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リアクション
【にゃんこなお見舞いではっくしょん!】
※風邪にはお気をつけください。
「いらっしゃいませ。2名様ですね、こちらへご記帳ください」
理沙と悠里を出迎えたのは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)。柔らかい口調でにゃあカフェについて説明する。猫たちにしてはいけないこと、していいことというルールもだが、部屋についてもだ。
今回、また新しい部屋ができていた。
猫は好きだが猫アレルギーの人や猫は苦手だがここのお茶やケーキは楽しみたい人向けの部屋で、接客を行うのはメイドロボ(猫耳エプロンドレス)。テーブルに設置された端末では猫達の画像を見ることが出来る。
「へぇ〜、別に猫たちと触れ合うのは大丈夫だが」
「ゆったり画像を見ながらケーキ食べるのもいいかもね」
「わかりました。では、こちらの席へ」
料理担当のエオリアとしても、メニュー目当てに来てくれるのは嬉しい。笑顔で頷く。頭の中で、カップル専用メニューの在庫を確認した。
席へ案内している途中、ベルが鳴った。手が離せないエオリアに代わり、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が向かう。
「エースさん、お久しぶりですな」
やってきたのはイキモ一行だった。朗らかに笑うイキモの後ろには、重たい空気を背おった2人の少年。エースは2人をちらと見てから、笑顔で中へと案内する。
「新しい部屋を作ったんだ。ドブーツさん、どうしても動物嫌いならここ使ってもらっていいよ」
「う……む。助かる」
緊張していたドブーツが、猫たちのいない部屋に通されてほっと息を吐き出した。ただ、テーブルに設置された端末の映像を見る目は優しく、嫌いというわけではないのか、とエースは思う。
(できたら猫たちと触れ合って欲しいけど……さっきの緊張具合を見るに、まだ無理そうかな)
無理やり触れさせるわけにもいかない。何よりも画像を楽しんでいるようなので、そっとしておくことにする。
「あ、ジヴォートさん、ちょっといいかな?」
「ん? どうした?」
少しぼーっとしていたジヴォートは、その声にハッと振り向いた。
エースは気にせず、テーブルの端末を見せた。
「今は猫たちの画像だけなんだけど、猫以外の画像も選んで見れるようにしたいんだよね。そういうプログラムを扱ってないかな?」
「……なるほどな。提供自体はできると思うけど費用が……プレジ!」
顎に手を当てて考え込む姿は、先程までの頼りない少年から、社長へと変わっていた。名を呼ばれたプレジが駆け寄ってくる。ジヴォートから話を聞くと、頷く。
「そうですね。費用に関しては、広告を載せていただければ何とかなるとおもいますが、技術面に関してはドブーツ様の社の方が優れてらっしゃいますので、共同開発というのもアリかもしれません。画像に関しては、当社は多数保持しておりますので提供するのは問題ないでしょう」
「だな。まあとにかくここですぐに決めるのは無理だから、一度社に持ち帰ってもいいか? 検討してみる」
「もちろん、それでかまわないよ」
「……ドブーツ様のほうにも話を通しておきます。ドブーツ様、メソド」
ドブーツたちへと駆け寄るプレジの姿を、ジヴォートと見送る。しかしその顔がひどく苦しそうなものに見え、エースはジヴォートを2階へと誘った。
「みんな待ってるよ。ジヴォートさんたちが来たって知ったらきっと喜ぶ」
「あ、ああ。今行く」
* * *
何事もないといいが。
セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、少し顔色の悪いハーリー・マハーリーを見てそう思った。
見舞い、という名目で約束を取り付けたのだが、見舞いの発案者がマネキ・ング(まねき・んぐ)なだけにセリスは不安を隠せない。
車椅子に腰かけたハーリーに、マネキがふんぞり返りながら何かを差し出した。書類の束のようだ。
「フフフ……ハーリーよ。アガルタの復興は大変であろう。
我も微力ながら協力する……後は、この書類の山にサインを押すだけである」
マネキの言葉にハーリーは首をかしげながら書類を受け取り、中を見る。それは先日の一件で傷ついた街の復興についての提案書だった。復興自体は進められているが、街の空気はまだ沈んだまま。それを盛り上げるための企画が載っていた。
内容はまともだった。
(……いや、安心するのはまだはやいな。マネキのことだ。どっかに何か――!)
