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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼女は消えうせた】


 アガルタには、最近良いニュースがあった。
 ニルヴァーナ人が数名ではあるが無事救助されたのだ。数名はしばらく療養となったものの、今はリハビリを頑張っている。他の健康なニルヴァーナ人たちは新しい故郷に慣れようと、こちらも努力している。

(それに、土星くんだってあんなに喜んでいたというのに)

 眼鏡の奥の目を鋭くさせた酒杜 陽一(さかもり・よういち)は唇を噛み締めた。彼は目の前で見ていた。だからこそ、アガルタの治安が悪化しているという報せを放っておけるわけはなかった。
 
「……ふうっフリーレさん、次は?」
 背後にいるパートナー。フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に声をかける。フリーレはディテクトエビルや殺気看破で街への悪意を探っていたのだ。
 閉じていた銀の目をそっと開けたフリーレは、やれやれと息を吐いた。
「私は悪意探知機か? 全く……」
 文句を言いながらも、フリーレは陽一に場所を教える。
「近いぞ。そこを右に曲がれ」
 指示を出しながらも意識を集中。悪意を見失わないようにする。

(善人でも時として悪意を持つ事もあるだろうが、強い殺気を抱く者はそうはいない……どうやらコレはアタリのようだな)

「しかし、電波塔を爆破か。タダ暴れまわるやつらだけ、ということでもなさそうだな」
「……ああ。だけど、俺たちがすることは変わらないさ」
「たしかに……どうした?」
 連れてきていたシャンバラ国軍軍用犬が、突然地面のにおいを嗅ぎ始めた。何か気になる匂いがあったらしい。
 フリーレと陽一は顔を見合わせ、頷く。
 軍用犬を追いかけながら、陽一が恋人の名を冠した剣を握り締めた。
 複雑な路地を駆け巡っていると、殺気が突如膨れ上がり、横から突き出された拳が陽一の肩に突き刺さった。
 フリーレは驚きをすぐに抑え、周囲を確認する。家と家の隙間は1メートルちょい。周囲に人の気配は無いが、ここで大きな魔法を使えば建物が崩壊し、ソレに巻き込まれるかもしれない。
 何より陽一の大剣はこの狭い中では不利だ。
「陽一!」
「ああ、わかって、る!」
 顔をしかめたまま、陽一が剣を上に投げた。陽一に攻撃を当てた男――サングラスをかけた黒スーツの男だ。周囲に仲間の気配は無い――は、予想外の行動に警戒して後ろに跳び退った。
 その隙にすぐ剣を宙で掴んだ陽一は、男をじっと見つめた。先ほどまで相手していたならず者とは明らかに違う。

(慎重で、冷静。呼吸は落ち着いている……! 右足が少し下がった。なら次は)

 突撃してきた男の拳を受け止める。ちらとフリーレを見れば、目線で誘導すべき方角を示された。
 なんとか少しずつ、その場所へと男を誘導する。
「ぐっ(攻撃が、重い! それに速い。でも、だからこそこいつは今回の騒動について何か知っているはずだ)」
 今まで捕まえた者たちは、誰かにそそのかされたり雇われたものたちばかりだった。街を守るためにも、なんとか手がかりを得たい。
 その想いが陽一の背を押した。
「よくやった。――最後の審判!」
「っ!」
 光の雨が男に降り注いだ。身軽な装備であったぶん、ダメージも大きいはずだ。
 ぐったりとした男の顔からはサングラスが外れていた。どこにでも居そうな青年だったが、その目を見た陽一とフリーレはぞくりとした。男が笑う。

「我が主に捧ぐ」

 陽一とフリーレが思い切り後ろに飛ぶ。その一瞬後に、男は――爆発した。


* * *


『お前と関わった者は、全員不幸になる』

 生まれてからそう言われ続け、私はそうなのかと自然とそれを受け入れていた。
 だから関わらないようにしてきた。そうするのが当然だと思っていた。

『ほら、行くぞ』
 初めて差し出された手を振りほどけなかったのは、私の弱さなのだろう。
『俺は不幸になんてならない』
 その言葉を、嬉しいなんて、感じてしまったのは。

