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百合園女学院の進路相談会

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百合園女学院の進路相談会
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(……ど、どうしよう)
 自分で招いておきながら。
 或いは、部屋に入っておきながら。
 桜井静香はテーブルを挟んでがたがたと震えている茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)にどう接していいものか、戸惑っていた。彼女は俯いて肩を縮こまらせ、膝に突っ張った拳をぎゅっと握りしめている。顔は見えない――というのも、頭に被ったシスターベールが両頬に垂れて隠していたからだ。
 清音の方も、どうしてこうなっているのか解らなかった。
(静香校長以外……ってお願いしたのに、どうして……?)
「……あ、あの」
 躊躇いがちに静香が声を掛ける。
「あまり緊張しないで、大丈夫だから。……あのね、僕じゃない方がいいとは思ったんだけど、最後くらい向き合いたいなって思って呼んだんだ」
 茅ヶ崎清音は、若干、男性恐怖症である。百合園女学院の敷地外から出た事が無い、ということでも知られていた。
「目を合わせなくてもいいから、話を聞いてほしいな。……うーん、この場合だと話をして欲しい、かな。難しそう?」
 清音はぎゅっと目を瞑ったまま、こくこくと頷いた。それから恐る恐る、
「あ、あの……私の単位は大丈夫でしょうか?」
「……欠席率だよね」
 静香の手元のデータによると。臨時講師でも郊外実習でも、宿題……課題でも、とにかく彼女は男性との接触を徹底的に避け――つまり欠席、未提出を貫いていた。
「……あんまり良くはないけど……卒業には足りてるよ」
「……そ、そうですか。良かったです」
 清音は薄らと目を開いた。汗ばんだ自分の拳が見える。
「進路……なのですが。その、ここから出ないで済む方法として短大、認定専攻科と先延ばししてきただけなのは自分でも判っています。
 でも、まだ無理なんです。正直に話しますと……し、静香校長がそうだと知った時は倒れるかと思いました」
「た、倒れる……」
 静香は口の中で繰り返す。そこまでのショックを与えていたとは、知らなかった。
「次の日からはお姿が見えないように逃げて……最近、ようやく慣れて、いいえ本当の事を考えないようにして、平静を保てるようになりました。けど、まだ不意に出会うとだめかもしれません。知らない間は平気だったのですから、これっておかしいですよね」
「……でも、男性が苦手な人っているし、嘘をついてたのは僕なんだから――」
「わかっています、きっと他にも……そういう人がいるんだろうという事は。か、考えないようにして……その。ごめんなさい」
 清音はまたぎゅっと目を閉じた。
「つまり、男性のいない進路を選びたいっていうことでいいのかな……?」
「は、はい。それで聞きたいのですが、認定専攻科卒業後に百合園に残る方法ってあるんでしょうか。もし駄目なら、宮殿に男子禁制区域があって、そこに住み込みってできるんでしょうか。それもなければ、修道院でしょうか……?」
 清音が男性が苦手で、進路に何を重視するかということは、実際には、静香は面談前に予想が付いていた。だから、調べておいたことをなるべく穏やかな声で告げる。
「百合園に残るには、教師や事務や、用務員や……警備、は無理そうだよね……あと、家庭教師的な仕事もあるよ。だけど、外部とのお付き合いもあるから、完全には避けるのは無理だと思う。
 宮殿には男子禁制の区域があるし、女性にしか出来ない仕事もある。男の娘を意識してしまうなら……こちらの方が、今よりは、頑張れば男性との接触が少なくなると思う。住み込みもできる場所があるって聞いてるよ。
 最後に女子修道院だけど……これは地球の修道院になるかなぁ」
 ――ただ。
 そもそも清音が男性恐怖症になった原因は彼女のパートナーキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)にあった。彼が偽名と偽の写真を使って、騙して契約したのが(そして本当の彼の姿が)トラウマになっているのだ。
 彼は百合園の校門を潜れず、何度も潜ろうとして失敗し、しかし一方では「ろくりんくん」としてシャンバラ内では清音よりも有名である。
 静香は一つ提案をした。
「……ねぇ、一緒に散歩に行こうか?」


「進路相談を行うと聞いたワ。パートナーとして同席しないわけには行かないワヨネ!」
 日時も不明なのに、パートナーが絶対に受けると決まったわけでもないのに、キャンディスは今日も百合園の門をくぐろうとして……失敗していた。
 原因の半分は仮装用のカツラとブラで女装していることで、後の半分は、学生証に張った守護天使の写真のせいであったが、そのどれか一つだったとしても、200パーセント拒否されたであろう。単に原因が二つだから、原因を半分こしただけのことだ。
「キャンディスさん、こちらへ」
 そのキャンディスに声を掛けたのは、伊藤春佳だった。
 彼女は門を出ると、門から離れた壁に彼を連れて行く。……何の変哲もない、壁。壁越しに一本、樹が見えるだけだ。
「校長、キャンディスさんをお連れいたしました」
 その木に向かって、春佳は声を投げる。そうして彼に向かって微笑んだ。
「最初で最後……かもしれませんわね。余計なお世話でないといいのですけれど」
 キャンディスが何だろうと疑問に思っていると、壁越しに、声が聞こえた。
「や、やめてください……!」
 そこにはキャンディスが積もる話をしたい相手が――パートナーがいる。