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リアクション
4、物語よ、止まれ
ゴール地点周辺
「中間地点の観客席で爆弾を発見したらしい。本命はあっちだ」
爆弾発見の一報を受けてやってきた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が、通信機から聞こえてきた言葉を繰り返す。
「こっちはフェイク、ということだろうか?」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が聞くが、
「こっちだって十分危険よ。一応、観客席に面してる大型モニターだから、破片だって飛ぶし、観客席に落ちる可能性だって」
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の支えるはしごの上で、爆弾をかちゃかちゃといじりながら言う。
「外して大丈夫なのかどうか、わからないわ……ここで解体するしかない」
ゆかりが息を吐いて、言う。
「やはりそうなるでありますか……コルセア、頼むでありますよ」
「オッケー。さてさて、始めますかね……」
最初の爆発現場から駆けつけた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)に促され、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も爆弾へと近づく。
「アリア、頼む」
「うん。ボクに任せておいてよ」
ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が、涼介に親指を立てて前に出た。
「エメリー」
「ん」
アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)とエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)も頷きあう。
「カーリー、この格好で大丈夫?」
「着替えてる時間があるかもわからないでしょ……私たち、一応爆弾の処理をしに来たんだから」
マリエッタの言葉に、ゆかりは両手に持ったドライバーなどの小道具を見せる。が、はしごを支えている状態だと、ゆかりはおしりに白いもこもこのついている、一風変わったレースクイーンにしか見えない。
「なら、俺たちは観客の避難をさせよう。できる限り、この場所から人を遠ざける」
牙竜は言う。
「そうですね。モニターの近くでトラブルがあったことにして、近くを立ち入り禁止にしましょう」
龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)も言い、手の余っている者たちに指示を出し始めた。
「唯斗、反対側のモニターは?」
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は無線機に向かって声を出す。
『もしもしセイニィ? こちら忍者さんですよー。こっちに爆弾は見つからずー。そっちだけみたいだなー』
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の声が皆の耳に届いた。
「このエリアでは、これが最後の爆弾ね」
衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が口にする。
「そうとわかれば、」
「やるっきゃないね!」
ゆかりとアリアクルスイドが言い、皆が頷いた。
スタート地点周辺
「こちらさゆみ! 倉庫内で爆弾を発見!」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が通信機に向かって叫ぶ。
「あわ、あわわ、カイザーの飛行機に爆弾が!」
さゆみたちについてきた虎之助が騒いでいる。ここは彼もファンであるカイザーの所属するチームの倉庫で、しかも、彼が決勝で乗る予定の飛行機に爆弾はくっついていた。
「さゆみさん、アデリーヌさん、爆弾解体のスキルは?」
爆弾を見ながら酒杜 陽一(さかもり・よういち)が聞くが、二人は首を横に振る。
念のため虎之助にも視線を向けたが、彼は二人以上にぷるぷると何度も首を振った。
「……タイマーには、まだ余裕がありそうだけど」
陽一は考えるようにして口にする。