『お前と関わらなければ、こいつらはこうならなかったのにな』

 父親が淡々と告げる。血たまりに倒れこんだあの人は、青ざめた顔で私を見返した。
 目だけで父親の言葉を否定してくれたあの人は……いや。

 あの人が救おうとした私は、もういない。



* * *


「え? 自爆って……うん、うん。分かった。気をつける。他のみんなにも伝えとくよ」
 伝えられた情報に、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は顔をしかめた。この急激な治安悪化の裏に誰かが居るのは確か。その誰かにたどり着くためには情報がいるのだが、その情報を得ているものが躊躇無く自爆をするとなると、少々厄介だ。

(ただでさえ治安が悪化してて、善良な市民や観光客の人が巻き込まれたりしてるって聞くのに……自爆もしてくるとなると、対策を練り直さないと)

 ひとまずは、各店にその情報を伝えるのが先だ。
「うん、ちょっと厄介な話なんだけど……あ、ちょっとごめん。メシエ」
「ああ、分かってるよ。――まったく。休憩中だというのに忙しないね」
 電話の途中で温和な顔を鋭くしたエースの声がかかる、前にメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は動いていた。
 さきほどまで彼は見回りに出ており、今は身体を休めていたのだが、休む暇はないようだ。

 メシエが外に出れば、手に大きなハンマーを抱えた男たちがニヤニヤと笑って立っていた。
「……猫たちと遊びたい、わけじゃなさそうだけど。何か用かな」
「いや、何。その猫たちの泣き声が煩いから何とかしてくれって、頼まれてな」
「そうそう。頼まれちゃしょーがないからなー」
 6人の背格好も年齢も異なる男たちは、しかし似たような空気と下品な笑みを絶やさない。メシエは隠そうともせずに不快感を表した。
(――頼まれた、ね。誰に頼まれたのかな)
 エースの営む『にゃあカフェ』と近所の関係は良好だ。今まで問題になったことは無い。……表に出てこなかっただけの可能性もあるが、悪意があれば何よりも猫たちが敏感に気づくだろう。
「それは申し訳ない。しかしここで話すのも他の人の邪魔になる。少し場所を変えようか」
「――ああ、別にいいぜ」
 男たちは少し悩む素振りをしたが、相手が一人であることで自分達が有利だと思っているのだろう。あっさりと頷く。
(あまり表だって争っては治安悪い印象を与えてしまうからね……うむ。それにしても、この中には居なさそうだ)
 後ろから着いてくる男たちの様子を密かに伺ったメシエは、どうやらエースの手は必要なさそうだと判断し。窓から目が合ったエースに小さく首を横に振った。
「さて、ここらでいいかな。それで要求を聞こうか」
「なに、簡単なことだ。金をくれりゃいい。今だけじゃねぇ。毎月、な」
「断るよ。そんなもったいないことにお金を使う余裕は無いからね」
「なっ? 客や店がどうなってもいいのか?」
「どうなるのかな? 危害を加えるというのなら、私も手加減はしないよ」
 余裕たっぷりに返すメシエに、男たちは苛立っていた。力で訴えてくるなら、こちらも力で返すのは当然だろう、とメシエは思う。
「一度痛い目みねーとわからねーようだな。やっちまうぞ!」
「……やれやれ。それはこちらが言いたいところだ」
 密かに高めていたメシエの魔力が、強烈な光となり雨のように降り注ぐ……かと思えば、突如周囲を雪が舞った。

「さて。誰に頼まれたのか。教えてもらおうか」

 男たちは、喧嘩を振ってはいけない相手に振ったのだと気づいた。もう遅いが。



「ああ、ひどい怪我だね。ちょうど隣に病院あるから治療してあげるよ。……大丈夫。人間だって『動物』なんだから」
 にっこりと笑い、隣に在る動物病院へと男たちを促すのはエースだ。男たちはその笑みに恐怖を感じて逃げ出そうと暴れるが、その身体を植物が巻きついて押さえ込んでいるため逃げられない。

