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リアクション
【その日、彼は親心を知る】
シーニーが酒ビン抱えて逃げ出している時、シーニーを食堂へと放り込んだ笠置 生駒(かさぎ・いこま)はというと、街を見回っていた。
(ん〜、人手が足りないから手伝ってくれって言われてきたけど)
生駒はちょうど飛んできたイスを手で受け取った。飛んできた先では、何やら喧嘩が起きている。
「今日はやけに騒ぎが多いよね〜」
いつも騒がしいラフターストリート(B地区。略称ラフター通りorBストリート)とはいえ、今日だけで生駒がこうした騒ぎにあうのは、もうすでに両手の指の数を超えている。
「とにかく、騒ぎを止めないと……ジョージ」
生駒は周囲を見回して怪我人を発見した。自身はそちらへ向かいながら、背後にいたジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)に騒ぎの鎮圧を頼む。ジョージは頷き、街を見渡すために登っていた屋根から、4速歩行のまま飛び出した。
もちろん。今日も今日とて服は着ていない。だが彼の場合は毛が深いので問題は無い……はず?
「あんた、大丈夫? あ〜、ぱっくり裂けてるね。今担架と人を呼ぶからちょっと待ってて」
足を怪我したその人に声をかけてから、どこかへと連絡を取る。その背後では
「ウキーーーーーーー!」
猿の鳴き声が響いていた。……え、こんな街中に?
「ウキキキキっ!」
「な、なんだこいつは?」
「猿だと? どこからきやがった」
大きな猿、もといチンパンジー、もとい、ジョージが、人間の言葉を話すのも忘れるくらい興奮して喧嘩をしていた男達の間に割り込んだ。互いが持っていた凶器をさっと、奪い。
「ウッキーーー!」
人の言葉でお願いします。
何事か説教し始めたジョージだが、生憎と猿の言葉を理解できるものはこの場には誰もいなかった。……そんな人がいるのかも不明だが。
「わーっ猿が暴れ始めたぞ!」
「つ、通報しろ! 警察を呼ぶんだー!」
「ウキっ? ウキキっ?」
誰かが叫んだ言葉に、さしものジョージが「違うぞ、ワシは」とでも言いたそうな顔をしたが、やっぱり猿の言葉のままで。
その後、生駒が怪我人を搬入している最中に警察がジョージを捕まえ、釈放されるまで少し時間がかかったとかいないとか。
「むう。ひどいめにあったの……これも奴らの仕業か」
「そうだね……あ、あっちから悲鳴が」
「ウキーーーーー!」
「あっちはジョージに任せてっと……瓦礫が散乱してる。危ないから片付けとこう」
とにかくその日、人助けをする猿の噂と、大暴れする猿の噂がラフターストリートを駆け回ったという。
どちらが真実であるかは、各々の判断に任せるとしよう。
「ジョージ。そっちも終わった?」
「うむ……しかし、気になるな」
ならず者をのしたジョージが考え込む。どうも、倒した男たちがただのならず者と言うには少し手強かったと感じたようだった。いや、実際。一発攻撃を食らってしまった。
殴られた頬が少しはれている。
「なんか急に忙しくなった感じだし、何かあるのかな」
* * *
そうして治安が悪化する数日前。
飯処・武流渦の女将の格好で買い物に出かけていた黒崎 天音(くろさき・あまね)が、見知った顔――巡屋美咲を見かけた。誰かと楽しげに話しているようだ。
「あら、美咲ちゃ――」
天音が上げかけた手を下ろす。
「ハーリー……あいつを、私は」
美咲が先程までの笑顔を消していた。
(ハーリー? 総責任者の? 一体何の話を)
美咲がこうしたどんよりした目を浮かべるとき、彼女はいつだってA地区。アガルトピア中央区(略称アガルトピアor中央区)の方角を見ていた。
ハーリーの名前が出てきたことで、天音は確信する。やはりあれは、総司令部の方を見ていたのだ、と。
結局この後、天音は美咲に声をかけることなく帰宅。しかし気になった天音は、店を訪れたヤスに
「この間、美咲ちゃんが綺麗な女性と仲良く話しているのを見かけて、少し妬けちゃったわ」
声をかけた。ヤスの眉がぴくりっと動いた。天音はそのしぐさを逃さない。
「もしかして、あの人が美咲ちゃんを元気にした『ある方』なのかしら?」
ヤスは――
「……ある意味、そうかもしれやせん」
「ある意味?」
「すいやせん。これ以上は……恩を仇で返すことになりやすので」
ただ、悲しげな顔をして笑った。
* * *