「どなたか、解体スキルを持つ方で、こちらにこれそうな方はいませんか?」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が無線機に話すが、
『こっちも解体で手一杯よ!』
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の声が聞こえてきた。
通信機の向こうが騒がしい。本命があったせいか、中間地点では避難が始まっているようだった。
「待ってるしかないのかよっ……」
陽一が悔しそうに呟く。さゆみたちも、わずかに表情をしかめた。
中間地点周辺
「やっと気づいたようじゃな」
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、爆弾の仕掛けてあるエリアが慌しくなったのを確認して立ち上がった。
先ほどまで報道陣席にいた、セレンたちも爆弾解除に向かっている。こちらには気づくまい。
「悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」
刹那はふふ、と小さく笑って、指を小さくぱちり、と鳴らした。
観客席に仕掛けてあった『小型空中機雷』が、赤く光りだした。
「ふふんっ、ご主人様お任せ下さい! 爆弾だろうがなんだろうが、この超優秀なハイテク忍犬たる僕の手にかかれば、下等テロリスト共の作る茶地な爆弾なぞ、全て解除してみせましょう!」
忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が胸を叩いて言う。
「こっちもできるだけやってみる。もしものときのために、何人かは客の避難を頼む!」
朝霧 垂(あさぎり・しづり)も爆弾を眺めながら言った。
「できるか、ナオ」
「構造上はシンプルな感じですから……なんとかなりそうです」
千返 かつみ(ちがえ・かつみ)の言葉に、千返 ナオ(ちがえ・なお)は大きく深呼吸をして口にする。
「私が爆弾の構造を書き記そう」
ノーン・ノート(のーん・のーと)がペンを持った。
「私たちは避難誘導を」
「そうだな。行こう」
雅羅と、女の子を抱えた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が外に出ようとする。
そのとき、外から大きな破裂音が響いた。
「なんだ!?」
ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が叫ぶ。
「こちら中間地点、なにか爆発した! 客が慌てて動き出してる!」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)が通信機に向かって叫んだ。
「こんなときにっ、なんなの!?」
遠野 歌菜(とおの・かな)も叫ぶ。
「ウィル、これは、とんでもないことになりそうじゃぞ!」
ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)も叫び、
「みんな、どこに行けばいいかわからないんだ!」
ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)が状況を確認して言った。
観客席では我先にと、押し合いへし合いで人々が動き出している。多くの悲鳴と泣き声が聞こえ、倒れたり、転がったりする人々が見えた。
「みなさーん、落ち着いてー! 落ち着いてくださーい!」
「慌てないで! 順番に、順番に動いてください!」
いち早く騎沙良 詩穂(きさら・しほ)、芦原 郁乃(あはら・いくの)に秋月 桃花(あきづき・とうか)が声を上げていた。
「みなさん、こちらです!」
「落ち着いて行動してください! 前の人を押さないで!」
羽純に歌菜、ウィルとファラも、声を出して客を避難させ始めた。
「どうなってるの!」
混乱した観客席を見て、セレンが叫ぶ。
「テロリストが近くにいたってこと!?」
隣を走るセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、周りを見回しながら言った。
「………………」
そんな二人を、刹那は観客席の一角から見下ろしていた。
「あ、あれは!」
セレンと、一瞬だけ目が合う。それは本当に一瞬で、刹那はすぐさまその場を離れていた。
「刹那……く、あいつもいたなんて!」
セレンは悔しそうに叫ぶが、
「今は爆弾が先よ。どうせこの混乱なら、あとを追うこともできないわ。やすやすと尻尾を見せる相手でもないなら、なおさら」
