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リアクション
【その日、彼女は想いを過去にした】
「ふーっ。今日もここは賑やかね」
アガルタの地に降り立ったリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、長旅の疲れからか。ぐぐっと伸びをした。
だが肌で彼女は感じ取っていた。何かが違う、と。
(緊張してる? いつもの騒がしさじゃないわ)
どこかピリピリとした空気に内心警戒しつつ、店へと急ぐ。
「いらっしゃ……あ、オーナー!」
店へ入ると、店員がどこかホッとした顔でリネンを出迎えた。リネンは挨拶もそこそこに街について尋ねる。
「――なるほどね。荒事が増えてる、と」
「はい。今日も店内で喧嘩があって」
それで店員はリネンを見て安堵したのだろう。リネンは大丈夫よ、と笑う。
「さっ今日もよろしくお願いね」
「はい!」
元気よく仕事へ戻った店員を見送った後、リネンは目を細めた。
(ちょっと調べてみる必要があるわね。……美咲たちは何をしてるのかしら。ああ、でもここを空けるのも危険ね)
すぐさまに思考をめぐらしたリネンは、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)の両者を呼ぶことにした。
「ヘイリー? 少し頼みがあるんだけど……うん。そう。私は店も守らなきゃいけないし、表だって動けないけど。便宜は図るから」
呼んだ後は巡屋にも連絡を取る。
「話は聞いたわ。ここは私たちがなんとかする……貸し一つね」
『すいやせん、その』
「いいわ、無理して言わなくて。その代わりヘイリーたちが動きやすいようにして欲しいのと、情報の共有をお願いしたいんだけど」
『それぐらいならかまいやせんよ。あっしらとしても助かりやすから』
話し合いながら、バックアップ体制を整えていく。
「情報のかく乱なら任せて。そっちは物資や見回りの強化をお願いするわ。じゃ、またあとで」
ピッと電話が切れた。
「……で、ヘイリー。オレらはどうすんだ? リネンは『好きにやれ』って言ってたけどよ」
「そうね。各店や……私設警察もできたみたいだから、そことの連携を取りつつ、警邏して回るってところかしらね」
「ふ〜ん。ま、ようやくメイド服を脱げるってわけだから、ありがたいけどな」
「あら。別にそれ着たままでも構わないけど?」
「勘弁してくれ」
「冗談よ」
フフフと笑ったヘリワードに、フェイミィが心底ホッとした顔をした。だが駆け寄ってきた空賊団の部下や借り受けた巡屋の構成員を見て目つきが鋭くなる。
「ま、お礼をもらうためにも、なんとかしましょ」
「おう」
「あなたたちはフェイミィについていって頂戴。反抗する相手に対しては情けは無用よ。ああ、でも一度は降伏勧告はしてよ? 残りはあたしについてきて」
そうして始まった巡回。フェイミィは思わず笑いそうになった。
「おうおう、釣れる釣れる。大漁だなぁっ」
「ぐあぁっ」
細く白い、鍛えられた足を男のみぞおちに突き刺したフェイミィの周囲には、胃液を吐いて地面に倒れこむならず者達がいた。
巡回に出てわずか30分でこれだ。たしかに中央区やエヴァーロングに比べると治安は良くないが、それでも秩序というものがこの場所にはあった。
「ったく、Bストリートは自由な街だけどよ。自由の意味を履き違えるんじゃねーぞ」
「くっそが」
つばを吐く男に、フェイミィは笑みを隠せているか心配になった。
「あぁ、だけど大人しく下につくなら許してやってもいいぜ?」
「はんっ! 誰が――うぐぅっ」
「そうか。断るか……ありがとよ」
鼻で笑った男に、フェイミィは我慢していた笑みを浮かべた。赤い舌が唇を舐める。
「これで思う存分……お前らを、壊せる」
数時間後。裏通りに血まみれの何かがぶら下がっていた。
『従わなければこうなるぜ?』
「い、まの悲鳴は」
「……フェイミィね。随分と楽しんでるみたい」
「たのし」
「そ。降伏を相手が無視したんでしょうね……ああ、そうだった。それであなたはどうする?