「……なあに? そんなに気になるの?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が苦笑気味にハーリーへ声をかける。ハーリーは後ろを振り返っていた自身にハッとしたようで、同じような苦笑を浮かべた。
「いや、悪い」
2人が今いるのは高速飛空艇「ホーク」の中で、あともうすぐで学園へとたどり着くだろう。運転しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が冷静に告げる。
「信頼できるやつに任せてきたのだろう? ならばお前のすべきことは」
「ああ、悪い。分かってるんだけどな」
もう一度後ろ――街がある方角を振り返った。
「俺、今まで一箇所に留まったことあまりないんだ」
商人時代はもちろん店を持つこともあったが、自身の居場所は転々としていた。だがとある決意を持ってニルヴァーナに来て、地下の空間を偶然発見して、街を作って――。
「俺はニルヴァーナ人じゃねーけど、間違いなく。あそこは俺の家だ。とても大事な……場所なんだ」
とても温かな顔をしていたハーリーだったが、最後に小さく付け加えた。
「だからこそ、あいつに狙われる」
「え?」
「いや……ん。あれが創世学園か。近くで見ると、ほんと立派だな」
「……ああ。向こうについてからの予定は頭に入っているな」
ダリルはちらとハーリーを見てから再び操縦へ意識をきりなおす。ハーリーもその気遣いに乗る。
「あ、そうそう。ありがとな。学園の関係者にあんまり知り合いいなくてさ、助かったぜ」
「気にしないで。涼司もラクシュミも歓迎してくれてたし」
学園では山葉涼司が案内を買ってでてくれ、さらに校長ラクシュミとの会談が設けられているのだが、ハーリーと2人は親交が無い。その間を取り持ってくれたのがダリルとルカルカだった。
(この訪問が具体的な成果を生めるといいな)
ルカルカは心からそう思い、彼の補佐として同行を願い出たのだ。予定を立てたのも彼女だ。
「これ、学園の簡単な見取り図ね。飛空艇はここで停めるから、そこから――」
お手製の見取り図を元に、簡単に内部の説明をしていく。
(ココに着くまでは特に何も無く順調。問題はココからか)
ダリルは立てた予定を思い起こしながら周囲を見回した。おそらく、だが目に見えていない護衛者も多々そこにいるはず。
(視察を成功させるためにも、トラブルは避けたい。できれば起こる前に解決したいところだが、難しいかもしれんな)
いざとなればハーリー、学園関係者、他の順で優先して護る。
「あ、涼司!」
「ルカ! と、あんたがハーリーか?」
「はい。アガルタ総責任者のハーリー・マハーリーと言います」
お見知りおきを、と改まった風に挨拶するハーリー。さすが元商人。人当たりがいい。
「ま、立ち話もなんだからな。案内するぜ。校長達も待ってる」
涼司の案内で校内を歩く。ハーリーが窓から外を見て呟く。
「……聞いてはいたけど、充実してるな」
「えっと設備のこと?」
「そうだな……アガルタも結構広いんだが、もう大分開発してるからな。ここまでの設備をそろえるのは、ちっと難しそうだ」
「学校は何も、設備だけが全てじゃないだろ? それにアガルタの方もかなり整えてるって聞くけど」
「え、まあそうなんですが。学生からいろいろ要望が上がってましてね。設備の増強ってのが多いんですよ」
アガルタは地下にある巨大な空間を利用して作られた街だ。元々はニルヴァーナ人たちがここで移動式住居の組み立てやスークシュマを作っていた工場だった場所。
巨大な空間でありながら頑強で崩れないのは、ニルヴァーナの技術力で人工的に作られたからだ。そしてこれ以上空間を広げるのは、現状では難しい……いや、不可能だ。
だからこそ、限られた範囲内でできることをやってはいるのだが。
(それぞれの区に学校はあるけど、大学となると中央区にしかねーからな。せめて大学だけでももっと充実させてやりたいんだが)
ハーリーは、直接会ったこともない学生達の要望を、心からかなえてやりたいと思っていた。……学生だけじゃない。街に住む全員の要望を叶えたい。そう心から思っている。
(街に危害を加えたりしようとしている奴らだっているし、俺が嫌いだと思ってるやつらもたくさんいるだろうけど、なんでか嫌いになれないし、憎めないんだよな)
子どもを持つ親の心ってこんな感じなのだろうか、とハーリーは思う。
(――あの人も、そんな風に俺を見てたのか?)
