今にも張り裂けそうだった。
(今頃あんなことやこんなことをされてるのではないかしら……)
想像すればするほど忍の目の縁は涙で満ちる。
連れ去った相手が組織ではなく、得体の知れない個人だからこそ、想像の翼は無限に広がり、収集がつかない。
(早く助けにいかなきゃ!)
殺風景なホールの光景に不安を煽られる忍にちらりと視線を向けてリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)は、本当にしゃーねぇなぁ、と思う。
「リョージュくんお願い、一緒に来てください!」
私だけではとても……、なんて、眼鏡の奥の気弱な目で訴え、泣きそうな震えた声でお願いされてしまえば、「しゃーねぇ付き合うか」と面倒を押してでもとリョージュは共に行くことを決めた。
(それに、トレーネはナイスバディだしな♪)
先を行くシェリエの揺れる胸を見て、トレーネを思い出せばやる気も上がるというもので。
「リョージュくん?」
隠れ身で慎重に移動範囲を広げていく忍は末端を操作するリョージュに気づく。
「退路の確保は大事だろ?」
念の為にと設置した罠の位置を送信し終わり、末端を閉じた。
「かなり広いようですが、誘拐された人達の監禁場所は一体どこでしょうか……」
探そうにも殺風景過ぎて一歩を進める事すら躊躇う雰囲気に、ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)は知らず独り言を漏らした。
それを耳に拾ったファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)は、つぃっと赤色の瞳を上げウィルを見た。
「こういう場合は地下へ監禁されているケースが多い」
悪意放つ敵対者の接近を殺気看破で察知しようと警戒を怠らないファラはホール全体を見渡し、あっさりと奥の方に階段があるのを発見した。
「あの階段じゃな」
隠されもせず、堂々と左右に展開した上り階段に挟まれる形で、地下へと続く階段がその口を開けていた。
「罠かのぅ?」
探す手間が省けたというより、見つけて当たり前というあっさり具合に躊躇いが生まれる。
同じく階段に気づき近づく匿名 某(とくな・なにがし)に向けるフェイの疑惑も似たようなものであった。
サクシード故に持つ空間認識能力で地下へと続く繋ぎがその階段しかないことをシェリエに伝える某は、上か下かと聞かれたら下に行くと、行くべきは地下と主張する。
「俺は魔女でも学者でもないが、実験の際はなるべく外部からの干渉は受けない環境を望むはず!」
下り階段に集まった契約者の面々を眺め、某は一階の窓を指で示す。
「ましてや誘拐した人を窓とか外部にすぐ出られる上の階に置いておく事はない! ……だよな?」
断言するものの疑問形で締めくくるパートナーに、一理あると思いつつも説得力が無くなり、従うつもりのフェイは内心、これで間違っていたらあいつぶっ殺すと、密やかに決意した。
「まぁ、某が言うのはもっともよねぇ。外から見ても窓だらけだったし。どうする、シェリエ? 下に行く?」
暗い下り階段の奥のほうでほんのりと照明の揺らぎを発見したルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、使用中ではあるみたいと促した。
「他に何も無いみたいですね」
舞華の言葉にシェリエは小さく唸る。
簡単に侵入できたのもそうだが、この呆気なさが気に障った。まるで馬鹿にされている気分だ。手並み鮮やかに略奪した者が、宝の隠し場所に奪還者が現れても何もしないというのが、腑に落ちない。
――と。
死臭が濃くなった。
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