セレアナが冷静に口にし、「そうね」とセレンは頷いた。
「セレンさん、爆弾の解体を頼む!」
途中、夢悠と雅羅とすれ違う。夢悠は抱えた女の子を雅羅に預け、怪我をして倒れている人の元へと向かう。
「【ヒール】! ここはオレたちがなんとかするから!」
倒れている人に回復魔法を浴びせながら、夢悠は叫んだ。
「ええ、任せるわよ!」
セレンは人差し指と中指を立てて叫び、走り去った。
「爆弾自体は単純な爆弾だ。ほら、あとはこれだけで!」
ぱちん、と、垂は一本のケーブルを切った。
たちまちデジタルのタイマーの電源が切れ、垂がいじっていた爆弾は機能を停止する。
「あ」
「あ」
が、それと同時に声が響いた。なにごとかと思って垂が視線を動かすと、ポチの助、ナオが見ていた爆弾だけでなく、周りにある全ての爆弾に動きがあった。
残りカウントが、全て「60」となっていたのだ。
「はあーっ!?」
垂は思わず叫ぶ。ちょうどそこにセレンたちもやってきて、「どうしたの?」と声をかけた。
「大変だ! この爆弾、全部連動してやがる!」
垂が大声で叫んだ。
ゴール地点周辺
「なんなのよ!」
垂の叫び声が通信機から聞こえた。すでにこの付近の爆弾も、タイマーが進んでいる。コルセアは一度拳を地面に叩きつけ、ふう、と息を吐いた。
「うわぁ、時間が一気に!」
アリアクルスイドも叫んだ。
「アリア、落ち着いて。アリアなら大丈夫。できるよ」
涼介が彼女の肩を叩いて、アリアを落ち着かせる。
「当然。へへ、こんなの朝飯前なんだからね……」
アリアはそう言い、額を流れる汗を拭った。
「落ち着いて、こういうときこそ落ち着くのよ……」
ゆかりも息を吐いて、指先に意識を集中させる。【先端テクノロジー】、【機晶技術】を用い、なんとか爆弾の構造を把握しようと努める。
「時間がないわ……」
エメリアーヌが息を吐く。
「間に合わないようなら最悪、魔法で押さえ込んじゃう?」
線を一本切断し、叫んだ。
「ゆかりさん、どう!?」
アリアクルスイドも叫んだ。皆の視線が、爆弾の構造を確認しているゆかりへと向く。
「………………」
ゆかりの頭に一本のイメージが走る。電気がここを通り、ここにきて、起爆装置が作動する。この装置はこちらに電気を流してはいない。ならば。
「大丈夫……外しても平気よ!」
ゆかりが叫ぶと、そこにいたメンバーはとっさに、爆弾を両手で掴む。
「んじゃあ、やりますかね」
様子を見に来ていた唯斗がこきこきと拳を鳴らしていた。
「どうする気だい!?」
涼介が聞く。
「ははは、爆発ごと消し飛ばすんだよ。爆発を超える超威力で爆弾まるまる叩き潰す」
唯斗がぎらりとした視線を上空へと向けた。
「マリー!」
ゆかりの叫びを合図に、皆が爆弾を放り投げる。
「了解! 【サイコキネシス】!」
その爆弾を、マリエッタが魔法により、持ち上げる。
「【エナジーコンセントレーション】……はああああああぁぁぁぁぁぁ」
【金剛鬼神功】、【鴉】を装備した唯斗が、精神を集中する。
「えーい!」
そして、マリエッタの力で上空へと舞い上がった爆弾に向けて、
「いっけぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」
唯斗が拳を振るった。
収束された圧倒的な力が爆弾を包み込み、爆発させることなく、それを爆弾ごと『消滅』させる。
放出されたエネルギーが莫大なためものすごい風が吹き、その場にいたメンバーは飛ばされそうになったが……互いが互いを支えあい、なんとかして耐えた。
「ふーっ、一丁上がり」
どす、と、勢いよく唯斗が座り込む。
「通信を頼みますよ。ゴール地点周辺、爆弾の処理に成功、ってね」
少し荒い息で、唯斗はそうやって皆に笑顔を向けた。
中間地点周辺
「落ち着いて、大丈夫! こっちです! こっちに、並んでくださーい!」
芦原 郁乃(あはら・いくの)と、彼女の使役するなみこさん(仮)となぎちゃん(仮)は、なんとかして客を落ち着かせ、避難させていた。
「桃花さん、あっちのエリアは大丈夫だ! こっちは!?」
ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は息を切らせて走り、他のメンバーから状況を聞いて回っている。
「こっちももう少しで。こちらにはミアもいますから、大丈夫です」
秋月 桃花(あきづき・とうか)は丁寧に、そう言った。
「ジブリールくん、怪我した人をドラゴンで運ぶ! 手を貸してくれ!」
