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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【若社長奮闘記】若社長たちの葛藤

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【当タルカレーまんと、お・も・て・なっしー】
※寒いジョーク注意報が出ました。皆さん、ご警戒ください。


「きたぞ! アタルカ!」
「……アガルタ、ね」
「なんでたった4文字が覚えられないんだ?」
「まあ細かいことはいいじゃん。早く行こう」
 アガルタの地名を覚えられないランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)白波 理沙(しらなみ・りさ)龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)が呆れた顔をし、レミリア・シンクレア(れみりあ・しんくれあ)は先を急かす。ランディもお腹減った、とけろりとしている。……また名前を間違えそうだ。
「はぁ。しょうがないわね。悠里、ここら辺で食べられるところある?」
 理沙が悠里を振り返る。悠里は観光MAPを片手に、そうだなー、と飲食店を探す。
(今回は食べ歩きが目的だからな。軽く食べられるところは――ああ。ここならいけそうかな)
 悠里が声を出そうとした時、嗅覚を香ばしい匂いが刺激した。ランディとレミリアがぴくりっと反応した。
「カレーだ!」
 視線が、今まさに通り過ぎようとしていた店へと向かう。

 西欧の、フランスの田舎にありそうな外観。……看板には『焙煎嘩哩『焙沙里』アガルタ店』と書かれてあった。
 宿屋のような雰囲気だが、スパイスとハーブ料理(主にカレー)の専門店。
 観光地図に載っていない、オープンしたての店だ。

 理沙が困ったように笑う。食べ歩きにカレー……しかしながらこの2人ならカレーを一杯二杯食べたところで問題は無いだろう。
「少しだけよ。いろいろ回るんだから」
 苦笑しながら、4人は店の中へと入っていった。メニューは想像したよりもたくさんあり、目を引いたのは『みなさんの好みを聞かせてください。一人一人にあわせたお料理をお出しします!』と書かれていたことか。

「いらっしゃいませなのですよ〜」

 出迎えてくれたのは愛らしい少女、舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)。金色の髪を揺らし、緑の瞳に一杯の歓迎を表していた。
(ふふ、カレー屋さんはホント、久々なのです)
 カレーを作ることが好きな彼女は、こうして誰かに振舞うことも好きなのだ。

「名物は『リッチカレー』と、それをベースにした激辛チャレンジメニュー『霊柩車カレー』シリーズなのですー。アガルタ店の限定、熱砂カレー『アガルタの風』なんかもおすすめなのですよ」
「じゃあリッチカレーを2」
「4人分くれ!」
「ちょっとランディ……あと――」

 理沙はランディに呆れつつ、飲み物を人数分頼む。

「わかりましたのですー。ちょっと待っててください」
 カレーっていってもいっぱいあるんだなー、という男の子の声を聞きながら舞衣奈は店の奥へと入っていく。ちょうどその時、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が奥の調合室から出てきたところだった。
 手にはパラミタ・イルミナスの香辛料店より直接買い付けたこだわりのハーブやスパイスを調合したオリジナルのスパイスがある。客の好みに合わせて調合したものを基本ルゥに足すのが、彼女達のこだわりだった。
 そのこだわりが引き起こす味と香りが、客の心を掴むのだ。
「ネーおねえちゃん、リッチカレー4つなのです。初めてのお客さんなのです」
「うん、分かった。じゃあ辛さはいじらない方がいいかな……あ、それとさっきのお客さんが、『アガルタの風』おかわりだって。いれてもらってもいい?」
「分かったのです……辛さについて何か言ってましたです?」
「ちょうど良かったって言ってたよ。手が止まらないってすごく喜んでた」
 ネージュの言葉に、舞衣奈のヤル気がプラスされた。おかわりしてくれた、ということは気に入ってくれたということだ。日々の研究や努力が実を結べば、誰だって嬉しい。

(これからももっとがんばって、熱くて辛くてもっと食べたくなるカレーを目指すのですよ)

 気合をいれるように拳を握った舞衣奈の笑顔を見て、ネージュは鍋をかき混ぜながら微笑む。

(ふふっ私もがんばらないと! ……うん、いい香り。そろそろかな)