「さて、と。SSSに連絡して引取りに来てもらおう。……ああ、メシエおつかれ。俺が見回りいくし、後始末は他の人にお願いしたから、しばらく休んでていいよ」
「そうさせてもらおう」

「ということだから、俺と店の外でちょっと話し合おうか。君達に解りやすい方法にしてあげるから」

 普段温和な人は、怒らせると怖いのだ。


* * *


 アガルタを知っている人たちに、『ラフターストリートはどんなところですか?』という質問をすれば、10人中8か9人がこう応えるだろう。
『騒がしい街』
 その街で店を出している佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)もそう思っているが、

「たしかにラフターストリートは騒がしいけど、その意味を誤って使われると困るねぇ」
 最近の治安悪化については少し怒りも覚えていた。店をともに経営している真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)も小さく決意を固めていた。
「どうもかなり無差別に狙われてるみたいね。となると……私も黒くならないとだめかな」
 ラフターストリートと全暗街の被害を最低限に抑えるためにどうするべきか。考え込む。
 一度目を閉じた西園寺が目を開けたとき、いつもとは違う西園寺がそこにいた。すぐさま丁稚を呼ぶ。
「ラフターストリートは被害が出たら連絡をする場所を2、3箇所用意しておいたらいいかな。そこに待機させた人を派遣する感じで」
「なるほど……それはいいですね」
「という案を協議したいから、みんなに集まるように連絡してほしいの。なるべく急いでね」
「はい!」
 弥十郎は真名美の動きを見て、彼女の意見が通りやすくなるように、全暗街の知り合いへと話を通しておく。

「皆で街を護りましょう。理由はわかんないにしても今はみんなの街なので」
『はい、そうですね』
「その上で、根本原因は根っこからつぶしとか無いと。何人か捕まえたら連絡ください。真名美が優しく尋問しますので。
 ……えっと、あの激辛はまだストックあったっけなぁ。あと、調味料の毒もつかえるかなぁ」
『佐々木さん?』
「ほら……騒がしい街ですから、彼らはそれを分かって手をだしてきてるんですよね」
『え? まあ、そうでしょうね』
「なら……少しくらい痛い目を見ても苦情でませんよねぇ」
『そ、そうです、ね」
 何事かブツブツ呟き始めた弥十郎。笑っているが、少々顔が怖い。

 そうして店の裏の倉庫に、大勢が集まっていた。西園寺が「黒幕を探し出す」ことを提案をする。
「でも入ってきた情報によると、配下の人たちは追い込むと自爆したらしいの。だから深追いは禁物ね。街を守ることを優先して」
「はいっ!」
「待機場所はすでに確保してあるわ。必ず班毎に行動して。単独での活動は控えること。ローテーションについては――で、長期戦になりそうだから休める時には休むこと」
 指示を飛ばしていく。のんびりやっている暇は無い。

「異臭騒ぎがあったそうです。倒れた方もいるそうです。きちんとした装備を忘れず向かってください」
「爆破があったわ。瓦礫が散乱してるから、撤去へ向かって。……ええ。全暗街の基地の人に話は通してあるわ。捕まえた人は、一度コチラに連れてきて頂戴。引き出せる情報があるかもしれない」
「すみません。今月の収支報告書です。確認をお願いします」
 街を守るために奔走しているとはいえ、店も通常営業している。丁稚が持ってきた書類に目を通し、入ってくる情報に耳を傾け、的確に指示を出していく。

(……あの手強い相手の報告がほとんどないわね……数はいないということかしら)

 敵の数は多いものの、質が低いなら確実に対処していればそのうち、簡単に雇われたりそそのかされる者は減っていくはずだ。情報操作をしてくれている人たちもいるみたいだし。

「ここが正念場ね」