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リアクション
【友情ばかりは発信できず】
※それができたら楽であったろうに
「へえ、想像以上に大きなところね」
「そうですわね。長年経営されてるちゃんと実績もある会社ですから……まあ、先代の時よりは規模が小さくなったようですが」
大きなビルを見上げた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)の感想に、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は頷いた。取材のアポをとる際に下調べをしていたのだろう。
今回2人は、とある会社――放送局へ取材に来ていた。まだ一般公開されていないその建物には、RBCと書かれてある。
ライキ放送株式会社の略称だ。
まあつまり、ドブーツの会社である。
2人は警備員に身分証を提示し、受付で説明を受け、社員の案内で高層階へと向かう。
(中もしっかりしてる……ここなら私達の零細ミニコミ放送局で出来ない番組を作ってくれそう)
理沙は社員の説明を聞きながら、嬉しく思っていた。
放送局、ということは彼女達のライバルでもあるわけだが、民放局がアガルタにできたことで
「この街も田舎脱出ね!」
と純粋に喜んでいた。
理沙たちができない部分を補充してくれるのでは、という期待もあった。
(タレント、バラエティ……他のタレントさんと楽しくバラエティ番組か)
理沙の顔が先程とは違う笑みへと変わっていった。セレスティアはそれをみて、短く息を吐く。
「……理沙。もうすぐ社長がこられますわ」
腕でからだを小突き妄想から呼び戻す。戻ってきた理沙はハッとして、頭を取材モードへと切り替える。
するとちょうどよくドアが開き、ジヴォートたちを案内してきたドブーツがやってきた。ドブーツはジヴォートたちの案内を秘書に任せ、理沙たちへと歩み寄る。
「すまない。待たせたか?」
謝るドブーツにいいえ、と微笑を返す。それからマネージャーにカメラを回させる。
「『アミーゴ・アガルタ』の時間です」
「今日は新しいスポットを紹介するわね。まだ一般公開されてないんだけど、特別に入れてもらったのよ」
前口上を述べた後、ドブーツの会社の説明をセレスティアがよどみなく行う。
「ということで、社長さんに直接お話を聞いてみましょう。ドブーツさん。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「まず最初なんだけど、どうしてアガルタに支局を作ろうと?」
「……ここは素敵な街なので、お手伝いが出来れば、と思ったのがきっかけです。
何が出来るかと考え、街をもっと活気付けるためにできることは、当社の強みを生かした情報の提供では無いかと」
「なるほど。たしかに街は広いですから、余所で起きたことが中々伝わりにくいというのはありますね」
「じゃあRBCでは、ニュースを主軸にしていくのかしら?」
「そうですね。あとは娯楽も少ないようなので、バラエティも考えておりますが……今まで放送局があまり無かった分、アガルタの芸能人はおられないようなのでまずはそこから発掘する必要がありますが」
社長として、普段のむすっとした顔ではなく、朗らかに笑って答えているドブーツを、ジヴォートの青い瞳が見つめる。
ドブーツは、10歳の頃に社長になった。とても苦労しただろうとジヴォートは思う。最近社長になったジヴォートですら大変なのだ。わずか10歳の友はどれだけ苦しかったのだろうか、と。
(でも俺は、その苦労を支えることもしなかった)
彼が帰ってくれば、また3人で過ごせるなんて、夢ともいえない非現実を胸に抱いているだけで。
現実からジヴォートが逃げている間にもドブーツはいろんなものと戦っていた。一番大きいのは、あくどい商売から手を引いたことだろうか。父親とは全く違う路線を進んだがために、ジヴォートの養父と敵対に近くなり、その距離がさらに遠くなった。
(ああ。ちゃんと社長してるんだな。俺なんかよりよっぽど……当たり前か。俺より長く社長してるし責任感強いし……無理とかしてねーかな……してるんだろうなぁ)
後悔に嫉妬と心配が混じったなんともいいがたい感情がうずまく。
最終的にジヴォートが行き着いた感情は――。
「……? ジヴォート、様?」
隣にいたエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)は、ジヴォートの手が小さく震えていることに気がついた。目を覗き込めば、何も映していないかのような暗い青。――いや。