こっちにつくなら悪いようにはしないけど?」
ヘイリーは平然とした様子で、しかし少し優しく聞こえる声で震える男達に話しかけた。男達は先程聞こえた悲鳴と、自分達の将来を天秤にかける。
そして最後は、ヘリワードに頭を下げたのだった。
「フェイミィ、随分と活躍してるみたいね。おかげで飴がよく効くわ……どうしたの、その怪我」
「さっき反撃受けてな。まあ、たいした傷じゃねーよ。それよりさっきから個人じゃなくグループで行動してる奴によく遭うんだが」
「こちらもよ」
合流し、情報を交換しながらヘリワードは考え込む。不意打ちでも多勢だとしても、フェイミィに傷を負わせたのだ。その事実は見逃せない。
もしもこれからならず者達がフェイミィたちでもてこずるものになってくるなら、個人の店での防衛は難しい。
(リネンにも伝えておきましょ。コレは本当に、各店との連携が大事になってくるわ)
* * *
「みと! 後ろだ」
「っ! しつこい方たちですわよ! 我は射す光の閃刃、です」
洋の鋭い声にみとが振り返ると、先程倒したと思っていた男が起き上がっていた。すぐさま放たれた光の魔法がその意識を刈り取った。
「……ここ、全暗街は一昔前のヤクザ映画の舞台、新宿とか六本木でしょうか? マフィアみたいに襲撃されます」
一体コレで何度目か。数えるのも嫌になってくる。休憩なしに襲われれば、さすがに鍛えているとはいえ、疲れがたまる。
「ああ。治安は悪いと聞いてはいたが、どうもそれだけではないようだな」
肩で息をするみとに、洋も少し息を乱しながら答えた。
(事前に聞いていた情報とは違う荒れ方だな。他の区でも治安が悪化していると洋孝も言っていた。
それに――)
ピピッと通信が鳴る。エリスからだ。
「次の暴動、テロはどこだ? ……ああ、分かった。とにかく、この際、全暗街の防衛強化を図ろう。騒動を起こすやつは基地に送り込む。
ん? ……いや、エリスは引き続き基地の防衛に当たってくれ。頼んだぞ」
通信を切った洋は目でみとを促す。みとも息を整えて足を動かす。
「みと、構わないので殺さない程度になんでもやれ」
「はい!」
「それと、どうやら巡屋が人員を貸し出してくれるそうだ。借りるだけ借りるぞ。手数が必要だ。班をいくつかにわけて順に警邏を」
「……ふう、いけませんわ。話を邪魔するなんて」
「ぐ、あ?」
話の途中で殴りかかってきた男の攻撃をするりと避けたみとは、にっこりと笑う。
その両手には強い魔力が集まっていた。
「時間が惜しいのですが、まだ暴れられます? 治安維持のためになら多少、手荒い手段取りますが。
ああ、安心してください。殺したりはしませんよ。だって殺すと事務手続き面倒ですし、死体の処理って面倒なんです。その点、石像は楽ですよね。抵抗させないですし、殺さないですし、なにより
留置場に押し込んでも水食料を与えなくてもすみます。最高の手錠ですねえ」
「ひっ、な、身体が――やめ」
洋は人一人が目の前で石化していく光景を淡々と眺めてから、青ざめて動きを止めた男の仲間と思われるならず者たちへ声をかける。
「……今なら普通に拘束してやってもいいが?」
男達はこくこくと首を縦に振った。
(全暗街で主に暴れまわっているのは、ただのチンピラだ。たいした敵じゃないが、何分数が多い。しかも情報によると他の区では手強いやつらも暴れていると聞く……人の意思をかんじるな)
「――みと、そいつらを基地に送り込んだら少し休め。どうやら一日二日でどうにかなる問題ではなさそうだ」
「分りました。お気をつけて」
みとの背を見送った洋は、空を見上げた。天井に映し出された空は、街の空気など知らぬとばかりに、快晴だった。
* * *