すっかり警戒しているハーリーが紙をめくっていくと。
『ハーリー死亡後の財産をマネキ・ングに譲る』
という文章が。
怒りのせいか。少し青白かったハーリーの顔に血色が戻っている。
「……マネキ」
「なんだ。さっさとサインを押」
「押せるかー!」
叫んで否定するハーリーに、マネキは平然とした顔のまま。
(まともに見舞いするわけはないと思ってはいたがなん書類を渡してるんだ……あとは、アレがどうなるか)
セリスは呆れながら、つい先程のことを思い出す。
それはいつものごとく仕事をしていた時のこと、
「ふぅ……なんとかアポは取れたし、発注も終わった。あとは――ん? マイキー?」
特徴のありすぎるマイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)の姿が厨房へと消えて行ったのを怪訝に思いそっと覗き込むと、そこにはマネキもおり、何か話していた。
「ポウッ! なんてこった! ハーリーさんが危篤状態だって!?」
「…………」
「なるほどね! わかったよ。愛の戦士であるボクがセリスの作ったアワビ料理に、愛のスパイスをふりかけるよ!」
マネキの声は小さくて聞こえないが、まあ……マイキーの言葉だけでも意味は大体察せられた。
気合を入れるマイキーの前には、セリスが作ったアワビ料理があった。奇妙な動きをしたマイキーが、まるで何かを注ぎ込むような動作をした。
いや、実際に注ぎ込まれていた。慈悲のフラワシと僥倖のフラワシが。
「ん〜、いい出来だね! この愛溢れる料理を食べたら、ハーリーさんも絶対元気になるね!」
一部始終を見ていたセリスは、どうしようか散々悩んだ。だが悪いものは入っていない。もしかしたら本当に元気になるかもしれないし、下手に取り上げて自分の知らないところでもっとやばいものを入れられてもソレはそれで困る。
悩みに悩んだ末、セリスは『何も見なかった』ことにした。
(いや、俺は何も見ていない)
現実逃避している間にも、マネキが問題のブツを取り出していた。
「さて、冗談はここまでだ……今日は我らから見舞いの品を用意した」
「見舞い、ねぇ」
「我が、養殖場にて採れた小商人には過ぎたる神々の食べ物クロアワビだが、車椅子生活を送る人間がたちどころに回復すると定評のあるそうなので、アワビマスターであるセリスが調理させたものだ……ありがたく味わうがいい。……フフフフ」
「クロアワビっ? へぇ、それはまた豪華な」
ハーリーの顔が少し綻ぶ。水気のないアガルタにおいて、魚介類は貴重だ。それが外でも高級なものとなるとなお更。そのようなものを見舞いに持ってきてくれるのは、申し訳ない反面、嬉しくもなる。
「そりゃありがたく」
「お待ちください」
受け取ろうとしたハーリーに、今まで黙っていた彼の秘書が口を開いた。秘書の女性は、眼鏡の奥からマネキをじっと見つめる。
「あなた様方を疑うわけではございませんが、先日もハーリー様は襲われたばかり。中身を確認させていただきます」
秘書はそれを毒見するという。
そこまで注意を払うのも、無理は無いかとセリスは思う。ハーリーは元気を装っているが、疲労の色が濃い。体力も落ちているのだろう。そんな状態で何かあれば、今度こそ命を落とすかもしれない。
今ハーリーが倒れれば、街への影響も大きい。
そして、ボディガードが一口アワビを食べる。……10秒。20秒。
「ポウッ愛を! 愛の戦士たる私が愛の護衛をするんだよ、ポウッ!」
突然奇声を上げるボディガード。奇声だけでなく、奇妙な動きをするボディガード。元気そうではある。元気そうではあるが、普通の状態ともいえない。
「……気持ちだけ貰うことにするわ」
「そうしてくれ」
「ぐぬぬ」
結局ハーリーがそれを食べることは無かったが、見舞いに来てくれたこと自体は嬉しかったらしく、笑顔で2人を指令部の出入り口まで見送った。
「ありがとな」
「……礼を言っている暇があるなら、小商人らしく小商人らしい小商人の顔に戻ることだな」
「ああ。そうす……っくしょん」
「いきなり風邪か?」
「いや……どこかで噂でもされてるのかもな」
「噂、か。そういえば、あの喫茶がなくなったそうだな――」
「まあさすがにここを占拠しておとがめなしはな」
* * *
「フハハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ククク、ここが新しい拠点だ」
どうだっと言わんばかりに部下(戦闘員)たちに自慢しているのは、先日の一件――総司令部占拠により秘密喫茶を追い出されたドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。しばらく姿を消していたのだが、新たな拠点作りをしていたらしい。
以前は喫茶の姿をとっていたが、今回は完全なる悪の秘密結社オリュンポスのアジトだ。作戦会議ができる部屋や、今ハデスが乗っている演説台、実験室などなど。工夫がこなされた秘密基地となっている。……もちろん、認可はおりていない。
少し高くなっている台の上から秘密基地を見回したハデスは、うむ、と大きく頷いた。
「フハハハ! 今後は、この新たなる拠点から、アガルタ征服を目指していくとしよう!」
「消毒だー!」
演説の途中途中に合いの手が入る。これも日々の訓練の賜物……どうかは知らないが、今日もオリュンポスは平常運転のようだ。
ハデスは満足そうに、特徴ある声で笑う。
「ククク。そのためにも、協力者を探すぞ! 共にアガルタ征服をなしえるだろう者を探すのだ!」
てきぱきと的確に部下へ指示を出していく様子を見ると、なんだか残念な気持ちになってしまうのはなぜだろう。
協力者以外にも、自分達の戦力の強化。アジトの充実、周囲への警戒など、まだまだすべきことはたくさんある。なんといっても、引っ越してまだ短い。さらには私設警察、巡屋の監視の目などもある。隠れながらの活動となる。
しかしこうした騒動の目が動き始めるということは、少し暗くなっているアガルタの街が、以前のような活気に溢れた空気を取り戻すのは、そう遠い日ではないのだろう。
「フハハハハハックション! む。誰かが我らの噂をしているようだ。アガルタ征服もそう遠い日のことではないな!」
……ということにしておこう。
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