(怖いのですね)
何がなのかは、エリスには分からない。だけどジヴォートが何かを恐れているのは分かった。だから震える手をぎゅっと握る。
ジヴォートは驚いたようにエリスを見た。エリスが無言のまま見つめ返すと、ジヴォートは泣きそうな顔をして「ありがとう」礼を述べた。
だがするりと手を抜き取り、
「親父のとこ、いって来る。またあとでな」
その場を後にした。エリスは、彼の後姿をじっと見送った。今の彼には、何を言っても届かない気がしたのだ。
場所は変わって、セレスティアーナ一行もアガルトピア中央区を散策……視察していた。
「この地区は相変わらず背の高い建物が多いな」
ふわーっとビルの天辺を見上げるセレスを見たルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、笑いながら口がぽかんと開いていることをやさしく指摘する。慌てて口を閉じる姿を好ましく思いながら口を開く。
「ここはアガルタの中で人口密度が最も高い区だからねー。ちなみにあのビルに私の会社のオフィスがあるんだよ」
「へぇ……しかし、行き交うものたちの服装や雰囲気も、ラフター通りとは全然違うな!」
「そうですね。他の区と違い、個人の店よりも企業が多いですから、スーツ姿の方が多いですね。また総司令部がある区でもあるので、経済的にも一番発展しており、企業家たちが多数……アズール様、どうかされましたか?」
詳しい説明をし始めたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だったが、セレスの顔が段々と不満げになっていくのに首をかしげた。分からないことがあったのかもしれない、と尋ねる。
しかしながら、セレスの不満は別のところにあったようで。
「今日はお忍びだから敬語はなしだぞ!」
「そ、れは」
ダリルが珍しく困ったように口ごもる。後ろで「そうだそうだー」とセレスを煽っているルカルカに、「とりあえず御主は黙っておれ」と夏侯 淵(かこう・えん)が声をかける。
「えー、なんでよー」
「むしろ御主が敬語の使い方をダリルに教わると良いのではないか?」
「だ、大丈夫だもん」
「ふっどうだかな」
「なによー。ちゃんと使うときはちゃんと使えるんだから!」
2人がそんなやりとりをしている間に、ダリルも覚悟を決めたらしい。彼自身にも自覚はあったようだ。それでも彼の根幹にはセレスを敬い畏れる何かが根付いている。
深々と一礼をしてから
「そういえばルカと風船屋なる温泉宿に度々行っているそうだが、何かおかしなことをされなかったか?」
まだ少し固い口調ではあったものの、いつもと同じ話方になった。これ以上を求めるのは酷だろう。セレスもそれには気づいたのか、満足げに頷く。
「ちょっとダリル! おかしなことって何よ」
「……そうだな。あの時食べたお菓子は上手かったぞ!」
「そ、れは何よりで」
とまぁ、ひとまず落ち着いたようだ。意識を切り替え、次なる視察の場所へ向かう。
「じゃじゃーん! そしてここが噂の新スポット(になるかもしれない)RBC放送局よ」
建物の前で歓声を上げる一行……不思議な光景だ。
と、その時。建物から誰かが、先頭を歩いていたセレスとぶつかる。
「大丈夫? って、ジヴォートじゃない」
セリスを助け起こしたルカルカの呟いた名に、淵は情報を呼び起こす。
(たしかルカが仲直りのきっかけを作りたいと言っていた人物だったか。噂の友人はそばにいないようだが)
友人どころか、親も秘書も護衛もいない。ふむと頷いた淵は、しりもちをついたジヴォートに手を差し伸べ、助け起こす。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。わりぃ」
そうしているうちに、建物の中から血相を変えたイキモやドブーツたちが出てきた。その様子を見れば、すぐにでも関係はよくなりそうだが。
「最初からドブーツ殿と回ればよいのに、何ゆえそうせぬのだ?」
「っ!」
(なぜってそんなの……あれ? なぜだっけ? あれ、俺なんでここにいるんだっけ? 父さんのところに行こうとして……なんで外に出てるんだ?)
ジヴォートは、血の気が引いた顔で呆然としていた。まるで、他の行動を全て忘れたかのように――呆然と。
その日はもう遅いのと、ジヴォートの顔色があまりにも悪かったため、ホテルへと戻ることになった。
少年の心は、まだ晴れない。
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