少し離れた場所で、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が叫ぶ。
「わかった!」
声を聞き、ジブリールは再び走り出した。
「こっちももう少しでー! 中はどうなんですーっ!?」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が少し離れた場所から叫ぶ。
「心配ないと思いたいけどね……」
貴仁は軽く息を吐いて言った。「なんですってー?」と詩穂は聞き返したが、貴仁は答えなかった。
「大丈夫ですか!?」
ウィルとファラが、爆弾を解体している部屋へと入る。
「ちょっと待て……よし終わった、あと五つ!」
垂は最初の一つを解体し、他の爆弾をも無力化していた。
「よーし、いい子だからおとなしく寝ててね……」
セレンもセレアナと並んで、もうカウントが三十を切った爆弾と向き合っていた。
「もう少しなのです……もう少しで!」
ポチの助も、なんとかして爆弾を無力化しようとしている。
「ううっ……」
「深呼吸だナオ、もう少し」
ノーンがナオに話しかける。
ナオは震える手を抑えるように少し強めに左手で握りしめ、ノーンの言うとおりに大きく息を整えた。
「ナオ、俺がやるか?」
かつみがナオの震える手に手を置き、言う。
ナオはかつみの顔をまっすぐに見つめると、首を静かに横に振った。
「俺がやります」
二人とも、信じてくれているんだ。いつもでも頼ってばかりじゃダメだ。
自分でできるなら、頑張らないと。ナオは心に、そう言い聞かせる。
「残りはあと、これだけ……」
一本のケーブルを切断し、残ったのは青のケーブルと、赤のケーブル。
こんな映画みたいな展開に、自分が巻き込まれるなんて。かつみたちは、心の中で笑う。
でも、迷いはなかった。きっかけは、今日の朝の、小さな会話。偶然つけていたテレビから流れてきた、占い。
『ナオ、ナオの今日のラッキーカラーは、青だってさ』
『そうか。ふふ、ならば青いしおりを貸しておこう』
『先生、それどこから出したんですか……?』
ラッキーカラーは、青。
だったら……選ぶときに、迷いはなかった。
最後の一本を断ち切る。
爆弾は爆発せず……タイマーは二十で止まった。
「……この配線を切ったら二階級特進で少佐になるか、明日のアニメを見られるか。それが問題よ」
セレンも最後の一本に、ニッパーを当てた。
「あいにくね。録画の設定、し忘れてきたのよ」
セレアナがわずかに弾んだ声で口にした。
「そ。じゃあ、やることは一つね……っ!」
息を吸って、線を断つ。
きゅうん、という音がして、タイマーの表示が消えた。
「リアルタイムで見ましょう……」
「ええ」
ぺたんと座り込んだセレンの手を、セレアナの手が握り締めた。
「これで、止まるはずです!」
ポチの助も最後の一本を、ばちんと、わざと響く音で切り裂いた。
「やた……」
タイマーは止まった。ポチの助が後ろに倒れこむと、ベルクがその体を支える。
「ふう……十年は寿命が縮んだぜ」
ベルクが言う。
「それは、世界にとっていいことをした気分ですよ」
「やかましいっての」
ベルクはポチの助の頭を軽く小突いた。
「二つは無理だ、ウィル、指示するから手伝ってくれ!」
垂が予備のニッパーをウィルに投げ渡す。
「どうすればいいんです!?」
ウィルが爆弾のカバーを外して叫んだ。
「まずは筒の上にある線を! 両方とも切っちまえ!」
垂も手を止めずに叫ぶ。ウィルは言われたとおりに、二本の線を切る。
「次だ、タイマーを少しずらして、その後ろにある、下に延びてるケーブルを切るんだ!」
言われたとおりタイマーをずらす。
「ど、どれですか!?」
「どれって、一本しかないだろう!」
垂は言うが、ウィルが手にしている爆弾は線が絡まっていて、下に延びている線はぱっと見で、三本ほどは確認することができた。
(間に合わない……)
タイマーはすでに二十を切っている。絡んでいるケーブルを解いて、かつ、切断して。そんな時間は、確保できそうにない。
(でも、させない……爆発など、させてたまるか!)
ウィルは爆弾を抱え、走り出した。
「ウィル、なにをする気じゃ!?」
ファラの制止の声も聞かず、ウィルは観客席下部の部屋を出、スタッフオンリーの扉から外に出た。
「ウィル……?」
避難誘導をしていた羽純が気づき、
「あれ、爆弾っ!?」
歌菜もその事実に気づいた。
観客席の避難はほぼ終わっている。観客席からできるだけ離れれば、きっと、被害はないはずだ。
「【龍鱗化】っ!」
ウィルはスキルにより全身の皮膚を硬質化させ、ぎゅ、っと、強く爆弾を抱きしめた。