『俺を舎弟にいれてくれ! ケチジジイ』
『礼儀を覚えてから出直してこい、このクソガキ』
懐かしいやり取りを思い出し、床に倒れこんだあの人が同時に思い浮かんだ。
「……で、ここでラクシュミが……どうかしたか?」
「あ、悪……すみません」
いつの間にか校長室にたどり着いていた。ハーリーが気を引き締める。校長室の扉が開く。
「ニルヴァーナ創世学園へようこそ。校長のラクシュミです」
「アガルタのハーリー・マハーリーです。このたびは視察を受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ……彼らを助けてくださって、ありがとうございます」
ラクシュミの声に、少し涙が混じっていたが、誰もそのことは指摘しなかった。
「少し提案があるんだが、いいか?」
自己紹介を終えたのを見計らい、ダリルが声を発する。
「姉妹校となり生徒や授業の交換・交流というのはどうだ? 双方得るものは大きいはずだ。
総合的に伸ばすより互いの得意分野に集中できるし、生徒の見識も広がる、経済活動も盛んになるぞ」
ダリルの提案は、ハーリーにとってもありがたかった。先程の設備についても、分野を限定することで実現性が高まる。
「もちろん! こちらとしても依存はないわ! むしろ大歓迎! アガルタにはスークシュマがいるし、遺跡もあるから、ニルヴァーナの文化や技術に興味のある子は多いと思うの」
「なら今度はアガルタへの視察に来るってのはどう? 一度見てもらった方がいいと思うの」
「そうだな。むろん、ラクシュミが直接でなくとも構わないが……アガルタはいい街だ。視察関係なくとも、一度きてくれ。案内しよう」
「俺も一度行ったことあるけど、夜景が綺麗だったぜ」
「ありがとうございます。また日にちが会いましたら、遊びに来てください。お二人とも、歓迎しますよ。彼らも喜ぶでしょうし」
「わ、ありがとう! うん、行ってみたいな」
交流についてはまた後日、詳細をつめることになった。とりあえず今回はハーリーがしっかりと学園を見て回るのだ。
「ごめんなさい、私が案内できたらよかったんだけど」
「いえ、お気になさらず……っ!」
突如ルカがハーリーの前に立ち塞がりロイヤルドラゴンを発動した。
ドラゴンが羽を広げると同時にダリルがハーリーの背後を守るように動き、涼司はラクシュミを引っ張った。
一瞬後、窓ガラスが割れる。
そこから飛んできたものをルカがキャッチした。握砕術によって潰れてしまったそれは、テニスのボールだった。
「す、すみませーん!」
どうやら生徒が遊んでいて誤まって窓ガラスを割ってしまったらしい。ほうっと全員がため息をつく。
だがダリルたちの目はまだ警戒していた。窓から見下ろした生徒は青ざめており、嘘をついている様子は無い。
確かに先程、明確な殺気があったのだが。
「おいルカ? お前、手」
「あ、ガラスで切っちゃったみたい。ダリル、お願い」
「分かった」
ハーリーが手から血を流すルカに気づいて声をかけると、ルカは明るく言ってダリルに近づく。
「ダリル、これ」
「……ああ」
ルカがボールをダリルにそっと渡す。
ボールには鋭い切れ目があり、そこからは小さな刃物が覗いていた。
* * *
誰もいないはずの木の上に、彼らはいた。気配を押し殺すだけでなく、ベルフラマントも身につけたその姿を発見することは容易ではない。
(今のは……)
ハーリーたちの会談を見守っていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき) は、ボールが入れ替わったのをしっかりと見ていた。
ひとまず中の人間が無事であることを確認し、ボールが飛んできた方角(生徒とは別の)を見る。
5、6人が各々談笑している特に変わったことの無い光景がそこにはあったが、
「呼雪、あそこにいるのって」
一緒にいたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も気づいた。
「ああ……たしか巡屋美咲、だ」
「全暗街の元締めさんがなんでこんなとこに?」
ヘルの疑問も最もだが、呼雪は一緒に行動している者たちが気になった。
(いくら巡屋とはいえ、友達にしてはガラが悪すぎないか?)
普通の学生に扮してはいるが、隠し切れない空気が、普通ではないことを呼雪たちは察した。
「さっきのボール。関係あるのかな」
「さあな。よく分からないが、気をつけておくべきだろうな」
「うん、そうだね……何もおきないのが一番なんだけど」
ヘルの願いは、おそらく叶わないだろうなと呼雪は割れた窓ガラスを見て思う。
(秘書に依頼を受け、情操教育等にも有益な視察になると良い……と思っていたが)
「呼雪、あれ」
考え込んでいる間に、可笑しな動きをする生徒を見つけ、少し苦笑が零れる。気を引き締めた途端に出番があるとは。
「こっちは準備オッケーだよ」
「ああ、いくか」
合図とともに、バハムートが刃物をきらめかせるその背に向かっていき、実体化した物語が呼雪の歌うままに動き出した。
何かが始まろうとしていた。
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