「お待たせしました! リッチカレー4つです」

「おおっ美味そう! いただきます」
「いただきます!」

 手を合わせたランディとレミリアが早速と食べていく。その顔はとても幸せそうだ。つくりがいがあるというもの。
 その様子を見ていた理沙は、夕食はまたここに来よう、と決める。
(……少しお腹を開けておかないといけないわね)

「じゃあ、行きましょうか」
「ごちそうさま!」
「美味かったー」
「ありがとうございましたー」

 理沙たちは笑顔で食べ歩きに戻っていった。
 
「とても喜んでくれてたのです!」
「うん、嬉しいね」
「あ、ちょっと思いついたのですが、鍋焼きカレーはどうです? 細かくみじん切りにした野菜に粗挽きのお肉、粗挽きスパイスや輪切りや丸ごとの激辛唐辛子などもふんだんに入れて」
「……おいしそうだね。うん、やってみようか」
 舞衣奈の提案に、ネージュは頭の中で味を想像し、笑顔で頷く。まだまだ寒い季節が続く中、見も心も温まってもらえるだろう。
 今、アガルタの街は少し沈んでいるが、自分達のカレーで少しでも元気になってくれれば……。

「あ、いらっしゃいませー」

 そうしてやってきた次の客を、2人は笑顔で出迎えた。


* * *


 お昼時、を少し越えた頃。佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の『フリダヤ』はピークを終え、少し遅い昼休憩に入っていた。
(今日のまかないは……ああ、見習い君か)
 弥十郎は当番を誰か確認し、少し楽しみになった。どんなものを作ってくれるのか――当人を眼で追いかけると、なぜか彼は厨房ではなく部屋へと向かってしまった。
(体調でも悪いのかな)
 心配になって覗いてみると、彼は熱心にノートを眺めていた。時折ブツブツと何か小さく呟きながら一通り眺めた後「よしっ」と小さく気合を入れた彼はノートを置いてイザ戦場(ちゅうぼう)へ意気込んでいった。
 気になり手に取ったノートには、びっしりと調理法やレシピが書かれてあった。どうやらこれを確認しに来たらしい。
 彼の努力を日々感じ取っていた弥十郎は、しかし苦笑する。

「これは……なかなか、ワタシの味を盗んでるけど、まだまだだねぇ」

 肝心なものが書かれていないノートに、まだ彼に料理を任せるのは早いかな、と考える。
(働き始めてそこそこ経つし、そろそろと思ったんだけど)
 期待していた分、少し残念な気持ちになっていると、奥で経理の仕事をしていたはずの西園寺が顔を出した。
「弥十郎、こんなところにいたの? 料理できたって」
「今行くよ」
 時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていたらしい。ノートをきちんと元の場所に戻してから、厨房へと向かった。
 全員が揃っている中、テーブルに置かれているまかない飯。漂う香りに、弥十郎は「ん?」と首をかしげた。あのレシピ通りならしないはずの香り。
「……いただきます」
 一口食すと、弥十郎は納得した。ノートの通りなら物足りないと感じていただろう料理には、しっかりと調味料が付け加えられていた。
(これは……なるほど。少し辛味を加えたんだ……うん、やるねぇ)

 食していた弥十郎の口元がかすかに緩んだ。しかしあえて無言のまま食べ終わった弥十郎は、食器を持って立ち上がる。流しへ持っていく途中、緊張している見習いの彼の背を叩いた。

「あ、そうそう。明日から卵焼き任すから。しっかりお願いするねぇ」
「はい! ……えっ?」

 料理の感想ではなく、ただそれだけを述べた。

(……卵焼き、か。そろそろ料理させていこうってところかな)
 西園寺は呆然としている見習いの初々しい反応に微笑んだ。と、同じような顔をしていたスタッフと目が合い、笑いあう。

「弥十郎が貴方に卵焼きを任せるって。うちの裏看板なのでよろしくね」
「は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
「さっきのまかない。美味かった。ごちそーさん。これからも頑張れよ」
「はい!」