カウントは、十を切った。
「貸せ!」
羽純がウィルの体を捕まえ、爆弾を奪い取る。そのまま爆弾を投げると、【アブソリュート・ゼロ】で爆弾の周りに氷の壁を作り出した。
「【カタクリズム】!」
そこに、追いついたファラが強力な念力を送る。
タイマーが、ゼロになった。
強力な爆風が羽純の作った氷を粉砕し、ファラの念力をも上回るスピードで膨張する。
「【氷術】!」
そこにセレアナが現れ、爆風にまたしても氷の塊をぶつけた。その場に居合わせたメンバーは爆風に襲われたが……羽純の壁、ファラの念力、そして、セレアナの術も含めた三重の壁は、爆発そのものの衝撃をある程度相殺した。
「なんとかなったな……」
羽純が大きく息を吐く。「ええ」と、セレアナも口にした。
「ウィル!」
ファラが、爆弾が爆発した場所に一番近いウィルに、近づく。
「ファラさん……」
「ウィル!」
呆然と座ったままのウィルの体に覆いかぶさるように、ファラが彼の体を抱きしめた。
「どうしてそんな無茶をするのじゃ! 貴公にもしなにかあれば、私は……私はぁ、」
そのまま、ファラが涙を流す。ウィルの背中に回された腕は強く強く締め付けられ、ウィルの体をきつく、抱き寄せている。
「ファラさん……ごめん、ちょっと、無茶をしすぎたね」
ウィルは息を吐いて、優しく、ファラの背中に手を回す。
ファラの腕からわずかに力が抜けたが、再び、彼女はウィルの体を強く抱きしめた。
「や、みんな無事でよかった」
羽純の少し後ろで、抱き合う二人を見てにこにこしている歌菜がそう口にした。
「そうだな……なんとか解決だ」
羽純は振り返って言う。他のメンバーたちもぞろぞろと外に出てきていた。おのおの両手を伸ばしたり、手を叩きあったりして健闘を称えている。
「こちら、羽純だ。中間地点、本命の爆弾はなんとか解除。怪我人もいない」
羽純が通信機に向かってそう報告すると、皆の歓声がその場に響いた。
スタート地点周辺
「「あ」」
スタート地点でも、同じことが起きていた。タイマーに書かれた時刻が、残り60となる。
『大変だ! この爆弾、全部連動してやがる!』
通信機から垂の声が聞こえるが、もう遅い。カウントダウンは始まり、残りは一分もない。
「やむをえない!」
陽一は【深紅のマフラー】を長く伸ばし、それを爆弾に何重にも巻き付ける。
そして、それを抱えたまま走り出した。
「陽一さん!」
さゆみが叫ぶ。陽一は、そのまま倉庫の外へと思い切りマフラーごと爆弾を投げ、
「うおおおおおおっ!」
マフラーの内側で、爆弾を爆発させた。
イコンをも破壊する強さを持つマフラーではあるが、爆風がマフラーの隙間から漏れ、その疾風が陽一の、そして、近くにいたさゆみたちの体を直撃する。
陽一の体はカイザーの飛行機に打ちのめされ、アデリーヌもかなり飛ばされた。
「わあっ!」
「ええっ!?」
そして、さゆみは飛んできた虎之助と折り重なって倒れる。虎之助の体がさゆみの顔付近に飛んできて、ふにょん、とかすかに柔らかな感触がした。
爆風で倉庫内はめちゃくちゃになったが、爆風によるもので、爆発による被害は皆無だった。
「陽一さん!」
「いててて……あー、全身が痛いけど、なんとか生きてるよ……」
陽一は駆けつけたアデリーヌに笑みを浮かべた。
「さゆみ!?」
アデリーヌはさゆみの姿を探す。さゆみと虎之助も無事だったようで、虎之助の上に倒れていたさゆみがふらふらと立ち上がったところだった。
「さゆみ、怪我はありませんか!?」
「ええ、怪我はないわ……ないんだけど、ちょっと待って……」
さゆみは息を吐いて、ちょっと自分の身に起こった出来事を巻き戻す。
ええと、なんというか、ありえない擬音を聞いたような気がする。ありえないというか、ふさわしくないというか。
さゆみはぎっと視線を虎之助に向けた。虎之助は少し赤くなった顔で、胸元を押さえている。
「なな、なんですか……」
視線に気づき、虎之助がずりずりと後ろへ下がる。
「………………」
さゆみは頭の中に浮かんだ嫌な予感を確かめるべく、再び虎之助の胸元に手を伸ばした。「ふええ」と虎之助は声を出す。
ほとんどないが、そこに、やわらかいものがある。筋肉ではない。筋肉では……
「さ、さゆみ?」
アデリーヌもその不可解な行動に疑問符を浮かべる。
「ちょっと待って……ねえ、あなた、もしかして……」
顔を上げた。虎之助と、視線が交錯した。
「……女?」
虎之助は答えなかった。代わりに地面に座り込んだままずざずざと後ろへ下がる。
が、すぐそこに壁があって少しか下がれなかった。