その人のことを、優しい人だとずっと思っていた。
『お兄ちゃん! いらっしゃい』
『おう! 美咲は今日も元気だな』
頭をなでてくれる手は暖かくて、その笑顔はとても格好良くて……大好きだった。
その瞬間。
耳が壊れそうな音と衝撃、熱を感じた。母が庇ってくれなければ、自分はどうなっていただろうか。
辛い【真実】を知らずに済んだのだろうか。
『う、そだ』
『……嘘じゃありやせん。あなたの両親を殺したのは――』
本当に、大好き『だった』のに。
* * *
アガルトピア中央区電波塔。シンボルマークの白鳥座が描かれた出入り口は、今日も見物客で騒がしかった。
笑顔で出てくる家族を見て少し微笑んだ清泉 北都(いずみ・ほくと)は、思う。
(できればこのまま荒立てずにいきたいなぁ)
秘書からの要請で、北都は電波塔前を警戒していた。
とはいっても観光に影響が出ないよう、いつもの執事服ではなく、コートを着て一般客に紛れ込んでいる。
「ここが電波塔かー」
「よっしゃ、登ろうぜ」
一組の男女が電波塔内へと入っていく。北都の横を通り過ぎたとき、北斗の動きが一瞬とまる。
だが何気ない様子で歩き、電波塔を珍しげに見上げながら中へと入っていった。
時計の秒針のような音が、微妙にずれた状態で聞こえてくる。男がしている腕時計以外に、音の発生源は見当たらないのに。
(それにあの足の運び方。意識して音を立ててるみたいな感じ……なんか変だよねぇ)
展望台へとやってきた男女は、自然な形でカバンをその場に置き忘れた。
北都は忘れ物を発見して驚くフリ。カバンを手に取ればどしっと重く、ちっちっちっと音が聞こえ、何か不思議な香りがした。
「このカバン、あなたのですよね?」
2人の肩へ手を置く。
問い詰めようとしたその時、北都を悪寒が襲った。これは――。
そうして北都が2人組みを捕まえた少し前。
白銀 昶(しろがね・あきら)は街を歩いていた。電波塔の見える範囲を歩く彼のくび元には、北都が禁猟区を施したお守りがあった。
昶は耳をぴんと立てる。普段と同じように見える街の音を聞き、街の空気を肌で感じ、街の空気を吸う。
(……ん? 今の匂い――火薬かっ?)
吸い込んだときに捉えた火薬の匂いに目を向ける。3人組の男達が、観光マップとたくさんのお土産袋を持っていた。
「よお、迷ったのか?」
近づいて話しかけると、匂いがきつくなる。小さく呟いた。
「火薬くせーな」
「!」
男たちの顔色が一瞬で変わり、別の男が持っていた水を昶にかけた。
「あ、だいじょ……ぶですか?」
それがタダの水でないことは、平然としている昶に驚いていることから明らかだった。
「あー、大丈夫大丈夫。気にスンナ」
言いながら死角から差し出されたナイフを取り上げ、首筋を叩く。がくり、と男の一人が崩れ落ちた。
残り2人は自分達の不利を悟リ、逃げた。
「昶! ようやく見つけた……ん、その人たちは」
のだが、『自然と』現れた北都が逃げ道を塞いだ。無理に通ろうとした2人だったが、北都がその動きを『補助』したために逆にバランスを崩して転倒した。合気道の応用だ。
「大丈夫ですか? ああ、大変。怪我をされてますね。治療を」
倒れた2人に、有無を言わさせない笑顔で言葉を投げかけた。
その後の取調べで、男女の方は麻痺効果の強い煙を発生させる装置を設置し、その煙で展望台にいる人間の脱出を防ぐ役。あとの3人組は外で小さな爆弾を爆発させて誘導させ、後に電波塔を中の人たちごと爆破するつもりだったらしいことが分かった。
電波塔爆破未遂は、こうして大騒ぎになることなく収束できたのだった。
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