 頭の中がパンクしそうな様子にもう一度笑ってから、西園寺は手を叩く。オーナーの顔に戻っていた。
「さて、あと30分休んだら、夜の準備を始めるよ。今日は予約も入ってるからみんな頑張ってね」
「はいっ」
「あ、弥十郎、獄辛のサターンマンを用意しておいて。なんか用意しておかないといけない気がするから。あなたは普通の方用意しといて。これから冷えるしそろそろ学生が帰ってくる時間だしね」
「はい!」
「わかった」

 フリダヤの一日はまだ終わらない。むしろ、これから。

「……あったあった。ここだな。『661のさたーんまん』ってのがテイクアウトできるみたいだな」
「さたーんまんって凄い名前ね」
「なんでも当たりの激辛まんを当てると、良い事があるんだってよ」
「それは嬉しい、けど……激辛か〜」
「美味かったらなんでもいいや」
 悠里の説明に理沙が「あたって欲しいような、欲しくないような」と微妙な顔をした。
「まっ。みんなで食うには面白いし、寒くなってきたからちょうどいいかもな」
「それもそっか。じゃあ……すみませーん、さたーんまんを……6個ほどください」
 人数分買うつもりだった理沙だが、ランディレミリアのキラキラした目を受けて、多く注文する。
「熱いのでお気をつけてー、ありがとうございます」
「ありがとう……はい、悠里」
「お、サンキュ」
「それで私のっと……残りは2人のね」
「おいしそうだなー。あっ、あたしこっちがいい!」
「じゃ、俺はこれ! とこれ!」
 一個ずつの理沙と悠里。二個手に取ったランディとレミリア。……さて、当たりはこの中にあるんだろうか。
 どきどきしつつ、一口。
「……美味しい。けど、ハズレなのね」
「俺のも普通に美味しいな」
 ふっくらした生地。中身の具もこだわっているらしく、しゃきしゃきした食感も良い。
「うまーい!」
「すげーな。さーたんまん! うまい!」
「……さたーんまん、ね」
 全員が頬を緩めた。どうやら今回は当たらなかった様……?

「うっ」
「ランディ? どうかし……」
「もしかして当たったか?」

 ひどい顔をしてこくこく頷くランディは、口直しといわんばかりにハズレの方を一口。笑顔になって、今度はまた当たりを口にし、と交互に食べ始めた。その表情の変化が面白く、思わず笑ってしまう。
 ランディは意味がわかってないらしく、首をかしげている。その横で黙々とさたーんまんを食べていたレミリアだったが、フリダヤの店前に置かれたメニューを見て
「……あ、コレもなんか美味そうだなー。よし、次はコレ頼んでみよっか」
 気になった料理があるらしい。ランディも同じように覗き込み
「これも美味そう……あ! これとかどうだ?」
「いいね! うん、全部食べよう!」
 メニューを全制覇しようと言い出した2人に、悠里がやれやれと頭の後ろをかいた。ランディが頬を膨らませた。
「えー? 色々食べるんだろ?
 別に店を変えなくても違うものを喰えば一緒じゃねーのか?」
「たしかに美味しかったけど、普通は食べ歩きっていうのは色々なお店のモノを少しずつ食べるから『食べ歩き』というのであって、コレは単なる食事では……さっきもカレー食べてたし」
「カレーは別腹だ」
「どんな腹だよ」
 理沙が声をかけるも、ランディとレミリアの目はメニューに釘付けで、堪能するまで動きそうに無い。
「おい、理沙。この2人は全部のメニューを食べ尽くすまで動きそうにないし、オレたちだけで行こうぜ」
「……仕方ないわね。ランディ、レミィ。私たちは次行くから、ちゃんとここで待っててよ」
「分かった!」
 意気揚々と店内へ入っていく2人に不安を感じつつ、理沙と悠里は次の店へと向かうことにした。
「次は――にゃあカフェだっけ? んっと、ここからだと」
「あ、その角を右だな。あとは道なりに行けば」
 
 余談だが、ランディとレミリアという大食い二人が入っていったフリダヤはとても忙しかったが、休憩の時に追加でさたーんまんを作っていたおかげでなんとか乗り切ったらしい。