「……ちょっとすいません」
アデリーヌはきょとんとした顔をしていたが、さゆみが妙なことを口走ったので、まさかと思って手を伸ばす。伸ばした先は虎之助の下腹部だ。「ひょえぇ」と虎之助が変な声を出す。
「アディ、アイドルとしてあるまじき行為……」
さゆみは言うが、
「間違いありません」
アデリーヌは信じられないといった顔で口にした。
「この人、女です」
アデリーヌが言うと、ばっとアデリーヌの手を虎之助は振り払って座りなおす。いわゆる、女の子座りの姿勢だ。
「せ、先輩にも触られたことないのに!」
「いやそりゃそうでしょ!? 触ってたほうが驚くわよ!」
むしろ関係を疑う。
「わ、悪いですか、お、お、女で……」
「いや悪くないけど……」
虎之助は真っ赤な顔のまま、見上げるように二人の顔を見つめる。二人もどうしていいのかわからない顔で、ただ黙って虎之助を見ていた。
「先輩には、」
しばらくの間を置いて、ぼそりと、虎之助が口を開いた。
「先輩には……秘密にしてください」
そして、言う。その、消え入りそうな声で言われた言葉に、二人はただ、頷くしかなかった。
「ふう……で、なにをしているんだ?」
陽一が声を上げ、三人は慌てて立ち上がった。
ゴール地点近くの病院
通信機から聞こえてくる、爆弾解体成功の言葉に、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は息を吐いた。
集中治療室を見ると、例の彼への処置ももう終わったらしく、あとは目を覚ませばいいだけだ。そうすれば、犯人もすぐ捕まるだろう。
『ご主人様!』
通信機から、突然ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)の声が響いて、リネンは反射的に外を見た。
なにかと目が合う。ミュートではない。病院から少し離れた木の影に、メイド服の人影が。
そして、その人物はロケットランチャーを構えていた。
「っ!」
ロケットランチャーが撃ちだされるのを見ることなく、リネンは駆け出していた。半ば反射的に取り出した【新生のアイオーン】で壁を切り裂き、勢いよく地面を蹴って飛び出す。
ロケットが着弾し、集中治療室が吹き飛んだときには、リネンは彼を抱えて病院の外に飛び出していた。
「危なかった……危機一髪ね」
言いながらも、リネンは先ほどのメイド服の姿を眼で追う。その場所にすでにメイドはいない。
「っ!」
が、気配を察してリネンは飛んだ。リネンの足元に、【六連ミサイルポッド】から放たれた弾が着弾する。
いくつもの爆風が後ろで爆発するのを聞きながら、リネンは走る。
「こっちは男一人抱えてんのよっ」
【バーストダッシュ】を使い、少し開けた場所へと飛ぶ。着地すると、すぐ目の前にメイド服……イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の姿があった。
「目撃者ヲ、確認」
イブは口を開き、【六連ミサイルポッド】をリネンたちに向ける。
「排除シマス」
そして、そのように口が動いた、その瞬間だ。
線が走り、イブの右肩に乗ったミサイルポッドに穴が開いた。とっさにイブはミサイルポッドを切り離し、後ろへと飛んで爆発を、そして、続きざま放たれたいくつかの銃撃を避けた。
「レジェンド・オブ・ストーンズでしたか。邪気眼なお名前の割に、容赦ないですねぇ」
病院の屋上から攻撃をしたのはミュートだ。彼女の【ロックオン】を使った【レックレス・ファイア】が、イブのミサイルポッドを貫いていた。
「さあ、ミュートの狙いは完璧よ。おとなしく投降なさい!」
リネンも叫ぶが、
「………………」
イブは左手でなにかをばら撒いた。それは【小型空中機雷】で、ぱんぱんとそれらは破裂し、リネンたちの視界を奪う。その隙に、イブは大きく後ろへと飛び、【小型飛行艇ヘルファルテ】に乗ってその場を離れた。
「っ、有効射程を外れました」
ミュートが言う。リネンも少し悔しそうに、息を吐いた。
「目撃者、って言っていたわね」
リネンが連れ出した彼を見る。彼はわずかに身じろぎしていた。
「っ!」
そして、うっすらと目が開く。リネンは慌てて彼の顔に顔を近づけ、
「沢城、聞こえる? 聞こえてる!?」
そう彼に話しかけた。彼の口がパクパクと動いたが、言葉らしきものは出てこない。そしてそのまま、彼の意識は再び途絶えた。
「っ、ミュート、医者を呼んで!」
「わかりましたぁ!」
リネンは大声を出し、彼の――沢城真一の肩に手を回した。